Pinky Promise 126

第6章 真理の剣

21.赤の王の葬送 126

 広大な帝都にも、闇はある。否、広大な都だからこそと言うべきか。
 都市計画の失敗で放棄された廃墟街。住む人のいない作りかけの住宅地はコンクリートの色も寒々しい。
 こういった場所は、あらゆる犯罪の温床だ。
 その闇の中に、一人の子どもが睡蓮教団を誘い込む。
「さぁ、追いかけっこの始まりだ。それともかくれんぼかな」
 ハートの王とニセウミガメの二人は、小さな子どもの後を追うことにした。
 彼らがハンプティ・ダンプティらしき人物と接触するのを邪魔した相手だ。子どもとは言え、何かを知っている可能性はある。
 ティードルダムとティードルディーを下すような殺人鬼よりは、ただの子どもの方が扱いやすい。
 彼らは、当然のようにそう考え、部下を率いて廃ビルの一つに侵入した。
 しかし。
「目隠し鬼でしょ? 盲目の信仰者さん」
 早速どこからか降ってきた子どもの声に、教団員たちは戦慄する。
 こんな場所にやってくる、不審な子どもだとは思っていた。だが今の言葉は、まるであの子ども自身が彼らを誘い込んだかのようではないか。
「鬼さんこちら。手の鳴る方へ」
「――待て!」
 ぱたぱたと軽やかな足音が駆け出していく。
 ハートの王は引き連れてきた団員の半分にそれを追うよう指示を出した。
「ニセウミガメ、お前はここに残れ」
「ハートの王」
「あの子どもを捕まえて、ハンプティ・ダンプティの情報を吐かせる」
「了解した」
 ニセウミガメは廃ビルのシャッターの前に留まり、周囲を警戒しながら待機することになった。
 部下を先行させたハートの王は、自らは彼らにつけた発信機の位置を見ながら移動する。
 壮絶な鬼ごっこが始まろうとしていた。

 ◆◆◆◆◆

 物騒な足音があちこちを駆けまわっている。
 しかし命懸けの鬼ごっこなら、彼はすでに鏡遺跡の時に経験済みだ。
 階段を降りようとした一人の男が、張られた糸に気付かず転げ落ちる。
「うわぁああああ!!」
「どうした?! ……でぇ?!」
 様子を見に来た別の男が、足元の空き缶を踏んでその場でひっくり返る。
「これで二人……」
 あちこちに仕掛けた罠が、睡蓮教団の人間を次々と戦闘不能にしていく。
「三人……」
 消費された罠の位置と種類を密かに確認し、相手がただの下っ端構成員であることも確認し、彼は廃ビルの中を知り尽くしているかのように駆けまわる。
「ぎゃああ!」
「おわっ!」
「なんだぁ?!」
 一見何の変哲もないものが、その場所を訪れた男たちの行動と相まって凶悪な罠へと変わる。
「やれやれ。これで半分か」
 頭の中に描いていた図と、現実を重ね合わせるのはいつだって難しい。
 用意した仕掛けもかなりの量を使い切ってしまった。所詮子どもの手で準備できるものは限られているし仕方ない。
 慎重を期すればその分他のどこかで負担をかけざるを得なくなる。
 ――彼は普通の子どもだ。
 ほんの少しだけ人よりも知っていることがあるだけの。
 けれど戦う力がない。神様でも魔物でもない。どれだけの知識があろうと、 一度戦闘になれば無力だ。
 だから、その前に片を付ける。

 ◆◆◆◆◆

 廃ビルの中からあちこちで派手な音や声が響いている。ハートの王たちは子ども一人に苦戦しているらしい。とんだ鬼ごっこだ。
 入り口で周辺を警戒していたニセウミガメは、近づいて来る微かな気配に気づく。
「!」
 懐の銃に手をかけ、素早く構えて振り返った。
 しかし銃口を上げた瞬間、目の前に何かが降ってきて一瞬視界を塞がれる。
「布?!」
 彼女がそれを退けようとした時には、すでに背後から首筋に鋭い一撃を食らって昏倒していた。
 人影は倒れた彼女に構わず、何かに導かれるように廃ビルを上へと上がっていく。

 ◆◆◆◆◆

 最後の一人、ハートの王を、鏡遺跡でアリスたちがやったのと同じように携帯の録音機能を使ったトラップで誘き寄せ、背後から突き飛ばす。
 テラスは壁に頭をぶつけて昏倒したハートの王に近づき、その懐を探った。
「……あった!」
 睡蓮教団の幹部、それもハートの女王の腹心である男だ。彼は教団に関するデータを指先よりも小さいチップに入れて常に隠し持っていた。
 このチップは所持者の命と連動していて、ハートの王が死ぬと中のチップごとデータが消滅するようになっている。だから殺さずにデータだけ回収する必要があった。
 テラスはそれを素早く解析にかけてデータを送り出す。この日のための自分の相棒であり、“もう一人の情報屋”の下へ。
 このデータがあれば、イモムシや白騎士たちが教団と戦う時も有利に展開を進められるはずだ。
 ハートの王が途中で目覚めるようなこともなく、無事にデータを送ることができた。
 そしてテラスはチップを再び元通りにすると、何食わぬ顔でハートの王の懐へも戻す。
 彼らがデータを抜かれたことに気づくのは、遅ければ遅い程いい。
 しかしここでそんなことをしている時間的な余裕は、やはり少なかったのだ。
 近づいて来る足音に、テラスは警戒する。けれどすぐにその正体に気づき、また、これから先に起こる出来事にも予測がついてしまい、悲しく吐息を零すことになった。
「やっぱり……来てしまったんだね」
 自分が動くことによって少しでも運命を変えられればと思っていた。けれどそう上手くは行かないものだ。
 絶対外れない預言者は、それ故に自分の見た未来を覆せない。
 テラスは未来を視ることはできないが、更新され続ける今という世界の記録を読み解けば、自然と先もわかるものだ。
「……凄い状況だね。テラス君」
 掠れた声で話しかけてくる彼の顔色は酷く悪い。
「今日は帰った方がいいよって言ったのに。そんなに青い顔をして。自分の魂を砕いて呪詛の媒体に使うなんて無理をして、身体がもつはずがないのに」
「……君は、まさか」
「ヴェイツェお兄さん。いや……」
 先程テラスが声をかけてこの街から追いやろうとした――今日の犯行を思いとどまらせようとした少年が立っている。

「“ハンプティ・ダンプティ”」

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