012:埋葬
敵は撤退した。だが勇者たちも余裕のある状況ではない。
「ユー君、体の方は大丈夫?」
「……あまり良くはありませんね」
天空の大鎌に貫かれ、瀕死の重傷を負ったはずのユーク。
彼の傷はどうやら完全に塞がった訳ではないようだ。切り裂かれた部分が何らかの力で固く閉じて、それ以上の出血を封じている状態らしい。
一時的に戦闘に復帰したものの、あのまま戦い続けていたら危なかっただろう。
「うわ、どうしたんだこれ」
「とりあえず治療するよ」
覗き込んだサンは目を丸くし、フェナカイトも難しい顔をしながら治癒術をかけていく。
ラリマールだけは何かを理解したように告げる。
「神器の力だな。ユークの意志に反応して、神器の力が目覚めたんだ」
「神器が目覚める?」
「ああ、ユークの神器は水の神器。流れ出た血液も傷口を塞いでいた血も、大部分は水でできている。水の神器が目覚めたことにより、血を操ることができたのだ」
「へぇ……」
ラリマールの言葉に、ユークは自らの神器をまじまじと見つめる。
武器としては大斧、元の姿はどうやら彼がいつも額のバンダナの上につけていたサークレットだったらしい。精緻な装飾を施された金のサークレットに薄青い宝石が埋め込まれている。
ラリマール曰く、使われている宝石の種類からそれぞれの神器に宿る力が推察できるらしい。
「武器と言えば、そう言えばラリマールは鞭なんて持ってたのか? あの緑頭を投げ飛ばすのに使ってたけど」
サンがトドメを刺されそうになった時、まだ少し距離があったはずのラリマールがスーを鞭で放り投げて追撃を防いだのだ。けれど、そもそもラリマールはそんな武器を持っていたのか?
「ああ、あれも神器だ」
「お前が前に使ってたのは剣じゃなかったのか?」
「神器は意志の力で持ち主の望みに応じて形状を変える。慣れればいつもと違う形にもできる」
「そうなのか……!」
まさかそんなことまでできるとは。いや、そもそも宝飾品が武器に形状を変化させる技術の謎を思えば、形を自在に選べるのは不思議でもなんでもないのか?
だが、いつまでもこんな話をしている場合ではなかった。
「当面の危機は去ったようだから、フロー一行を呼びに行こう。遺跡の入り口すぐの隠し部屋に退避してもらってるから」
フェナカイトの言葉に頷き、サンたちは彼の後をついていく。
「フローさん!」
「フェナカイト君……」
冒険者一行のリーダー。フローはフェナカイトが戻ってきたのを見て弱弱しく顔を上げる。憔悴した様子は変わらないが、怪我は治り顔色はかなり良くなっている。
けれどフローとその仲間たち三人の纏う雰囲気は、せっかく命が助かった喜びを表すようなものではなかった。
サンとラリマールが怪訝に感じたのに気付いたのだろう。ユークがそっと二人に教える。
「フロー一行は……五人組の冒険者なんです」
「……!」
サンたちはハッとして言葉を失った。ここにいるのは四人。
あと一人はどうなった。
「クラスター将軍、それに、後ろの二人も勇者なのかな」
「そうです、フローさん。全員神器の使い手です。あなた方が向かった遺跡に魔王軍が近づいていることを知った女王陛下が僕らを遣わしてくださったのです」
「そうか……助けてくれてありがとう。女王陛下の御慈悲にも感謝を。……けれど、君たちにもう一つだけ手伝ってほしいことがあるんだ」
内容は聞かなくてもわかった。サンとラリマールはフローがそれを口にする前に頷く。
一行は先程まで戦っていた遺跡前の周辺の森の中へと向かった。
◆◆◆◆◆
仲間の遺体の前ですすり泣くフロー一行の傍らで、サンたちはそっと手に付いた土を拭う。
「……もうすぐセレスティアル将軍が王国軍を率いてやってきます。彼らを連れ帰るのは、将軍たちに任せましょう」
ユークがそう言った。
パイロープの役割が遺体を王都に運ぶことになってしまったが、サンたちも人のことは言えない。彼らは遅すぎたのだろうか。もっと早く辿り着いていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
サンたち勇者と呼ばれる神器の使い手たちが先行したのは、人数的な身軽さだけではなく、神器の使い手ならば身体能力が底上げされてどんな地形でも常人より格段に素早く移動できるという事情がある。
それでも間に合わなかったのか。
サンのそんな疑問が通じたのか、ラリマールとフェナカイトが自分たちにしか聞こえぬようそっと囁く。
「私たちがここに着いた時には、あの人はもう……」
「命の気配は、最初からあの四人しか感じられなかった」
「そうか……」
二人がどうやってそれを判別したのかは不思議だったが、今のサンには追求する気にはなれなかった。
魔王軍の動きもこちらの予測より速過ぎた。遺跡から出てくるフローたちを待ち伏せするためだけにあれほど早く進軍して来たとは思えぬくらいに。
「彼は本当によくやってくれたよ……あいつのためにも、僕たちは魔族との戦いを続けなければならない……」
「本当の平和を取り戻さないと……」
「くそっ!」
冒険者の一人が叫ぶ。
「どうしてあいつが死ななくちゃならないんだ!」
「でも、今回の旅で魔族の集落を一つ潰せたわ。邪悪な魔族を滅ぼして、私たちは少しずつ平和に近づくことができたのよ」
「――え」
冒険者の一人が口にした言葉に、サンは思わず反応していた。
「集落を潰したって……村を襲ったのか?」
パイロープにこの地域一帯の地図を見せられた時、遺跡近くに一つだけぽつりと小さな村が存在していた。
砦でも城でもない、地図と言う平面上の中では小さな点でしかないその地域。それでもそこに生きている者たちの暮らしがある。
けれど。
「そうよ。遺跡から出るところを狙われたらたまったものじゃないもの」
「先手を打って潰しておくことにしたんだ」
「あの村は規模の大きさからして、非戦闘員しかいないんじゃないか?」
ラリマールが顔を顰めながら重ねて尋ねる。
「だが、相手は魔族だ。どんな力を持っていて、何をしてくるかもわからない輩だ」
「……全員殺したのか? 大人も子どもも」
「ああ。だからあの村の生き残りに襲われることはないと思っていたんだけどね。魔王軍が近づいているとは……」
「女王陛下の許可は?」
「僕らの裁量で好きにやれと」
ユークが聞くと、フローはそう答えた。
彼の瞳は澄みきっていて、仲間を喪った悲しみは存在しても、迷いは欠片もない。
サンはスーの乱暴な口調の中に交じる、怒りと侮蔑、そして悲哀の込められた悪態を思い出していた。
――自分たちは魔族を一方的に迫害しておいて、今更被害者面か?
「なぁ、サン。もしかして……」
ラリマールが思案気に呟く。
「スーたちの東方軍は、フローたちに襲われた村の救援に向かっていたんじゃないか? だからアルマンディン女王の想定より向こうの到着が早かったんじゃないか?」
「……」
フェナカイトがユークと冒険者たちに話をする。
「ユーク、ここで彼らと一緒にパイロープ閣下を待って、一緒に王都に戻ってくれるかい? 俺たちはその村の方を見て来るよ」
「え? ……はい、わかりました。残党がいるかも知れませんから、気を付けてくださいね」
「ああ、わかってるよ。――サン、ラリマール」
フェナカイトは疲れたような、これからもっと疲れるような顔で少年二人を呼んだ。
「一緒に来てくれるかい?」
◆◆◆◆◆
辿り着いた小さな村は、全てが焼き払われて灰燼に帰していた。
ところどころかつて生き物であったものの名残が転がっているのがより悲惨な光景を生みだしている。
「なぁ、フェナカイト。何をするつもりだ」
彼はサンの質問に応えず周辺から適当な木切れを探してくると、地面に穴を掘りはじめた。
サンとラリマールは顔を見合わせて、同じように何か土を掘る物を探し始めた。
次々と並べられた墓穴に魔族の村人の遺体を納めていく。
フローたち一行を助けるためにその体を運ぶ時は体格差の関係で無理だと思ったのに、ほとんど墨になってしまった魔族の亡骸、骨しか残されていないようなそれは酷く軽かった。
穴を掘り終わった辺りでどこかに姿を消していたラリマールが戻ってくる。両腕には野の花がいっぱいに抱えられていた。
それらを土饅頭の上に添えて、ようやく埋葬が完了した。
「平和を……」
フェナカイトが悲しそうに呟く。
「平和を取り戻すっていうことは、敵を全て殺すことなのだろうか? 本当に相手を滅ぼし尽くさねば、真の安息は得られないのだろうか」
そしてラリマールの心の底から不思議そうな問いかけが、サンの胸に爪痕を遺した。
「なぁ、それって、誰のための平和なんだ?」
かつて地上には神がいて、神が去ったあとも人間と一部の魔族は共存していたはずなのに。
共に暮らしていたもう一つの種族を迫害し殲滅して得るのは、本当に人類が取り戻したかった平和なのだろうか?
誰も答は出せないまま、滅びた村を去る。
「……帰ろう」
それでもサンも、フェナカイトも、ラリマールも、ここにはいないユークも、勇者として戦わなくてはいけない。
その先に何があるのかを未だ知ることのないまま。
「俺たちが今在るべき場所へ」