荊の墓標 12

第4章 眠り姫よ贖いたまえ(3)

061*

「いや、いやぁ……いやぁあ!」
 どうして。
 どうして、こんなことに。
「や、やめて……! やめてください! 兄上! お兄様!」
 再会した兄に無理矢理体を引き裂かれながら、ロゼウスは矜持も何もない悲鳴をあげていた。
「ひぃ!」
 久々に着た、借り物の男衣装はずたずたに裂かれ、あらわになった肌をドラクルの手に嬲られる。
 噛み千切られるかと思うくらい強く乳首を噛まれて、高い悲鳴が喉を突いた。
「いや……やだ……兄様……」
「いや? やめて? おかしいな」
 ロゼウスの体から顔を上げて、長兄は酷薄に微笑む。
「最後の時、私を求めたのはお前のほうからだろう? 自分と一緒に死んでくれとせまったのは嘘だったのかい?」
「な……で、でも……うぁ!」
 先程噛まれたのは逆の乳首をまた乱暴に抓られて、言葉が途切れる。それでも悲鳴ではなく言葉を押し出すようにと、自分の体に鞭を打ってその台詞を吐いた。
「だって、兄様は……お、れを……拒絶……憎んでるって、言った!」
 ドラクルはロゼウスを憎んでいると言った。
 愛している、そして憎いと。
「なんで、ここに……」
 兄の身体が軽く離れた隙に荒く息をついて、どうにかそれを問う。ローゼンティアが滅んでから、王家の兄妹のほとんどは散り散りになってしまったのではなかったか。何故、彼は平然とした顔でこんなところにいる?
 どうして、こんな風にいきなり、無理矢理俺を犯している?
 イスカリオット城でもその声を聞いた。その気配を感じた。だが顔までは見ていない。それに、彼がそんな場所にいるはずもないから、もしかしたら夢だったのではないかと疑っていた。
 だけど、今、彼は間違いなくここにいる。
 確かにここにいて、突然理由もなく、ロゼウスの心と身体を引き裂いている。
「兄上、どうして……?」
「どうして? 決まっている」
 優しさと勘違いしそうなほどに優美な微笑でロゼウスの唇を封じ、彼は告げた。
「お前に私を思い出させてあげるためだよ、ロゼウス」
「俺は、兄様を忘れてなんか……」
「忘れようとしただろう? シェリダン王に逃げることで」
 ロゼウスは瞠目する。
「ローゼンティアの民の命と引き換えに取引? 馬鹿だね、ロゼウス。お前がそんなに国民思いなわけはないよ。お前は王子という身分が心地良いんだ。なのに、ローゼンティアに留まるのが怖いからエヴェルシードに逃げたんだろう? 私から、逃げたかったんだね? ロゼウス」
 違う。そんなこと考えてない。
 でも、喉が動かない。言葉が、出ない。
 震えるばかりで何も言わないロゼウスを楽しそうに見下ろして、ドラクルが再びその身体に顔を埋める。引き裂かれて用を成さないズボンを無造作に放り投げ、むき出しになった股間に手を伸ばす。
「ひぎぃ!」
 強く掴まれて、たまらず潰れた悲鳴をあげる。
「あぁ! いた、痛い! 兄様! やめてやめて!」
 激痛に顔が歪む、身も世もなくドラクルに縋り、離してくれと懇願する。
「嫌なら自分で逃げればいいだろう? 私はお前の手足を動けないよう折っても縛ってもいないんだよ」
 身体はそう。でもあなたは今も、昔もずっと俺を縛り続けている。
 俺の心を。
「ああああああっ、あ、ああっ!」
 先端を擦られて無理矢理感じさせられる快感に息が詰まる。朝の屋外だということも忘れて、叫んだ。
「ひぃっ!」
 達した瞬間に感じたのは恍惚ではなく暗い絶望で、ロゼウスを組み伏せて見下ろすドラクルが笑むたびに恐れが募った。
「はっ、はぁ、はぁ……」
 気だるげに瞬きしながら荒くなった呼吸を治めようと努めるロゼウスの足を開き、ドラクルは達したばかりで萎えた股間から滴る雫を指にとって舐めた。
「薄いねぇ。昨夜もエヴェルシード王とお楽しみだったってことかい?」
「にい、さま……」
「じゃあ、今度は私を楽しませてもらおうかな」
 そう言って、ドラクルが取り出した自分のものを、ロゼウスの口へと無理矢理突っ込む。
「んぐっ!」
 この二ヶ月感じなかった味わいに、けれどすぐにロゼウスは順応する。
「ん……ふ、……んむ」
 口の中に含んだものを懸命に舐めて奉仕する。十年間、物心ついてからずっと、心と身体に教え込まれてきた仕草だった。
 ぴちゃぴちゃと、逸物をしゃぶる卑猥な水音が響く。
「ふふふ。やっぱりこれにかけては、お前に敵う者はいないね」
 自分のものを咥えさせておきながら、ドラクルは嘲笑うようにロゼウスを見ていた。
今まではずっと、ロゼウスにはドラクルのこの瞳の意味がわからなかった。エヴェルシードに来て、シェリダンやローラやエチエンヌやリチャード、ジュダやクルス、様々な人に出会ってようやくその示すものがわかった。
 ドラクルはロゼウスを、はっきりと馬鹿にしている。
「本当にいやらしい、はしたない子だね、お前は。これがローゼンティアの王子だとは、嘆かわしい……」
 口ではそう言いながらもドラクルは楽しそうだ。ロゼウスを貶めけなすことが楽しいとでも言うように、より深く彼のものをロゼウスの口に咥え込ませた。
 さんざんに尽くさせた後、ロゼウスの口からまだ達していないものをずるりと引き抜く。
「あ……兄様……」
「まだ足りないって? でもお前が欲しいのは、こっちじゃないだろう」
 ドラクルがその美しい指をロゼウスの身体の奥深くへと潜り込ませる。
「ひ、ぐ」
 痛い。痛い痛い痛い。
「兄様、いた、痛い」
 まだ指一本入れられただけだけど、濡らしてもいないので痛いのだ。
「そうだね。ヴァンピルは傷の治りが早いから、昨夜シェリダン王が広げてくれた場所も、もう元通りだろうね」
「あ、あ」
 どうして、何故こんなにも兄上はシェリダンのことを話題に出すのだろう。
 問いただす余裕は与えられなかった。
「う」
「これが欲しかったんだろう? ねぇ、淫乱なロゼウス。欲しくて欲しくてたまらなかったんだろう?」
 仰ぎ見た空には中庭の花が垂れている。でもその光景がぼやける。
「うぁああああああああ!!」
 無理矢理の挿入に、後が裂けて血が流れるのがわかった。指一本でもきつかったそこに慣らしもせず、いきなりドラクルが入ってきた。
「ひぃ、い、いた、ぁ、ああ、あ……」
 生理的な涙がぼろぼろと頬を伝い、視界を覆う。
「ぬ、抜いて、い、いた、いや、やだぁ……」
 あられもない姿で懇願するけれど、ドラクルは聞き入れない。
 痛みに顔を歪ませるロゼウスの様子など気にも留めずに動きだした。
「ひぁああああああっ!!」
 ますます傷口が裂け、血が潤滑油となる。ねちゃねちゃと嫌な音を立てて、ドラクルはロゼウスの中を荒らす。身体も。
 心も。
「ねぇ、ロゼウス。シェリダン王に求められた時、嬉しかっただろう?」
 苦痛ばかりで快感の得られない結合に涙を流すロゼウスに構わず、ドラクルは続ける。
「私に捨てられて自分の存在する意味など何もなくなったお前が、シェリダン王に望まれた。彼のものになってしまえば、お前は誰にも必要とされないという孤独から逃れられるのだから……なんて卑怯な考えなんだろうね」
 違う、俺は、俺は、ただ、ローゼンティアのために。
「嘘つきで自己中心的な王子様」
 ロゼウス自身も知らなかった闇が、ドラクルの手によって暴かれる。
「でも、そうはいかないよ。ロゼウス、私の囚人。私の薔薇の下の虜囚。お前が私を忘れるなど許さない」
 もはやドラクル自身も快楽を得るというよりはロゼウスに苦痛を与えるのが目的だとでも言うように、より深くロゼウスを抉る。
「お前の中に、私を刻み付けてあげる」
ロゼウスの中で出し、外にも自分の白濁をぶちまけてロゼウスの顔を汚し、彼は陰鬱に微笑んだ。そして再び中を抉る。飽きるほどにそれを繰り返した。
「!」
 何かに気づいた様子の彼がロゼウスの中から出て、ロゼウスを捨て置いて去って行っても、ロゼウスはその場から動けなかった。

 ◆◆◆◆◆

「……っ、ロゼウス?」
「は、いませんよ。残念ながら」
 夢と現をさんざんに彷徨った後で目を覚ませば、隣にあるべき人間の感触がなかった。ちょっとした肌寒さを感じながら身を起こすと、何故か部屋にジュダがいた。
「出て行け」
「……間髪入れずにそれですか? せめてどうしてここにいるのかぐらい聞いてくださいよ」
「では、何故お前がここにいる?」
「朝一番で陛下にお会いしたかったもので」
 シェリダンは布団を被りなおした。
「寝る。ロゼウスが来たら起こせ」
「無視ですか? 酷いなぁ。最近の陛下は本当に、王妃様以外に興味がないようで」
 何とでも勝手に言え。この男のからかいなどいつものことだ。まともに相手をしていては気が狂う。
 しかし、執務がないからたまにはいいだろうと二度寝を決め込んだシェリダンを、再び別の声が起こす。
「シェリダーン、あれ? まーだ寝てるの? 珍しい」
「おや、ハデス閣下。おはようございます」
「おはよう、伯。ロゼウスの忘れ物届けに来たんだけど」
「忘れ物?」
「ああ、湯殿でね。上掛けの一枚だけど」
「朝っぱらから風呂ですか。……まあ、そういえばあなたも昨夜はルイとお楽しみだったようですね」
「そ。まあそれは今はおいといて。ロゼウス、まだ戻ってきてないの? とっくに出たはずなのに。どこで油売ってるのかな。おや、シェリダンも起きた?」
 仕方なく、シェリダンは身体を起こした。部屋に備え付けの簡易な浴室に運ばせた湯で簡単に身体を流し、ジュダが用意した服に着替える。
「……ロゼウスはまだ帰ってきていないのか」
「ええ。陛下が浴室に消えている間も姿を見せませんでしたよ」
 シェリダンが昨夜の残滓を洗い流している間も、まだロゼウスは部屋に戻ってきていなかった。ハデスの言ではないが、朝っぱらからどこで油を売っているんだ、あいつは。
 その内にエルジェーベトもやってきた。
「おはようございます、陛下……王妃様は?」
「お前も行方を知らないのか? エルジェーベト」
「ええ。朝は確かに湯殿にご案内いたしましたけれど、その後は……どうかしたのでしょうか?」
 ロゼウスが男だと知ってからすっかり興味を失くしたらしいこの女公爵は、こちらが予想していたよりもずっと聞きわけがよく、できた臣下だった。朝も彼女がロゼウスに湯を使わせ、新しい服を用意したらしい。
「女物ばかり着せるのもなんだと思いましてね」
 男衣装を与えるならシェリダンが見ていない隙だと、わざわざ彼女はシェリダンが眠っている内にロゼウスに会いに来たらしい。
「余計なことを」
「あら。そうでしょうか、陛下。でもそもそもあなた様は男衣装のあの方に惹かれたんでしょう? いいじゃないですか。王宮では間違ってもそんな格好させられないでしょうし、久しぶりに男装の魅力を堪能しても」
「とか言って、お前は自分が見たかっただけだろう」
「もちろんですわよ。だって男装と女装の両方の姿を知らねば、その落差のぞくぞくするような感覚は味わえませんもの」
 ……この女の趣味は放っておこう。
「ところでさ、肝心のロゼウスって、結局まだ帰って来ないけどどこにいるんだろ?」
 人の部屋ですっかり寛いでいるハデスが軽く首を傾げた。シェリダンもそれに意識を戻し、眉をしかめる。彼が朝起きて隣にいないなどと言う事は滅多にないだけに、妙な苛立ちが募る。戻ってきたら、一言二言責めずにはいられない。
「ミザリー姫たちに会いに言っているということはないですか? すぐ隣なんでしょう?」
 ジュダの発言で彼女たちのもとへも行ったが、来ていないという。
「ったく、あの馬鹿、一体どこに行った」
「ロゼウス兄様を馬鹿呼ばわりするな!」
 こちらは朝方に少し体調を崩しているというミカエラが、具合は悪くても衰えない威勢の良さでシェリダンに反抗してくる。この調子では、明日無事王宮に出発できるかどうか。しかし体調が悪くても気力が十分なら、なんとか王宮まで馬車の道でももつかもしれない。もともと人間より生命力の強いヴァンピルだ。
 城内に姿の見えないロゼウスの行方に対して、意見を述べたのはミカエラの枕元に添い看病に明け暮れるミザリーだった。
「薔薇園は? あの子、とくに薔薇が好きだし、こんな人間の多い環境で過ごすにはその力が不可欠だから、薔薇の魔力を摂取しに行ってるのかも」
「では、私たちも中庭に降りてみましょう。陛下」
 シアンスレイトといいイスカリオット城と言い、城という言う城で庭を徘徊する癖のあるロゼウスのことだから、それはもっともな意見に聞こえた。
「仕方がないな、あのじゃじゃ馬め。何故私が目覚めるまで待つぐらいのことができない」
「起きて一番に彼を見たかったんですか? 陛下」
「黙れ、ジュダ」
「おお怖い」
 軽口を叩くジュダを追いやり、エルジェーベトを先頭にシェリダン、ハデス、ジュダと続き廊下を歩く。
 落ち着かない。苛々する。ロゼウスが側にいないだけで、こんなにも。
 昨夜は間違いなく隣で寝ていたはずなのに、気づけば一人でシーツの波に埋もれ、人肌の冷めた寝台で凍えているなんて惨めだ。この私にそんな思いをさせるなんて、あの馬鹿。お前のせいだロゼウス。
 つまらない気分を振り払おうと、ふと廊下の窓に視線をやった。換気用にとりつけられた窓は狙撃の可能性を考慮してさほど大きくはないし、数も多くはない。だが、これほどの規模の城となると、それなりに景色も見晴らせるようになっている。
 明け方の、中庭。
 大陸のどちらかと言えば北部に属するエヴェルシードの庭には、冬に咲く花が多く植えられている。この季節も可憐な花々が庭園を埋め、その様子を賑わせている。
 その、一角。
 倒れ付す影にのしかかるもう一つの影。乱れた白い髪。
 覆いかぶさる男……の顔はわからない。だがその相手に組み伏せられて無体を強いられている方の様子は見えた。
 ぐしゃぐしゃに崩れた泣き顔。
「―――ロゼウスっ!?」
 何? 何だあれは?
 シェリダンは叫び、窓硝子に割れそうなほど拳を叩きつけていた。信じられない光景が眼下で行われている。
 前を行くエルジェーベトを含め、三人がシェリダンの視線の先に気づき、驚愕の声をあげる。
 シェリダンは窓をあけて叫んだ。
「ロゼウス!!」
 ただ、名を呼ぶことしかできない。この距離。
「……くっ」
「どいてください! 陛下!」
 エルジェーベトが懐から小型のボーガンを取り出した。さしたる威力はないはずのそれに無理矢理弦を一本足し、強度を挙げてから中庭の侵入者を狙う。
 密着しているロゼウスではなくその上の男を狙った矢は見事にその肩口に命中し、男が体勢を崩し、何処かへ逃げるようだった。
 シェリダンたちはすぐさま中庭へと駆け下りた。
「ロゼウス!」
 全身を見る影もなくぼろぼろにしたロゼウスは、茫然自失の体で地面に座り込んでいる。
「あ……」
 その頬に光る、幾筋もの涙の痕。
「ロゼウ……スっ!?」
 駆け寄ったシェリダンを、白い手が突き放した。
 どんっと勢いで無様に尻餅をつくが、自らの状態よりも身に起こったそれに意識が集中していて思考が追いつかない。
「ロゼウス……?」
「あ……あ……ご、ごめ……」
 シェリダンを突き飛ばしたロゼウスは、蒼白な顔をしていた。