楽園夢想アデュラリア 05

028:決戦

 あらゆる準備と試算の上で、最終決戦の日取りは決められた。天候の予測や周辺地域の避難など、女王アルマンディンは勇者たちの後方支援に手を抜かない。
「勝って来いよ、サン」
「当たり前だ」
 勇者としてのサンたちの存在は、まだ知る者ぞ知る、と言ったところだ。大々的に宣伝して彼らが負けると人類側の落胆が大きすぎるので、王国はまだ勇者の存在を隠している。
 だが冒険者のフローたち一行を抱えているように、女王が魔王に対抗するための手札を何重にも用意していることは民もわかっていることだろう。
 恐らくサンたちが死んだら、それはそれでアルマンディンは次の“勇者”を用意するだけなのだろうと考える。
 でもそれでいい。国を守る女王はそうでなくては。
 サンたち自身が魔王に勝てば、それでいいだけの話なのだ。
「ま、死んでも倒せなどとは言わん。もしも負けそうだったら潔く撤退して生きて帰って来い。神器を持ち帰れよ」
「最後のがお前の本音だろ? いいのか、アルマンディン。俺たちが負けたら魔王軍は勇者に勝ったと大陸中に喧伝するぞ」
「良い訳がない。だから出来る限り勝て。だが死んではそれこそ何にもならん。お前たちが命からがら逃げ帰ったら、我々の方で『魔王軍はなんて卑怯なんだ!』とそれこそ大陸中に触れ回ってやるだけだ」
 泣いても笑ってもこれが最後。そう言いたいものだが、もちろんそうでなかった時のために保険をかけておくのがこの女王のやり方だ。
「サン、クラスター将軍、フェナカイト、ラリマール。お前たちの後詰として、我々も控えている。何かあったら我々がすぐに出立する」
「パイロープ」
 女将軍は、勇者と名乗ることこそないが、女王の最大の手札として今回も密かに活躍する予定らしい。
 サンたちの敗北、魔王の敗北、どちらにしろ最後の抵抗が激しくなるだろう魔族を抑えこむのに、王国の正規軍の力も必要なのだ。
 これはお伽噺ではない。美しい終わり方など存在しない。
 誰かを踏みにじっても、勝って、生きなければいけないのだ。
 アルマンディンたちが今度はユークに声をかけている横で、グロッシュラーがサンの前へ進み出る。
「サン君」
「グロッシュラー」
 アルマンディンとも馴染みは深いが、サンにとっていつも面倒を見てくれたのはこの青年だ。クオが幼いサンを預けるのも、グロッシュラー相手のことが多かった。
「女王陛下はああ言ったけれど、本当に危険な時はちゃんと逃げてね。後のことは気にしなくていい」
「そう言う訳にもいかねーけど、気持ちはありがたく受け取っておく」
「……死んでも勝てば英雄。負けて死ねばその時点で敗北者。けれど、生きている限り名誉挽回の機会はいくらでもある。生き残るんだよ、サン」
「……うん」
 一頻り別れの挨拶が済み、四人の勇者はフェナカイトの運転する車に乗り込む。
 これが最後になるかもしれないし、ならないかもしれない。
「さぁ、出発だ」
 あくまで凱旋を目指し、彼らは帰るために出発した。

 ◆◆◆◆◆

「――待っていたぞ、“勇者”よ」
 四人の勇者は魔王軍の警戒をすり抜け、魔王の城へと乗り込む。
 魔王軍の最後の防衛ラインを密かに超えてしまうと、そこはもう閑散とした城だけが残されていた。
 おそらく魔王の方でも、神器を持たぬ軍勢に勇者の相手をさせる気はなかったのだろう。
 城の一階にある吹き抜けのホールに突入すると、いつもの四人の将軍と、サンが見たことのない一人の男だけが立っている。
 いや、最後の一人は直接の面識こそないものの、姿だけは映像で見て知っていた。
「あんたが魔王か」
「初めまして、人間の勇者よ。お前が英雄クオの息子、勇者サンか。私の名はアンデシン。魔族を統べる王」
「初めまして。俺たちは、あんたを滅ぼす存在だ」
 アンデシンは、魔王という言葉から予想されたよりも穏やかな様子の男だった。物腰はサンの知る軍人貴族のそれに近い。ターフェに感じたものと似たような雰囲気を持っている。
 けれどその穏やかさの中にある威圧、相手を支配し、統治する者としての威厳はグランナージュの貴族とは比べものにならない。
 彼は紛れもなく王なのだ。
「随分とひとが少ないな。いつの間にか引っ越しでもしたのか?」
「ここも最近は煩くなったものでね。だから、先に騒音の原因を除かせてもらうことにした」
 静かな闘志を向けられて、魔族の心を騒がせる原因たちは身構える。
「“勇者”たちよ、お前たちさえいなくなれば、我々は平和に暮らせるのだ」
「それは、僕たち人間側も同じです! あなたたち魔族がいなくなれば、人類は誰に脅かされることもなく平和に生きられる!」
 ユークが叫んだ。魔王の口にする正義に対し、人間の正義を叩き付ける。しかしアンデシンに動じる様子はない。
 このやりとりは、きっといつまで経っても平行線だと一瞬で理解したのだ。
「これは苛烈な、絵に描いたような勇者様だ。お前も同じ意見か? 英雄の息子」
「残念ながら俺は名ばかり勇者なんでな。他の三人はともかく、俺の目的はそこの暗殺者に復讐することだ」
 ここでそうだと頷いたり、熱に浮かされて誰もが望む言葉を言えるような人間ではないのがサンだ。
「父さんを殺したその女を殺す。時代の犠牲になった英雄クオの仇を討つ。そうでなきゃ、俺は、俺の人生を始められない」
「……成程な。そちらも随分と訳有りの様子じゃないか」
 誰もが戦う理由を持ち、誰もが負けられない理由を持っている。それは人も魔族も変わらない。変わらないのに。
「あんたに恨みはないが、死んでもらうぞ。魔王」
「それはこちらの台詞だ、勇者よ」
 魔王はサンたちを“勇者”と呼び、勇者はアンデシンを“魔王”と呼ぶ。
 相手個人の人格はどうでもよく、その立場が相手を現すものとして相対し敵対する。
 大事なのは形であり名前なのだ。それ以外は必要ない。――本当に?
 どこかでこの戦いに正義はないと知りながら、それでも勇者と魔王は古からのお伽噺の筋書きのように、戦い合い滅ぼし合うしかないと。
「来いよクズ共! てめーら今度こそ全員ぶっ殺してやる!」
「今日ばかりは私も戦闘に参加せざるをえないようですね」
 スーが銃を抜き、メルリナが魔導士の杖を掲げる。
「やれやれ。能書きは終わりかい? 待ちくたびれちまったよ」
「以前のようには行かないぞ。今日こそ決着をつけよう」
 天空も中空に放り投げた神器を大鎌の形状に変化させ、ターフェは二本の剣を構えた。
 アンデシンの武器は、シンプルな一振りの長剣だった。
「かかってくるが良い。“勇者”よ」
 魔王の言葉と共に、魔族と人類の運命を決める戦いが開始された。