Pinky Promise 092

第4章 いつか蝶になる夢

16.さなぎの見る夢 092

 “クワドリングの国にて『南の魔女』が待つ”

「いたわ! エラフィよ!」
 ギネカたち学院組は、ついに彼女の居場所を突き止めた。
 真っ赤な鉄塔、エメラルドタワーに並んで帝都エメラルドのもう一つの名物であるルビーツリー。その展望台で、エラフィは椅子に縛り付けられている様子だと言う。
「見たところ怪我はないし、不機嫌そうな表情を見るに元気そうよ」
 双眼鏡を使って、周囲のビルの屋上から様子を確認していたギネカの言葉に、一同はひとまず安堵の息を吐く。
 だが本当に大変なのはもちろんこれからだ。警察にも探偵ヴェルムにも頼ることなく、このメンバーでエラフィを助け出さなければならない。
「で、傍には」
「予想通り、爆弾があるわ」
「あちゃー」
 アリスは額に手を当てた。
 元々はヴェルムと共に行動していたアリスとシャトンも、先程エラフィ救出班と合流したところである。
 事情を知るギネカはもちろん、強盗団と戦闘になった鏡遺跡の件でアリスやシャトンの実力を知っている仲間たちも、二人を喜んで迎え入れる。
 彼らが真っ先にしたことは、まずエラフィがどういう状況下で囚われているのか確認することだった。内部の状況を確かめずいきなり突入するわけにはいかない。
「犯人は帝都に爆弾を仕掛けていると言っていたんだろ? だったらいざと言うときエラフィを殺すのにも同じように爆弾を使うはずだ。見張られている可能性を考えると、迂闊な突入はできない」
 人間の襲撃を警戒するだけならば今度はこれだけの人数がいるので魔導防壁で強行突破も可能だが、爆弾処理に関しては彼ら程度の未熟な魔導では手も足もでない。
 遠目から確認した結果、彼らの危惧は現実になった。この状況でどうやってエラフィを助け出すか。
「ぎりぎりで突入してエラフィお姉さんを助けてから爆弾を空へぶん投げるとか」
「まだ中途半端に時間があるし、一か八かの賭けは危険すぎるだろ」
「やっぱりこっそり誰にも見つからないように昇るしかないんじゃ……」
「途中で犯人の一味に出くわしたらアウト。相手が連絡を受けたらその場で爆破させるかもしれない。だからって慎重にやりすぎて間に合わなければもちろんアウトだ」
 一同、遥かなる塔の展望台を眺めながら、様々な案を出し合う。十二人寄れば文殊の知恵、ともいかないようだ。
「ものがものだけに、敵はいるとしても下の方のフロアにしかいない。ただし、主犯に連絡を入れられたら、遠隔操作で爆弾を爆発させるかもしれない」
「やっぱり問題は、あの爆弾をどうやって解除するかになるんだな」
「傍に行けばまだやりようもあるかもしれないけど、できれば遠くから私たちにとってもエラフィにとっても安全に爆弾を解除できる方法が、何かないかしら」
「遠く……」
 不意に、レントが何かに思い当たったように小さく呟く。隣にいたギネカがその声に反応した。
「レント? 何か思いついたの?」
「ああ。……いや、その……やっぱり、多分無理だから、忘れて」
「忘れる前に聞かせなさい。もうあと一時間もないのよ! 今はなんでもいいから案が欲しいんだから!」
 ギネカがずいっと迫り、レントの口から彼の発案を聞き出す。
「あの……狙撃するってのは?」
「「「狙撃?!」」」
 一同が驚き声を合わせた。口にしたレントの方がその反応にぎょっとする。
「レントお兄さん、狙撃でどうやって爆弾を止めるの?」
「それって、逆に爆発しちゃいませんか……?」
「ほら、ドラマとかでよくあるだろ? 爆弾を解除すると時計が止まるとか、その逆で時計が止まると爆弾が止まるとか。もしも時計だけを壊せば爆弾が止まるなら、遠くからあの爆弾についてる時計だけを狙撃すればいいかなって……俺、やっぱり馬鹿なこと言ってるよな……」
 喋っているうちにどんどん自信を失くしていくのか、レントの語尾はだんだんと弱くなる。
「……いや、狙撃は盲点だったよ。遠距離から獲物をしとめるにはそれが一番。……けれど」
 ヴェイツェがレントの発案の利点を認めるが、すぐにその方法に対する危惧をフートが口にする。
「この場合、爆弾の構造が問題だ。ムースの言うとおり、逆に爆破させちまったら洒落にならないからな」
「私たちの知る爆弾の知識なんて、所詮映画やコミックのものですからね」
「う……やっぱり無理だよね、ごめん」
 やはり考えが甘かったのだと、レントは一人項垂れる。
「いいえ、待って」
「ギネカ?」
「ただの狙撃なら無理かもしれないけれど、それと魔導を組み合わせれば? 弾丸に爆弾解除の術式をかけて撃ちこめば、爆発を抑えこめるかも!」
 彼らはジグラード学院の生徒。普通には使えない「魔導」という切り札を持っている。
「ところで、爆弾処理の魔導って?」
「う……」
 知らない術は使えない。ジグラード学院高等部生たちは、一斉に頭を悩ませ始めた。
「誰かどんな爆弾でも解除できる万能の処理方法知ってねぇ?!」
「そんなもん知ってたらとっくに警察が採用してるわよ! ええと、液体窒素とかは」
「冷却対策がされてたら駄目らしい。それに反応して爆破させるとか」
「スイッチに干渉するようにプログラムをハッキングするとか」
「そんな複雑な構成書けるか?」
「一度スイッチを切るだけだと、最近の爆弾はやっぱりそれに反応して爆発しちゃうものもあるそうだよ」
「くそ! 科学の進歩が恨めしいな……!」
 誰かがアイデアを口にするたび、別の誰かが不可能や懸念要素を口にして却下することの繰り返しだ。
「爆弾の構造は大体電気でスイッチを入れるものらしいから、電流を無効化するとか」
「常に電力がどこかから供給されてるタイプだとそれも無理だ」
「って言うか爆弾の構造なんて知らないって割に結構みんな詳しいね!」
 狙撃の提案をしたレントが思わず突っ込む。
 高等部生の中ではやはりレントが一番普通の人間で、魔導も学業も普通以上にこなす優等生たちには敵わないのだ。
「いっそ燃焼に必要な周囲の酸素を奪う……いえ、駄目ね。範囲を間違えれば、人質を巻き込んでしまうわ」
 しかし自信のないレント自身の様子とは裏腹に、これでも周囲はかなり真剣に狙撃と魔導の可能性を探っていた。
 皆と一緒になって方法を考えるシャトンの横顔を不意に見て、アリスはあることを思いついた。
「そうだよ! シャトン! 今こそお前の力が必要だ!」
「え?」
 これならば行ける。いや、もはやこの方法しかない。
「あの術を爆弾にかければいいじゃないか! 火薬もオイルも電流も関係ない! 全てそのままで、けれど全てを“爆弾が作られる前の状態”に分解してしまえばいい!」
 その爆弾の“時間”を巻き戻して――。
「!」
 シャトンが目を瞠る。
「何だ? 何かいい案があったのか?」
「うん、あのね」
 アリスはシャトンが禁呪を作ったことは上手く誤魔化して、時を戻す術について話し始めた。
「そんな術あんのか?!」
「またヴァイス先生?」
「まぁそんな感じ」
 いつも通りヴァイスに全ての説明を押し付けて、アリスはその方法を推奨する。
「そのやり方なら――上手く行けば確実に爆弾を無効化できるわ!」
 ギネカが頷き、フートがレントの肩を叩きながら、全員を促した。
「そうと決まれば、早速準備するぞ!」

 ◆◆◆◆◆

 ルビーツリー展望台の硝子が割れる音とほぼ同時に、目の前で、机の上に置かれた爆弾が撃ち抜かれた。
「! 狙撃?! もしかして……レント!」
 穴の開いた方向を見ると、遠くの建物に人影が見えるような、見えないような。
 狙撃で爆弾を解除できるものかと思ったが、どんな手を使ったのか、爆弾は何故か部品ごとに見事ばらばらになっている。
 しばらく待っていると、もう何時間も微動だにしなかったはずのエレベーターの数字が動き始め、エラフィは息を詰めてその到着を見つめる。
「エラフィ!」
「セルフ! 無事か!」
「怪我はない?!」
「ヴェイツェ、フート、ギネカ……!」
 待ち望んだ見慣れた顔の到着に、エラフィはようやく解放されることを確信して笑顔を浮かべた。
「うわぁああ~! やーっと来てくれたぁああ!」
「遅くなってごめんな」
「ううん! アリスくんもシャトンちゃんもありがと~!」
 高等部の友人たちだけでなく、小等部の二人までやってきたことにエラフィは驚いた。
「テラスとフォリーも来てるけど、あの二人はムースお姉さんと一緒にそのまま更に上がってエレベーターの制御室を確保するって」
 これは元々テラスの発案だ。例え教団員を倒しても、エレベーターを占拠されたら危ない。
 更に魔導弾狙撃による爆弾解除を担当するレントにも、カナール、ローロ、ネスルの三人がついていた。ライフルのスコープを覗いている時は自分の周囲に警戒を払えないので、万が一狙撃に気づかれた際はすぐに逃げなければならないからだ。子どもたち三人はレントの周囲三方を警戒するという、さりげない大役を引き受けていた。
 そしてギネカ、フート、ヴェイツェ、アリス、シャトンの五人は、レントから狙撃成功の報せを受け取ると同時に下層のフロアに詰めていた黒服たちを倒しながらここまで上がって来たのである。
「はー、お腹空いた」
「セルフおま……」
「お疲れ、エラフィ」
 丸一日以上監禁されていた人とは思えない呑気なエラフィの態度に、周囲は呆れかえる。
「って、のんびりしている場合じゃないわよ。こっちは解決したかもしれないけど、探偵さんの方が」
「そうだよ! 向こうは向こうで大変なことになってるかも」
 シャトンとアリスの言葉で、一行は犯人側の存在をようやく思い出した。
 ヴェルムは今頃、帝都に仕掛けられた爆弾の解除を巡って犯人と対峙しているはずだ。
 向こうが爆弾の解除を成功させたら、こちらもエラフィ救出を連絡する。二つの爆弾が連動していない時限式のものだからこそ通じるやり方だ。
「げ。その問題があったか」
「私たちもあっちに加勢する? まぁ現場に乗り込む頃には終わってそうだけど」
「そうだな。一応行ってみよう」
 六人は早々とルビーツリーを降りた。
「みんな!」
「エラフィ、良かった!」
「エラフィお姉さん! 無事だったんだね!」
「この通り、あんたたちのおかげよ!」
 ツリーの足下で、狙撃から戻ってきたレントやカナールたちと合流し無事の再会を喜び合う。
「連絡が来た!」
 携帯を見ていたフォリーが、彼女にしては珍しく大声で叫ぶ。
「よっしゃ! じゃあこっちも救出無事成功って送ろう!」
 どうやらヴェルムの方でも無事に犯人との駆け引きに成功し、帝都に仕掛けられた爆弾を解除させることに成功したらしい。こちらもエラフィ救出成功の報を送り、向こうで犯人を捕まえれば、これで事件は終了だ。
 もうこちらで動くことは終わったと、安堵し気の緩む一行の中で、アリスは不意になんとなく塔の入り口に目を向けた。
 人の気配。
「――……!」
ツリーの入り口で動く人影がある。黒い服のほとんどが夜の闇と塔の影に溶け込む中、襟元に青いピンの輝きが煌めいた。
「避けろ!」
 咄嗟に、エラフィを地面に押し倒すようにして庇う。シャトンもエラフィに駆け寄ろうとしていた周囲の子どもたちを引き留め、全身で庇うようにして地面に伏せた。
 キン! と銃弾の跳ねる音がする。
「あの拘束を抜けて来るなんて……!」
「仮にも教団の人間を侮るんじゃなかったな」
 ギネカやフートなどの高等部生組は咄嗟に魔導防壁で自分や仲間の身を庇うが、位置が悪い。自力で防壁を張れる者と張れない者の距離が離れすぎている。
「アリスト! エラフィ!」
 アリスの張った防壁が衝撃で割れた隙を教団の男が狙う。ギネカは咄嗟に二人の名を叫んだ。
 アリスはエラフィを抱え込んだまま衝撃を覚悟して息を詰める。
「……!」
 その時、誰かが駆けよってきた。
 誰かが、自分の体を盾にして二人を庇った。
「え……」
 その気配を、アリスは――アリストはよく知っている。
「姉さん?!」
 よく知った香りの中に、濃い血のにおいが広がった。

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