第6章 劫火(後編)
32.国王
深くフードを被った人物が縛られて馬に乗せられている。その周囲に四人の男たちがいて、更に彼らから少し離れた後ろを猛々しい戦士と十名程の小隊がついてきていた。
軍人の一行ということだけはかろうじて判断できるが、傍目には何のための部隊なのかさっぱりわからない。
彼らは戦場から離れ、国境から一日程度で着く首都へと向かっていた。目的地は王城だ。馬上の人物を国王に差し出すために歩いているのである。
「おい、本当にいいのかよ」
「いいも何もねぇだろ?」
「そんな心配せんでも、謁見はお偉いさんたちがやってくれるさ」
五人は見張り小屋にいた男たちだった。そのうちの一人がフードの人物――捕虜となったベラルーダ王ラウルフィカを馬に乗せている。
ミレアスがラウルフィカを売り渡したというベラルーダ側の行動は、プグナにとっては完全に予想外だった。そのためにプグナ側では様々な対策が考えられた。まずはベラルーダ軍に降伏を要求し、次に国王ラウルフィカの身柄を王に引き渡す。それ以降の指示は国王に仰ぐ。
護送を引き受けるディルゼン将軍はファラエナ王から直々に、「ベラルーダの少年王を生け捕りにせよ」と命令を受けている。実際は彼らがラウルフィカを攫ったわけではないのだが、何にせよ敵国の王が手に入ったのだからと、初めの指令通り王宮に届けることにした。
ディルゼン将軍の目から見ても、ベラルーダの王だという若者は美しかった。見た目だけならば、王女の婿として申し分ない。
彼を敵兵から引き渡されたという五人の男たちがやたらベラルーダ王に対して甲斐甲斐しいのが気になるが、相手が若くして戦場に駆り出された哀れな少年王だと感じているのだろうと、さして気に止めることもなかった。ディルゼン将軍は良くも悪くも高潔な人物だった。もともとラウルフィカの父王とプグナが始めた戦のことは、息子であるラウルフィカ王にはほとんど関係のないこととして受け止めている。
だが、気にかかることもある。
自国の中で裏切りにあったベラルーダ王に、果たして本当にベラルーダ軍を退かせるだけの価値があるのか? そしてこれほど美しい少年を王宮に連れていくことは、新たな火種を持ち込むことになるのではないか?
――ディルゼンはファラエナ王を尊敬してはいるが、彼の人となりについてもよく知っている。
微かな不安と共に馬を進める彼らのすぐ目前に、プグナの王城が迫っていた。
◆◆◆◆◆
ファラエナは驚いた。
これが驚かずにいられるわけはなかった。なんと彼らプグナ勢が活躍する前に、ベラルーダ側では勝手に仲間割れが起きて、部下が裏切りベラルーダ王をプグナに差し出してきたのだという。
国王を捕らえたというプグナ側の宣告にベラルーダ側はでたらめだと、戦いを続けると返事を寄越してきた。しかしここにいるのが本当にラウルフィカ王であれば、この戦の終結は時間の問題だ。とにかく、国王の身柄を手にしてさえしまえばこちらのものだ。
先触れの報告によれば、ベラルーダの王は噂にたがわず美しい若者だという。
ベラルーダ王を手に入れれば、娘の婿とすることでベラルーダ王国を丸ごと手に入れることができる。そうなれば帝国に対し砂漠地域の利権を主張することもできるだろう。
ベラルーダの軍部は王を見捨てるかもしれないという危惧もあるにはあったが、軍人と民衆の考えは違う。まだ若い少年王を見殺す軍であれば、少なくとも民衆の反感は誘えるだろう。ベラルーダはもうおしまいだ。
国王への謁見のために、ディルゼン将軍以下の兵士たちと捕虜であるベラルーダ王は身支度を整えられた。ただの国王や積年の恨みの的であるならともかく、ファラエナ王はベラルーダのラウルフィカ王を自分の娘の婿にするつもりなのだ。ある程度両者の間に友好な関係を保っておくべきだろうと考えてのことだった。対面は着飾った国王と惨めな格好の捕虜という形ではなく、あくまでも国王同士という建前のもとで行われるべきだ。
しかしファラエナのそんな目論見はすべて、現れたラウルフィカ王の姿を見た瞬間に霧散した。
さらさらとした漆黒の髪はうなじにかかる程度の短さ。肌は白く、服の襟ぐりや裾から覗く手足はほっそりとして妙な色香を放つ。
瞳はオアシスの碧で、濃い色ではないのに深みを感じさせる。その瞳に影を落とす睫毛は長く綺麗に生えそろっていて、大きな瞳をはっきりと彩っていた。
鼻梁は通っていて、唇は艶やかに紅い。
美しかった。ケチのつけようもないほどに美しかった。想像していた方向とは若干違うが、それでも彼の美しさに異論を唱えることはない。凛々しく勇猛な戦士の若者や吟遊詩人のように顔は良くご婦人に気にいられるが軟派な印象のある美形ではなく、どちらかと言えば人間離れした神々や精霊の美しさを思わせる。
ファラエナの記憶には十年以上前に一度見た「ラウルフィカ王子」の姿があるが、あの時の子どもはここまで美しくはなかったはずだ。ファラエナの憎い先代ベラルーダ王ともあまり似ていない。
いくら身支度を整えるとはいっても所詮捕虜、さして良いものを着せているわけではないのだが、王族にしては簡素な衣装も彼が身につけると趣がまるで違った。絵画に描かれる神々が白い布一枚巻き付けた姿であるかのごとく、単純な線だけで構成された衣装はラウルフィカ王の美しさを浮かび上がらせていた。
この美しさを目にしてもまるで反応しない者はいるだろうが、ファラエナは少なくともそうではなかった。むしろ彼の美意識に照らし合わせれば――非常に、好みの顔立ちをしていた。
ラウルフィカが跪き、寛大な処置についてどうのこうのというのをファラエナはほとんど聞き流していた。彼にとっては目の前の敵国の王の美貌と、その声もまた凛として美しいことが重要だった。彼の頭の中を占めるのはただ一つの考えだ。
欲しい。
この美しい少年が。
欲望は一瞬で膨れ上がり、ファラエナを支配した。もともと好色で自尊心の強い男。目の前のまだ若い少年、それも敵国の王を手篭めにするというのは、どれほど魅惑的なことだろうと考えた。先代のベラルーダ王とてまさか、自分の息子が敵であるプグナの王に犯されることになるとは思っていなかったに違いない。
ファラエナ王はさすがに家臣たちの前で無様を晒すことはしなかったが、その目はすっかりベラルーダの少年王に奪われていた。
「ラウルフィカ王よ、もっと近う寄れ。余は貴殿と一対一で話してみたい。場所を移そう」
国王の様子とその言葉が意味する事に気づき、同席した幾人かの臣下が咎めるような声を上げたがファラエナは聞き入れなかった。
「喜んで、ファラエナ王」
ラウルフィカはその誘いに乗り、導かれるまま、プグナ王のあとについていく。
「ベラルーダ王陛下、いや、ラウルフィカ殿と呼ぼうか。こちらへ」
ファラエナの言葉に頷き、ラウルフィカは彼の私室へと通された。寝台のある部屋の片隅に応接用の卓があり、その上には酒の用意がされている。
他愛のないやりとりを数度交わし、ファラエナは酒の杯を持ち上げながら本題に入った。
「貴殿の父上とは争いもしたが、私は貴殿には恨みはない。むしろ、これからはベラルーダとプグナの間に良い関係を築いていければと考えている」
「ありがたいお言葉です。私もできればそうしたいと考えておりますが……」
ベラルーダの今回の侵攻は帝国の意向によるものだ。ということをラウルフィカは説明した。
「それならば良い案がある」
と、プグナ王は例の話を持ちかけた。
「あなたには私の娘、このプグナの王女の婿となってもらいたい」
「王女殿下の」
「そうだ。帝国の意志を受けたベラルーダと、我がプグナが決してベラルーダを裏切れない形で和睦する。それならば皇帝陛下も咎めはすまい」
ファラエナはいささか性急に、卓の上に重ねられていたラウルフィカの手を取って撫でた。ラウルフィカはそっと、視線をファラエナから逸らした。
「ありがたいお話ですが……」
「断ると?」
「受けるだけの価値が、私自身にないのかもしれない。確かに私はベラルーダ唯一の直系王族ですが、血に拘らねば私より優れた代わりなどいくらでもいる。プグナ国王ファラエナ陛下、貴公と対等な関係で約定を結ぶことは叶わないでしょう」
暗にベラルーダ軍は自分を見捨てるだろうとラウルフィカは言った。もちろんそうやってプグナ側からの取引に応じないようにと指示を出しているのはラウルフィカ自身だ。
「ほう……では、対等ではない関係とは?」
「それは……」
「私が守ってやるとでも言えば、あなたは従うのかな?」
ファラエナは立ち上がり、ラウルフィカの身体をも立たせて腕の中に抱きすくめた。女を扱うことに手慣れた、一瞬の動作だった。言葉遣いも、かしこまったものから段々と砕けていく。
「そろそろ虚勢を張るのはやめたらどうだ? ラウルフィカと言ったな。たかだか二十年も生きていない少年に、あの国を背負うのは荷が重かろう。余に任せれば、すべて良いように取り計らってやる」
「わ……たしは、それでもベラルーダの王で」
ラウルフィカが怯えを含む潤んだ瞳で見上げれば、ファラエナは自らにとって、この少年は御せる相手だと確信して笑みを浮かべる。
「それももう終わりだ。捕虜として死ぬまで兵士たちの慰み者にされるよりは、余の愛妾として後宮で暮らすが良い」
その言葉にラウルフィカはびくりと肩を揺らす。腕の中に閉じ込めたラウルフィカの怯える顔に、ファラエナは長い口付けを送る。プグナの王は、敵国の美しい王をこれで手に入れたと思った。
「余のものとなれ」
◆◆◆◆◆
ラウルフィカはほとんど抵抗しなかった。
ファラエナの手が、少年の身にまとう簡素な衣装を剥いでいく。
「美しいな」
さらけ出された白い胸元を撫でまわしながらファラエナは言う。
「男とも思えぬが、女っぽいというのでもない。まさに“少年”だけが持つ美とでもいうのか」
「陛下……」
本来自分と同じ立場である相手を敬称だけで呼ぶことは、自らの服従を示す。だがラウルフィカは言葉の上で、ほんの少しだけ抵抗を見せた。
「陛下には私と違って、御立派な王妃殿下が、いらっしゃるでしょうに」
その話題はファラエナの神経を刺激したようだった。これまでラウルフィカに見せていた鷹揚な笑みとは違う、黒い感情を顔に浮かべる。
「ふん。アラーネアなど、余は王妃と思っておらぬ」
何十人と妾を持っているとの噂の国王はそう言った。ファラエナは王妃と仲が悪いというのは、見張り小屋の兵士たちも口にしていた。
「あんな女、王妃などと思いたくもない。得体の知れない魔術など使いおって気味が悪い」
ラウルフィカの首筋を吸いながら、ファラエナは囁いた。
「あれよりも、そなたの方が美しい」
妻の悪口を囁きながらも、ファラエナはすでにラウルフィカの身体を弄ぶのに熱中し始めている。
「ふぁ……」
首筋や鎖骨に唇を落とされ、乳首をきつく吸われる。片手はラウルフィカの背を支えるためにそちらに置かれていたが、もう片方の手が行く先は太腿だ。
「そうだ。ベラルーダ王よ。我が助力が欲しければ、それなりの誠意を見せてもらおうか」
「誠意、とは」
不安な顔になるラウルフィカの前に、ファラエナはすでに硬くなり始めた彼の怒張を突きつけた。
「口に含んで、舐めるんだ。歯を立てぬようにな。できるだろう?」
赤黒い肉塊は、これまでに見たものの中でも一、二を争う醜さだ。いくらラウルフィカが国でゾルタたちに抱かれ続けたと言っても、彼らのほとんどは貴公子と言っていい色男たちだった。それに比べれば、ファラエナ王は外見と肉体に対して言うならただの中年の親父である。
昨夜の捕虜としての凌辱ともまた違う屈辱への躊躇いを、ラウルフィカは一瞬で消した。おずおずとそれに手を触れると、艶やかな唇で先端を挟み、舌で丁寧に舐め始める。上目遣いでファラエナの顔色を伺いながら、求められるまま「奉仕」し始めた。
「くっ……なかなか、上手いではないか。初めてではないのだな。国で仕込まれたか。可哀想にな」
哀れなことだと言葉をかけながら、ラウルフィカの舌によって快楽を得ているファラエナの口調は楽しげだ。
「幼い王を傀儡にしようなどと、どこも権力者の考えることは同じよ。さぞやそれで苦労してきたのだろう。だがこれからは、玉座のために男に媚びる必要はないぞ。余が可愛がってやる」
それだって結局は肉体を差し出して媚びる相手がゾルタたちからファラエナに変わっただけなのだが、この王は自分であればベラルーダの重臣たちより高貴で優れているとでも考えている。
ファラエナは彼の股間に顔を埋めるようにして奉仕しているラウルフィカの黒髪を撫でた。それと同時に、ラウルフィカが口を離せないように固定して有無を言わさずその口の中に精を吐きだす。ラウルフィカが吐き気を堪えてそれを飲み下すと、良くできた犬を可愛がるように頭を撫でた。
ファラエナはラウルフィカに自分の指を舐めさせると、それを後ろの穴に突っ込んだ。
「うあ!」
多少の苦痛はもたらすものの、唾液で濡らされた指は案外すんなりと奥へ入り込む。
「や、あ、あっ、あん、ん、んんっ」
中を太い指でぐりぐりと抉られると、ラウルフィカの唇から断続的な喘ぎが零れた。自分の指を噛んで声を堪えようとする少年の体がびくびくと跳ねるのを、ファラエナは面白そうに眺めていた。
先走りがぽたぽたと滴り、十分に中が解れた頃、ファラエナは言った。
「さぁ、慈悲をくれてやろう」
そしてそそり立った己のものをラウルフィカの入口にあてがうと、一気に貫いた。