天上の巫女セルセラ 052

第3章 恋と復讐と王子様

052.アムレート

 中央大陸から青の大陸へと渡る貨客船は、表面上は何事もなく青の大陸東端の国家の一つ、ダールマーク王国の港へ入った。
 魔獣に穴を空けられた部分は監獄が提供してくれた資材とセルセラの魔導で軽く応急処置だけはしてあるが、この港で本格的に船を修理するという。
「完璧に守れなくて悪かったな」
「完璧なんてありえねえよ。嬢ちゃん、偉い巫女様とはいえそんなこと気にしてんのかい? あんまやりすぎると疲れちまうぜ。やめときな!」
「そうだな。ありがとう、船長。短い間だが楽しかったぜ」
「こちらこそ! ……できれば例の砦の件、後で顛末だけでもこっそり教えてくれると嬉しいぜ」
「ああ。必ず」
 彼らが一晩世話になった海上刑務所は、無実のものに罪を着せてまで『犯罪者』を作り出し、収監している。
 セルセラたちはその件の調査を請け負ったが、貨客船の方は別に警察でも何でもないただの海運業だ。ここでセルセラたちと別れて船を修理した後は、いつも通りの日常に戻る。
 船長はセルセラたち四人のおかげで一人の死者も出なかったことに感謝を告げた。
 セルセラたちは元々の計画通り、まずは依頼の手紙を送ってきたエルフィスと合流するため、この国の別の都市へと向かわねばならない。
 下船した他の乗客たちと共に船の甲板から手を振る船員たちに見送られ、一行は港を後にする。
 港町を歩きながら、先程の船長の台詞を受けてタルテはセルセラに言った。
「私も彼と同じことを思いますよ。他人にない力があるからって、あなたは色々と背負い過ぎです」
「そりゃ好きでやってるからな。自分を実力以上に強く見せるために」
「実力以上に?」
 セルセラの口ぶりに、レイルが怪訝な顔をする。
「それは……大変ではないのか? 過度な期待をかけられたり」
「僕の立場ならそのぐらいでいいのさ。これから魔王を倒して世界を救おうって星狩人があれもこれもできませんじゃみんな不安になっちまうだろ」
 “天上の巫女”と呼ばれるだけあって、セルセラは魔導士として人並み以上の実力を持ち合わせている。
 それでも、世界を魔王の手から救う“英雄”としては、「実力通り」では「足りない」。
 嘘ばかりになるのは問題だが、多少のはったりくらいは必要だと言うのがセルセラの主張である。
「でも息抜きは大事だよ。セルセラはすーぐ無茶するんだから、大変な時はちゃんと言ってね!」
「ありがとよ。ファラーシャもな」
「うん! もちろん!」
 そうした他愛のない話をしている最中、セルセラはここではない遠くで自らの名を呼ぶ気配を感じた。

 ――セルセラ様!

「あ」
「どうしました? セルセラ」
「呼ばれた。エルフィスに」
「ファンドーラー王に?」
「どうやらのんびり観光してる暇はなさそうだな。行くぞ!」
 宣言から行動までが恐ろしく早い。
 セルセラが頭上に展開させた魔法陣が四人を覆うと、次の瞬間には港街から一行の姿は消え去っていた。

 ◆◆◆◆◆

 ――時は少し遡る。

「もう素直にセルセラ様をお呼びしましょうよ~、アムレート公爵閣下~」
 国王とも思えない言葉遣いで、隣国の貴族と交渉する金髪に青い瞳の少年がいた。
「ですから、それはできません、と」
 ここ数日で、このノリにも慣れてしまったアムレートは拒絶する。
「じゃあ国王陛下の方に」
「それは……」
「どっちもダメ、は通用しませんよ。殿下の叔父上に協力を申し入れたくないならもうそれはそれでいいですから、せめてセルセラ様をお呼びしましょうよ。あの方ならなんかきっといい感じに収めてくださいますから!」
「なんかいい感じって……ファンドーラー王陛下」
 アムレートは、溜息を押し殺しながら相手……ファンドーラー国王、エルフィスを呼んだ。
「エルフィスで結構ですよ。ここには私と殿下と、信頼できる部下だけではないですか」
 金髪の少年はにこにこと、一見人懐こい笑みを浮かべている。
 しかしその押しはあくまでも強く、自分より五歳も年上の青年貴族、アムレートの言葉にも譲る気配はない。
「前国王の息子でありながら、あれこれ理由をつけて叔父上に玉座をかっさらわれた殿下のお気持ち、わかるとは言いませんがその事情に配慮する気はありますよ」
「でしたら」
「ですが、鉱毒被害に何の対応もしないことはありえません」
 ファンドーラー国王エルフィスは、隣国の王の甥公爵であるアムレートを諭す。
 年齢はアムレートの方が上でも、立場的には一国の王であるエルフィスの方が上。
 そしてその内容も、第三者が聞く限り、どう考えてもエルフィスの方が正しい。
「これは、ファンドーラー王としての意見です。あなた様の意見ももちろん尊重しますが、苦しむ民を見捨てることはできません」
「……」
 エルフィスがここにいるのは、二国の間に存在し共同で開発を進めている「ファリア鉱山」の安全管理に関する話し合いのためだった。
 ファンドーラー側は問題なく工事を進めているが、隣国ダールマークの方で問題が起こった。
 共同で作業をする以上、ファンドーラー側も多少は相手の事情に踏み込まねばならない。
 相手が普通の貴族であれば話は早かったのかもしれないが、公爵アムレート卿は現王の甥という難しい立場である。
 そして彼の立場をもっと難しくしているのが、現王のフェングは、そもそも前王の息子であるアムレートから王位を奪ったと言われるこの国の状況だった。
 一介の貴族ではなくあくまでも元王子であるアムレートの立場を慮った上での説得に、ファンドーラー側は国王というカードを最初から切ることにした。
「いっそあそこの鉱山にも竜の一匹も埋まっていれば話は早いんですがね」
「……さすがは自らの腕一つで三百年の呪いを打ち砕いた屠竜王陛下」
 ファンドーラーの少年王、エルフィスは十五歳にして“屠竜王”なる勇ましい二つ名を得ている。
 しかしアムレートはそれを認めながらも、今回の問題は隣国の偉大な屠竜王にも解決できない事情であることを暗に示す。
「ですが、本当の邪竜は……いつだって山ではなく人の中にこそ棲むものではありませんか?」
「アムレート殿下」
 アムレートの思いは、エルフィスにもまったくわからないわけではない。
 王子として生き、疑いもなく玉座を継ぐものだと信じて日々を送ってきた青年が突然その立場を奪われた。奪った相手である叔父国王に対し複雑な感情を抱かないはずがない。
 ましてや、前王たる父親の死に不審な点があるとすれば尚更だ。
 しかし、そのために今もこ鉱山で働く人々を危険に晒す可能性は、隣国の王である前に一人の人間として見過ごせない。
 エルフィスは言った。
「こうなったら仕方ありません。最終手段です」
「最終手段?」
「僕が勝手にセルセラ様を呼ばせていただきます」
「エルフィス王!」
 例えアムレートの意志を無視しても、民の身の安全と健康を優先する。エルフィスはそう決断した。
 勝手な言い草に気色ばむアムレートを後目に、エルフィスは唐突に部屋の中で叫ぶ。
「――セルセラ様! セルセラ様~~!! たーすーけーてー、くーだーさーい!!」
「エルフィス王……!?」
 いや待て。
 確かにエルフィスは“天上の巫女”を呼べと先日から主張し、実際に呼ぶと宣言もしたがまさか部屋の中でいきなりその名を叫び出すとは誰も考えていなかった。
 突然虚空に向かって比喩でなく本当に“天上の巫女”を呼び始めた隣国の少年王に、アムレートも彼の部下や護衛たちも困惑しきりである。
 思わずファンドーラー側の護衛兵の顔を見るが、驚いたことにこちらは皆慣れた様子でただ苦笑を返すのみ。
 そして、彼らにとっての本当の驚きはこの後にこそ起こった。

「エルフィス、あのなあ」

 初めて聞く少女の声。呆れたようにエルフィスに呼び掛けるその発生元に、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「確かに困ったときは力を貸してやると言ったが、なんでもかんでも気軽に僕を呼んでんじゃねえよ」
 見た目はこの上なく美しい少女の唇から、少年のような口調で愚痴が零れ出す。
 一瞬前までは室内にいなかったはずの人物の登場、その美しさと迫力、彼女の背後の仲間らしき者たちも放つ独特の存在感に、アムレートは一瞬、我を忘れて見入る。
 一方、なんとも気軽にセルセラを呼び出したエルフィスの方は、さっそくセルセラの許へと駆け寄り両手を胸の前で組んで跪いた。
「セルセラ様――!! お会いしたかったです! 今日もお美しいです! 結婚してください!」
 セルセラの同行者たち三人が、背後で顔を見合わせる。
「この人が天上の巫女の伝説の始まりを彩る悲劇の王子様?」
「人違いじゃないんですか」
 一国の君主相手に不敬とも言える発言だが、ファンドーラー王本人が確かに奇行を繰り広げているので誰も反論も注意も警告もできない。
「だー!! うるせえ!! いいからさっさと事情を説明しろオラ!」
 しまいには痺れを切らしたセルセラが実力行使に出ても、エルフィスは終始笑顔であった。

◆◆◆◆◆

「本当にこの事態の解決にお呼びしたのでしょうか。ただエルフィス王が会いたかっただけでは?」
「すまん。それについては本当にすまん。まぁせっかく来たから事情程度は聞くし、今ならまだフェング王に僕がこの国に入ったことは知られてないから色々小細工も利く。良かったら事情を話してくれないか?」
 すったもんだの末にエルフィスをなんとか黙らせたセルセラは、アムレートに向き直る。
「鉱山関係だと聞いた。病人の治療なら僕じゃなくても何なら信用できる医療者や施設の紹介くらいはできるぜ? あんたの懐事情が悪くなるほどの報酬はとらないし、例え背後にどんな事情があろうと、自分の民の病気を治して損はないだろ?」
 セルセラたちが現れて以来難しい顔をしていたアムレートだが、セルセラの医療関係の問題には何が何でも決着をつけるという気迫に折れたのか、ついには相談する決意をしたらしい。
「……あなたを頼りにさせていただいても、構わないでしょうか」
 荒療治かもしれないが、エルフィスの目論見は成功したようだ。
 部屋は変えないが、改めて茶の支度をさせたアムレートは、エルフィスとも顔を見合わせながら、天上の巫女一行に対し事情を説明し始める。
「始まりは、ダールマークとファンドーラ―が共同で開発を行っているファリア鉱山から、鉱毒被害らしきものが出ているという報告でした」
 アムレートの領地であるオノクロタルスでは、しばらく前から鉱山の発掘により鉱毒被害らしき症状が麓の住民に現れたという。
 同じように資源の採掘に関わるファンドーラー側はすぐに対応し、同じ悩みを抱えているだろうアムレートに連絡を取ったが、何故かアムレートは鉱毒被害を隠蔽しようとしていた。
 アムレートが被害を隠そうとした訳は、被害が明るみに出ると国王である叔父フェングにこの土地を奪われると考えたからだという。
 実はフェング王は鉱毒被害の少し前からアムレートにオノクロタルスと自分の支配する別の領地の交換を持ちかけていたらしい。
「私と国王陛下がただの叔父と甥の関係であるなら、私はその取引に応じたかもしれません。ですが……」
「あんたの父親の死因は毒殺。そして父親の代わりに玉座についた叔父が欲したこの土地から、今まで存在を知られていなかった未知の鉱毒被害が広がった。……叔父である国王を疑っているということか」
「まぁ、当然の疑いではありますね。そのタイミングで話を持ちかけられたら、誰だって兄の代わりに王位を継いだ現国王フェングにやましいことがあると考えるでしょう」
 タルテがアムレートの疑心を肯定する。
 本来継ぐはずだった玉座を奪われた元王子の身としては、きな臭いものを感じて当然だ。
「でも、被害を隠したら鉱山の人たちはどうなっちゃうの?」
「……医者の派遣自体は行っています」
 民を見捨てたと受け取られる行動を取ったことに後ろめたさはあるのか、ファラーシャの率直な質問にアムレートは渋い顔をする。
 その隣ではエルフィスも、鉱毒被害が解決していない理由について触れる。
「どうもただの鉱毒被害ではないようで、我が国の医師たちも治療に悩んでおります。彼らの進言でアムレート殿下と協力した上で、セルセラ様に相談すべきと考えたのが、お送りした手紙に書いた依頼事です」
「魔導の影響を感じるってことか?」
「上手く説明はできない、とのことでした。ですが我が国が雇った医師は一人二人ではありません。自分たちも治療法を探すけれど、患者のためにはできるならセルセラ様をお呼びしたいと」
 普通の医師では治せないような症状も、セルセラならば治せる可能性が高い。
 病気の原理を解明しなくとも、神の軌跡による完治という結果をもたらすことが可能であるからだ。
 医学の発展を思うなら病の根源から発見したいところだが、今この瞬間も苦しんでいる患者の事を思えばそう悠長な話はしていられない。
 エルフィスから鉱毒被害の大まかな内容を聞いたセルセラは、再びアムレートに確認をとる。
「この鉱山は、あんたの父親である前国王がもともと管理していたんだよな」
「はい。……ですが、叔父はこの山の管理権を完全に渡すよう求めています」
「国王管理の山と未知の鉱毒か……ちなみに鉱山の開発はいつから行っている?」
 その質問にはエルフィスが答えた。
「二年前ですよ。私がセルセラ様に助けられてファンドーラー王になってからすぐのことなのでよく覚えています」
「二年前……?」
 偶然かもしれないが、ディフの海上刑務所周辺に出る魔獣の生態が狂ったと考えられる時期と同じではないか。
「どうかされたのですか?」
「ちょっと、この国に入る前に気になることがあってな。フェング王に直接聞こうか思ってたんだが、あんたと協力したほうがいいのかもな」
「セルセラ、鉱山被害の現状を見るついでに被害者たちから話を聞いて情報収集したほうが良いのではないですか」
 タルテが口を挟む。
「そうだな。もしかしたら僕たちが探している情報も、その中にあるのかもしれない」
「……私難しいことはわかんないけど、王様って普通亡くなったら息子である王子様に後を継がせるよね。となるとやっぱりその叔父国王って怪しくない?」
 今までは聞き役に徹していたファラーシャも唇に指を当てて自分なりの意見を述べた。
「先入観で偏見持つのは禁物だぜ、ファラーシャ」
 玉座を奪った側と奪われた側だと奪われた側に肩入れする。心情的にはわからないでもないが、それが正しくないことだってある。
 とはいえ、この場で憶測だけ重ねても仕方がない。
「とりあえず、現場に行って――」
 まずは正確な情報を収集するべきだと、これからの行動の指針を決めようとしたところに、アムレートの部下が酷く焦った様子で入室を求めてきた。
「何事だ?」
「大変です、鉱山に魔獣の襲撃が――!」
「なんだと!?」
 伝令の内容に、アムレートも表情を険しくする。
「すぐに兵を出せ! 魔獣を駆逐し、市民を救助せよ!!」
「僕たちも行くぞ! 魔獣と戦ってこその星狩人だ!」
「おう!」

◆◆◆◆◆

 アムレートには彼の部下である救助部隊の編制と指揮を任せ、まずはセルセラたち一行とエルフィス、そしてエルフィスの護衛数名で現場に向かった。
 人数が少なければ魔導による短距離の転移呪文が使える。そしてエルフィスは向こうに辿り着きさえすれば、王としてファンドーラー側の鉱山開発の人員を動かせる。
 セルセラたちはこの国の救助活動の勝手こそわからないが、魔獣退治は当然本業で、魔獣の襲撃に関わる救助活動の経験は当然ある。むしろセルセラに関しては救助活動の方が得意と言える。
 先に魔獣を蹴散らして怪我人の応急処置をしておくから、アムレートには自分の領地の民の支援がしっかりできるよう準備をしてから来てもらうようにした。
「山の麓まで辿り着いた、中腹まで跳ぶぞ!」
「障害は!」
「上空で落とすから、無事に着地してくれ!」
「了解!」
 道具の補助を必要としない短距離空間転移呪文は、出現先に障害物があると発動しない。
 セルセラはその問題を突破するため、そもそも障害物の存在しない上空に出現して目的地に落とすという手法を使うらしい。
 セルセラ自身が風属性の強い魔導士で、エルフィス他三名程度なら空中から衝撃を殺して着地させることもできるからこその荒業だ。当然、レイル、タルテ、ファラーシャの三人は空中にそのまま放り出されるので自力で着地することになる。
 他の属性の良い子もとい良い魔導士は決して真似しないでください。
 幸い、そろそろセルセラの無茶ぶりにも慣れてきた三人だ。もはや当たり前のように華麗な着地を決め、魔獣被害を受けている鉱山へと向かう。
 そして、初めて見るはずの場面に奇妙な既視感を覚えた。
「あの魔獣……」
「まさか、海で見た奴らと同じ状況か?」
「海?」
「後で説明してやる、エルフィス。まずはこいつらを片付けるのが先だ!」
 セルセラは怪訝そうなエルフィスの疑問を保留し、檄を飛ばして戦闘を開始する。
「調べるのは後だ。襲われている人たちを救出しよう」
 レイルが真っ先に駆け込んでいく。
「ちっ! 結構奥の方まで入り込んでやがる」
「ここで私が弓射ったらみんな当たっちゃうよねー。地道に殴り倒すしかないかあ」
 ファラーシャは辰骸環を諦めて、自分の拳で戦うことを決めた。
「指揮個体が幾匹かいるようです。私はそれらをつぶします。そうすれば兵士たちにも労せずして倒せるはずですから」
 タルテは素早く状況を見極め、自分のやるべきことを定めてから飛び出した。
「とにかく魔獣を倒せばいいんですよね? セルセラ様はここで待機して怪我人の治療準備を整えてもらっていいですか? 私たちも突っ込んで暴れてきます」
 襲われているのはこの国の民だけではない。ファンドーラー側が送り込んだ労働者たちもだ。
 そうでなくとも“屠竜王”の異名を持つエルフィスは、ここで魔獣に襲われる人々を見捨てるような真似をすることはない。
「――目覚めよ、“ラプラス”」
 “屠竜王” の異名の由来、かつて邪竜を屠った“神器”の紅い槍を掲げ、自ら敵陣に駆け込んでいく。
「頼んだぜ。ざっと見た感じでもかなり怪我人が多いみたいだからな」
 セルセラはエルフィスの勧め通り、この場所に待機しながら遠隔で結界や防壁をとばすことにした。
 鉱山で働く作業員やその身内、負傷兵などが多い場所はまるごと結界で覆ってしまう。
 一人くらいは現場を俯瞰する人間が必要で、それには、怪我人の治療を並行して行えるセルセラが最適だ。
 レイルたちが敵をあらかた倒して怪我人がこちらに流れてきたらすぐに治療に入れる。
 口ではなんだかんだ言いつつも連れの実力は信頼している。この時点ではセルセラも、この事態に関して大して心配などしていなかった。

 ◆◆◆◆◆

「この魔獣、何?」
 鉱山を襲う魔獣たちと戦いながら、ファラーシャは妙な胸騒ぎを覚えていた。
 この魔獣たちは普通の魔獣とは違う。同じだ、あの海で襲ってきた魔獣たちと。
 もともと魔獣は邪神の魂の欠片に憑りつかれ狂った生命の成れの果てとされるが、それにしても海と鉱山、二か所で見た魔獣の動きは不可解だった。
 魔獣は人を食らうと怖れられているが、実際にはそうでもない。
 ただ殺すことに特化していて、意志を持って人を食らうような個体はむしろ少ない。
 しかしこの魔獣たちは人々を食おうとするかのような行動がみられるうえに、稀に仲間の死体を魔獣同士で食い合っている。端的に言って地獄絵図だ。
 普通の魔獣とは違う。
「何かに、狂わされているような――」
 また一匹、熊よりも巨体を殴り倒しながら、違和感への焦燥に身を焦がす。
 何かが、何かが引っかかる。けれど上手く形にならない。
 鍛えぬいた肉体は、思考の焦りを置き去りにしたまま、着々と敵の数を減らしていく。
「ダメだ! そっちは!」
 レイルの声に振り返れば、鉱山の入り口に作業者の家族らしい幼い兄弟が逃げ込むところだった。それを魔獣が追う。
 鉱山の中には、すでに避難した人々が顔を見せている。子どもたちを中に入れようとするが、それを追う虎型の魔獣の牙が人々に迫る。
 ファラーシャとレイルはすぐさま駆け出した。
 ファラーシャが子どもたちを庇い、レイルが虎を斬り捨てる。
 その直後、レイルの背後で爆風が巻き起こった。

 ドォン!!

「ファラーシャ! レイル!」
 セルセラたちが気づいたときには、すでに爆発により鉱山の入り口が崩落している。
「一体何が……」
「敵が自爆しました! レイルとファラーシャ、人々があの中に!」
 経緯を見ていたタルテが、足元の最後の一匹の魔獣を槍で苛立たし気に串刺しにしながら説明する。それを聞いたセルセラは盛大な舌打ちをする。
「くそっ……!」