第2章 歪む鏡の向こう側
7.白騎士の発明 041
男が無線に向かって呼びかける。返らない応えに、次第に声は焦りを帯びていく。
強盗たちは銀行を襲った際にも使った無線により、博物館と遺跡の入り口で連絡を取り合っていた。
博物館前にいる強盗たちは、公園内で遺跡以外にいた全ての人質を一カ所に集めて見張っている。従業員を含めて、結構な人数の人質だ。
おかげで遺跡内の抑えに人を割く羽目になった。それでも無線で連絡がつくうちは別に良かったのだが、先程まで通じていた無線が今はうんともすんとも言わなくなっている。
「おい、応答しろ! おい!」
「どうした?」
無線が通じない? 壊れたのか? 否、先程までは雑音交じりでもしっかりと通じていた。
呼びかけを繰り返す仲間の姿に、もう一人の男が気をとられて隙を作ったところでヴェルムとヴァイスは動き出した。
まずはヴェルムが相手の腕を狙って拳銃を蹴り飛ばし、無事に武器が離れたところでヴァイスが急所にトドメの一撃を入れる。
二人は鮮やかな連携で強盗たちを倒すと、苦悶の顔で崩れ落ちる体を油断しないまま押さえ込む。
「ロープか、ガムテープのようなものはありますか?」
「は、はい!」
遺跡の管理人たちが慌てて事務所からテープを持ってくる。ヴァイスとヴェルムはそれを使って、第三者が見ればそこまでしなくてもと言いたくなるほどぎゅうぎゅう巻きにテープで拘束した。
「遺跡の方へ行くぞ」
「ああ」
険しい顔つきのヴァイスにヴェルムも頷いて駆け出した。
強盗たちに隙ができてこちらは助かった。とはいえ、無線が通じなかったということは、向こうで何かがあったのは確実だ。
◆◆◆◆◆
強盗たちはもう紛れもなく苛立っていた。逃げ出した子どもたちを捕まえるために遺跡の中に入った仲間たちが、いつまで経っても帰ってこない。
それも最初の二人だけでなく、後から遺跡に入った者までもがだ。何かあれば報告のために引き返す筈だったのに、それすらない。
「あいつら一体何をぐずぐずやってんだ!」
「どうする?」
「さすがにこれ以上人数減らすのはな……」
遺跡の中では携帯も繋がらない。子どもたちもそうだが、強盗たちもそれは同じだ。
人質を盾に要求を通すため、警察はすでに呼んである。もうそろそろパトカーがつく頃だろう。それまでに子どもたちを捕まえて引きずり出したいところだったが。
「中で何かあったんなら、奴らも一度戻って来そうなもん――」
「ハッ!」
主犯が台詞を言い終わる前に、ギネカは銃を持つ腕を蹴り飛ばす!
そのまま体勢を崩した無防備な腹部に膝蹴りをお見舞いして、まずはこの場の主導権を握っていた男を昏倒させた。
「てめぇら!」
残りの強盗たちが拳銃を向ける。だがギネカは動じない。
強盗たちに向けてかざした手に魔力の盾――魔導防壁が張られる。
そしてギネカに注意が行った分警戒が薄れた男たちの背後に、フートが回り込む。
「がっ!」
「ぐっ!」
一人の首筋に手刀を叩きこんで気絶させると、すかさず真下に屈みこんで隣の男の足を払う。見事に転んだ相手にも起き上がる前に一撃喰らわせて意識を奪った。この間十秒にも満たない。目にも留まらぬ早業だ。
残りは一人。
フートが二人を倒したことに驚いて、咄嗟に彼に銃を向ける。
そんな男には、ギネカがきっちり踵落としを決めた。
「素人ね。敵から視線を外すなんて」
「拍子抜けするくらいあっさりいったな。こいつら格闘技経験の一つもないのか」
警戒していた割に大したことなかったなと、ジグラード学院きっての優秀生徒たちは告げる。子どもたちのことさえなければ、たかが強盗四人程度この二人の敵ではなかった。
排水溝の隠し通路から顔を出したサマクが呆然とする。
「俺の出番、まったくなかった……」
フートとギネカの二人で手が回らず敵が余るようだったらカバーに入るつもりだったのだが、どうやら必要なかったようだ。
ただの学生がここまでできるとは思っていなかったと、苦笑しながら頬をかく。
「もう大丈夫だ!」
一応先に隠し通路を出て一通り安全を確かめると、サマクは排水溝の奥へと向かって声をかけた。
それまでサマクの背後でこっそり様子を窺っていた子どもたちがぞろぞろと這い出してくる。
「みんな、無事か?」
「お兄さん! お姉さん!」
フートやギネカ、レントが子どもたちの無事を確認すると、緊張が切れたらしい子どもたちは勢いよく彼らに飛びついた。もちろん中身が十七歳のアリスとシャトン、普段から冷静なテラスとフォリーはその限りではなかったが。
「怪我はない?」
「大丈夫。みんなは?」
「こっちもあのおじさん以外は大丈夫」
最初に強盗に抵抗しようとして撃たれたトレジャーハンターの男のことは今、ムースに容態を聞いたラーナが調子を見ている。
「すごい……」
ムースが感嘆の声を上げた。男の傷をラーナが魔導で治療すると、ムースたちではどうにもならなかった傷がみるみる塞がっていく。
「いやいやこのくらい。年季の違いです」
にっこりと笑みを湛えて言う少年は、どう見ても高等部生組より年下なのだが。
「応急処置が的確で助かりました。出血も少ないですし、病院で一日二日様子を見てもらえればすぐに治るでしょう」
「良かった……!」
撃たれた場所が場所だけに万が一とはいえ容態を危惧していたのだが、彼の身には思ったよりも幸運が働いたようだった。
親切なおじさんだったので、きっと日ごろの行いだろう。
「おい、お前たち!」
入り口からヴァイスの声が聞こえた。
「ヴァイス先生!」
「全員無事か?!」
どうやら遺跡の外でも人質たちの逆転劇が起こっていたらしい。ヴァイスとヴェルムが飛び込んでくる。
耳慣れた教師の問いに思わず授業中よろしく手を挙げる生徒たちと、何故かつられて手を挙げている少年トレジャーハンター三人。
「怪我人が一名いました。俺たちじゃなくて、トレジャーハンターのおじさんですが」
「何故過去形にした」
「この人が治してくれたんです」
明快、端的かつ意味不明なフートの説明に、ヴァイスはラーナの方を見る。
「うちの生徒たちが世話になったようだな。礼を言う」
「いえ、こちらこそ。彼らが強盗さんたちを倒してくれたんで楽ができました」
不審や疑問を抱いたことはいくらでもあるが、その全てを一々確認していてはきりがない。ひとまず挨拶が先だろうと、ヴァイスはラーナ、サマク、エイスの三人に目を向ける。
「俺たちもそれなりに腕に覚えはあるつもりだったけど、まったく役に立たなかったな」
「このおチビちゃんたちの方がしっかり仕事をしていたな」
「おチビちゃんたちって」
溜息交じりのエイスの言葉に、ヴェルムがアリスたち小等部生組の顔をぐるりと見回す。
「え? 君たちが?」
「遺跡の中に三人ほど転がしてあるわ」
「本当にやったのか?!」
ヴェルムだけでなく、フートたちも驚いている。てっきり遺跡の中に入った強盗を倒したのは、サマクたち三人と協力したものだと思っていたのだ。
「俺たちは遺跡の隠し通路を一つ教えただけ。それまでにこの子たちだけで、強盗に対抗してたんだ」
「凄いじゃないの、あなたたち!」
「でも、無茶しすぎじゃない……? 怖くなかった? 怪我は?」
子どもたちの武勇伝にギネカは感心し、ムースは心配そうに彼らの様子を確かめる。
「大丈夫!」
「みんないたから平気だったぜ!」
子どもたちが強盗退治の経緯を生き生きと語っている横で、アリスとシャトンはヴァイスに通信機を見せる。
「そうそう、これ、結構役に立ったぜ」
「何?! ほらみろ、凄いだろう私の発明は!」
「はいはい。これからもがんばってね」
「何故お前たちは私の発明に対してそう厳しいんだ」
「今日はたまたま役に立ったけど、いつもくだらない物ばっかり作ってるからだろ……」
一応役に立ったことぐらいは伝えてもいいかと思ったアリスとシャトンだが、それだけだ。
あんまり調子に乗らせるとつけ上がる、とは後のアリスの言い草だ。色々と酷い。
「それより、今って外はどうなってる? 警察とか来てんの?」
「あ、そうだな。それを確認しないと」
無線の異変でこちらに来ることができたヴァイスたちは、もうすぐ到着するはずの警察を待って話をするために一度遺跡を出ていく。
――彼らは一連の怒涛の攻防が、これでようやく終わるのだと思っていた。