花は毒姫 03

第3章 毒の花、鋼の竜

7.咲き誇る仇花の行方

 ――でも、そうやって世界を恨むのはやめることにしました。

 ◆◆◆◆◆

 今日は《毒薬屋》の定休日だ。その時間を使い、シャウラはいつものように薬を作る。
 慣れた作業手順に複雑な思考はいらない。扱うものがものだけに一歩間違えれば大惨事になることもあるが、今調合している薬はそういった類のものではない。
 自然、意識は横道にそれていく。今彼女が気にかかっていること。先日のゼノとの会話を思い返す。
 ――……なんで、こんな血があるんだろう。なんで俺たちはこういう風に造られたんだろう。
 彼の戸惑いと疑問は、かつてシャウラも抱いたものだった。両親に向けて、言葉にして問いかけたこともある。
 ――私は、どうあがいてもこの世界で最後の毒花になるのでしょう。それなのに、何故私をこの世に生み出したの?
 すると母親がすぐにこう尋ね返してきた。
 ――シャウラ、あなたは生まれてきたくなかった?
「いいえ」
 その時と同じ返答を、シャウラは声に出して唇に乗せる。隣の部屋にいるエルナトが聞いていたかも知れないが、別に構わない。
 いいえ。ちがう。そうではないのだ。あの頃、彼女は幸せだった。両親がいてレグルスがいて弟のような少年が傍にいて。
 今だって不幸ではない。街の人々は優しいし、毒花の力は魔獣退治などに役立っている。
 それなのに疑問はつきない。考えても意味のないことを、考える。
 実の父親がまだ生きているゼノとは違い、シャウラの両親はすでに病で亡くなっている。答を聞くことはできない。
 ――どうか、この世界に、この自分に生まれたということを恨まないで。
 納得のいかない様子のシャウラに、母親はそう諭した。
《霊薬の民》は同族同士でしか子を成せない。シャウラがいずれ独りになることはわかっていたのに、両親は何故自分と言う存在をこの世に残したのだろうか。
 子を成すことだけが人生ではない。同族しか愛せないというのは、それも十分に不幸だ。そう考えることもできる。
 だが現実にこうして今、彼女は独りだ。触れたいと思うその相手に触れられない。手を伸ばすことができない。
 《創造の魔術師》は、どうして《霊薬の民》をこのような種族に造り上げたのだろう。
 邪神を千々に引き裂きその欠片が無数の魔獣と化したという伝説のある魔術師。彼が《創造の魔術師》と呼ばれる所以は、大昔の神話まで遡る。
 異相であったという創造の魔術師は、ある一つの村で安らぎを得た。それが背徳の神の村。異端者ばかりが集う故に、異相の魔術師をも当然の如く受け入れた。
 しかし村人全員が異端と背徳に溺れるその不浄の村を、他の神々は嫌った。特に背徳神の対極に位置する秩序の神は怒り、背徳神の神子を殺して村を滅ぼした。
 魔術師はそれを嘆き、怒り、唯一の居場所を奪った神々に復讐するため戦いを仕掛けた。
 神々に反逆した人間の魔術師。
 もちろん、これは神話だ。本当のことかどうかなどシャウラにはわからない。
 特殊民族が魔獣と渡り合えるのは本当だが、そのために創られたのかどうかは定かではない。戦力として創るというのであればそもそも人類よりも、魔獣の方が容易いだろう。
 実際に隣国のアルフィルクなどは、特殊民族を数多く要するトゥバン帝国に対抗するため、魔獣を製造しているなどという噂まである。
 だが、《創造の魔術師》の神話は、常に人が神や運命というどんな強大なものにも抗って生きることを示すものだ。
 神々に反逆した魔術師が創ったとされる民。
 《霊薬の民》《鋼竜の民》《先視の民》《有翼の民》《傀儡の民》……、他にも数え切れないくらい存在する、人であって人ではない異能の持ち主たち。
 魔獣を殺すために存在する、強さのみを求めた生き物。けれど《創造の魔術師》はそれをまるで人のような外見に人としての心ある生き物として造り上げた。
 それが何故なのか、シャウラは知らない。
 ゼノの疑問に答えてやることはできない。もしもそれができる者がいるとすれば、彼らにとっての創造主たる不老不死の魔術師本人か、ゼノ個人に限るなら彼の実の父親くらいのものだろう。
 シャウラは知らない。生き物が生き物を生み出す意味など。
 この世にただ一輪残された毒花は、決して実をつけぬ仇花だ。咲き誇れば散るだけの花だ。
 それに今まで何の不満もなかった。そのはずなのに。
 ――だからって、そうしてあんたはいつまでも独りで生きていくのか。
 翡翠の瞳が植え付けた小さな棘の与える痛みから、シャウラは強いて目を逸らす。
 自分は所詮仇花。今更それに不満を覚えたところで、悲痛を感じたところでなんだと言うのだ。それで現実が変わるわけでもない。
 だとしたらせめてみっともなく取り乱す場面など誰にも見せないよう、その棘ごと握りつぶして平気な顔でいつも通り振る舞うだけだ。
 実をつけぬ花であるからこそ、盛大に咲き誇る。毒花に、只人の女のような弱さは必要ない。
 最後の薬を間違いなく完璧に調合し終わり、シャウラは翌日の準備を終える。
 ほら、大丈夫。きっときっと。何があっても、私は独りで生きていける。

 ◆◆◆◆◆

 王の従兄弟であるクルシス公爵ファクトは、その日朝から第二王子殿下の訪問を受けていた。
 今は王子という身分とはいえ、ゼノはもともと彼の息子だ。ファクト=クルシスの息子、ゼノ・アルアラーフ=ラス・アルグル=クルシスは、一年前に王の養子となってゼノ・アルアラーフ=ラス・アルグル=ナヴィガトリア王子となった。
「どうしたんだい? ゼノ、君が私を頼ってくるなんて珍しい」
 ファクトは生来おっとりとした気質だ。周囲は皆そう言うし、彼自身も自分のことをそう思っている。誰かと何かを争ったり、相手を追い落としたりするのに向いてはいないのだ。
 それは彼自身が権力の座につくのであれば致命的であっただろうが、幸いなことにファクトは現国王の従兄弟であり、政治的権力的には中央から近くも遠い位置にいる。王位に興味のない彼の存在は、ナヴィガトリア王室としては逆にありがたかったらしい。王弟は玉座に未練があるようだが、ファクトは国王の座に興味はなく一貴族として平凡に暮らしている。
 ファクトが人生で情熱的に何かを求めたのはただ一度だけ。それが彼の結婚に関する話だった。
 ファクトの愛した妻は《鋼竜の民(ラス・アルグル)》と呼ばれる一族の長の娘であり、かの特殊民族は出産の際にその子どもが母体の能力を全て喰らって生まれて来るということで有名だ。鋼竜の子はただの人間よりも頑健だが、滅多に他種族と交流を結ばない。
 ファクト自身も結婚に随分と反対されたし、他でもない妻となる女性に思い切り平手打ちをかまされたりもした。紆余曲折を経て両想いとなり無事に結婚まで漕ぎ着けたが、甘い生活は長くは続かなかった。
 《鋼竜の民》の子は、母親の命を喰らって生まれて来る。
 最初の子どもが最後の子ども。ゼノが生まれたことによって、二人の結婚生活は彼女の死と言う形で幕を閉じた。
 そして彼は息子と妻の故郷がある帝国の奥地で慎ましやかな生活を送っていた。一年前にこのナヴィガトリアの国王となった従兄弟に、息子を養子として欲しいと言われるまで。
 それ以来王城で王太子となるべく学問に明け暮れていたはずの実の息子の訪問に、ファクトは喜びながらも驚いた。
 のんびり屋のファクトと違い、ゼノは闊達な少年だ。その息子が今更実の父親に何の用だろうかと。次回の予定よりも随分早い訪問の報せに首を傾げる。
「親父! 異種族の女の口説き方を教えてくれ!」
「本当に何の用だ!」
 久しぶりに再会した息子は、やはり嵐のような子どもだった。

 ◆◆◆◆◆

「今でも昨日のことのように思い出せるよ。私とグラーティアの出会いは、山賊に襲われて囚われの身となった私をたまたま通りがかった彼女が鮮やかに救出してくれたことから始まった」
「そこで親父とおふくろの立場が逆だったなら大衆向け恋愛小説の王道展開だったのにな……じゃなくて。すまないが親父、その辺のロマンスは今度聞くから今日はできれば手短に頼む。俺が知りたいのは、異種族の女を説得するいい方法がないかどうかなんだ」
「あれ? てっきり僕らの馴れ初めを聞きに来たんだと思ったのに、違うのかい?」
 久しぶりに実父に会いに来て、ゼノはなんだか自分が兄王子アルファルドに馴染んだ理由がわかった気がした。改めて思うが、実父と義理の兄はなんだか似ている。さすがに血縁だけはある、と自分のことは棚に上げてゼノは思った。
 ちなみに目の上のたんこぶ、もとい宿敵レグルスは伯父である現国王陛下に似ている。
 ゼノ自身は現ナヴィガトリア王室の人間たちと似ているとは思わない。彼は容姿も性格も母親似だと、実父であるファクトが言う。彼はその話をするたびにいつも嬉しそうに、そして悲しそうに笑うのだ。
 本来クルシス公爵の領地は国境に面している。しかしファクトは王都でのゼノの立場が安定するまでという理由でアルルカ内の別荘に長く滞在していた。応接間に通されたゼノは、勢い余って開口一番とんでもないことを言いだした自分の失態を悟る。
「そうかい。でもじゃあ一つだけ、君にも関係ありそうな話を。彼女は私を見た時、花のようだと思ったらしいよ」
「花?」
「そう」
 意味不明、とゼノは思った。ファクトは確かにナヴィガトリア貴族らしい金髪碧眼の優男でどちらかと言えば女顔だろうが、花と呼ばれるような突出した美形でもない。
 いや待て。
 ただ一目相手のことを見て花のようだと思う。なんだか似たような経験がつい最近あったような……。
「なんでも《鋼竜の民(ラス・アルグル)》の特性の一つとして、愛情を感じた異性を花のようだと思うらしい。要するに私が彼女に惹かれた瞬間、彼女も私に惹かれたってことだよね。ああ、これぞ運命!」
 いや、ない。そんな記憶はなかった。間違いない。
 ゼノは父親の妄言をさらりと聞き流しつつ、自らの曖昧な記憶も脳内の墓土の下にしっかりと埋めておく。
「ところで異種族の口説き方とやらを手短に説明してあげたいのはやまやまだけど、ゼノの方もできれば簡単に事情を説明してほしいのだけど」
 ……ただでさえ自分のせいで母親は死んだようなものだ。その父に細かい心情を話してもらうためには必要かと、ゼノは兄王子アルファルドの初恋の人説得という事情に関して最初から説明した。
「へぇ……あのアルファルド殿下がねぇ。でもゼノ、残念だけれど毒姫が王宮にいた頃、私はちょうどトゥバンで君の母上と蜜月を過ごしていた時期にあたるんだ。したがって私はそのシャウラ嬢のことを何一つ知らない。役に立てるかどうかわからないよ」
「それは別にいいんだよ。別に親父にシャウラを説得してもらいたいわけじゃない。ただ、俺が、あいつの心を何一つ動かすことができないのが悔しくて」
 思わずこれまで目を背け続けていた心情を吐露してしまったゼノは、その勢いで父親に尋ねる。
「なぁ、親父はなんでおふくろと結婚したんだ? いや、そうじゃなくて……どうして、俺を産ませたんだ? 俺が生まれたら、母さんは死ぬってわかってたはずなのに」
 父親は穏やかに笑った。
「産ませたなんて、まるで私がグラーティアに命じて彼女一人に君を作らせたみたいな言い方はやめてくれないかい? ゼノ、周囲が何と言おうと、君自身が何と思おうと、君は私と彼女の愛の結晶だよ」
「そ、その言い方は凄くむず痒いんだけど!」
「でも真実だよ。わかっているだろう」
 わかっている。
 父がまだ、母を愛していることは。
 だからゼノはこの十二年間、ずっと聞けなかったことを、今初めて聞いた。
「俺を恨んでいないのか?」
「恨む? どうして?」
「だって俺が生まれたせいで母親は死んだんだろ?」
 ゼノは昔から周囲に可哀想な子扱いをされてきた。
 彼自身も否定はしない。そしてそんなゼノ以上に「可哀想」なのは、彼を産んで死んでしまった母親の方だと思っている。
 ずっと父の心がわからなかった。妻が死ぬとわかっていながら、何故子どもを――自分を作ったのだろうと。
 自分は父に恨まれているのではないか。ファクトは常に穏やかな態度を崩さなかったが、ゼノがそれを考えないことはなかった。人の心は愛情と憎悪が簡単に両立する。
 だから本当は父に恨まれていたとしても、ゼノは驚かないし、それを嘆く資格もない。
 例え誰がなんと言おうと、母を殺したのはこの自分なのだから。
 けれど。
 ――あなたのお父様は、奥様を本当に愛しておられたのね。
 そんな風に言われたのは初めてだった。これまで考えたこともなかった。
 たぶん自分は無意識のうちに、自分でも気づかないうちに自分自身と言う存在を疎んでいたに違いない。ゼノが生まれたことにより母親が死んで、父を悲しませた。それは呪うべき事柄だと。
 それ以外の見方をしたのは、シャウラが初めてだったのだ。周囲の人々はみんな彼もその母親も不幸だと言ったのに、彼らと同じ特殊民族のシャウラはそうは思わなかった。その言葉を聞いて、ゼノは初めて、両親の本音を知りたいと思った。
 ずっと、知りたかったことがあるのだ。
「俺は……ここにいていいのか?」
 父親は笑みを深くして目の前の息子に告げた。
「そんなこと、当たり前だろう。君の命は誰が与えたものだい?」
 母は命を懸けてでも、ゼノを産むことを選んだ。賭けではない。懸けたのだ。血の定めに従えば、結果は決まりきっている。それでも最初で最後のファクトと彼女の子どもの誕生を望んだ。
「ゼノ。今の君の父親はシェダル国王陛下だ。でも私は君の実の父親として、いつかそれを伝えたいとずっと思っていた。だから嬉しいよ。君の方から私に話を聞きにきてくれて」
「親父」
「君が生まれる前、君の母親はずっとその日を楽しみにしていたよ。生まれて来るのが男の子か女の子か、どちらが生まれてもいいように、二人でいくつもの名前を考えて。考えすぎて面白すぎる名前になりそうだったところを使用人たちに泣いて止められて」
「その頃の使用人たちの名前を後で教えてくれ。菓子折り持って全力で礼をしに行く」
 父の瞳が細められ、懐かしく過去を覗き込む。
「私たちが向き合った問題とその子が向き合わねばならないことも私たちは考えた。私は生まれて来る子が自分で自分の運命を選べるように女の子だといいと言ったけれど、彼女は男がいいと言った」
 だがゼノの母親は、唯一の子どもの出産と同時に死する定めを持つ自分の性質を恨んでそう言ったわけではないという。
「《鋼竜の民(ラス・アルグル)》の女であることはまったく辛くない。自分は幸せだと。けれど男である方が、悩む分自分の愛の深さと向き合うこともできるだろうと」
 シャウラは、自分は愛する人を殺す自らの愛の深さから逃げたと言った。
 ゼノもいずれはその問題に向き合わねばならない。王として適当な相手に王子を産ませるのか。それとも本当に愛した相手を殺してでも血が紡ぐ未来を欲するのか。
 傷つけても傍にいたいような凶悪な程に深い想いを、ゼノはまだ知らない。知らない方が幸せなのかもしれない。
 けれど彼を産んだ母は、彼にそれをこそ知ってほしいと望んだ。
 その時、ゼノの脳裏を過ったのは薔薇の魔女と呼ばれる花のような女の姿だった。
「……シャウラは、最後の毒姫って呼ばれているんだ。毒花の一族は鋼竜とも違う。完全に同族同士でしか子どもを作れないから、自分はずっと独りだって。最後の一人だって」
 誰とも一緒にならないと彼女は言った。
 誰の子も産めないから、誰の傍にもいられないと。
 そんなのおかしいと、ゼノは思った。だがその時には、考えも言葉もうまくまとめることができなかった。
 ゼノの戸惑いを理解し、その思考をゆっくりと整理させるように穏やかな声音でファクトが息子に問いかける。
「――それで君は、彼女にどうしてあげたいんだい?」
「俺は……」
 促す父親にゼノが答えようとしたところで、扉の外が不意に騒がしくなった。大貴族に使える使用人らしくいつもは礼儀の行き届いた侍従たちが走り回っているようだ。
「殿下! ゼノ殿下! 急ぎ城にお戻りください! アルファルド殿下が――!!」
 ゼノは弾かれたように立ち上がると、父親への挨拶もそこそこに王城へと戻った。

 ◆◆◆◆◆

「ごめんね、ゼノ。心配をかけて」
「まったくだよ。こっちの寿命が縮む」
「でももう大丈夫だから」
 今は特に城下では風邪が流行っていると言う。幸いにも、急変したアルファルドの容態は王室付き医師の懸命な処置によって峠を越えた。
 だがアルファルドの具合が日に日に悪くなっていっているのは誰の目にも明らかだ。もう長くはない。その言葉の意味を誰もが実感している。
「この前の昼間、レグルスが来たんだってな」
「うん。お見舞いだってさ」
 兄がさらりと嘘をついているとは思わず、ゼノは尋ねる。
「なぁ、兄貴」
「ん?」
「死ぬのは、怖くないか?」
「ゼノ殿下!」
 アルファルドの容態が急変したばかりなので、部屋の隅に控えていた侍女が咎めの声を上げる。
 しかし青ざめる周囲の反応をよそに、当のアルファルド自身がはっきりと口にした。
「怖くはないよ。急にどうしたの?」
「……シャウラは、《霊薬の民(イクシール)》だろう。兄貴が望むなら、俺、あいつに頼んで――」
「ゼノ」
 彼女に出会った当初は考えてもいなかったことだ。だが仕立て屋の奥方、エルナトと続けて彼女が《秘蹟》を与えるのを目にしていつしか思い始めたことを、ゼノはとうとう口にする。しかしその決意に対し思いがけず強い調子で、兄は弟を制止した。
「僕の運命は神様が決めたことだ。最初から決まっていることだ。わかりきっていることは怖くはない。それに姉さんから聞かなかったかい? 生来病弱な体質は変えることはできないって」
「そうだけど、でも! このままじゃ――」
「ゼノ、僕は何も怖くはないよ」
 アルファルドは微笑む。知っている。彼は昔からもうずっと、自らの死を覚悟している。
 どうしてそんなに潔くあれるのか、ゼノにはわからない。
 そう口にすると、兄はくすくすとおかしげに笑った。
「僕は潔いわけじゃないよ。ただ見苦しくないようにあれる方法がそれしかないだけで。ゼノ、君の持つ強さと僕の覚悟は質が違うんだ。君はどうかそのまま、いつだって最後まで諦めず、どんな残酷な運命にも抗う人間であってくれ」
 アルファルドにとっては運命を受け入れることが戦い、そしてゼノにとっては流されず運命に抗うことが戦いなのだと。
「それでも僕のために何かしてくれるというなら、姉さんをここに連れてきてくれ。最後に一目だけでも会えたなら、僕はもう思い残すことは何もない」
「兄貴……」
 言いたい言葉はどれもうまくまとまらず、その代わりにゼノは告げた。
「必ずここに、あんたの前にシャウラを連れてくるよ」