楽園夢想アデュラリア 03

016:交わる血

 サンたち四人は、フロー一行の後を追って王国西方に存在する小さな村へとやってきた。
 例によってまた、サンたちの後からパイロープが部隊を率いてやってくるらしい。前回のように魔王軍の進軍に対抗する目的ではないので人数はかなり絞るらしいが、そもそも何故軍人を送る必要があるのか。
 またしても嫌な予感を覚えるサンたちだったが、とにかく命令には従わねばならない。
 もしも何かまずいことが起きるようなら、その時にまた考えるだけだ。
 ――そしてアルマンディンが「念のため」などと言って、軍人を派遣した理由は問題の村に到着してわかった。
 フロー一行の聖者説得が上手く行かず、途方に暮れているという理由も。
「! ここは……!」
 一見長閑な様子の小さな村、そこに生きる住民たちの姿を見て、勇者一行は驚く。
「魔族と人間のハーフたちの村か……!」
 大陸中で魔族と人類の争いが起きているこの時代において奇跡的な、二つの種族が共存する村だったのである。

 ◆◆◆◆◆

 そもそも、魔族とは何なのか?
 彼らは、このフローミア・フェーディアーダの歴史を人間と共に歩んできたもう一つの種族だ。
 獣の体を持つ者、鳥の翼を持つ者、爬虫類の鱗を持つ者、あるいはまったく人間と姿が変わらない者まで、様々な種族が存在する。
 彼らは人と同じ言語を扱うがその生活習慣は人と比べて多様であるため、多くは一族同士で集まって暮らしていた。
 人と魔族の違いは外見ではなく、彼らが持つ能力で区別される。
 魔導を扱うための感覚、第七感を先天的に有するのが魔族である。
 人間にも魔導の才能を持つ者は生まれるが、彼らの多くは後天的に第七感を獲得する。先天的に第七感を有する人間は、奇跡以上に珍しい存在だ。
 人間とまったく変わらない外見の魔族がいた場合、人間側からは魔族の正体がわからないが、魔族同士は第七感によりお互いの存在を感じ取ることができると言う。
 そしてこの感覚の違いこそが、現在、人間と魔族の道を違えさせた原因とも言える。
 世界に人間と魔族しかいない頃は、人と魔族は人同士がそうであるように時に助け合い、時に争いを繰り返して共存していた。
 しかし千年以上前、この世界に「魔獣」という新たな種族が生まれた。
 邪神の魂が無数に砕け散り黒い流れ星となって降り注いだ後の世界。「黒い星」と呼ばれる邪神の魂の欠片を取り込んだ生物は魔獣と呼ばれる存在になった。
 邪神の狂気を受け継いだ魔獣は人も魔族も関係なく襲い、魔獣の王と人や魔族の勇者の長き戦いの時代が続いた。
 一人の魔導士がその時代を終わらせ多くの魔獣が地上を去ったが、それでも残った魔獣が人を襲うのは変わらなかった。
 そして五年前、英雄クオの手によりようやく最後の魔獣の王が倒され、地上に平和が訪れるかと思われた。
 だが、共通の敵を失ったことで、それまで人類と魔族の間に生まれた新たな争いが表面化することになったのだ。
 魔獣と魔族はまったく違う存在だが、人間には外見でその区別をつけることができない。人が魔族と魔獣を間違えて傷つける事例は後を絶たなかった。
 また、魔族と人間の頑強さの差も災いした。周囲の人間が助けを求めても魔族にはその脅威が伝わらず、魔族は冷酷だと誤解されるようなこともあった。
 一つ一つは小さなすれ違いも、積み重なれば大きな溝を生む。
 いつしか人と魔族は憎みあうこととなり、ついには地上の覇権を巡って争うこととなったのだ。

 ◆◆◆◆◆

 村の入り口から普通にやってきたサンたちを、遠目に見える畑の合間に立つ村人たちがじろじろと不審な目で見ている。
 それはそうだろう。村の住人がほぼ全員魔族と人間のハーフであるこの村で、ただの人間は酷く目立つ。
 外見的にそれ程違いがあるとは思えない者も多いのだが、人間にはわからない微かな違いも魔族やその血を引く者たちにはわかると言う。
 フロー一行はこの村でさぞかし苦労したことだろう。
 現に、勇者一行の中でも魔族嫌いのユークなどはすでに居心地悪そうにしている。そんな彼にフェナカイトが釘を刺した。
 戦闘能力に関して言えば、ハーフは魔族よりは弱いが人間よりは強い。
 反感を持たれて敵に回した場合、とても面倒なことになる。
 神器を持つサンたちはともかく、アルマンディンが冒険者として武装しているフロー一行やパイロープのような軍人を選んで派遣しているのは、そのような展開を危惧してのことだろう。
 しかし、最初からハーフの村人たちと衝突していては聖者説得の任務はこなせない。
「ユー君、何もしなくていいからとりあえず大人しくしててね。喧嘩なんかしちゃ駄目だよ」
「……わかってます、フェナカイトさん」
 とりあえず誰か話のできそうな人物をサンたちが探す中、ラリマールが近くの小屋の影から覗いている小さな影に気づいた。
「こんにちは」
「!」
 サンも強いていつもより柔らかい表情を浮かべるのを意識して、ラリマールと一緒にその子どもに話しかける。
 一目で人間と魔族のハーフであることがわかる、獣の耳を持った五歳くらいの女の子だ。
 よく見れば瞳の中も虹彩の形が人と微妙に違う。こうした小さな差まで考慮すると、本当の意味で人間とまったく同じ姿の魔族は珍しいと言う。
「お兄ちゃんたち、誰? 何しにこの村に来たの?」
「俺たちは、グランナージュ王都からやってきた勇者だよ」
「ゆうしゃ?」
「なぁ、この村に“聖者”って呼ばれている人はいないか? 私たちは、その人物に会いに来たのだ」
「ベニトのこと?」
「ベニト、って言うのか?」
 聖者の名前までは聞かされていなかったサンたちには、それだけでも十分な収穫だ。
「俺たち、そのベニトさんに会いたいんだけど、どこのおうちに住んでるか、教えてくれないかな?」
 フェナカイトが膝を屈めて目線を合わせるようにして、いつもより更に穏やかに話しかける。
「ベニトはね――」
「待て」
 幼女の話を遮り、一見して頑強な肉体を持つ長身の男が一人進み出てきた。爬虫類めいた肌をしていて、なかなか威圧感を与える容姿である。
「お前ら、ベニトに何の用だ。あいつらの仲間か」
「あいつら? って……フローか」
「緑の髪と瞳をした冒険者の青年たちなら、確かに僕らの知り合いです」
「ちっ……やっぱりな」
 男は忌々しそうに舌打ちする。
「帰れ。この村は余所者を受け付けない。ここは人間にも魔族にも迫害された者たちが寄り集まって生きるために作った村だ。もちろんベニトもな。あいつは王宮になんて絶対行かない」
「そういう訳にもいきません! 僕らは女王陛下の命令でここに来ているんです! せめて聖者様本人と話もできないうちから帰る訳には行きません!」
 男に食って掛かろうとするユークを押しのけ、フェナカイトが男と交渉する。
「俺たちは確かにフロー一行と知り合いだけど、立場は結構違うよ。女王陛下から聖者に王都まで来てくれるよう説得する命令を受けているのは事実だけれど、彼の意志も尊重する」
「お前は……」
 男はフェナカイトを上から下までじろじろと興味深そうに眺めまわし、思案気な様子になる。
「この村で揉め事は起こさないと誓うよ。少しだけでいいんだ、本人と会わせてくれないか?」
「……わかった。そこまで言うなら、ベニトと会わせてやる。だが」
 それまで渋い顔をしていた男が、そこで唐突ににやりと笑みを浮かべた。
「この村で一番説得が難しいのはあいつ本人だぜ? お前らに対しどんな反応をしても、俺は知らないからな」

 ◆◆◆◆◆

 鱗人の男と獣耳の幼女、二人の案内で、サンたちは村はずれの小さな小屋にやってきた。
 この小屋が村の外れにある理由は、どうやら家の庭で様々な薬草を育てているかららしい。毒草にもなる草が畑に影響しないよう、あえて離れた場所に家を建てたのだろう。
 男は家に案内さえするともう仕事は済んだとばかりに傍観の体勢に入っている。取次ぎまではしてくれる気はないらしい。
 サンとユークが顔を見合わせ、二人で扉の前に立つ。サンは脆い木の扉を控えめにノックしてみた。
「あのー、この村の聖者の、ベニトさんですか?」
 その瞬間、ドドドと中で誰かが駆けてくるような音がしたかと思うと、次の瞬間には扉が内側から蹴り飛ばされていた。
「うらぁあああああ!!」
「ぶっ」「ふぎゃっ!」
 少年二人は見事に扉で顔面を強打して地面を転がる。
「わー! サン!!」
「ユー君?!」
 ラリマールとフェナカイトが慌ててそれぞれの傍に駆け寄った。
「また来やがったのかテメーら! 王都の冒険者だかなんだか知らねーが、これ以上余計なことしやがると……あ?」
 青紫の髪と瞳、二十代前半だろう青年が雄々しく腕まくりをしながら勢い込みかけ、ふと我に帰った様子だ。
「……誰だ、お前ら」
 あなたを迎えに来た勇者です、と答えるべきなのだろうが、どちらもどう見ても「それ」っぽくは見えない状態での初対面だった。

 ◆◆◆◆◆

「はん、冒険者の次は勇者様かよ。女王陛下も次々とまぁ御苦労なこった」
 聖者ことベニトは、一通りサンたちの話を聞いて鼻を鳴らす。
 フロー一行の説得が難航していると聞いた時点で予測していたことだったが、やはり彼に王都へ来てアルマンディンに協力する気はないようだ。
「フェナカイトさん……僕、なんだか聖者と言う言葉に対するイメージが今日一日で変わりそうなんですけども」
「奇遇だね、俺もだよ」
 ユークは思いがけない聖者像にげんなりとし、フェナカイトはにこにことしている。
 あの後、一応人違いで蹴り飛ばされたことを一応詫びられた後、サンたちはベニトの家に一応招き入れられた。
 一応に含まれるものは推して知るべし。王都からの迎えを拒絶するベニトの対応が、全てにおいて適当だったのは言うまでもない。
 扉がぶつかった鼻にティッシュを詰めたサンは、気にもせずベニトと話をする。
「まぁ、そう言う訳で俺たちはここまで来たんだけど、あんたのその態度からすると王都には来る気なさそうだな」
「ああ、そうだ。幻滅したか? いつの間にか聖者やらなんやら大層な名前で呼ばれるようになった奴がこんな男で」
「いや、むしろ親近感が涌いた」
「?」
 勇者に勧誘されては拒絶を繰り返していたサンとしては、他人事でもない。今回の任務としては困るが。
「とにかく、俺はこの村を離れる気はねぇ! 絶対に王都になんて行かないからな!」
 取りつく島もないその様子に、勇者たち四人は顔を見合わせた。