罪人

罪人

01

 灯りもない暗い部屋の隅に少年は身を潜めていた。よく手入れが行き届いた王宮の一室は、普通埃などはない。しかしここは城の中でも普段使われない使用人部屋の物置で、見過ごされた汚れがそこかしこに残っていた。
 常に清潔で煌びやかな贅の限りを尽くした生活をしていた少年にそのみすぼらしさも汚さも耐えられるものではなかったが、彼は埃でムズムズする鼻を押さえ、息を殺して物置の中に入り込んだ。すでに怒号と喧騒は近く、恐ろしい追っ手がすぐ傍まで近付いてきていることがわかったからだ。
 小さな体躯を更に縮めるように、膝を丸めて座りこむ。だが彼の努力も虚しく、とうとう怒れる反乱兵たちはその部屋まで乗り込んできた。温室育ちの少年の思考などお見通しとばかりに、武骨な腕が彼を隠れ場所から引きずり出す。
「見つけたぞ! 王子だ!」
 腕を掴まれ頭を抑えつけられて部屋の中央に引きずり出された少年は、死の恐怖を感じた。先に殺されたであろう父王と王妃のもとに彼も行くことになるのだ。
「待て」
「ソルバ! でもよ!」
「別に何もするなとか、逃がしてやれとは言ってないさ。ただ、王と違って王子には王子の使い道があるってことさ。まだ十二歳だしな」
 冷ややかな目をした、鋭い顔立ちの青年。ソルバと呼ばれたこの男がリーダーか。ロシンは恐れと期待の眼差しで彼を見上げた。もしかしたら、見逃してくれないかと。完全に自由になれるなどとは思っていないが、せめて殺さないでいてくれるのではないかと。
 大国ルグラントの王子として生まれ育ち、求める前に与えられる暮らしに慣れ切ったロシンはそれがどれほど過酷なことかも考えずにそう思っていた。世間知らずの少年は、世の中には、死んだ方がマシだと思えるようなことがいくつもあるのだと。
「だが、ソルバ! 俺の女房はこいつらの命令を受けた兵士に殺された! 腹ん中に俺の子がいたってのに、たまたま道で目つけられたばっかりに乱暴されて、母子ともども死んじまったんだ!」
 自分を捕まえた男の悲痛な叫び声に、ロシンはびくりと体を震わせた。王宮ではどんな貴族も滅多に声を荒げるようなことはない。大きなたくましい体の大人の怒鳴り声は、それだけで少年を威嚇する凶器であった。しかしその内容の方は、まだ幼い少年には十分に伝わりきっていなかった。
「た……助けて」
「っ! ふざけるな!」
「いやあ!」
 部屋の中央に叩きつけるように投げだされて、ロシンは悲鳴をあげた。瞳に涙を浮かべて哀願する少年を、男は憎々しげに睨みつける。
「待てと言っただろう」
「ソルバ」
 再びリーダーが彼らを止めた。周りから他の男が声をかける。
「甘いぞ、ソルバ。子どもだからと言って、王族にそれが何になる。このガキも王家の一員だ。俺たちが飢えや寒さに苦しみ、横暴な兵士どもに蹂躙される間暖かい部屋の中でふんぞり返っていた連中の一人なんだ。国内をそんな風にしたのはこいつの父親でも、こいつだってそのおこぼれに預かっていたのは間違いない」
 ソルバの隣に立ち、地味な顔立ちだが鋭さを感じさせる目つきの男が忠告した。それをソルバは、冷笑で受ける。
「知ってるさ。だから言ってるだろう。赦すわけじゃないってさ」
 彼は床に叩きつけられたロシンをうつ伏せで押さえこむと、その衣装を力任せに引きちぎった。突然のことにロシンは驚き、周囲の男たちは納得の表情を見せる。
 幾人もの奴隷や使用人に囲まれて育ったロシンは裸体を人に見られることこそ抵抗はないが、この場でそうされる理由には思いいたらなかった。肩口を押さえこまれ、足を開いて尻だけを高く上げさせられる。獣のような格好に屈辱感が湧くが、真の苦しみはこれからだ。
「顔も見たくない国王はすでに処刑した。だがこっちの坊やは随分とお綺麗な面してやがる。なぁ、カロブ。お前の女房が死ぬ前に味わった苦しみを、こいつにも味わわせてやりたいと思わないか?」
 残酷な熱を帯びた視線と共に、ソルバの指がロシンの白い尻を撫でた。
「ルグラントの兵士と来たら、権力を笠に来て市民をいいように食い物にしてきたクズ共だ。ちょっと綺麗な娘を見かけると、すぐに草むらに引き込んで犯すような山賊紛いの連中だ。なぁ、王子様。――お前にもその苦しみを味わわせてやるよ」
 言うと同時に、ソルバの指が無防備にさらけ出されたロシンの尻穴に潜り込んだ。
「いた、痛いっ! 痛いぃ! いやぁっ!」
 悲鳴をあげるロシンの様子には構わず、青年はぐいぐいと指を押し進めていく。
「小さい穴だな。こりゃ直に入れたらこっちの方が痛みそうだぜ」
 いつの間にか男たちはぐるりと頭領と王子の周りを取り囲んで、この異様な余興を楽しもうという風情だった。これまで王族に、ルグラント王国そのものに苦しめられてきた人々からすれば稚い少年の苦しみも彼が王子であるという一事で全て吹き飛んでしまう。
 ソルバの指は武人とは少し違う。だが長い戦いで武器を持つための胼胝ができて硬い、よく鍛えられた指だった。それがまるで凶器のようにロシンの中に押し入って来る。
 何の水分も含ませずに皮の硬くなった指先に貫かれたことで内壁が傷ついた。中が裂け血が出る痛みに、甚振られることに慣れていないロシンは大泣きして悲鳴を上げる。その悲鳴さえも余興だと言わんばかりに、周りの男たちが囃したてる。
「さっさと挿れちまえよソルバ!」
「そうだそうだ! これまで王国に苦しめられてきた女たちの仇だ!」
「勘弁してくれよ。こんなきつきつじゃ使えるモンも使えなくなっちまう」
 苦笑いで仲間に返す間も、ソルバの指はロシンの中を探る。血液の助けを借りて滑った指が奥の突起を突いた時、ロシンの声が変わった。
「あっ……!」
「おっと。ようやく見つかったな」
 痛みは変わらない。だが同時にびりりと痺れるような感覚が背筋を走り、ロシンは思わず動きを止める。
「ふっ、うっ……」
 胃の底から引き絞ったような声で呻くと、突起を突くソルバの指の動きがますます激しくなった。内壁を擦る節くれだった指の動きも、先程の痺れを感じた後では、強烈な異物感以外の何かを伝えて来る。
「はっ……」
「感じてるのか? 王子様」
「かん、じ……?」
 にやにやと笑う男たちの目線が恐ろしい。それが単純な怒りや憎悪ではなく、痴態を眺めて嘲り、欲望の対象を見つめるいやらしい眼差しだからということはロシンにはまだわからなかった。
 ただ、その陰湿な感情にあてられたように、産毛が総毛立つ。
「だったら、もういいよな」
 ソルバが一度ロシンの中から指を引き抜く。彼は自分の腰に手を当てると、短剣を吊り下げているベルトに手を触れ、それを解いた。
 ようやく異物感から解放され、どことなく落ち着かない感じを抱えながらも痛い場所に触れる指がなくなって安堵していたロシンは、次の瞬間与えられた衝撃に息を詰まらせた。
「ヒッ――」
 指などとは比べ物にならない太さと質量のものが、先程血を流していたのと同じ場所に無理矢理突き入れられる。
「あ、ああ、うあああああっ」
 体の内側から押しつぶされそうな圧迫感に、肺の中の空気が吐き出される。酸欠の獣のようにロシンは喘いだ。
 また新たに中が裂けたのか、血が流れるのがわかった。今度は鉄錆のようなそのにおいまでわかるようになり、ロシンはこのまま気絶したくなる。
 しかしソルバも、周りの男たちもそれを赦さなかった。狭い穴の中に無理矢理押し入ったソルバは、そのままロシンにのしかかり動き出す。一度手が届きかけた快感は、乱暴な動きのせいであっという間にただの苦痛に変わってしまった。

 この日、西の大国ルグラントはその歴史に幕を下ろした。