Pinky Promise 114

第5章 パイ泥棒の言い分

19.白の王の威厳 114

 一通り組織の事情を説明し、更にゲルトナーの話は対教団への方針へと続く。
「この十年で睡蓮教団も力を蓄えたけれど、その分教団への敵対者も増えた」
 ヴァイスが教団を壊滅寸前まで追い込んでから十年。
向こうは隙のない組織になったが、こちらも十分に力を蓄えた。白の王であるマレク警部が警察に入ったのもその一環らしい。
「けれど、アリスが現れるまでは教団の敵対者たちにはまとまりがなく統率者がいなかった。マッドハッターのことは残念だけれど、アリスのおかげで怪盗ジャックと手を組めたのは大きいと思うよ」
 そこでようやく不思議の国の住人――コードネーム“料理女”として正体を明かして正式に仲間入りしたギネカが口を挟む。
「教団への対抗に関しては、敵対者同士で仲間を集めたいと言うのもありますが、もう一つ大きな問題が」
「そうだね」
 ギネカの言葉をわかっていたようにゲルトナーは頷く。
「ハンプティ・ダンプティ」
「……!」
 現在世間を騒がせている連続殺人鬼の名に、アリスたちも表情を引き締める。
「彼はやりすぎだ。自らが不思議の国の住人であることを名乗りながら、睡蓮教団の人間を次々に殺害していっている」
 いくら相手も犯罪者とはいえ、あまりに容赦のないやり口。それにこんなやり方をしていては、いつか教団や白の王国に限らず不思議の国の住人の存在が本当の意味で明るみに出てしまう。
 それは教団だけでなく、白の王国にとっても避けたい事態だ。
「ルイツァーリ、君の友人のエールーカ探偵は犯人を見つけ出せないのか?」
「今捜査中だ。難航しているらしい」
 ヴェルムがまた無理をしているのではないかと、エラフィがさりげなく心配していた。
 アリスの存在が怪盗ジャックと料理女を良い意味で動かしたと言うなら、悪い意味で動かしているのはハンプティ・ダンプティと名乗る連続殺人鬼。
「ハンプティ・ダンプティの存在を警戒し、教団側の動きも過激になっているようだ」
「仲間が次々に殺されてるんじゃ、向こうも犯人を見つけない訳には行かないだろうからな」
「それが情か面子の問題かは置いておいてもね」
 教団自体が関係者を口封じに何度も殺す場面を見てきたというゲルトナーは深い溜息を吐く。
「教団が敵対者を全てハンプティ・ダンプティと同じように見なし攻撃を仕掛けて来るのも厄介ね」
 最近教団から怪盗たちへの攻撃が激しくなった。ジャックとマッドハッターが力をつけてきたということでもあるが、それだけでなくハンプティ・ダンプティの存在も恐らく教団の過激な行動の理由の一つだろう。
「他に教団の敵対者っているのか?」
「僕ら白の王国にも君たち『アリス』にも属していないと言えば、姿なき情報屋“ジャバウォック”がいるね」
「あー、そう言えばあいつがいたか。なんか毎回色々教えてくれる……」
「毎回?」
「今回も、ジャックに会いたいならここに行けって教えてくれたよ」
「へぇ……!」
 これにはゲルトナーさえも、純粋に驚いた顔になる。
 “ジャバウォック”に関しては、“ハンプティ・ダンプティ”と同じく白の王国でもその存在を影も形も掴めていない存在なのだ。
「そういえばアリス、よくジャックとマッドハッターの居場所がわかったわねって、思ってたんだけど」
 ジャックは自分からアリスを訪ねる予定だったので、マッドハッターとかち合ったあの場所をアリスが知っていたはずがない。
 それをギネカはずっと不思議に思っていたらしい。
「前回と同じだよ。って、前回マッドハッターに会いに行ったときはギネカはいなかったんだっけ」
 段々と混乱してくる頭を整理してアリスは告げる。
「ジャバウォックが教えてくれたんだ」
「直接ジャバウォックと話したの?」
「ううん。教えてくれたのはテラスだよ。ジャバウォックからこんな連絡が入ったよって」
 テラスはモンストルム警部の息子だから、その縁で警察の情報を他人よりもよく知っているのだろう。アリスはそんな風に単純に考えていたが。
「嘘。そんな連絡入ってない」
「へ?」
「私はネイヴのサポートで警察の動きを盗聴器やネイヴの仕掛けたカメラを使って見張ってたわ。でも警察にそんな連絡入ってないわよ」
「結構がっつりジャックの仕事に噛んでるんだなギネカ……」
 友人が予想以上に有能な怪盗助手であることに驚嘆しつつ、アリスはそこから導き出される疑問に首を捻った。
「でも。じゃあなんで……」
 何故テラスは、そんなことを知っていたのだろう? 彼は一体どこでジャバウォックの情報を聞いたのか?
「そのテラス君って、モンストルム警部の息子さんなんだっけ」
 ゲルトナーがテラスの名に興味を示す。
「ああ。うん。まだ小等部だからゲルトナー先生の授業は受けてないけど、うちの学年の名物天才児」
「噂は聞いたことがあるけれど……」
 ゲルトナーはテラスについて、何か考え込んでいる様子だ。
「なるほどね。その可能性があったか」
「?」
「まぁ、ジャバウォックはハンプティ・ダンプティと違って放っておいても害はないだろう。マッドハッター嫌いとは言っても、モンストルム警部をけしかけてからかってるくらいだろうし」
「からかってる……」
 毎回情報屋のタレこみで窮地に陥っているらしいマッドハッターの、自分とジャックの扱いの違いに言及する悲しい姿を思い出しアリスは複雑な顔になる。
「全知全能の情報屋が本気で怪盗たちの情報をリークしていたら、二人共とっくに潰されているよ」
「……確かに、ネイヴもジャバウォックの情報通は怖いくらいだって言ってますけど」
 ギネカも複雑な顔になる。
「それよりも今はハンプティ・ダンプティだね」
「あ、そうだ」
 この話の流れで一つ思いつき、アリスは揚々と提案した。
「もしもジャバウォックが俺たちに協力してくれるなら、ハンプティ・ダンプティのことも教えてもらったらどうかな!」
 怪盗の素性を知るぐらいなら、殺人鬼の正体についても調べているのではないか。そう考えたのだが。
「とてもいい案ね、アリス。それで、一方的に助言してくるジャバウォックにどうやって連絡をとるの?」
「う」
 シャトンに冷静なツッコミを入れられる。
「……やっぱりジャックじゃないけど、正体を知ってる知らないは大きいな」
「正体は聞かないからメールアドレスだけ教えてください、って訳にも行かないものね」
 意外と応えてくれる可能性もあるかもしれないが。
「まぁ、振出しに戻っただけだよ。それにジャバウォックがハンプティ・ダンプティを警察に突き出すつもりなら、もうとっくに動いているんじゃないかな」
「ハンプティ・ダンプティの正体はジャバウォックでも知らないのだろうか?」
 ヴァイスが腕を組んで唸る。
「……あるいは、ジャバウォックはハンプティ・ダンプティを警察に捕まえさせる気がないのか……」
 ゲルトナーの意味深な言葉に、周囲が一斉に驚きを見せた。
「え? なんでそんなこと」
「ただの可能性だ。ジャバウォックがハンプティ・ダンプティの正体を知らないとも限らないだろう?」
 しかしもしもジャバウォックがハンプティ・ダンプティの正体を知っていたとしたら、その情報を警察に流さない理由がわからない。
「ま、何はともあれ、こうして仲間が増えたのはめでたいことだ」
 これからも頑張っていこうというゲルトナーの台詞で、その日を終えた。

 ◆◆◆◆◆

「まさか君たちが揃って失敗するなんてねぇ」
「……申し訳ございません、女王陛下」
 睡蓮教団は根拠地の一室で顔を突き合わせ、今回の仕事に関する反省とこれからの方針を定める会議を開いていた。
 ハートの女王は失敗した部下たちを咎めるでもなく、むしろ驚嘆した様子で報告を耳に入れる。
「かまわない……と言うのは何だが、僕はむしろ、君たち三人に対抗するその勢力に脅威を感じるよ」
 グリフォン、ニセウミガメ、そしてハートの王。
 ハートの女王の腹心が揃いも揃って、二人の怪盗とその仲間に振り回され目的を果たすことが敵わないとは。
「ハンプティ・ダンプティの横槍が入ったとはいえ、ティードルダムとティードルディーがマッドハッターの処理に手古摺ったのも当然だったわけか」
 目障りとは言えただの平和な盗人如き、教団が本気になればいつでも潰せると考えていた。
 しかしこれからはそうも行かないらしい。
「汚名返上のチャンスを下さい、女王陛下」
「だーめ」
「セールツェ様!」
 嘆願するハートの王に、女王陛下は子どものような口調で却下を告げる。
「貴重な戦力である君たちを勝てない勝負に無謀に突っ込ませるほど、僕は無能じゃないよ。――今度からは全員で、潰せるところから確実に潰そう」
 女王が直々に作戦の指揮を執るということだ。部下の三人はハッと顔を引き締める。
「どこから潰すのです? あの怪盗たちを探しますか?」
「いや、優先順位はハンプティ・ダンプティだ」
「何故ですか。奴はティードルダムとティードルディーを殺した程の手練れ」
「だが、恐らく単独で動いている」
「!」
 相棒を持ち、他者と手を組んだ怪盗たちと違って、殺人鬼は常に孤独だ。
「それなりの規模を持つ組織なら僕らの耳に情報が入って来ないはずがない。奴は個人だ。それも怪盗たちと違って、いざと言う時の後ろ盾を持たない」
「後ろ盾?」
「盗んだ美術品をその場で返してしまうこともある変装の達人ならばいざとなれば一般市民を装って警察に泣きつけるだろうが、その体に返り血をつけた殺人鬼はどうかな?」
 教団の敵対者とは言うものの、その手を血に染めているという意味では、ハンプティ・ダンプティは怪盗たちよりも闇に近い存在だ。
「……ハンプティ・ダンプティの正体に関して何か掴めたのですか?」
「赤騎士の報告に気になることがあってね」
「赤騎士の?」
「奴の潜入先に、教団と因縁のある人物がいたんだってさ」
「!」
「まずは殺人鬼ハンプティ・ダンプティの処理をする。怪盗とその仲間は後回しだ」
 そして最後には、教団が勝つ。誰彼かまわず首をお斬りと命じるハートの女王は、そう断言した。

PREV  |  作品目次  |  NEXT