薔薇の皇帝 13

第6章 罪深き冠

062

 赤みを帯びた茶の髪に、栗の実のような褐色の瞳を持つルミエスタ人。
 この国の人間は、好色で有名だ。性的なことに対して非常に解放感が強く、好みの異性を見たら口説くのが礼儀だとすら言われている。
 現在の国王は妃と愛妾合わせて二百人以上の妻を抱え、四十人近い王子が国内に存在している。
 そんなルミエスタの王子の一人から、皇帝ロゼウスへの招待状という名の「お願い」の手紙が届けられた。
「うーん……」
「どうしたんですか? 皇帝陛下」
「ああ、ルルティス。いいところに。というかむしろいつの間に」
 皇帝と学者の追いかけっこはすでに日常と化していて、今更咎める者すらいない。いつもは逃げ回るロゼウスだが、今日は気配も感じさせずいつの間にか横に立っていたルルティスを笑顔で出迎えた。
「あ、あれ?」
 いつものように嫌がられ逃げられると思っていたルルティスは、その反応に不穏なものを覚えて頬を引きつらせる。
「ちょうどいい。――私と一緒に視察という名の旅行にいかないか?」
「視察っていつものですか? 連れていって下さるんですか? 本当に?」
「ああ」
「何の話です?」
 ロゼウスがこの「小旅行」になんとかルルティスを引きこもうと説得している間に、執務室にはまた別の人間が訪れた。
「ロゼウスがルルティスに笑顔で誘いかけるとかなんか気持ち悪いんだけど」
「失礼な、ゼファー。フェザーもどうした?」
「私はこれから一度エヴェルシードに帰るのでご挨拶をと」
「俺はそれに付き合わされているだけ」
 エヴェルシードの王子兄弟、フェルザードとゼファードの二人が連れだってやって来たのだ。エヴェルシードの王子はこの二人しかいないので本来なら同時に国を出るなど滅多な理由では許されないはずだが、この二人に関してはそんな事情を無視して好き勝手にやっている。
 しかし常に二人そろって皇帝領に滞在するのはやはり問題があり、フェルザードの方は自国で溜まった仕事を片付けるために定期的に行き来を繰り返していた。
 ゼファードに関しては未だ解決していない王位継承問題の兼ね合いで、普段から王子としての責務を半ば以上放り出して各国を渡り歩く勇者稼業に勤しんでいる。
 ただし、前回フィルメリアで起きた事件に関してはロゼウスに見事置いて行かれたのを根に持って、最近のゼファードは皇帝領に居座っていた。
「そうかそうか。ならゼファードは暇だな」
「ひ、暇だけど?」
 先程ルルティスを引きつらせたのと同じように、ロゼウスは今度はゼファードに声をかける。
ゼファードも先程のルルティスと同じように、その笑顔にろくでもない予感を覚えて一歩後じさった。
「私と一緒にルミエスタに行こう」
「ルミエスタ? ……あの国、今何かあったっけ?」
「ははぁ」
 エヴェルシードの隣国の情勢も覚えていない弟の様子に溜息をつきつつ、フェルザードはそれで得心がいった顔をする。
「フェザー」
「遠慮します。私はエヴェルシードでの仕事がありますので」
 ロゼウスと同じく交渉用笑顔という仮面で武装したフェルザードは、形式的な挨拶だけを口にすると面倒に巻き込まれないうちにさっさとその部屋を辞した。
「珍しいな。フェザーがしばらくロゼウスと離れるのにあんなあっさりと引き下がるなんて」
 いつも長々とした鬱陶しい程の別れのやり取りを見ているゼファードが首を傾げている。
「……陛下、ちなみに、その視察は誰からのご依頼で」
 さっさと逃げ出したフェルザードの背中を見送り、いよいよ嫌な予感を覚えたルルティスが核心をつく。
 ロゼウスは二人にその書状を見せた。差出人の名前を見て二人が声を揃える。
「「げっ!!」」
 レンフィールド==ミュゼ・クレーバト=ド=ルミエスタ。
 ルミエスタの奇行と暴走の王子からの招待である。

 ◆◆◆◆◆

「――それで」
 ロゼウスは半ば無理矢理ルルティスとゼファードを巻き込み、ルミエスタにやってきた。
 リチャードは皇帝領でいつも通り書類仕事をこなし、ローラやエチエンヌも今回は居残りだ。ジャスパーは先日の事件の影響もあり、当分皇帝領を出ないだろう。
 と、言うより彼らに関しても、行き先がルミエスタで招待状の差出人がレンフィールドだと聞いた途端に良い笑顔で同行を断ってきたのだ。
「私に何の用なんだ?」
 手紙には肝心なことが書かれていなかった。良くも悪くも細かいことを今更気にする間柄でもなし、そもそも常識が通じる相手でもなし……という判断で、ロゼウスは気にせずにそのままルミエスタにやってきた。
 招待状の形をした手紙に込められたのは、他愛もない口実の裏に在るただただ単純にこの国に来てほしいという意志。
 出迎えにやってきたレンフィールドは、皇帝と学者仲間と隣国の第二王子を前にいつもの無表情で言い切る。
「いえ、特に用事はないんですが」
「何故呼んだ」