荊の墓標 38

第16章 暗黒の末裔(1)

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 生きることと死ぬことの間には、厳密な差異があるはずだ。
 死者は蘇りはしない。死んでしまったものには二度と会えない。
 ヴァンピルのような、一度の生命活動の停止が終焉とならぬような一族であっても、それでも最終的な滅びは免れない。
 自分にとっては、それだけが全てだった。自分以外の世界などどうでもいいくせに、自分の知っている存在に関しては、それが消えて二度とその姿を目にすることが叶わなくなるのが怖かった。

 ――死にたくない、というのは少し違うな。生きていたいんだ。死が怖いのでもイヤなのでもなく、生きていたい。
 ――わからないよ。どこがどう違うのか。

 彼の言葉はよくわからない。「死にたくない」と「生きていたい」というのは、どこがどう違うのか。どちらも「生きていたい」ということなのではないか? どちらも「死にたくない」ということなのではないか?
 彼の言葉はよくわからなくても、それでも自分の気持ちはわかっている。

 死なせたくない。
 絶対に。

 ――お前と一緒にいられるのであれば、馬鹿で構わない。私はもう他には何も望まないから。
 ――お前と一緒にいたい。お前といると、なんだか……酷くやわらかい気持ちになる。
 ――お前といると幸せなんだ。
 ――お前に会ってようやく、私自身が本当に望んでいるものがわかったんだ……自分を生んだ世界を無闇に恨まなくても、憎しみを糧にしなくても生きていられる。そうして最後に残ったのが、エヴェルシードの民や、カミラには幸せでいてほしいという気持ちだった。

 そして、この耳元で囁いた。今回に限ったことではない。幾度も、どんな場所でも、切ないくらいに真摯な声音で。

 ――愛している、お前を。誰よりも、私自身よりも。

 俺だって愛してる。だから。

 死なせたくない。
 殺したくない。
 お前を殺したら、俺だって生きていけない。
 そうなればもはや、狂うしかない。
「だから、死なないで」
 お願いだから、俺にお前を殺させないで。

 どうか――。