楽園夢想アデュラリア 01

003:サンストーン

 サンは王宮には戻らない――。
 誰が何と言おうと、勇者になどなるものか。
 なのに。
「なんでお前らがついて来てんだよ?!」
「いやー、やっぱ俺たちもあれでお役御免って訳にはいかなくてさー」
 王都から離れようとするサンの後を、フェナカイトとユークの二人がついてくるのだ。
 サンは溜息をつき、そろそろ後にする王都の景色をもう一度振り返った。
 彼方に見える巨大な王城だけは古風な城と言った外観だが、周辺に立ち並ぶのは殺風景な灰色のビルである。
 如何にも高層な建物は少ない。建築されていないのではなく、魔族の襲撃で破壊され崩落したり上層が吹き飛んだままだからだ。
 中央大陸はその名の通り交易の中心でもあり、様々な人と物が行き交い急速に発展してきた土地だ。大陸の中では南部にあたるグランナージュは気候も穏やかで住みやすい。
 古き時代には他大陸からの来訪者を受け入れる華やかな城下町のイメージがあった街並みも、近代化に伴い灰色のビルが増えた。
 そして今は魔族の襲撃によってそれを失い、荒廃した歪な景観を晒している。
 サンが知っている頃の王都は魔獣を追い詰め国全体で勇者クオを応援し、あらゆる面で支援するためにも技術や経済を発展させていた時期だ。
 クオが魔獣の王を倒して平和を勝ち取りグランナージュの繁栄は続くかと思われたが、僅か数年で今度は魔族との戦争が始まった。
 他の都市も規模は違えど魔族の襲撃を受けた地域の様子は似たようなものだ。栄えていた街々がこれほど荒廃するとは、人類は誰も予見していなかった。
 それでも王宮を抱える首都は他の都市より栄えていて、魔族の襲撃には国軍が対抗する。女王の御膝元で暮らす人々の顔つきには、他の都市よりまだ活気があるようだった。
 ――今の時代、最も重要なのは情報だ。サンは久方ぶりに訪れた王都の街並みを感傷ではなく知識として記憶し、そのままこの地を去る。
 他のどの都市よりも安全と信じられている王都は、入る者には厳しいが出ていく者にはそれ程厳重なチェックはしない。都市には抱えられる人口というものがあり、これ以上住民を増やすことはできないからだ。
 ――隣町にはすぐに辿り着いた。
 王都近隣の都市も王城がないだけで街並みは王都と似たようなものだ。出入りは王都程厳しくはなく、むしろ王都に入れない人々で賑わうとさえ言われる。
「どこに行くんだい?」
「酒場」
 フェナカイトの問いに、サンは端的に答えた。
「何やってんですか、未成年のくせに」
「違う。依頼書の確認だ」
「ああ、狩人――冒険者協会を兼ねてる酒場ってことね」
 冒険者という職業は、勇者と魔獣が戦い続けた前時代の名残だ。
 まだ科学技術による武器や兵器が発達していなかった時代、強大な力を持つ魔獣の王たちに立ち向かう人間は特別に鍛えた騎士や魔導士、魔族や特殊民族と呼ばれる者たちだった。
 絵物語に記されるような勇者と魔王の時代、剣と魔法の時代の終わりは数百年前の話になる。背徳神の魂の核が、一人の魔導士が作り上げた世界へと移り住み地上の大きな脅威は去った。
 それでも多くの魔獣が残り、人々は度々その存在に悩まされた。冒険者は魔獣への対抗者として、今でも必要とされていた。
 アルマンディンは偉そうにしていたが、この荒廃しきった大陸の大半では、国や王の権力などすでに有って無いような有様だった。
 魔獣の被害を受けた際、腰の重い正規軍の救援を待つよりは、多少の依頼料を払っても金で冒険者を雇い追い払ってもらう方が早いのだ。
 冒険者と言うよりも、傭兵のような役目だ。中には本当に冒険などしたことはなく、武芸の腕を活かして傭兵稼業に勤しむ者も多い。
 そして今では、冒険者は魔族の襲撃にも対抗する者として、再び「勇者」と呼ばれ持て囃されるようになった。
「冒険者として働いてるの?」
「こんな時代に、俺みたいなただのガキに他にどんな食い扶持があるってんだ」
「そんなあなたにぴったりなご職業が!」
 英雄の遺児がうっかり振ってしまった話題に、当代勇者の一人がここぞとばかりに食い付く。
「グランナージュ王国では女王陛下の選抜する勇者、勇者を募集しています! 今なら凄まじい力を秘めた武器、神器が――」
 しかしフェナカイトの長口上の途中で、遠くの方からざわめきが近づいてきた。
「悲鳴?」
 大通りを逃げるように駆けてくる人々の流れをぬい、サンは騒ぎの中心地へ向かうように走り出す。
「あ、おい!」
「サン君?!」
「魔族だ! 魔族の襲撃だ!」
 ユークとフェナカイトも駆け出す。勇者として人々を見捨てる訳にはいかないし、サンも追いかけねばならない。
「声をかけてから行けよ……!!」
「信用されてないんだねぇ、俺ら」
 悪態をつくユークに、のほほんと笑うフェナカイト。
 目的の場所では、すでに戦いが始まっているようだった。

 ◆◆◆◆◆

 魔族が襲撃地点に選んだ場所は、街の中心部にある大きな広場だった。祭りや公式の行事などに時折使われる、すり鉢状の階段が並ぶ空間だ。
 今は中央にある噴水の周囲を、魔族の兵士たちが取り囲んでいる。
 数は多いがその実力は大したことはない、とサンは検討をつける。
 魔族にも色々いるが、一般的に人間に近い姿の者ほど強い力を持っていると言う。
 今この場にいるのは、人間よりも獣の特徴を強く見せている、力の弱い魔族ばかりだ。
 これならば自分一人でも十分に――。
「一人で先行すんな!」
「ぐはっ!」
 戦況を把握している途中、唐突に背中に飛び蹴りを喰らう。魔族の気配がしたならともかく、何故仮にも勇者を名乗る人間に背後から蹴られねばならないのか。
「サン君、俺たちを置いてかないでよー」
「なんで来てんだよ!」
 サンはユークを睨み付けながら、フェナカイトに怒鳴り返す。
「勇者だからですよ! 決まっているでしょう!」
 理由になるようなならないようなことを、ユークが偉そうに仁王立ちで宣言する。
「勇者……?」
 その言葉に反応したのは、サンだけではない。ぼそりと低くも何故か明瞭に広場に響き渡った呟きに、三人は噴水の彫像に足をかけて立つ魔族を振り返った。
「そうか、早速来てくれたのか」
「呼びだす手間が省けたな」
 狼に似た獣の顔と手足を持ち、人のように二足歩行した姿の魔族たちは裂けそうな程に口を開いて笑う。
 人間のように立って歩くとはいえ、その姿は人間とは似ても似つかない。彼らの体格は成人男性を二回りほど上回るのである。少年であるサンやユークどころか、フェナカイトと並んでもまるで大人と子どものような差だった。
「ユーク、サン、行くよ」
 フェナカイトがいつの間にか武器を抜いている。銀の銃身に模様が彫り込まれた装飾的なデザインの拳銃だ。
 一体どこから出したのか。そんな場合ではないがサンは首を捻った。サンが見る限りフェナカイトはホルスターを身に着けていない。これだけ大きな拳銃を隠していれば、服の膨らみや動きでわかったはずなのだが。
「了解」
 ユークも頷いて、何故か額に手をやった。
「……なんで俺にまで指図するんだよ。俺は別に――」
「来るぞ!」
 まだ彼らと戦うことを納得した訳ではない。元々そのつもりで来たとはいえ命令される筋合いはない。サンは反発しようとしたが、そんな時間は魔族たちの方が与えてくれなかった。
 飛び掛かってきた魔族の振り下ろす大剣を躱しながら、サンは腰の左右から小ぶりな双剣を抜き放つ。
 サンが先程まで立っていた石造りの階段は、大剣に粉々に叩き割られていた。
「ち、馬鹿力だな」
「街を壊さないでくれよ、もー」
 フェナカイトが弾丸を放つ。その攻撃を避けるため、狼型の魔族は巨体に見合わぬ俊敏さを見せた。
「あらま、結構素早いのな」
「関心している場合じゃありませんよ、フェナカイトさん。スピードタイプの敵はお任せします」
「はいよ、ユー君はあっちの力自慢たちをお願い」
 獣に似た魔族――人狼の顔の判別はつかないが、個々の格好により識別はできる。
 一番立派な鎧を着こんでいるのがこの集団の頭目。
そして相手がどんな戦法を得意とするのかも、武器や鎧と言った装備の違いから把握できる。
 サンは防御が手薄で速さに自信のある、自分と同じタイプの敵を片っ端から狩っていった。まだ肉体が出来上がっていない十三歳の少年は、力よりも速さと技で勝負する。
 フェナカイトの腕力がどれ程かは知らないが、彼の得物は銃だ。サンと同じように、鎧で急所を覆っていない相手を選んでいる。
 そしてユークは。
「ぎゃぁああああ!」「うわぁああああ!」
 ふいに悲鳴が重なって響き渡った。驚いてサンが振り返ると、一団の中でも特に大柄な人狼が二体、まとめて広場の外まで吹き飛ばされるところだった。
「な……!」
 ユークの方を見てみれば、彼は一体どこに隠し持っていたのか、身の丈よりも巨大な斧を構えているではないか。
 さすがにこれは絶対におかしい。
「なんだあれ?!」
「ああ、あれが神器って奴だよ。俺の銃もね」
 そう言うフェナカイトの銃もいつの間にか二丁になって、両手でそれぞれ構えている。
 神器は魔導具だと言っていた。ひょっとして銃も斧も、何もないところから取り出せるとでも言うのか?
「変だと思ったんだよ、その銃、弾切れする様子がなかったからな」
「ああ。気づいた? 撃ってるのは弾丸じゃなくて、魔力の塊だからね」
 そうして二人の勇者の持つ神器の強大な力のおかげか、彼ら自身の実力か、あるいはかなりの腕前を持つ三人が揃ったためか、広場に集った魔族たちの数は次々に減っていく。。
「ぐっ……!」
 最後に残った頭目の喉元に、サンは双剣の刃を突きつけた。
「終わりだな。仲間をつれて撤退しろ」
「ちょっと、見逃すんですか?!」
 トドメを刺すのではなく撤退を促したサンに、ユークが不満の声を上げる。サンとフェナカイトが相手を気絶と負傷に留めたのと違い、ユークが相手をした魔族は全員が一目で死んでいるとわかる。
 サンは目の前の魔族相手ではなく、ユークの言葉にこそ顔を顰めた。
「決着はついたんだからいいだろう? 今回は俺たちがいたから被害もそれ程出なかったし」
「良い訳ありませんよ。それでこいつらがまた次にどこかの街を襲ったら、どうするつもりなんです?」
「ちょっと二人とも、こんな時に仲違いしないでよ」
「違う仲なんて、元々ありませんよ!」
 フェナカイトの制止も聞かず、サンとユークがそのまま魔族を放って口論に発展しそうになった時だった。
 パチパチパチ
 気のない拍手の音が、広場に満ちた緩い空気を打ち破るように響いた。