天上の巫女セルセラ 054

第3章 恋と復讐と王子様

054.王子に捧ぐ竜退治

「エルフィス王って強いんだね」
 魔獣討伐と人々の救出に一区切りがついて、ようやくこれまでの実働隊は休める余裕ができた。
 人々の支援を始め、残った作業は領主であるアムレートが采配を振っている。セルセラは医療班と共に、怪我をした人々の治療にあたっていた。
 ファラーシャたち星狩人組や隣国の王であるエルフィスはアムレートを差し置いてあまり口出しするわけにもいかないので、客人待遇でやんわりと現場からは遠ざけられている。
 お互い暇になったことで、ようやく自己紹介をする時間が出来たようだ。
「ほとんどセルセラ様からいただいたこの槍の力ですよ。でも皆さん怪我がなくてよかったです。ファラーシャ様、レイル様、ありがとうございました」
「こっちこそ、助けに来てくれてありがとう」
「あの、ファンドゥーラー国王陛下……陛下ともあろう方に様付けされるのは恐れ多く……」
「ではレイルさん、ファラーシャさんでどうですか? 私のことは呼びにくければエルフィス王くらいで」
「わかりました、エルフィス王」
 ファラーシャはエルフィスが抱えている紅い槍へと目を向ける。
 タルテの辰骸環と同じく「赤」で武器種も同じだが、槍そのものの形は大分違う。
「その槍、セルセラからのもらいものだったんだ」
「ええ、そうなんです。そういえば詳しい自己紹介をする暇もありませんでしたが、皆さんセルセラ様から私……というか、ファンドーラーについてどれくらいお聞きになっています?」
「ほぼ何も」
「世間に流布している噂の確認程度ですね」
 四人はこの大陸について早々に、エルフィスからセルセラが呼び出されて合流した。レイル、タルテ、ファラーシャはほとんど自己紹介をする余裕もなくエルフィスと共に、ファリア鉱山へとやってきたのだ。
「それでは、せっかくだからお話しましょうか、私とあの方の出会いを。私の竜への復讐と、聖女への恋物語を」

 ◆◆◆◆◆

 ――二年前、ファンドーラー王国。

 王弟が城にある息子の執務室を訪れていた。
「最近、食が細くなったと聞いた」
「父上」
「しっかりしろ、この王国を継ぐのはお前だ」
 人払いをしておいてよかったと、イダスは父の言葉に内心で憤りながら答える。
「いくら父上と言えど、馬鹿なことをおっしゃらないでください。この国の王子はエルフィスです」
「だからこそ、だ。エルフィスは確かにあの立場で本心を表に出さないところがあるが、決してお前を生贄にして逃げるとは思えん」
 叔父は甥を認めていないわけではなかった。むしろ逆だ。
 幼いころから言い聞かせられた通り、品行方正に生きてきたことを知っている。だからこそ。
「兄上にはエルフィス以外の子がいない。お前は次期国王になる。いや、させて見せる」
「父上……」
 父親が去った後の室内で、イダスは天の神々に祈る。
「神々よ、我らの宿命にどうか、憐れみを……」

 青の大陸の王国の一つ、ファンドーラーは竜退治の英雄が興した国である。
 しかしその「退治」は竜の滅殺を意味しない。
 当時、最も優れた騎士であっても人々を襲う邪竜を完全に倒すことはできず、とある山の中腹に血の代償を以って封印した。
 その術式を維持するために、騎士は玉座を退いた後、己の命を封印に捧げることを選んだ。
 封印の維持には、数十年おきに騎士の血筋から同じ血を引く者の命を差し出す必要がある。

 ファンドーラー王国は、その犠牲を礎に、仮初の平和を享受していた。

 ◆◆◆◆◆

 古来より邪竜が封印されているという山の中を少年は歩く。
 供の騎士もつけずに抜け出してしまった。
 この時期にこんな行動はバレたら多くの人々の肝を冷やすだろう。だが、どうしても、一人でこの場所に来たかったのだ。
 あと一か月もすれば自分が生贄として捧げられる山へと。
「ここが、邪竜の臥所……」
 エルフィスは山奥の神殿を見上げる。
 生い茂る緑の木々に半ば埋もれるようにして、石造りの廃墟のような神殿がそこに在った。
 神を祀るどころか、ただ封印維持のための生贄を捧げる装置としてだけ存在している神殿には、普段手を入れるものもなく外観はすっかり荒れ果てている。
 エルフィスにとって、人生の終わりとなるかもしれない場所だ。
 ファンドーラーの王子として、物心ついた時より、自らは先祖の遺志を継ぎその封印の一部となる定めだと教えられてきた。
 この国は公平だった。生贄は悲痛なことだと教えた。
 その上で、あえて本人に選ばせる。王族らしく、国のために己を捧げよと。
 英雄の血筋であるからか、逃げ出すものは案外と少ない。けれどいないわけではない。
 とはいえ当代は王子エルフィスもその従兄弟イダスも落ち着いた性格で、どちらも逃げ出すなどと思われてはいなかった。
 粛々と生贄の準備は整えられる。どちらが生贄になってもいいようにと。
 その意思決定の場はもうすぐ設けられる。
 エルフィスは自分が生贄になることを覚悟している。
 どうせ自分が逃げ出せば従兄弟のイダスを捧げるのだ。
「……」
 生贄にはなりたくない。
 だが、自分は卑怯にも従兄弟を犠牲にした王子と、一生陰口を叩かれ周囲に見下げられながら平然と玉座に座れる胆力のある人間だとも思ってはいなかった。
 これまで三百年で多くの王族が捧げられてきたにも関わらず、脱走を試みたものがほとんどいない理由はこれだと思っている。
 先の事を少しでも考えられるならば、生き残ったとて針の筵。
 救いは最初からどこにもない。
 王子本人に自らの運命を選ばせる仕組み自体が、自然と己の心に枷をつけるのだ。
 そうして獣道を背に神殿を見上げながら物思いに耽るエルフィスの耳に、初めて聞く声が飛び込んできたのはその時だ。
「辛気臭い顔をしているな」
「あなたは……」
 いつの間に、どうやってここに現れたのか、神殿の前に一人の少女が立っている。

 ◆◆◆◆◆

 街の酒場で男たちが飲んでいる。
 この時期は町民よりも騎士団の利用が多い。
 そしてそれに誰も文句は言えない。言わない。
「本当に、どうにかならねえのかよ」
「相手が竜じゃ、仕方ねえだろ」
「でもさ、良い方なんだよ。エルフィス王子も、イダス閣下も。俺どちらかが死ぬとこなんて見たくねえよ」
「それは……みな、同じ気持ちだ」
 王子と王弟の息子、どちらを生贄に捧げるのか選択の時が迫っているファンドーラーでは、王家に忠誠を持つ騎士たちが晴れない顔で杯を重ねている。
「戦っちゃダメなのか。みんなでやれば邪竜だって」
「無理だ。そんな楽観が通じるなら、初代の英雄王は邪竜を封印ではなく倒せていたはず」
「でも! 例えば隣国の軍隊に協力を申し込むとか」
「それで隣国に借りを作って国を傾けろって?」
「それに、どこの国だって軍隊は自分のところの民を守るのに精いっぱいだろう」
 竜退治の英雄を始祖に持つファンドーラー王国は、むしろ近隣の国々よりも軍事力が発達している。
 ファンドーラー軍で敵わない相手に、他の国家が太刀打ちできるとは思われない。
「星狩人はどうだろうか」
「魔王を倒せるほどの使い手ならば」
「そんな都合よく行くだろうか。邪竜を倒すには封印を一度解く必要があるってことだ。勝てるか勝てないかを見極め、ダメだったら封印しなおす力が必要になる。この術は命を代償にしなければ容易にはかけられないと聞く」
「下手に手出しをして、もしも竜を倒せなかった場合、再度封印できなければこの国は滅ぶしかなくなるぞ」
「諦めるんだ」
「でも」
「諦めるしかない」
 なおも言いつのろうとする若き騎士を、年長の騎士が哀切の表情を浮かべて諭す。
「確かに我らは民を守るための騎士団だ。でもな、王様だって王子様だってそこのところは変わらないだろ?」
「おい、不敬だぞ」
「いいや、それでも納得しかねるね。自分の主君も守れないのに、俺たちは何のための騎士団なんだ」
 酒場は沈黙する。
 多くの騎士たちが同じように考えている。
 しかしやはり、彼らの立場では答など出せはしなかった。
「……ファンドーラーは騎士の国だ。王子様もすでに一人の騎士」
「俺たちはまず、一人の騎士である殿下に敬意を払って、その決断を待つだけだ」

 ◆◆◆◆◆

「あなたは……」
 その少女はあまりに美しく、人とは思えなかった。
 地上に降りた女神。過大評価ではなく、この時のエルフィスにとって、彼女はそのように見えた。
 そうして次の瞬間、エルフィスは自分が神の加護から最も程遠い人間であることを思い返す。
「僕は天上の巫女、セルセラ・ワルドだ。名前ぐらいは聞いたことあるか?」
「天上の巫女姫様……!?」
 神の加護もなき生贄の国、ファンドーラー。その王子であるエルフィスの対極に存在するような、この世で最も神の加護を受けし存在と言われる“天上の巫女姫”。
「お初にお目にかかります、お噂はかねがね。私は――」
「ファンドーラー王子エルフィス」
 セルセラの方では、エルフィスをすでに知っていたらしい。
「生贄の決意の前に、仇敵である竜を見たくなったか」
 誰にも悟らせないその内面さえも。
「何もかも、お見通しなのですね」
「自分の宿命から逃げ出そうって奴なら、わざわざここへは来ないだろう? むしろここから離れて国外へ向かうはずだ」
 女神の化身かと見まごう程に美しい少女は、しかしエルフィスの決断を面白がるような表情を浮かべることで、一気に人間以外の何物でもなくなる。
「……あなた様は、何故ここに」
「さぁ、何故だと思う?」
「天上の巫女姫様は優れた星狩人でもあると聞いております」
「僕が竜退治に乗り出したと?」
「そうであればいいなあ、と。僕の希望的観測です」
「そうだな。竜退治ってのもいいかもしれない。だがそれにはいくつかの問題がある。星狩人は依頼を出されなければ動かない。特にこの国みたいな場合はな」
 一般市民が魔獣に襲われている場合は当然助けてから双方に納得が行く範囲で謝礼をもらうことが多いのだが、一国家が管理している封印に無許可で手を付けるような星狩人はいない。
「……もしもファンドーラーが、星狩人協会に依頼を出せば動いてくださると?」
「その可能性はあるぜ」
「今まで無理だと言われてきたのに?」
 ファンドーラー側も今まで邪竜の生贄に対して何も手をこまねいていたわけではない。
 生贄を出さずとも封印を維持できるよう、あるいは邪竜そのものを完全に消滅できないかと、幾度も星狩人協会に相談していた。
 しかし、魔獣の脅威から人々を守ることを第一としている星狩人協会は、今まさに人々を苦しめる強大な魔王の対策に追われ、ファンドーラーの邪竜の封印に手を出す余裕などないと断られ続けていたのだ。
「今までは僕がいなかった。今は僕がいる。それだけだ」
「あなたは……」
「とはいえ、今の僕にはまだ実績が足りないんだ。魔王を一人倒したが、あれは現在最強と呼ばれる星狩人、アンデシンとの共闘だったからな」
 エルフィスはセルセラの言を聞きながら考えを巡らせる。
 依頼がなければ動かない星狩人、非凡なる聖女と話は聞くが、単独で魔王を倒せるとまでは思われていない天上の巫女。
「あなたが欲しいのは、“武功”でしょうか」
「さすが騎士の国の王子様は察しが早いな」
 天上の巫女セルセラは、“聖女”としては最強だと聞く。
 だがその強さはあくまでも人を守り、癒す力のこと。
 魔獣を倒し魔王と戦う星狩人の本懐に関しては未知数とされている。
「邪竜を退治できれば、あなたには聖女としてだけでなく、星狩人としての箔もつく。……え、あなたのような美しい姫君が本当に邪竜を倒す気ですか?」
「今この流れでそこ疑う? もっと最初に聞け」
 何はともあれ、ここで天上の巫女がファンドーラーに降り立ったことは、やはり彼女自身の目的に伴ったものらしい。
「僕にこういう話をしている時点で、あなた様は竜を退治する気だ。けれど無断で封印を解くわけにはいかないから、ファンドーラー側に依頼を出してもらいたいと思っている」
「大正解。それで、お前はどうする?」
「どうって……」
 依頼をするに決まっている。
 しかし、何故かざわめく心が異を唱えた。
 本当にそれでよいのだろうか。
 誰かに助けてと頼むだけで。
「生贄の宿命を定められた、悲劇の王子様。お前が当事者なんだから、依頼を出すのはお前しかいない。ただ、お前は、僕が邪竜を倒すのをただ見ているだけでいいのか?」
 女神のように美しい少女は、エルフィスの顔色ではなく、心の中を覗き込んでくる。
「僕に依頼をしたくない理由が、お前が僕の実力を信用できないとかなら話はここで終わりだ。でもそうじゃない。――ここに来た時点で、お前の心は最初から決まっているんじゃないか?」
「僕は……」
 何故、一か月後には自分が生贄として葬られるかもしれない竜の封印の祭壇を訪れようと思ったのか。
「僕は、できるならば……誰かに頼るのではなく、自分の手で、この国を呪う邪竜との因縁を解き放ちたい」
 誰にも言えなかったその心の中。
「この手で、竜を倒したい」
 黙って生贄として死ねば、自分以外の全ては守られる。王族の義務を優先させるならば、そうでなければならない。
 だが、それでは王子としてではない、ただの「エルフィス」の気持ちはどうなる?

「――力をお貸しください。天上の巫女姫よ」
「よく言った。ファンドゥーラー“王”」

 全軍に指揮を出すのであれば、エルフィスは王子ではなく、王になる覚悟を持たねばならない。
 己の我欲で王になるのか。それとも個としての生を全て放棄して国家に身を捧げつくすのか。
 どちらを選んでも平坦な道どころか、負ける公算の方が大きい賭けだ。それでも。
「僕は、お前をただ救ってやるなんて言わない。けれど、お前に運命と戦う気があるかぎり、お前を絶対に、あいつに勝たせてやる」
 天上の巫女は、その美しさをかなぐり捨てた獰猛な笑みを浮かべる。
 契約は成った。少なくともエルフィスにとっては、ここが一世一代の勝負所だ。
「その前に、せっかくここまで来たんだ。封印されている竜の姿でも、いっちょ拝んでいくか? そのつもりだったんだろ」
「そうですね」
 封印状態とはいえ実際に邪竜の一部をこの目で見て、どうしても戦うのが怖いなら、決して勝てそうにないなら、諦めて死を受け入れようと思っていた。

 けれど、もしも、戦えば勝てるかもしれないと思えるならば――。

「お前は最初から戦うつもりでここに来たんだろ? だったら、大丈夫さ。――天上の巫女セルセラの名において、お前に勝利をもたらしてやる」

 ◆◆◆◆◆

 生贄の決定は王子とその次に継承権を持つ男子たちの宣誓によって行われる。
 慣習や形式を重視するファンドーラー王国では、王族が王位を一度辞退し、その次に直系の王子が生贄になる覚悟を自ら告げ、改めて他の継承者が王位を受け取るというやり方で今までやってきた。
 歴代の王子の中で、役目を拒否しそうなものは、この場に出るまでに対処された。
 しかし、のちのちの混乱を防ぐためには、慣習を守り生贄の選定と受諾は王子自らが宣言し、式典として記録に残した方がよいとされている。
 渦中の王族として控室で時間を待つイダスのもとに、エルフィスがその慣習を破る交渉をしに行った。
「宣誓の順番を代わってほしい?」
「ええ」
「構わないが、エルフィス……」
「生贄の受諾より先に、どうしても宣言したいことがあるんだ」
 気づかわし気な従兄弟をなんとか説得したエルフィスは、そして式典の壇上に立ち告げる。

「私、エルフィス・ファンドゥーラーは、次の王になる」

 驚愕に一瞬時を止め、意味を理解した次の瞬間に騒めき始めた会場。
 王子であるエルフィスが玉座を継ぐことを宣言したということは、当代の王子は生贄の宿命を嫌って従兄弟を身代わりの犠牲にすると決めたも同然の発言だ。
「……エルフィス王子!」
 イダスの父である王弟が耐えきれず叫ぶが、周囲のそんな疑念も、次のエルフィスの一言によって覆される。
「私はファンドーラー王となる。そして、イダスを竜の生贄に出す気もない」
 式場がしん、と静まり返る。
「エルフィス王子、まさか――」

「今この場で宣言しよう。――私は、この国を呪う邪竜を倒す! 勇気あるファンドゥーラーの騎士たちよ! どうか、私と共に戦ってほしい!」

「そんなバカげた選択、見過ごせるものか!!」

 歓喜の声をあげかけた会場で、しかしいち早く事態を理解した王弟の叫びに周囲はまた静まり返る。
「失敗したら、この国は間違いなく滅びるのだぞ」
「その懸念は当然のことです、叔父上。だからこそ、我々は万全を賭して勝つ」
「どういうつもりだ、エルフィス王子!」
「我々には、天上の巫女姫がついている」
「天上の巫女姫だと……!?」
 周囲が驚きや不安よりも困惑の表情を浮かべ出したところで、そのような空気を意にも介さず彼女は登場した。
「はいは~い、噂の最強聖女様だぜ!」
 魔導の光を振りまきながら、空中から登場したセルセラの姿に、ファンドーラーの者たちは度肝を抜かれた。
 青の大陸の国家は魔導に縁遠く、ほんの小さな魔導にも驚く。ましてや空中から人が登場するなど、彼らにとっては神の奇跡にも等しい。
 それでも王弟は批判的な姿勢を崩さなかった。彼はセルセラと会話こそしたことはないが、姿を見たことはある。
「確かに天上の巫女姫のお噂はかねがね伺っております。だからと言って、あなただけでは――」
「一の魔王を倒した実績はあるぜ」
「あれは、最強星狩人と一緒だったはずだ」
「そうだな。だからと言って、僕の実力じゃないと何故言える。それで、そのアンデシンの手が空いてない今、他に動ける奴がいないからってあきらめて生贄を出すか? それがこの国の本意か?」
「根拠を」
 王弟には目の前のセルセラが本人であることは確信できたが、それは彼女が邪竜を倒せるという保証には至らない。
「邪竜に勝てるという根拠を示していただきたい。簡単に倒せる相手なら、我らが祖先は命をかける必要はなかった」
「星狩人的見地からなら、いくつか三百年前の封印と現在の状況の違いは指摘できるが」
 セルセラはこのような相手こそを説得するための資料を前もって準備してきた。そのまま王弟に突き付ける。
 そしてここからは、どちらかと言えばこの式典会場に集うファンドーラーの王侯貴族と軍人向けの説明だ。
「それと、ありがたいことに、エルフィスは“神器”の適合者だ。“屠竜槍”と呼ばれるその槍、“ラプラス”のな」
「神器だと?」
「星狩人の使う特別な武器、辰骸環の更に上位版で使い手を選ぶ奴だ」
 エルフィスはセルセラから渡された紅い槍を人々に示す。
 もともと鍛錬を積んでいたその手に、神器と呼ばれる武器は誂えたかのようにしっくりと来ているように見えた。
 王弟はセルセラが出してくる根拠をある程度認めないわけには行かなかった。彼の立場では反対し続けるのもおかしい。
 王弟があまりにも反論することは、自分の息子を王位につけるためにどうしてもエルフィスを生贄として殺させたいようにしか見えないからだ。
 しかし、天上の巫女というある意味得体の知れない存在を早々に信じ切って無謀な賭けに出ることも、国民の命を背負う王族たちには許されない。
「それでも」
 その問いかけは、王弟ではなくその息子であり、エルフィスと次の王の座、その裏側の生贄の立場を争うイダス自身の口から発せられた。
「それでも、勝てなかったならば――あなたは、どう責任を取られるおつもりですか? エルフィスではなく、天上の巫女よ、あなた様ご自身は」
「そんなの決まってるだろう?」
 セルセラはさらりと告げる。
「エルフィスが竜と戦っても倒せないようなら、まかり間違って殺されるようなことがあるなら、僕は竜の再封印のために、自分の命を捧げる」
「セルセラ様!?」
「当然だろう。僕だって、自分の言ったことの責任くらいはとるさ」
「だ、ダメです。あなたがそこまでなさるなんて――」
 そこまでは聞かされていなかったエルフィスが慌てるが、セルセラは揺らがない。
「国の存亡を懸けた戦いを起こすか起こさないかの選択を迫ったんだ。その戦いを最小の犠牲で納めるために、僕だって命ぐらい賭けよう」
 堂々と宣言し、更に不敵な笑みを見せる。
「もっとも、だからと言って負ける気はさらさらねーがな!!」
「……わかりました。その固き御意志が、あるのであれば」
 イダスがセルセラに対して平伏する。
「私のこの命と、持っている力の全てを差し出します。どうかこの国をお救いください」
 エルフィスの宣言の裏で自らの命運をも分けられる王弟子息が、その宣言を受諾した。
 その決意に、もはや他者が口出しできるはずもなかった。
「イダス……お前まで……」
「父上、きっとこれが一番良いのです。私もエルフィスも、互いを生贄に出し合うことを受け入れられるような性格ではありませんから」
 後で白状したが、イダスは実はこの時エルフィスと似たようなことを考えていたらしい。
 秘かに鍛え上げていた自身の軍事力を示し、生贄ではなく邪竜の討伐を提案するつもりだったと。
「僕が救うんじゃなくて、お前たちがお前たちの力で未来を切り開くんだ。きっとそうなるって、僕は確信してる。なにせ……」
 その様子を見てセルセラはなおの事楽し気に、出会った時のエルフィスの反応を振り返る。
「封印された竜のバカでかい目玉を見たエルフィスの第一声は、“あの大きさだとレモン汁とかぶっかけたいですね”だったからな!――負けるわけねーよ! こんな殺る気のある王子様がさ!」

 聖女の朗らかな笑い声と共に、ファンドーラー王国は、自らの手で新たな道を切り開こうとしていた。