第4章 平和幻想
019:西方将軍
「で、結局奴らのどこが紳士的ですって?」
「ごめん。今回は俺が間違ってた」
底冷えするユークの声に、サンは素直に謝った。
一見温厚に交渉するよう見せかけて、魔族のやり方は人間よりも余程過激だ。
サンとユーク、ラリマールは魔族が村人たちを襲おうとした瞬間に飛び出していた。と、同時にパイロープが周辺の森に潜伏させておいた兵士たちに通信で指示を出す。
サンは一団の最前面にいたターフェへと斬りかかる。小手調べの一撃は、すぐさま神器を発動させたターフェにあっさりと防がれた。
「いい腕だ。何者だ?」
「そいつが例の勇者だよ! クオの息子とか言う!」
「なるほど……言われてみれば、あの英雄の面影があるな」
スーにはユークとラリマールが迫っていた。今日は武器をいつも通りの剣の形にしたラリマールが斬りかかるが、ぎりぎりで躱される。
「ち、神器使い三人かよ! メルリナ! 天空の奴も呼べ!」
『はい、お待たせ』
待たせる程の暇もなく、今日も姿を見せていない魔導士はあっさりと厄介な敵を呼びだしてくれた。
「なんだ、今日の相手はお前なのか?」
「そのようだ。お手合わせ願おう」
スーの相手はユークに任せ、ラリマールが天空へと斬りかかる。前回の戦いからもわかる通り、ユークは天空と相性が悪すぎる。
「おっと」
天空が相手と知るや否や、ラリマールは神器をサンのような双剣に変化させていた。天空の素早く大ぶりな得物の内側に入り込むため、小回りの利く形だ。
しかし相手もそれを理解しているため、そう簡単に懐へは入れてくれない。
スーとユークの対戦も、距離を詰められないよう銃で牽制するスーとその弾丸を防ぎながら肉薄しようとするユークのせめぎ合いが繰り広げられていた。
パイロープが呼び寄せた兵士たちと冒険者のフロー一行は、ターフェとスーが引き連れてきた魔族側の兵士たちと戦っている。
そしてフェナカイトは、ベニトをフォローして村人たちの避難に手を貸していた。
「ひとまず俺の家の方へ! あそこなら医療道具もあるし、毒草畑に迂闊に入らないよう色々罠が仕掛けてあるんだ!」
「了解! 殿を守るから頼むよ!」
魔族の兵士たちの数は多く、まだ死者は出ていないが何人かの村人たちが負傷している。無事な者たちは怪我人に手を貸すようにして、彼らは村はずれのベニトの家へと走った。
「サンたちが抑えててくれるから大丈夫だと思うけど、無事な人たちはいつでも逃げられるようにしててくれ」
「わかった」
自宅まで戻ったベニトは早速治療を始めている。フェナカイトは扉の前で近づく魔族を薙ぎ払う役目を請け負った。
パイロープが部隊を引き連れて来ていたのは結果的に助かったが、その分戦いも激しくなる。
きっと大勢の犠牲が出る。陰鬱な未来予想にフェナカイトは苦い顔をした。
◆◆◆◆◆
「お前たちの目的も、私たちと同じと言う訳か!」
「ああ。と言っても、俺たちはお前らと違って誘いを断られたらいきなり襲い掛かるなんて、そんなことしなかったけどな!」
サンとターフェは激しい斬り合いの合間に言葉を交わしていた。
同じ二刀流なのだが、得物の長さと取り回しはかなり違う。体格の良い魔族のハーフであるターフェは、彼の体格に見合った長さの剣を二刀、平然と振り回している。
サンの双剣はターフェの剣に受け止められ、ターフェの剣はサンに躱されるという攻防を、二人は目にも留まらぬ速さで繰り広げていた。
「あんたはなんで魔王側についてんだ?!」
先程ベニトと交渉している時のターフェは穏やかだった。サンと交戦中の今だって、スーのように口汚く罵ってくることはない。
それでも、彼も魔王軍の一員なのだ。
「……人間を憎んでいるからだ!」
気合いの入った一撃に、体重で負けるサンの体は軽く吹っ飛ばされる。宙で体勢を立て直すと同時に着地の際に受け身を取って、サンは衝撃をなんとか殺した。
その一撃よりも静かに激しいターフェの声が降ってくる。
「私は人間に迫害され、魔族の中で受け入れられて育った。人間の醜さはよく知っている。その血を引くだけのハーフならばともかく、お前のように純粋な人間を受け入れる気にはなれない」
「天空は人間だろ?」
「そうだな。だから尚更人間が嫌いだ。あの女は私たち魔族よりも余程容赦ない。何の呵責も躊躇もなく同族を殺せるのだぞ?」
そう言われるとサンには返す言葉がない。
サンとて、同族である人間をそれ程好きな訳ではない。父の死を考えると、むしろ人間ながら人間嫌いと言っていいかもしれない。
「お前に私たちのことが言えるのか? お前は天空への復讐のために戦っていると聞いた」
「ああ、そうだ」
そうだ。けれど。
けれど、こうも考えるのだ。
「でもあんたがさっきやったことは、人間があんたたちハーフを迫害したことと何が違うんだ?」
ベニトは誰とも争いたくないと言った。
人間の敵にはならない。もちろん魔族の敵にもならない。
ただ静かに暮らしたいだけだと。
魔族のスーは言った。
人間の血を引いているからこちらに従わねば殺す。
相手をその意志ではなく種族で自分の敵だ味方だとカテゴライズして、それは結局彼らがされた差別と何が違うのか。
「お前にはわからないさ。お前は所詮人間なんだ。この地上の覇者と呼ばれる、最も多数を占める種族。常に数で負け続け、殺せる相手は殺しておかないとすぐに囲まれて袋叩きにされる我らの苦しみなど」
彼は考えなしに矛盾した行動をとっているわけではない。ターフェの紫の瞳には、常に悲哀が宿っている。
どれ程言葉を尽くしたとしても、決して変えることはできないだろう、そう思わせる悲哀が。
「どうやら、私たちはわかりあえないらしい」
「……そのようだな」
彼は魔族と人間のハーフだが、今はそれ以上に魔王軍の将軍なのだ。魔王の望みを叶えるためならば、かつての自分たちと同じ立場の存在さえ簡単に葬ってしまうつもりなのだ。
サンはその生き方に何か不穏な漣を感じるのだが、上手く言葉にできない。
誰かの人生を正しいだの間違っているだの言えるほど、サン自身が正しい生き方なんてしていないからだ。
天の勇者、地の希望と呼ばれた父クオだったら、迷わず剣を振るうことができただろうに。
でも本当は――父の生き方さえ、本当に正しいものだとはサンにはどうしても思えないのだった。
「誰に何と言われようと、結局皆己の正義に従って剣を振るうしかないのだ。私もお前も魔族も人も、ハーフも皆」
◆◆◆◆◆
「ああ! ふざけんなよクソがっ! 今のは死んでるとこだろうが!」
以前までのユークだったらそうかもしれない。だが今は違う。
それにしても。
「本当に、口の悪い男だな!」
斧で切りかかるユークの攻撃をスーは躱し、素早く銃撃を浴びせる。ユークは斧を盾代わりに防いだ。
「ちっ!」
スーのユークへの、人間への悪態が止むことはない。
そして相手に敵意以上の嫌悪感を抱いているのは、スーだけではなかった。
「サッサと死ねよこのクズが」
「お前にだけは言われたくない」
「俺は人間が嫌いなんだ」
「奇遇ですね。僕も魔族は大嫌いです」
「お前ら人間なんて」
「魔族なんて」
「「この世に一人だって残しておくものか!」」
互いの隙を探し睨みあう人間嫌いの魔族の将軍と魔族嫌いの勇者。
次の瞬間。両者は一斉に攻撃を仕掛ける。
ユークは銃弾を鎧と武器そのもので弾き、構わずに斬りこんだ。
「くっ……!」
スーも銃そのもので斧を受け止める。神器の頑強さによってそれは実現したが、正直ぎりぎりの偶然にしか見えなかった。
以前から考えていたのだが、この男は天空や他の神器使いに比べて、一段腕が劣る。崩すならここからだ。
ここで彼を殺せば、この後の戦いが楽になる。
『それまでにしてくださいな』
しかし間一髪のところでメルリナに割りこまれ、今回も勝敗はつかなかった。