楽園夢想アデュラリア 04

023:平和幻想

 アルマンディンの父、先代国王は王妃だけでなく幾人もの愛妾に子どもを産ませて競わせた。
 それはまるで“蠱毒の壺”のような環境だったと彼女は言う。
 蠱毒とは、一つの器に様々な虫を閉じ込め互いに食い合わせて、生き残った虫から採取した毒のこと。争いに勝ち残った唯一の虫に力が宿ると信じられた呪術。
 グランナージュ王家も、次の王位を狙う者たちで競い合い争い合い、隙あらば追い落とした。精神的にも、物理的にも。
 敵は殺せるうちに殺す。手段なんて選んではいられない。
 それでも全ての人間は国と言うものを動かすための道具でしかない。そう、自分自身でさえも。
 パイロープもグロッシュラーも、アルマンディンの異母妹弟。彼女の兄弟は何十人もいた。
「……前から聞こうとは思っていたんだ。アルマンディン、お前は」
「わかっているんだろう、サン」
 サンは、彼女の憎しみを知っていた。
 何年間を空けて顔を合わせても、こんな風に気安く話せるのはもうお互いに隠すようなことが何もないからだ。少なくともサンの方はそう思っている。
 だから尋ねた。これは質問ではない、ただの確認だ。
「殺したんだな? 自分の父親を。先代国王を」
「そうだ。そして今残っていない兄弟たちも、全てな」
 王家に次々と生まれ育ち死んでいく子どもたち。事故で、事件で、病気で。
 公表された死因のうち、一体何割が正しかったのか。
「――」
 ユークたちが呆気にとられている。
 サンからしてみればアルマンディンは昔から「そういう人間」なのだ。しかしその本音を晒すことは滅多にない。
「勇者として呼び寄せておいてなんだが、私はやはりお前とは合わないと思ったよ」
「そうだな。父を殺したお前と。殺された父の復讐を望む俺と」
 先代国王とはサンも面識がある。クオを利用しようとしか考えていないあの男のことが、サンも好きではなかった。
 けれど、本当に父親を手にかけてしまったアルマンディンを前にして、サンはこれまでかける言葉を見つけられなかった。
 今は、自分がターフェとした会話を思い出している。
「アルマンディン、お前が俺たちを使って……勇者の功績と名声を頼りに人心を掌握して支配することは、お前の父親が俺の父親を利用しようとしたことと、何が違うんだ?」
 アルマンディンの顔から、一瞬、いつもの余裕のある悠然とした笑みが抜け落ちる。
「女王陛下」
 案じる声を上げるユークの心配とは裏腹に、彼女は次の瞬間、軽やかに笑い出した。
「ふ……ふふふ。ハハハハハ。ついに言われてしまったな」
「陛下……」
 グロッシュラーも主君であり、彼にとっては姉でもある人を心配そうに見つめている。
 パイロープとグロッシュラーの二人は、蠱毒の壺からアルマンディンの手に寄って引き上げられた。彼らが女王を裏切ることはありえない。
 けれど彼らにしても、アルマンディンの思考の全てを読み取ることはできないらしい。
「そうだ。サン、お前の言うとおりだ」
 自らの一番暗い過去を隠す素振りさえ見せず、アルマンディンはもういつもの彼女に戻っていた。
「私は父への反発によって行動し、玉座に着いた。けれど王になってからはむしろ父のやろうとしていたことの意味がよくわかるようになった。不思議なものだな。昔はあんなに憎んでいたのに」
 少女の頃のアルマンディンが毛嫌いした数々の行いも、王の目から見ては正当とまではいかないが、少なくとも妥当と言えるだけの理由があったのだろうと。
「そして知るのさ。結局私は、あの男と同じものになろうとしている」
「……」
 父と違う人間になりたかったはずなのに、気付いたら同じことをしている。結局彼も自分も、“王”と言う名に縛られたただの人間で、アルマンディンが見ていたのは彼女の父親ではなく、ただの愚かな王でしかなかった。
「それでもまぁ、お前たち勇者が魔王を倒し、クオ以上の成果を上げれば私の名も上がろうと言うもの」
「他人頼りなんて、お前らしくないんじゃないか?」
「もちろん、その先も考えてはいるぞ。そのためにも、お前たちには生きて帰ってもらわなくてはならない。クオのように暗殺されるのも駄目だ。天空とかいう暗殺者はしっかり確実に殺しておけよ」
「……言われなくとも」
 父の仇を討つことは、サンの悲願だ。
 他のどんな人間も魔族も殺さなくても、天空だけは倒さなくてはならない。
「この先、この国をどうするつもりかと聞いたな」
「……ええ」
 視線を向けられたフェナカイトは頷く。
「私は、この大陸を統一してしまいたい。魔王を倒して戦いに勝利した人類と、生き残った魔族とハーフの全てを」
「統一……」
「まさかお前たちだって、魔王を倒してはいそれで終わり、世界は平和になりました! で済むとは思っていないだろう?」
 昔読んだ絵本ならそれで終わることができた。物語が一番盛り上がる時点で綺麗にエンドマークを打てる。
 だが現実の世界では、魔王が滅びようが勇者が死のうが、日々は続いて行く。
 世界は続いて行くし、続けて行かなければならないのだ。人の生と言う名の物語を。
 クオは、自らが天空に殺されてしまったためにそれができなかった。彼自身の物語がそこで終わってしまったために、世界を続けられなかった。
 そしてクオを殺した天空は、魔王が人類を滅ぼすという、彼女の望む悪夢のシナリオを完成させようと動き続けている。
 アルマンディンは確かにそれに対抗しているのだ。魔族を滅ぼすというのは過激だが、だからと言って人類総てを魔王に殺させるわけにもいかないだろう。
「無秩序な迫害を続けてもまた次の魔王を生むだけだ。魔王を倒した後は、軍を差し伸べて降伏を迫る」
「秩序と言う名の国主体で今度は公的に迫害を続けるってか」
「言葉を飾らねばそうなるな。私に従わない者は、魔族だろうが人間だろうが、ハーフだろうが滅んでもらう」
「女王陛下……」
「とは言っても、私も鬼ではない」
「よく言うぜ」
「うるさいぞ。……魔族たちが降伏して安寧を求めるなら、相応の庇護は約束しよう」
 従わなければ殺す。それは……。
「お前のやり方は、順番が少し違うだけで、魔王と同じだ」
「そうだな。だから言っただろう。気が合うな、と」
 種族は違えど支配者の考えることなど、所詮どれも同じなのだ。
「まぁ、お前たち三人が私に反対するならそれはそれでいい。だがユーク、お前は私の命には従うだろう?」
「はい、陛下」
「お前だけは、何としても必ず生きて帰れ。死ぬことは許さない。これは、勅命である」
「……御意!」
 サンやラリマール、フェナカイトの三人は心より女王アルマンディンに従う部下ではないが、ユークは勇者になる前から女王の臣下だった。
 いつか思想的に勇者たちが女王と対立することになっても、ユークだけはアルマンディンに従うだろう。本人もそう決めている。
「俺たちがお前に従わないことがわかっているなら、何故こんな話をした?」
 サンはそのように女王の命に何もかも従う訳には行かない。
 サンにとって重要なのは、勇者であること以上に、サンという人間であることだからだ。
「知っている奴がいれば抑止力になるからな」
「お前は止めて欲しいのか?」
「いいや。その構図が都合がいいというだけだ。言っただろう、無秩序に一方的に追い詰めれば鼠も猫を噛んでくる。私への反対者も敵も、全てこの世には必要なのさ」
 排除せねばならない味方もいれば、残しておかなければならない敵もいる。
 それが世界だと女王は言う。それが正しいとは誰も言わない。
「敵は敵でなく、敵を倒してもそこで終わりじゃない」
「この世界には、敵と味方しかいないのか?」
 ラリマールがぽつりと呟く。
「……だから彼を、聖者を欲したんですね」
 フェナカイトが女王の意思を理解しながらも消せない悲哀の色を浮かべて確認する。アルマンディンも頷いた。
「ああ。聖者が手に入れば、魔王亡き後、ばらばらになった魔族やハーフの意志を統率しやすかっただろう」
 けれど聖者――ベニトはアルマンディンの思惑には乗らなかった。もちろん魔王の思惑にも。
 彼はきっと知っていたのだろう。こうなることを。
 大陸の統一支配を目論む女王にも、人類を殲滅し魔族のみが生きる世界を求める魔王にも彼は従わなかった。
 聖者は、第三の道を自分で選び取った。その選択がサンには殊更重く感じられる。
「これで全員納得が行ったか?」
「……ひとまず、アルマンディンの考えはわかったよ」
「その口ぶりでは、お前はやはり私についてはくれなさそうだな。で、どうするんだ? 魔王を倒した後は? また城を出ていく気か?」
 さすがに魔王を倒した後は勇者たちも表舞台に立たされるだろう。今まで通り地味に目立たず暮らすことはできない。
「――そんなもん、倒してみないとわからない」
 しかし今のサンには、魔王を倒した後の自分の未来が思い描けなかった。