Pinky Promise 036

第2章 歪む鏡の向こう側

6.アリスの冒険 036

 無事に仕掛けを作動させ、隠し通路を通ってきたアリスは、ひとまずカナールとネスルと合流した。
「おい、お前ら危ないぞ! こんな階段の近くにいたんじゃすぐに奴らに見つかっちまう!」
「アリスちゃん! 無事だったんだね!」
「しかたねーだろ。お前が追い付いてくるか心配だったんだから」
 隠れていろと言ったにも関わらずアリスを待っていた二人に、思わずため息が出る。呆れる程に単純で――善良な子どもたちだ。
「……シャトンたちは?」
 ショートカットを使った分まだ距離があるとはいえ、追手を警戒して背後を確認しながらアリスは二人を連れて移動する。その間にここにいない面子に関しても話を聞いた。
「みんな一緒にいたら見つかりやすい、全滅するだけだから別れようってシャトンちゃんが」
「あいつらはもっと奥の方に行ったぜ」
「そうか……ばらばらに隠れる手筈か」
 悪くはないが、それで無事に事態を打開できるとも思えない。
 一人一人別れて逃げるならただのかくれんぼだ。かといって二人や三人集まっただけのこの状態で何ができるというわけでもない。
 上で人質が減ったことで少しでもフートたちが動けるようになればいいのだが、あまり期待はできないだろう。
 絶対的に力が足りない。
「俺たちが……いや、駄目だ」
 アリスたちがわざと気配を消さず、遺跡に逃げ込んだ子どもたちを探しに来た追手を少しでも長く引きつけておければ上のフートたちのやりやすさは段違いだ。
 だが、それはあまりにも危険すぎる。アリスとシャトン以外は本当にただの子どもであり、アリスとシャトンにしたって今の肉体はただの無力な子どもである。
 このまま隠れ続けるしかないのか?
「上のお兄さんお姉さんたちはどうなってるのかな……?」
「……」
 カナールが不安気に声を上げる。感情表現豊かな少女は、先程から怯えたり心配したりと忙しい。
 せめてアリスが十七歳の姿だったら。「アリスト=レーヌ」であればそんな顔はさせなかったかもしれないのに。
「ねぇ、アリスちゃん」
「なんだ?」
 またカナールが縋ってくるものと考えたアリスは、極力優しい声を出した。この場で自分にできるのはせいぜい子どもたちを不安にさせないよう気休めめいた言葉をかけるくらいだと思って。
 しかし予想は外れ、カナールは彼に縋る言葉を口にしなかった。

「私たちでみんなを助けようよ!」

 くるくるとよく表情を変える少女は、拳を握りしめると不安や怯えを残しながらも強い決意を込めた目を向ける。
「……へ?」
「何ぼけっとしてんだよ! 今こうして自由に動けるの、俺たちしかいないんだぞ!」
 思わず間抜けな声を上げたアリスの背をネスルがバシリと叩いた。それでようやくアリスは我に帰った。
「そうだよ! だから私たちがなんとかしなきゃ!」
「いや、お前ら……だって、俺たち子どもだぞ」
 ここ数週間、鏡の前で嫌と言う程に突きつけられた事実をアリスは言葉にする。
 今の彼らは子どもだ。子どもなのだ。けれど。
「子どもとか大人とか関係ないよ! 私たちがやらなかったら、誰がみんなを助けるの?!」
「そうだぞアリス! 俺たちがやるんだ!」
「みんなで協力すれば、きっとなんとかなるよ!」
「お前ら……」
 カナールとネスルの瞳には、迷いも躊躇いも存在しなかった。怖くないわけはない。不安でないはずはないのに。
 それ以上に、皆を助けたい気持ちが上回るのだと。
「……そうだな」
 子どもは無力。そう決めつけていたのは、アリス自身だった。
 本物の子どもたちは、自分が子どもだからと言って諦めたりしない。
 どんなに力ない人間でも、その足りない力でなんとか事態を打開できる努力をし続けるもの。そこに大人も子どもも強さも弱さも、関係ない。
 ましてやここにいる七人は全てがただの子どもたちではなく、二人ほど中身が十七歳の反則的な外見七歳が交じっている。
「俺たちで、あいつらに一泡吹かせてやろうぜ」
「「おう!」」
 戦う意志を決めてしまえば、後は早かった。アリスたちは強盗の目に見つからない、適当な隠れ場所へと飛び込む。
 部屋の壁に描かれた暗号を解くと、大人が三人も入ればいっぱいになる小さな空間が現れる仕掛けの一つだ。しかもマジックミラーになっていて、中から外の様子が窺える。
 この遺跡にはこうした謎の仕掛けがいくつもあった。探索中は正直存在意義がわからなかったのだが、この遺跡が神殿としてかつて使われていたことを考えれば、敵襲や焼き討ちから逃れるには必須の仕掛けなのかもしれない。
 声を潜めて早速作戦会議に入る。
「……そうなると、できればシャトンたちとも連携したいな。このまま迂闊に動けば先に強盗に見つかりそうだし、何か連絡手段はないかな……」

 ◆◆◆◆◆

 アリスを待つというネスルとカナールと別れ、シャトンはテラスとローロを連れて歩いていた。
 あの二人だけにするのは不安だったが、すぐにアリスが追い付いてくるはずだ。本物の子どもたちだけにするよりは、中身が大人であるアリスかシャトンのどちらかが常に傍にいた方がいいだろう。
 と、言ってもすでにその前提は少し崩れている。
 いつの間に姿を消してしまったのか、フォリーが一人はぐれているのだ。遺跡の中に駆け込んで一緒に降りてきたところまではシャトンも覚えているのだが、それ以降で見失ってしまった。
 彼女の幼馴染であるテラス曰く、フォリーは独りにしておいても問題はないという。しかしシャトンとしては、それを真に受けるわけにもいかない。
 とは言っても今ここで何ができるわけでもなく、ひとまずはテラスとローロの安全だけでも確保しなければならないだろう。
 シャトン、テラス、ローロの三人はどんどん奥へ進んでいく。
「みんな大丈夫でしょうか」
「大丈夫。アリスが追い付くまで隠し部屋に潜んでいるよう言い聞かせたし」
 不安な顔のローロを慰めるように優しい声をかける。だが事態の解決を図らなければ、真にその不安が払拭されないこともまたわかっている。
「それより私たちはどうしましょうか? やっぱりどこか隠し部屋に潜んであいつらをやり過ごす?」
「それもアリかもしれないけどね……」
 シャトンの問いに一応は頷きつつも、テラスはまるで逆の答をさらりと口にする。
「無事にやり過ごせた後、できるならあの強盗さんたちを捕まえたいよね?」
「え?」
 あまりに強気な発想に驚くシャトンとは対照的に、これまで不安気だったローロがぱっと顔を明るくする。
「そうですね! フートお兄さんたちのところにはまだ怪我をしたおじさんがいますし、今動けるのは僕らだけです」
「そうそう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あなたたち、本気で子どもだけで銃を持った強盗に立ち向かうつもりなの?! 無謀もいいところよ!」
 話を進める少年二人に、シャトンは慌てて待ったをかける。
 だが二人はシャトンの言葉を耳にしても、決意を変える様子はなかった。
「そうだね。無謀だ。だからと言って、このまま黙って引き下がるつもり?」
「シャトンさんの言いたいことはわかります。でも僕は……フートお兄さんやムースお姉さんたちを、みんなを助けたいです!」
 これを大局を見据えることもできない、危機察知能力も低ければ彼我の力量差を計ることもできない子どもの戯言だと一笑に付すことは簡単だ。匹夫の勇どころか、頼りないその身を顧みぬ無知ゆえの無謀だと蔑むことは容易い。
 けれど。
「……本気なのね」
「ええ」
「もちろん」
「……わかったわよ。付き合うわ」
 けれど、時間を奪われて肉体が子どものものとなり、この姿で何ができるのかと悲観を繰り返すことしかできなかったシャトンにとって、そのひたむきさは心を動かすに足るものだった。
「――やるからには、絶対にあいつらに勝って、意気揚々とこの遺跡を出られるようにしましょう」
「はい!」
「当然」
 時間を奪われても記憶は変わらない。本来十七歳のシャトンの知識はここにある。
 元より女性の腕力では成人男性に立ち向かうのは難しいし、それ以前に相手は銃を持った集団だ。それでも持てる知識と道具とこの遺跡の仕掛けを総動員して、何とか手立てを考えよう。
 腹が決まったところでその具体的な方法を探らねばならない。下手に動き回ってアリスたちを不慮の事態に巻き込むことを考えると、できれば彼らとも意志の疎通を図りたい。
「アリスたちと連絡を取りたいけど、この遺跡地下は携帯電話も通じないみたいなんだ。何かないかな?」
 テラスの台詞に丁度応えるかのように、シャトンの懐で小さな音が鳴った。

 ◆◆◆◆◆

 遺跡の中に逃げ込んだ子どもたちに、強盗団は苛立っていた。
 それが子どもたちの作戦だということまでは気付いていないものの、人質の動向を把握できなくなったのは不都合だ。
 これから来る警察相手にも、小さな子どもを脅しに使うのとそうでないのとでは印象がまるで違う。
「おい、どうする?」
「仕方ねぇ。何人かでガキ共を探せ」
 七人のうちのまずは二人が、子どもたちを探すために遺跡の中に突入する。その手にはしっかりと弾を込めた拳銃を握ったまま。