荊の墓標 34

第14章 冥府の王(1)

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『本当に良いのか? 我等の王よ』
 一人の魔物が尋ねた。
「ああ」
 黒髪の少年が頷く。
「僕はロゼウスのせいで死ぬなんてまっぴらだし、姉さんの道具でいるのもまっぴらだ。せっかくの魔術の才、例え姉に敵わずとも僕の力でできる限りの抵抗を、反逆を、そして復讐をする」
『復讐?』
 それは何のための、何に対しての復讐なのかと魔物は嘲笑う。
 会話をしているのは彼らだけだが、この空間にいるのは二人だけではない。魔術で一時的に構築された冥界と地上の狭間の時空で、無数の魔物たちと少年は向き合う。
「力を貸してほしい」
 少年の言葉を受けて、魔物はその鈍色の唇を、酷薄に歪ませた。
『もう一度尋ねよう。本当に覚悟はあるのか? 楽なことではないぞ。皇帝を殺し、運命を捻じ曲げるのは。預言者よ、だがお前は自らの運命を知る事はできない』
 もったいをつけて確認を繰り返す魔物に、このやりとりに疲れてきた少年は苛立ちを細い眉に表わしながらも頷く。
「そんなことはわかっている」
 だけど、何もしないよりはマシなのだと。
 未来に希望など一つもない少年は、けれど諦め悪く交渉する。どうせこのまま何もせずに手をこまねいていれば、辿り着くのは必ず訪れる死だけだ。そのぐらいなら、どんな非道にだって手を染めるし、どんな屈辱にも耐えてみせる。
 姉の道具として作られた自分は、生まれたその理由がすでに敗者だった。敗者に未来など誰も保証してはくれないのだ。だから自らの力で勝ち取らねばならない。
 気づけば、味方などどこにもいなかった。
『我等の条件はわかっているのだろうな』
「ああ」
 この空間に集った無数の魔物たちがざわざわと身動きする。そっと彼のすぐ近くにまで寄ってくる。
彼は襟元に自ら手をかけて、解いた。これから何があるのかはわかっている。
「使えるものは、なんでも使うさ」

 ◆◆◆◆◆

 一本の極太の触手が後から抜けると同時に、また新たな魔物に腰を掴まれた。
「ん……ぅ、う!」
 口を獣に似ているが地上のどの生き物とも違う形の生き物への奉仕に使われ、呻きながらまた新たな魔物のものが内壁を擦るのを感じる。明らかな人外の化物にいいように犯されるおぞましさに吐き気を堪えながら、それでも離せとも嫌だとも言わない。
 ぬめる触手が肌を這い、怪しい粘液を塗りつけていく。肌色が見えなくなるほど隙間なく体中を魔物たちの手足や口、触手に埋め尽くされて、ようやく解放された口元からは唾液と共に荒い息が漏れた。
 その零れた液体さえ、魔物たちは嬉しげに啜る。自分たちの欲望を遂げる間に、彼自身にも苦痛と隣り合わせの快楽を与え、無理矢理達しさせると零れた精を我先にと争って舐めとった。
 後にはまだ何かの魔物のものが入っている。人間ともその他の生物ともほど遠い姿をした魔物もいれば、姿形は人間に近いが瞳の様子や鱗の映えた肌などが違う魔物もいる。どちらの方がいいとも言えないが、どちらもあらゆる手段で少年の肢体を犯したがっているのは明らかだ。
「ん……ぁああ!」
 腸が破れるのではないかと言うほどに奥深くを、激しく突き上げられる。凶悪ないぼを持ち鉄のように硬いそれが何度も直腸を擦り、前立腺を突く。
 溜まらず何度目かの白濁を零し、窒息する前に荒い息を整える彼の耳元で、この場の代表者たる魔物が囁いた。
『浅ましいことだな、ハデス』
 別の魔物が顔を近づけ、だいぶ息を整えた彼の唇を奪う。舌を強引に絡ませて、濃厚な口づけを与えた。
 下半身はまだ複数の魔物に弄ばれている。ずちゅ、にちゅ、と出し入れの音が耐えない。
『お前ほど必死な者を、我等は見た事がない。一匹や二匹程度の魔物に対しその身と引き換えに契約を迫る者ならかつていなかったわけではないが、これだけの数を相手に、自らの文字通り全てを賭して契約を迫るなど。それも、あんな小さな一つの願いのために』
 生理的な涙の浮んだ目元を、魔物は長い舌で舐める。
『生きるというのは、そんなに大層なことなのか? 地上での役割など放棄してずっと冥府にいれば、我等はお前を歓迎するのに』
「……」
『あのお方のことだって、応えてやればもっと力を―――』
「っ……、テュポン!」
 魔物の口づけから首を振って逃れると、ハデスはその言葉を激しい勢いで遮った。
「次にそれを言ったら、もうお前とは契約しない!」
 身体を差し出す事は、姉である皇帝ほどには魔力の強くない少年にとってもできる唯一の方法でもあるが、もともとその容姿に惹かれて交渉を持ち出してきたのは魔物たちの方だ。
 拒絶の言葉に肩を竦め、先程の言葉を言った魔物は沈黙する。とは言っても間違ってもハデスの剣幕に押されたというわけではなく、単にこれで不興をかって、せっかくの美しい人間の肌に触れられなくなるのがつまらないからだ。
『まぁ、いいさ。その愚かしいまでの必死さこそが、我等を惹き付けてやまないのだから』
『歓迎しよう。冥府の王よ』
 別の魔物がそう言って、再び異形の生き物たちは少年の身体を弄び始めた。