薔薇の皇帝 20

第12章 禍の娘

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 ――それはいつ頃の話だっただろうか。
「どーしても、駄目なのですか?!」
「駄目だ」
「是非とも御再考を」
「断る」
「そこをなんとか」
「却下だ」
 全身で迫ってしつこくしつこく食い下がるジュスティーヌを、ロゼウスはやんわりと押しのける。物理的に引き離されたジュスティーヌは、不満そうにぷくりと頬を膨らませた。
「まぁひどい」
「ひどいも何も……お前は、そんなに私の『愛人』になりたいのか?」
「なりたいですわ!」
 ロゼウスの頭を抱えつつの問いに、ジュスティーヌは分厚く奇抜な化粧を施された顔満面に笑みを浮かべた。
 愛嬌はあるが、決して美人ではない。厚い白粉の下に病で蒼白な肌を隠す娘。
 彼女との付き合いももうそれなりだが、ジュスティーヌは何度言い聞かせてもロゼウスの愛人志願をやめることはない。
 以前より更に肉が落ちてほっそりとした肩をそっと掴み、ロゼウスはしばし彼女と見つめ合う。
「ジュスティーヌ……」
「皇帝陛下……」
 そして花も綻ぶような美しい微笑みを浮かべ――容赦なく言った。
「誰が何を言おうと、お前を愛人にはせん」
「――ひどいですわ!」
 一瞬の僅かな期待を返してくれとまた騒ぐジュスティーヌをはいはいと受け流し、しばらく暴れさせておく。ある程度気が済んだところで、適当に止めに入る。
「その辺にしておけ。疲れただろう」
「……んもう!」
 日に日に彼女の体力を削っていく病が憎らしいと、ジュスティーヌは唇を尖らせる。
「ではせめて、陛下の好みの女性の傾向をお聞かせくださいませ!」
「好みなぁ」
「フェルザード殿下というのは却下ですわよ!」
 ここにいるジュスティーヌとは違い、正式な愛人であるエヴェルシードの王子の名を出すことは敵わなかった。ここしばらく男の相手ばかりで女性らしい女性と関係を持ってこなかったロゼウスは再び頭を抱える。
「そうは言っても、私が純粋に異性に恋していた時期など時の遥か彼方過ぎて……」
「エヴェルシードのかつての女傑王の話は以前にも何度かお聞きしました。――愛人や恋人ではなくとも、他に興味を持った方はいらっしゃいませんの?」
 愛や恋、肉欲や性的な興味ではなくとも、心に留まった印象的な女性の話などはないかとジュスティーヌが話を促してくる。
「興味か……これ以上ないくらい印象の強い女なら、まぁそれなりに」
「どんな方ですか?! どういう女でしたら皇帝陛下の御眼鏡に適うのですか?!」
「落ち着けジュスティーヌ」
 がくがくとこちらの首根っこを掴んで揺さぶってくるジュスティーヌをどうどうと宥めつつ、ロゼウスは過去に思いを馳せる。
 皇帝である自分であっても滅多に出会うことのない、鮮烈な印象を与えてくれた女の記憶を。