017:束の間の平穏
「俺は人間と魔族のハーフなんだよ。だからどっちの敵にもならない。でも味方もしない。お前らの用件が俺に人間の味方になれと言うことだったら、答はノーだ。とっとと帰りやがれ」
女王に聖者ことベニトの説得を任せられたフロー一行は、どうやらこの調子で断られたらしい。
彼らは先日の一件で魔族に対し強い恨みを抱いている。ハーフであるベニト相手にいつもの調子で馬鹿正直に魔族を滅ぼす手伝いをしてくれと言って、逆鱗に触れたのだろう。
「どうする?」
「どうする、じゃありませんよ! いくらなんでもこのまますごすごと引き下がれるわけないでしょう!」
ハーフであるベニトやこの村の者たちに色々と思うところはあるユークだが、女王の命令に一番忠実なのも彼である。説得失敗、やれやれ帰るかというノリの他三名を、必死で引き留める。
四人は一度村から引き上げ、一番近くの町で宿をとっていた。ハーフの村民に歓迎されていないのもあるが、あの小さな村にはそもそも余所者が宿泊できるような場所はないからだ。
今は旅人が泊まれるような施設はどの町にも少なく、サンたち四人は一部屋に人数分のベッドだけが詰め込まれた粗末な部屋で一夜を過ごす予定だ。
「もっと真面目に勧誘をしないと!」
「まさかお前の口からそんな言葉が出るとは……」
ユークの強引な「勧誘」を思い出し、サンはげんなりとする。ベニト曰くフローたちはしつこく彼を王都に来るよう促したということだが、それだってサンと初対面のユーク程ではないと確信するのだ。
似たようなことをフェナカイトも考えているらしく、にこにこしながら沈黙を守っている。
「でも、正直な話この件は再考した方がいいと思うぞ。女王は何も言っていなかったが、ベニトは人間と魔族のハーフだからな」
「どちらかの種族を裏切ってこっちに味方しろ、とは言いにくいよねぇ……」
ラリマールの言葉に、フェナカイトも唸り出す。
「あそこは迫害されたハーフの村だろ。魔族に対する偏見はハーフにまで及んでいるんだ。下手に王都になんて連れて行ったら、ベニト自身の身の安全にも関わる。断られても仕方ないと俺は思うぞ」
サンも畳みかける。サン自身は魔族に恨みや偏見はないが、魔獣と魔族の区別を放棄した者、あるいは魔族の襲撃や報復を受けて魔族に恨みを持つようになった者たちが、その憎しみを魔族でも人間でもないハーフたちに向けることがあるのは知っている。
「ベニトは自分がハーフであることを隠す性格にも思えないし、絶対トラブルの元になるぞ」
あれだけ堂々とした男が、魔族への憎悪を抱く人々を前にして委縮するとは思えない。
彼は、そしてあの村の者たちは、ハーフであるが故に他者の蔑視に耐えるよう堂々としているのだ。
けれどそうした態度をとれることと、傷つかずにいられるということは別である。
そんなことは、クオの息子であるが故に劣等感の塊であるサン自身がよく知っている。
「女王様は、どこまで考えて私たちをこの村に寄越したのだろうな」
「こう言ってはなんだけど、アルマンディン陛下の口振りからは、ベニトさんがハーフであることを承知の上で彼の立場を守りながら王宮に居場所を用意するようには思えないんだよね」
「そこだよな。聖者と呼ばれていることは間違いないとしても、あいつを連れ帰ってそもそもアルマンディンの満足いく結果になるのか?」
女王の性格をよく知る一行は、そこで今回の命令に疑問を持った。
サンの時のように、強引に連れて来てうんと言わせればそれで解決するような問題とは思えない。
聖者に求められる役割は人々の求心力となること。ベニト自身が心の底から納得して王都に来て、周囲も彼を受け入れる。それができなければ全て無意味だ。
「……しかし、僕たちへの命令は『聖者を王都に連れ帰ること』です」
「それでベニトに何かあったら、今度はこの村を切欠にハーフまで含めた全魔族を本格的に敵に回すことになるのではないか?」
「そうならないためには、仮に彼を王宮に連れて行ったら四六時中傍について守る必要があるよね。ユー君、君はいつもぴったりベニトさんに張り付いて護衛して、いざ彼が魔族の手先として石を投げられたらその前に進み出て代わりにその石をぶつけられる覚悟はあるかい?」
「う……」
フェナカイトの持ちだした具体的な例えに、さしものユークも怯んだ。
「元々戦う人間である俺たちとは違って、魔族の血を引くとはいえ基本的には繊細な一般市民だからな。下にも置かない丁寧な扱いをする必要がある」
「お姫様扱いだな!」
サンの言葉にユークは想像だけで大きなダメージを受ける。
「ううううう。ぼ、僕があの男を? お姫様扱い……?」
真面目な少年は青褪める程に悩みだした。
◆◆◆◆◆
サンたちは、翌日もベニトの下を訪ねた。
その時、聖者の家には先客がいた。消毒薬の臭いが部屋に籠っている。
「なんだお前ら、また来たのか」
「どうしたんだ? 怪我人か?」
「大したことじゃない。村の子どもが転んで足を折っただけだ」
「この村では大事じゃないか? 必要なら治療できる施設のある街まで運ぶが……」
医療施設はある程度規模の大きい街まで行かないと存在しない。元々小さな村には個人病院しかないことが多い上、ここ数年は魔族の襲撃によって重要な公共施設を重点的に破壊されているので尚更だった。
人々の暮らしは魔族によって壊滅的な被害を受けている。
そして人間たちも、魔族に対し十分過ぎる程の被害を与えて来たのだ。
骨折などの怪我は医療施設に運び込めば自然治癒よりも何倍も早く治す方法がすでに確立されている。サンたちがここまでやってきた車で送ろうかと言う言葉に、ベニトはこう返した。
「必要ない」
「え、でも」
「もう治ったからな。今は他に転んだ子たちの擦り傷を消毒してるだけだ」
ベニトの前で、長椅子に並んで腰かけた子どもたちが次々と手際よく治療されている。
「ん……これはちょっと深いな。さすがに痛いだろう? こういうのはあまり我慢しなくていい」
「ん……ひっく……でも……」
「痕になってもいけないし、しょうがねえな……」
そう言って彼は、少女の傷口に手を当てる。
青紫の光が患部に吸い込まれるように消えると、そこには少しばかり泥で汚れた健康的な肌だけがあった。
「治癒術!」
「なんだお前ら、俺がこの力のせいで聖者とかなんとか呼ばれてるから勧誘に来たんじゃなかったのかよ」
「知らなかった」
「おい」
ベニトが聖者と呼ばれる理由は、治癒術で他者を癒やすからだったのだ。
だが、それだけで聖者と呼ばれるか?
子どもたちが次々にベニトに話しかける。
「ベニトー、俺もぱぱっと治してよー」
「お前はちょびっと擦りむいただけだろ。だーめ」
「ケチー」
一人の少年の要望を、ベニトはつれなく却下した。
「怪我を一瞬で治すと言ったって、それは本来お前たちの体がゆっくり傷を治す時間を早送りしているだけのようなもんだ。あんまり多用するのはよくない。それに」
てきぱきと治癒術を使わない通常の治療を施しながら、少年と他の子どもたちに言い聞かせる。
「痛みは人間に必要な感覚なんだ。小さな痛みは、それがあるからこそ危険を知ることができる。でも」
包帯を留め終えて肩をぽんと叩き治療の終わりを告げながら、聖者は優しくも頼もしい笑みを浮かべる。
「もしも本当に耐えがたいような大きな痛みと向き合わなければいけない時は、遠慮なく俺のところに飛び込んで来い。死なない限りはどんな傷でも、俺が絶対に治してやる」
子どもたちはいつしか静まり返り、真剣にベニトの言葉に耳を傾けていた。
「あんたの負けよ。ベニトの言うとおりだわ。ほら、我慢しなさい」
「はあい」
大人びた少女に諭されて、少年は消毒薬とガーゼで手当てされた傷をさすりながら立ち上がる。
「ありがとうベニト! また怪我したら来るね!」
「しないように気をつけろよ!」
手当され終えた瞬間から、また元気よく外に飛び出していく子どもたちの背にベニトは苦笑を向けた。
「ま、痛む道だと知っていて、それでも立ち向かわなきゃいけない時もあるがね」
「……」
穏やかな村。穏やかな生活。
ベニトにはこの村でハーフの人々と一緒に生き生きと暮らしていくのが似合っているようにサンには思える。
この平穏を崩して、ベニトを自分たちと同じように女王の駒とする資格が、自分たちにあるのだろうか。
そこへ、新たな訪問者……いや、再びの訪問者がやってきた。
「ベニト殿はおられるか?」
「フロー?」