楽園夢想アデュラリア 04

022:アルマンディン

「ってわけで、悪りっ、勧誘失敗したわ」
「軽いな……まぁ、そういう事情なら仕方ない」
 腕を組んで緩く微笑んだアルマンディンが蠱惑的な紅い唇を歪める。
「どうやら当代魔王と私は、余程気が合うらしいな」
 サンたち勇者一行は、任務を終えてグランナージュ王都へと戻った。
 終えてとは言うものの、今回の任務に関してはサンたちの失敗と言う結果に終わったのだが。
「聖者が手に入らなかったのは惜しいが、その経緯で無理に連れてきても意味はない」
「陛下としては、彼らを放っておくと?」
「それでいいだろう? こちらに靡かない者たちの生活を保障して、それが際限なく膨れ上がるようでは困る」
 大体彼らの思った通りの答が返ってきて、勇者たちもそれで納得するしかなかった。
 つまりこの任務は、最初から成功しない策だったのだろう。
 それを更に裏付けるため、サンは女王を問い質す。
「なぁ、アルマンディン。お前は知ってたのか? ベニトが魔族と人間のハーフだってこと」
「もちろん、報告は受けていた」
 あっさり頷くアルマンディンの様子に驚いたのはユークだ。フェナカイトとラリマールは少しだけ表情が動いたものの、比較的落ち着いている。
「なんでそれを教えなかった? 俺たちだけじゃない。フローやパイロープたちにまで」
 サンはやはりいつものように女王の脇に控えているパイロープへ視線を向ける。
「……陛下、できれば私もお聞かせ願いたい。大体想像はつきますが」
 今回一番振り回されたのは、サンたちよりも、何も聞かされないまま兵を動かすことになったパイロープだろう。
「仕方ない。私の可愛い勇者と可愛い妹の頼みなら答えぬわけにもいかんな」
 誰が可愛い勇者だと悪態をつくサンのげんなり顔を無視して、アルマンディンは説明を始める。
「お前たちの反応を見ることも、私の予定のうちだったからだ」
「知りたかったって言うのか? 俺たちがベニトに対してどう接するのかを」
「ああ、お前たちのように素性も性格も境遇も、まるで違う者たちが魔族と人間のハーフである聖者に対しどう対応するか……。聖者に対する反応が良ければ、王都に迎え混血の者たちをこちらの陣営に引き込むための旗印とするつもりだった」
 だが、そう上手くは行かなかったようだなとアルマンディンは溜息をつく。
「フロー一行に関しては仕方ありませんよ、彼らは魔族に仲間を殺され、自分たちも死にかけたばかりです」
 彼らと同じように女王に振り回された冒険者一行に関しては、あの反応も無理からぬことだと、フェナカイトがフォローを入れる。
 一方、それだけでは治まらない人物もいた。
「女王陛下……仰って下されば、僕は――」
「ユークレース。いいや、これでいいのだ。お前が王への忠誠のためなら私心を殺して聖者に誠心誠意仕えるだろうことは知っている。だが私はそう言った取り繕いではない、お前自身の本音が知りたかった」
「僕は……」
 今回一番反応を試されたと言っていいユークは、肩を落としながら正直に告げる。
「僕は、魔族と人間のハーフを受け入れられそうにありません。彼……ベニト自身が悪人ではないことはわかっておりますが、それでも」
「まぁ、そんなものよな。これまで散々魔族を憎め憎めと煽って来たのは我々だ。そう簡単に意見を翻されてもそれはそれで困る」
 仮にユークが女王の意志を聞いてハーフの存在を受け入れたとしても、彼と同じように魔族を憎む者全員がそうするとは限らない。
 否、受け入れられない可能性の方が高いだろう。
「お前はこれまで通り、私の可愛い部下として仕えるのだ。いいな、クラスター将軍」
「御意。我が命果てる時まで、女王陛下の御許に」
 主従の誓いに対し、サンが一言ぼそりと呟いてユークに睨まれる。
「重てぇ……」
 やはりサンに城勤めなど向かないようだ。
「女王陛下、俺も聞きたいことがあります」
「なんだ、フェナカイト」
 生き方の違う少年たちが目前の事象に対し睨み睨まれと反発しあっている中、彼らよりも幾分大人のフェナカイトは、将来的な構想について女王に尋ねる。
「聖者を迎え入れるおつもりだったということは、彼はこの先のグランナージュ情勢に必要な人物だったということですよね? ……陛下は、この先この国をどうされるおつもりですか?」
「国だけで良いのか? お前が知りたいのは、この大陸そのものの行く末ではないのか?」
 フェナカイトの意図を完全に読み取っているアルマンディンは、悪戯っぽく笑って更に彼を焚きつける。
「あなたの想定。計画。構想。それら総てを、お聞かせ願いたい」
「俺も知りたい」
「サン?」
 ユークと睨み合うのをやめ、サンは女王に向き直った。
「アルマンディン、どうしてお前はわざわざ俺たちを集めた。どうして“勇者”が必要だったんだ?」
 今回“聖者”を必要とした女王に、改めて問い直す。
「魔王を倒すには、勇者という存在が――」
「違うな。お前はそんな単純な人間じゃない。……俺としたことが、会うのが久しぶりすぎて忘れてたよ」
 青い目の勇者は、女王の紅い瞳を睨み付ける。
 その人生にいくらか重なる部分はあるものの、似ているようでまったく似ていない自分たち。
「お前は勇者の裏側を知る人間だ。父さんが死んだ後に勇者を新しく立てたって、英雄クオの二番煎じにしかならない。そんなことぐらい、とっくにわかっているはずだ」
 他の誰よりもサンが知っている。勇者の息子であること、だから、勇者その人にはなれないこと。
 どこまで行ってもサンはクオの息子でしかない。
 英雄クオ自身にはなれない。
「俺たちが魔王を倒せなかったらどうするつもりだ? 今度の勇者はクオに比べて役立たずだと罵られるだけだ。もちろん、勇者を選定した王も巻き添えで」
「……」
 他でもないアルマンディンが、それを考えていなかったとは言わせない。
 彼女はこの国の女王。大胆さと慎重さを併せ持ち、一見博打に見えるような行動の裏にも必ず成功させる本当の思惑を隠している。
「……やれやれ、お前もついに自分からそんなことを言うようになったか。成長したな。サン」
「茶化すな、俺は――」
「わかっている。皆まで言うな。お前の言うとおりだ。だが、お前の想像するような深い理由などない」
 女王の裏を探るサンの疑心を否定して、アルマンディン=グランナージュは彼女の本音を吐露した。
「欲しかったからさ。私だけの勇者が。越えたかったからさ。私が誰より、あの男を」
 王堂にしん、と沈黙が降りる。
「アルマンディン……」
「別にクオに恨みがあるわけじゃないぞ。私が恨んでいるのは」
「お前の父親、そうだろう?」
 サンとアルマンディンはお互いの言葉を遮ってばかりだ。
 お互いの言いたいこと、考えがある程度読めるだけの付き合いの長さがある。
 だから、サンはそれを知っていた。
「お前がやっていることは、自分の父親――先代国王への復讐か」
「そうだ。魔族も人間もどうでもいい。私の望みはお前たち勇者がクオ以上に名を上げ、先代の評価を超えること。そのためならお前たちが魔王を倒せるよう、全力でサポートもしよう」
 それはサンたちがクオを超えることか。
 アルマンディンが先王を超えるということか。
 その両方か。
「私はあの男にできなかったことをやりたいのさ。人間も魔族も総て、この大陸を完全に支配するということを」