Pinky Promise 158

第7章 黄金の午後に還る日まで

27.ハートの女王の命令 158

「さぁ……おいでよ、夢の中の子どもたち」

 戦いが始まる――。

 睡蓮教団の本拠地は、郊外の人里離れた巨大な工場だった。
 表向きは玩具を作っているというその工場に、彼らは乗り込む。
 突入に際し、彼らは派手な花火を上げた。
 何故ならこちらには。
「さて、今宵の演目は『不思議の国のアリス』、物語の終焉、華麗なるフィナーレをお届けしましょう!」
「怪盗ジャック!」
 白い騎士服にクラブの模様、“パイ泥棒”のコードネームを持ち、帝都を騒がす怪盗の姿があった。
「襲撃だ! 迎え撃て!」
「悪いが、通してもらうぞ!」
 ジャックが催眠能力で見せた鮮やかな幻影の花火を合図に、正面入り口からは睡蓮教団の下っ端黒服たちがぞろぞろと出てくる。
 それに対しこちら側は、“白の王”マレク警部が率いる王国の人間たちが、次々に攻撃を仕掛けていく。
 そして陽動が成功したことを確認し、他の場所から潜入する予定の者たちも次々に動き出した。

 ◆◆◆◆◆

「ジャックたちが敵と接触したわ」
「俺たちも行こう」
 “イモムシ”ヴェルムと“料理女”ギネカの二人は、怪盗たちが敵の目を引きつけている隙に警戒の薄い場所から潜入する。
 彼らの任務は証拠探しだ。教団が二度と帝都に復活できないよう、犯罪の証拠を見つけ出す。
 以前テラスがハートの王から抜き出した情報のおかげで、残りは誰を探せばいいのかももうわかっている。
 探し出したデータは、警察だけだと中に入り込んだ教団の関係者に揉み消される恐れがあるので、マスコミ各社にも送りつけてやる。
 ヴェルムの両親の事件の記録も、怪盗ジャックや他の者の被害の記録も。
 すでに証拠など処分してしまっているだろうが、一つの事件でも鍵が見つかればそこから芋づる式に辿ることができるとの目算だ。
 塀を乗り越えて中に入り、目的地の方角へと向かう。
「コンピュータールームがあるのはあの奥か」
「ええ」
 二人はまずは順当に、教団が様々な事件をデータ化していると見て、記録の保管されているコンピュータを探すつもりだった。
『気を付けて二人とも、見張りがいるわ』
 “公爵夫人”ことジェナーは外部からの通信で二人のサポートをしている。
「どうする? この程度の人数なら殴り倒して行く?」
「相手は銃を持ってるんだぞ」
「平気よ」
 ヴェルムも格闘が多少できるが、魔導を使えるギネカには敵わない。
 だが冷静な判断は探偵の方に分があった。
「いや……気絶した奴らを他の教団員が見つけたら陽動がバレちまう。それよりもどこか、見張りに見つからないように目的の部屋に侵入できるルートはないか?」
『調べてみるわ』
「多少強行軍でも構わないわよ」
 ジェナーが建物の構造を確認している間に、ギネカたちは見張りの隙を見て動く。
 角を曲がって姿が見えなくなった隙に、ギネカが接触感応能力で記憶を読み取った。人間から読むよりかなり精度は落ちるが、彼女は物質に残された記憶も読み取ることができる。
「どうだ?」
「断定はできないわね。ただ大事なデータが保管されていることだけは間違いないみたい」
 麻薬や拳銃の密輸に賄賂、汚職などの証拠となるデータ。
 下っ端が知っている限りではコンピュータールームで全て操作できるはずだが……。
『潜入ルートを見つけたわよ』
「よし」
 ジェナーの指示を頼りに、二人は更に教団の奥深くへと潜っていく。

 ◆◆◆◆◆

 “アリス”のアリス、“チェシャ猫”シャトン、“帽子屋”にして怪人マッドハッターのザーイエッツもまた、もう一人の怪盗と白の王国の者たちが注意を引いている隙に教団本部へと侵入を果たした。
「玩具工場……」
「“不思議の国の住人”を名乗る俺たちにはぴったりの決戦場ってわけか」
 教団の本拠地の意外な正体に、アリスは思わず声を上げる。ザーイエッツが皮肉な顔で笑った。
「でも、いつまでも子どもではいられないわ。遊びを終えて家に帰って」
「いずれ大人にならないと、な!」
 大人の身長よりも高い段差を飛び越える。
 元より身体能力の高いザーイエッツと、子ども二人。
 アリスとシャトンはもうこれが最後だからと、誰憚ることなく全力で魔導を使っている。
 睡蓮教団が人々から盗んだ“時間”を隠した場所については、建物の構造からシャトンが術の知識を用いて導き出した。
「盗み出した“時間”の保管は、教団にとっても命綱。いくら魔道具と言っても、媒体となる物質の強度には限界があるわ」
 教団は盗み出した“時間”を目に見えて保管できるようにしているので、色々制限が多いのだとか。
 物質的な形で保存するとなれば、それだけで広大な面積を必要ともする。
「なるほど、それで地下のシェルターね」
「世界の終わりが来るまで使われないような場所だな」
 普段誰も、それこそ教団の人間でも立ち入らないような場所にそれはあると言う。
 地底深く陽の差さない地下は、深夜であることなど関係なく寒い。
 そして。
「当然、罠が仕掛けてあるよな」
 目的地までの長い通路に、次々と怪しい影が立ち上がる。
 玩具の保管という名目なのか、通路を埋め尽くすのはありとあらゆる玩具だった。
「ここ以外のルートは」
 ザーイエッツが外部からサポートしている“眠り鼠”ことムースに問いかける。
 通信に使っている装置はヴァイス特製の魔道具であるため、地下でも問題なく作動した。
『ないわ。人が通れるサイズの通路はまだ先よ』
「そのルートまでは図示してくれ」
 ザーイエッツのマッドハッター衣装は、仮面の目元に小さな画面が表示されるようになっていると言う。
「アリス、シャトン」
 二人もザーイエッツから指示されたポイントでの行動を頭に叩き込み、すぐにでも魔導を展開できるように気合いを入れ直す。
「行くぞ、二人とも」
「うん!」