第3章 恋と復讐と王子様
069.射手の魔王
セルセラたちは、ついにこの大陸に入ってからゼィズやフェング王に名を聞き続けた三の魔王ラヴァルと対峙した。
「よぉ、あんたが射手の魔王か? 亡国の王子」
「初めましてだな、天上の巫女さんよ。亡国を作ったのは俺だがな」
……などと言葉を交わしたはいいものの、今現在、必死で逆走して三の魔王から距離をとっている。
背後でまた一矢、ドンッと強烈な弓の一撃が炸裂した。
「待て待て待って! 何あいつ、随分強くねーか!」
「驚きました。前評判と違い過ぎましたね」
「ドロミット……頼りにしていたんだが……」
「ハインリヒー?」
青の大陸西方、国土の大半が焼き尽くされ更地の亡国と化したかつてのアンジェヴィン王国。
その中心地に遺る古城で第三の魔王、“青髭ラヴァル”と対面した一行は、早々の猛攻に手も足も出ず、盾となる障害物が存在するところまで逃げる羽目になった。
大規模な火事の跡地として残された廃墟街。崩れかけた建物に身を隠し、四人は魔王の射撃を躱しやすい体勢をとる。
「三の魔王は今存在する魔王の中で一番弱い」
前評判としてそう聞いていたのだが、実際に対面して繰り出されたその魔導弓の攻撃は相当なものだった。
白い鳩と犬姿の元魔王たちは言う。
「え。いやだって、それほど強くはないでしょラヴァル。人間にしては厄介だけど」
「シュタタタって走って行ってえいっ! ってすれば終わりますよご主人様!」
「この人外ども頼りにならねえ!!」
ラヴァルの情報を寄越した元魔王の二体は如何せん人外基準過ぎたようだ。
「厄介ですね、あの遠距離高火力の一撃は」
辰骸環の槍を一度仕舞って身を隠したタルテが舌打ちしながら言う。
「あの威力で一点集中型だと、僕の結界を突き破りそうだ。あの弓、神器だったのか……!」
魔王のいる古城から実に三都市ほどの距離まで退避してきたセルセラたちは、なんとか突破口を考える。
遠見の魔導を使って離れた場所にいるラヴァルの姿を映しだしたが、古城の見張り台となる場所で悠然と弓を構えた姿のままだ。
魔導弓の一撃は、魔導を使わないものに説明するならば大砲などの重火器の印象の方が近い。
青髭ラヴァルの攻撃は、威力も飛距離もある大砲が連続で撃ちだされるようなものだった。
セルセラでも急場しのぎの結界では貫通する威力と見て、とにかく攻撃が当たらないように初撃の時点でひたすら距離を取る――すなわち逃げることを四人は選んだのだった。
だがいつまでもこうして身を隠してはいられない。
「伯父様とフェング王の友達っていうからもっと年上だと思ってたんだけど、思ったより若いんだね」
「見た目だけでしょう。ドロミット、説明!」
「タルテちゃんこっわ~い。……あの子の外見は、十五歳くらいだって聞いたわね。八十年前に一つの事件があって、その時に魔王となったから」
「八十年前に十五歳なら、実際には俺と同じくらいの年齢なのか……」
八十年前に十九歳で不老不死を背負うことになったレイルが複雑な表情になる。
「周囲を取り囲んでいる、あの女たちは?」
弓を構えるラヴァルの周囲に、四人……否、四体とでもいうべき、全身が銀色の光に包まれた謎の女たちが彼を守るようにふわふわと浮いている。
「あの女たち、最初は盾みたいなものから飛び出してきたように見えたんだけど」
「多分それ、僕が知ってる。あいつが持ってる神器の弓の力だ。古代文明の童話の『青髭』のように、妻と呼ばれる精霊がいるという。『守護乙女』こと盾に宿る精霊が持ち主の身を護る、攻防一体の武器だ」
セルセラは天界で一度見たことのある神器一覧の情報を記憶の奥底から引っ張り出す。
星狩人協会が所在を把握していない神器の一つ。
いつか探し出したいとは思っていたが、ここで見付けることは想定外だった。
「私の辰骸環の反撃はあの女たちに跳ね返されたみたい」
弓を持つファラーシャも対抗して一度一発お見舞いしたのだが、相手の神器の能力で防がれたらしい。
「厄介だな、超遠距離攻撃の最高峰……!!」
「それも、生中な攻撃では弾き返すようですからね。」
まさに「射手の魔王」の呼び名に相応しい人物と言えよう。
ラヴァルは神器“青髭の鍵弓”の使い手だ。
魔導弓はもともと一射ごとが大砲級の威力を発揮するが、その上にラヴァルは射程となる攻撃範囲が信じられないほど広い。
道理でラヴァルが居城とする亡国王城周辺の空白地帯が異様に広いわけである。
この距離では並の魔導士の遠距離呪文は届かず、近接戦闘の専門家は彼に近づく前にあの射撃で滅ぼされる。
ラヴァル自身の見た目は、どちらかと言えば華奢な体形の少年である。青い髪に青い瞳。北の大地に特有の白い肌。
弓使いだからか、元王族というその素性からか、ピンと背筋を伸ばした立ち姿が美しい。
魔王とはいえ、肉体的にはただの人間なので、攻撃をすれば普通に通じる。
通じるが、その範囲までこちらを近づけてはくれないのである。神器の弓は威力を保ちながらもある程度連射することができる。
その上、ラヴァル自身に対する遠距離攻撃は盾の精霊によってほとんど無効化される。
距離の問題を唯一解決できそうな弓使い・銃使いの攻撃は彼女たちに防がれてしまうのだ。
ラヴァルを倒すためには、「守護乙女」ごと攻撃を通すか、「守護乙女」の内側へ入り込んで直接攻撃を加える必要があるだろう。
ドロミット・ハインリヒとセルセラたちでラヴァルの強さ認識に齟齬が出たのはこの部分である。
セルセラたちの持つ遠距離攻撃手段のほとんどは、ラヴァルの「守護乙女」に通じなかったのだ。
そうなると直接近づいて攻撃するしかないのだが、大砲の威力を持つ間断ない射撃に人の身ではとても無対策で近づくことができない。
「だってびゅーんって飛んで行けば」
「シュタタタって走って行けば」
「「「無理だって」」」
「……」
ドロミットはこの世界で最も飛行能力に優れた魔族、有翼族。
ハインリヒは魔王の力で巨大化して元の何倍もの力を発揮できる魔犬。
二人ともあの射撃を躱しながら突進しラヴァル本体を攻撃できるタイプだったので三の魔王はそれほど強くないと言っていたのだが、そうした特殊な手段を持っていない存在にとっては魔王ラヴァルは難攻不落に近い。
もっと情報が多ければ弱点を探すこともできたのだろうが、ラヴァルの戦闘に関する情報はここ八十年の星狩人協会の記録をひっくり返してもほとんどなかった。
何せこの魔王が魔王としての虐殺と破壊を行ったのはただ一度だけ、魔王化の切っ掛けとなった実の父王への復讐として己の国を滅ぼした時ただ一度きりである。
ラヴァルについての情報は少なく、「守護乙女」の情報もほぼないため、対策を立てるのが難しい。
「あと僕が持っているのは、師匠の力を封じ込めたこの火薬瓶くらいだな。遠距離じゃなくて広範囲攻撃になる」
「そんなものがあったのですか」
「対六の魔王戦用にとっておいてある」
「あの、セルセラ……それ、攻撃範囲と威力は?」
「この大陸の三分の一ぐらいは余裕で焼き尽くせる」
国ではなく「大陸」というところがポイントである。つまり、この国どころかその外の国家と人々まで焼き尽くすつもりでもなければ使えない代物だ。
どう考えても大陸の面積の十分の一もない小国の中心に存在する魔王を倒すためだけに使っていい威力ではない。
「わかりました、セルセラ、今回あなたはすっこんでいてください」
「戦力外通告かよ!!」
タルテの容赦ない通告にセルセラは喚くが、正直それ以外にはなかった。
「魔王を倒すのに、魔王以上の被害を出すのはどうかと思う」
「くっ……!」
レイルが眉を八の字に下げて正論を告げる。
もともとの標的である六の魔王戦はそれこそ星狩人協会の総力戦になる前提ですでにある程度計画されている。
黄の大陸の砂漠のど真ん中にいる六の魔王相手ならばこの火薬瓶も使いようがあるのだが、ここで三の魔王ラヴァル相手に使用すると被害が甚大すぎる。
「私が行くよ」
この状況で名乗り出たのがファラーシャだった。
「ファラーシャ」
セルセラ、レイル、タルテではまず射撃によりラヴァルに近づけない。
けれどファラーシャなら、ドロミットと同じく空を飛んで近づくことができる。
「守護花嫁の盾を破壊できるか?」
「神器の強度はわかるよ。私も神器使いだもん。でも、破壊できなくともそのまま魔王を殺せばいいんでしょ?」
ファラーシャは星狩人協会で渡された辰骸環を消し、一族に伝わる神器の弓を持ちだした。
「まあ、ファラーシャちゃんならラヴァルちゃんに圧倒できるわよ」
「どちらにせよ、ラヴァルではご主人様たちには絶対勝てませんから」
「絶対?」
ドロミットとハインリヒの断言にセルセラが首を傾げる間に、遠見の術が映し出す魔王の様子を窺っていたレイルが気づいた。
「そうか、体力だな」
「あ」
映像の中、ラヴァルは額に「汗」をかいている。
戦闘が始まって間もないというのに、すでに幾許か体力を消耗したとのことだろう。
三都市分の距離を走って逃げてきたセルセラたち四人はまったく疲れていない。
「! ……そうか、相手は人間素体。それも星狩人じゃなくて、もともと普通に生きてきた王子様だもんな」
見た目は年頃の少年少女であっても、星狩人として鍛えに鍛えたセルセラたち四人の体力は並の人間の比ではない。この中では一番肉体的に弱いセルセラでもまだまだ余裕だ。
しかし、神器の矢をいくらか撃っただけのラヴァルはすでに息切れしている。
だから持久戦に持ち込めば、実はファラーシャではなく、他の三人であっても勝てるとドロミットとハインリヒは言う。
「魔王は孤独な存在よ。あなたたちみたいに星狩人の仲間が援護と補給をしてくれる状態で何時間も何日も戦い続けるなんてできない」
「リヒルとアサードならば、一人と一匹でそうできるかもしれませんが」
「ラヴァルはその道を選ばなかったから」
今回はラヴァルの能力の詳細を知らずに真正面から向かってしまったが、何なら仕切り直して四人同時に全く別方向から近づいて攻撃を仕掛ければ対応できない方角が出てくるので、それで終わりだと言う。
セルセラは自分でラヴァルの射撃を躱して箒で突撃するのは難しいと判断したのだが、確かにファラーシャと協力して逆方向から挟み撃ちすれば一方向への注意力は格段に下がるという理屈も納得した。
「さあ――あの子の憂いを、終わらせてあげて」
ドロミットが哀しく笑い、ハインリヒが俯く。
ゼィズやフェングと交流があると聞いた時点で薄々察してはいたが、やはりラヴァルもそういう性格なのだろう。
終わりを待つ魔王。大切な人を殺されて、その怒りのままに魔王になった。けれどそこに救いはなく。
背徳神との契約がある限り、自分で死ぬこともできない。
「――わかった。行ってくるね」
ファラーシャは青い光の翅を広げ、その眼を引き付けるための囮として真っ直ぐ飛び出した。
◆◆◆◆◆
ハシャラートの軌跡は青い炎のようだ。
翅を広げて空を切り裂くように近づいてくるファラーシャの姿にラヴァルは神器の弓を引き絞るが、その速さを捉えられない。
「くっ……!」
ただし、「守護花嫁」は双方の想定よりもよく働いた。
「嘘ぉ!」
ファラーシャは盾を躱して中に入り込むことができると思っていたのだが、銀色の精霊は歴戦の剣士の如き俊敏さでファラーシャを迎え撃つ。
『させない。私たちの夫を死なせたりしない』
「意志が……!」
神器の一部であるはずの盾には、精神、「心」と呼ばれるものがあったのか。
突撃したはいいものの攻撃を跳ね返されたファラーシャは、慌てて自分も神器の弓を取り出し、無限に枝分かれする射撃でラヴァルの一矢を相殺する。
“青髭の鍵弓”の一撃は、特殊民族で圧倒的な体の頑強さを誇るファラーシャでもまともに食らえば危ないと感じるものだ。
ハシャラート一族に伝わる“花守の弓”は弾数と連射に重きを置くが、“青髭の鍵弓”は威力と防御性能が高い。
咄嗟の射撃では二射目三射目は相殺できないと覚悟した時。
「炎の矢よ!」
「セルセラ……!」
目前のファラーシャに対応するためにラヴァルにできた隙を、逆方向から近づいて来ていたセルセラが狙う。
他の魔王だったならば稚拙な攻撃と呼ぶかもしれない。けれどラヴァルにはその攻撃を防ぐ手段がない。
「ははは。……やっぱり、ダメだったか。でも」
胸を貫く魔導の矢が纏う炎に一瞬でその身を焼き尽くされながら、少年姿で八十年の時を生きた魔王は最期に呟く。
「これでようやく、終われる」
俺は結局、何者にもなれなかったと。