薔薇の闇は深く 03

011

 皇歴三〇〇三年。
 年が明けて新年となった。誕生日と言う概念をもたない世界では年明けと共に全員が一つ歳をとり、ドラクルは二十七歳になる。
 目の前には父王がいる。
 いつまでも祝い事にばかり携わっているわけには勿論行かず、ようやくドラクルは政務に復帰した。ただし、その量はこれまでに比べて格段に少ない。減らされた幾つかの仕事に疑問を持ち、ひとまずその理由を尋ねるためにブラムス王の執務室を訪れた。
 漆黒の壁と床に紅い絨毯、暖炉。そして黒檀のテーブルという点は他の部屋と同じだ。しかし様々な仕事が持ちこまれるこの部屋は、隅の方に応接用のセットが一通りある他に、壁を埋め尽くすように本棚があることが特徴だ。
 ブラムス王から信頼を受けて任され、幾つもの役職と責務を抱えるドラクルにも足を運び慣れた部屋である。
「陛下」
 秀麗な面差しを書類に向けていたブラムスは、息子とされている第一王子の姿に一瞬、鈍く瞳を細めた。
「あの、先日のハノーヴ河口の堤防の補強の件なんですが……」
「ああ……あれは、もういいんだよ。ドラクル」
「え?」
「ロゼウスに任せたんだ。お前が伏せっている合い間にね。あの子の方がそれを仕上げてくれたから、お前はもう手を出さなくていいよ」
「は……」
 ロゼウスに任せた。その言葉に一瞬思考を止め、それでも何とか頷きかけたドラクルの背に、新たにブラムスの言葉が振ってくる。
「あと一年もすれば、あの子がこの国の王になるのだからね」
 冷やりと、首筋に鋭い切っ先を突きつけられる感覚。ドラクルは先日のロゼウスとの剣の試合を思い出した。自らの剣は彼の一撃により弾き飛ばされて、そして……
「父上」
「おかしい話ではないだろう? 十八歳になれば、ロゼウスも成人だ。思えば私が先代の国王から位を譲られたのもその頃だったよ。ならば今のうちから、執務に慣れさせておいた方が良いと思ってね」
「では……」
「これを見て御覧」
 有無を言わさず差し出された書類に、ドラクルは目を走らせた。そして、息を飲む。
「これは……」
「そうだ。ロゼウスが行った仕事の一つだよ。見事なものだろう?」
 それは、何十年も前から問題にされていた頻繁に氾濫を起こす川の堤防工事に関する案件だった。
 確か同じ問題が十年前にも起こり、その時はドラクルが処理したのだった。川の氾濫のたびに壊れてしまう堤防の強度を上げて築きなおした。しかし今回のロゼウスの提案した堤防工事の方法は、ドラクルとはまったく違う。
 溢れ暴れる川を強固な堤を築くことで強制的に押さえ込もうとしていたドラクルとは違い、ロゼウスの考案した堤の様子は、水を数箇所に分岐させて逃がし、暴れ川の勢いそのものを殺すというやり方だった。
 これまでのローゼンティアにはない、斬新な方法だ。
 何もかもドラクルはロゼウスに負けている。こんな形でまたしても突きつけられた。
「こちらへおいで、ドラクル」
 呆然としたまま抗うことも出来ず、ドラクルは父王の言葉に従って彼の側へと歩み寄った。先程の書類を返して、ブラムスの傍らからその手元にある、最新の技術によって加工された上等な紙を覗き込む。金の箔押しがきらきらと眩しい。
 そこに書かれていたのは、これまでの自分やアンリ、ヘンリーなど王国の政務に関わる者たちの異動一覧だった。来年の日付になっている。
「私は……ついに廃嫡と言う事ですか」
 無理矢理に搾り出したドラクルの声は掠れていた。けれどブラムスはそれを特に気にした様子もなく、一覧に流麗な文字で綴られた名前の列を指で辿った。
「ああ。そしてロゼウスが国王となる。他の者もその本来の地位に応じて異動だ。元々、今の体制では偏りができていたしね。ちょうど良い機会だ……どうした、ドラクル?」
 ようやく名目上の息子の様子に気づき、ブラムスが視線を手元の書類から、傍らの青年のもとへと移す。もともと吸血鬼族の白い肌を蒼白にしたドラクルの頬に手を伸ばして触れ、ゆっくりと下に滑らせるとおとがいを軽く持ち上げた。
「心配せずとも、別に廃嫡にしたからと言って、お前を蔑ろにしたりはしないよ、ドラクル。これまでのお前の功績を考えれば、素性を偽っていたことを差し引いても国の重鎮になれるだろう。ロゼウスの治世を、宰相として助けるがいい」
 息子にするというよりは愛人にするような仕草で、その頬を包み込む。事実、この十年のブラムスのドラクルに対する扱いは、とても父親が息子にするようなものではなかった。
「父上」
「……お前にそう呼んでもらうのも、この一年が最後だな」
 ブラムス王は言うと、紅い瞳をすいと細めた。頬を包んだ手をさらに滑らせて、ドラクルの身体を抱きしめる。
 吸血鬼は長命な種族だ。だからとうに成人を迎えた大人は、たかだか十年や二十年で外見が変わったりしない。子どもは早く成長するが、大人になると老化が極端に緩やかになる。ドラクル自身もこの十年ほとんど変わっていないが、ブラムス王はさらにだ。変わった者と言えば、あの頃はまだ十にも届かない子どもだったロゼウス。
 そして、目にはさやかに見えずとも、この年月の間に移ろい変わりゆくものは多くあった。着々と力をつけたロゼウスのことなどがそうだ。
ドラクルを抱きしめたまま、ブラムスは言葉を紡ぐ。
「お前にはヴラディスラフ大公位をやる。ドラクル」
「そんなもの……」
「フィリップを廃し、お前を奴の代わりに大公爵の位につける。アンリたちも可哀想だが、もとの身分に相応しい立場に戻ってもらう。悪い扱いはしないよ。ドラクル。望んでいた形とは違ったが、私はお前を愛しているよ」
「あ……」
 思いもかけない言葉に、ドラクルは完全に動きを止めた。信じられないと言った表情で、自分よりも背の高いブラムスを見上げる。至近距離で仰いでくる無防備な表情はまるで幼い子どものようで、ブラムスは穏やかに目を細めた。
 ドラクルはこれまでの十年間を思い出す。そして、それ以前の十七年間を思い出す。記憶を辿り、様々な思い出を反芻する。
 良いこともあった。悪いことも。ここ十年間はとにかく第一王子として偽りの身分を与えられながらも側にいた。毎日のように一日の終わりに寝室に呼び出され、時には愛人のように扱われながら、無慈悲に加えられる虐待に身も心も傷ついていないわけではなかった。けれど。
 ――私はお前を愛しているよ。
 ずっと、ずっと、欲しかったのはただそれだけだった。その言葉さえあれば生きて行けた。
「父上……!」
 これまで一方的に抱きしめられるだけだったドラクルが、自らもブラムスの背中に腕を回す。高価な服に皺がつくのも構わず握り締めて、その胸に顔を埋める。熱いものが目元に込み上げるのを堪えた。
 やり直せるだろうか。
 まだ、間に合うだろうか。エヴェルシードや地下組織の面々に要請した戦力を断り、反逆の意志を抑え、この国で、この人のもとで生きて行く事ができるだろうか。かなり完成に近いところまで計画は進めたとはいえ、決定的な行動は起こしていない。今ならば、まだ。
 そんなドラクルの逡巡を、しかしブラムスの言葉が打ち砕いた。
「王位を継がせることこそできないがお前は誰よりも優秀な王子だ。そう、ロゼウスよりも。お前ほどの才能には及ばないかもしれないが、あの子を支えて――」
「――え?」
 ブラムスの言葉に一瞬、何気なく挟まれた言葉の意味をドラクルは図り損ねた。今、何を言ったこの方は。
 ドラクルは思わず、ブラムス王の胸を突き飛ばして距離をとる。
「ちょっと待ってください、父上。あなたは私よりもロゼウスの方が統治能力も戦闘力も、全て上回ることを知っていたのでは……」
 ロゼウスの各方面の才能の凄まじさは、彼にあらゆる分野の知識と技能を手ほどきしたドラクル自身が誰よりもよく知っている。ロゼウスの力は、すでに多くの面においてドラクルを超えているのだ。ドラクルが自ら王位継承権を放棄する覚悟をつけかねているのも、この辺りが理由だった。
 単に王の血を引くというだけの無能者が玉座に着くなら、ドラクルは良心の呵責などまったく感じずにすでに反逆を開始していただろう。自信の力を謙遜も過大評価もせずに正確に測るならば、ドラクルの統治能力や外交手腕は王国でもほとんど並ぶ者のいない上位にあると言っていい。けれど、そのドラクルよりもロゼウスの潜在能力の方が本来は上だ。だからこそドラクルは迷っていた。血統のことを差し引いてもロゼウスの方が王として相応しい器ならば、自分は当然彼に玉座を譲るべきだ。それがこの国のためなのだから。
 しかしブラムスの言葉はその表向きの優しさとは裏腹に、ドラクルの一縷の期待を無惨にも打ち砕いた。
「何を言っている、ドラクル。今王子王女と呼ばれている子どもたちの中に、お前以上の能力を持つ者などいるわけないだろう?」
 まさか、ブラムス王はロゼウスの真価に気づいていないのか? 先程の堤防の件に関する報告を見ても?
 それはドラクルの能力を認める言葉。そして同時に、能力は認めながら結局は正統な血を引く王子ではないドラクルなど、王家にいらないのだと告げる言葉だった。
 ドラクルの中で、何かが音を立てて崩れた。
「……そもそも父上は、何故、私を廃してロゼウスを王位につけようと思ったのです?」
 その崩れた何かが、彼にその質問を発させる。
「決まっている。ローゼンティアの王位は、正統な王の血を引く者だけに与えられるべきものだ。そのためには、次の王は私とクローディアの正式な子であるロゼウスでなければならない」
「本当に? だって、私よりもロゼウスの能力が劣っていると感じていたのでしょう? ならば、あなたの正式な子どもたちの中では、ロゼウスが一番優れた存在だと思っていますか? 国のために、民のために、最も優れた者を王位に」
「有能であることは勿論重大な問題だが、それよりも血筋だ。この由緒正しき吸血鬼の王国の玉座に、資格のない者をつけるわけにはいかない」
「資格? 資格とはなんですか? 民を導くための能力ではないのですか? あなたはそんなにロゼウスのことを知らないまま、それなのに」
「勿論お前が教育したのだから、あの子もそれなりの執務能力はあるのだろう。だが……正直に言おう。私は今回のことを画策した我が弟、フィリップが憎い。奴の策略にまんまとはまり、お前を王位につけるわけには行かないし、玉座は正統な後継者に与えなければならないのだ。それがどんな相手でもな」
 一連のやりとりに返ってきた言葉に、ドラクルは愕然とした。ああ、この人は。
「……ドラクル?」
「……一つだけ、最後に聞かせてください。父上」
 先程とはまた様子が異なり、今度は一転して大人しくなったドラクルの様子を気にしてブラムスがその顔を覗き込む。
 これも嵐の前だ。
「あなたは、要は、ローゼンティアの王位が血統を重視することを盾に、弟大公とあなたを裏切った第一王妃に、復讐をしたいだけなのですね?」
「ドラクル、そんな言い方は」
「でもそうなのでしょう? だって、ロゼウスが私より劣った者だとお思いなのに彼を王位につけようということは。そして、無能な王を戴いた民がどうなるのかは、あなたにとっては、所詮重要な問題ではないと」
「そんな言い方をするものではない。お前がロゼウスを助けて政務を行えば、この国の治世は安定するだろう。ドラクル、お前を悪いようにする気はない。お前も、アンリやヘンリーたち、私の血を引かぬ王子王女たち皆。だから」
 一見優しげな言葉でこの二十七年間、対外的には親子として過ごしてきた青年をブラムスは懐柔しようとする。だが、次に搾り出したドラクルの声は掠れて低かった。
「ご自分だけが、目に見える範囲の相手だけが良ければ、それでいいのですか。あなたの下に集う何百万人の民は、どうでもいいと言うのですか?」
 ドラクルにはわかった。見えてしまった。透けてしまった。彼の言葉の裏側が。
 ブラムスの言葉は、上辺には慈悲深いように聞こえる。王族として血統を偽るという、本来なら処刑されてもおかしくないような立場にあるドラクルたちを生かしてくれるというのだから。だが彼の把握している情報を踏まえ、より深くまで考えると事はそう簡単には行かない。
 ブラムスはロゼウスの実力がドラクルに勝ることを知らず、その能力をすでに功績を挙げているアンリやヘンリーほどにも評価しないのに彼を玉座につけようとしていた。つまりそれは、無能の王を即位させてもいいということ。それで一番の被害を受ける民について、彼は何一つ慮っていない。
 彼自身複雑な葛藤の上に成り立った感情であろうが、ブラムスの出したその結論の根底には、何がなんでも正式な自分の子を王位につけて弟大公に復讐したいのだという気持ちが見え隠れしていた。血統を重視するという割には全てを知った十年前に対処するでもなく、民のためを思うには浅はかな決断を下したブラムスの中にあるのは、どこまでも自分本位な考えだった。
「ドラクル。何を言っている?」
「あなたは卑怯だ! 事実を知ったその時に私を殺す覚悟も無いくせに、今になって廃嫡などと言い出して! そのくせ、国にとって最良の決断をする判断力すらない! それもこれも全部、あなたが」
「黙れ!」
 鋭いドラクルの弾劾に、ブラムス王が目に見えて顔色を変えた。
「ちちう……――ぇッ!?」
 身体の脇に下げられていた腕が伸び、目にも留まらぬ速さでドラクルの首を締め上げる。その勢いで、ドラクルは部屋の奥へと押し込まれた。執務机に膝の裏を打ちつけ、それ以上後退できない。他に逃れる術がないため、両手で必死に首を絞める手を引き剥がそうともがく。
「ぐっ……!」
「お前に何がわかる!」
 ぎりぎりとドラクルの首を絞めながら、ブラムス王は声を震わせて言った。こんな場面でさえなければ、その響は泣いているように聞こえただろう。
「何がわかるというのだ、お前に! 私が卑怯だと? 違うだろう、真にこの国にとって害悪なのはお前だ、ドラクル!」
 先程とは立場が逆転し、今度はブラムスがドラクルを責める。
「お前がいたからいけないのだろう! お前さえ生まれて来なければ良かったのだ! そうすれば継承問題がこんな複雑化することも、私がフィリップやクローディアと争うこともなかったのに!」
 お前さえ生まれて来なければ良かった。いつか自身がロゼウスに投げた台詞を、ドラクルはブラムスの口によりそのまま返される。生まれて来なければ。
 自らの存在が、この国に災いと争いをもたらし、余計な問題を引き起こしているのは、ドラクルだとて承知している。
 だけれど、それは本当に彼自身のせいなのだろうか?
(私、は)
 ヴラディスラフ大公フィリップとどこの馬の骨とも知れぬ女の間に生まれた事は、ドラクル自身の関知するところではない。選べるものなら、生まれてくる先を選べればよかった。
 なのに、悲痛な叫びがドラクルの胸を裂く。
「どうして、お前は私の息子ではない――」
「……ッ!」
 明滅する視界の中、ドラクルは真っ直ぐに片腕を伸ばした。
「がはっ!」
 鈍く呻く音ともに、伸ばした腕がブラムスの喉をつく。形勢逆転して今度はドラクルがブラムスの喉を締め上げると、一気にその命を奪わん、とばかりに両腕の力をこめた。
 容赦のないその力に、ブラムスの首が奇妙な音を立てる。自らの手の中で彼の首の骨が折れてゆくのをドラクルは感じた。口の端から血が零れていく。
「私だって――」
 バキ、グシャ、と凄まじい音を立てて。「私だって、できればあなたの本当の息子に生まれたかった――」
 ブラムスの首の骨が折れ、彼は絶命した。
「……父上……」
 これまで父と呼んだ男の死体から手を離し、それが床に崩れると同時にドラクル自身も放心状態でその場に座り込んだ。
 呆然としたその頬を、涙が伝っている。首筋に残る紅い痕が痛々しい。腕はブラムスの首を折った際に僅かに血で濡れている。折れた骨が皮膚を突き破って、そこから流れ出た分だ。
 空ろな目をして座り込みながらも、頭のどこかでドラクルは冷静に考えていた。吸血鬼は甦りの可能な一族。それもまがりなりにも一国の王であるブラムスならば、それなりの力を持つ者が行えば蘇生は可能だろう。完全にトドメを刺して二度と復活できないようにしたいのならば、扼殺などでなく、出血に弱い吸血鬼の弱点を突いて、刺殺にでもすればよかったのだ。そんなことも考え付かないほど気が動転していた。
 父の死体の横に座り込んで、ドラクルはひたすら考える。
 もはやいっそ、思考することを放棄してしまえば楽だろうとわかっていながら止める事ができなかった。その頬を伝う透明な涙も。
 何故だろう。一体どうしてこんなことになったのだろう。
「私は、ただ」
 濡れた声音がぽつりと雨のように落ちる。
「ただ、あなたの息子として、あなたに愛されたかった……」
 それだけが望みだった。それだけを望んでいた。でも、叶わない。
 こちらを甘やかすような言葉の奥に透けて見えた、ブラムスの真実。ドラクルを愛する振りをしながら、結局彼も自分の見たいものを見ていただけだった。
 ふらりとその場に立ち上がると、突如としてドラクルは笑い出した。
「くくくくく……ははは、あーっはははははは!!」
 その哄笑は、高らかに侮蔑的であるのにどこか悲しげな響で持って、部屋の中に満ちる。
 外から複数の存在が駆けてくる気配がした。
「ドラクル様! 今の音は、――――ッ!?」
 扉を乱暴に開け放ち、入ってきたのはアウグストとルースの二人だった。二人とも室内の惨状を一目見るなり絶句し、対応の早いルースが慌てて扉を閉めた。
 吸血鬼は耳が良い。たまたま近くにいたのか、争いの気配を察して彼らはやって来たのだろう。
 だが、駆けつけた彼らが見たのは、かつての主君でも兄王子でもない者の姿だった。
「……殿下?」
「……ドラクル?」
 確かめるようなアウグストとルースの言葉に、ドラクルは妖美を湛えて嫣然と微笑んでみせる。そこにいたのはもはや不遇の偽りの王子ではなく、ただ行う前から虚しいとわかっている復讐の狂気にとり憑かれた一人の男。
 ドラクルが口を開いた。
「アウグスト、ルース」
「は、はい!」
「アウグスト、エヴェルシードに連絡をとれ。ルースは国内の地下組織に。可能な限り早く作戦を開始せよ、できるなら今晩中にでも」
「ドラクル様?」
「反逆を開始する」
「!」
 急なドラクルの言葉に、アウグストもルースも目を白黒させた。けれど常に笑みを湛えたドラクルの表情は、真剣そのものだった。
 その笑みの奥深く潜む、言葉にならない悲哀が気づいたアウグストたちの口を噤ませる。
「早くしないとこのことを他の家臣が嗅ぎ付けて大騒ぎになるよ。でも、大丈夫。どんなにそれが早くたって、エヴェルシードに伝書鳩を飛ばし、国内の協力者に使い魔蝙蝠を送る時間くらいあるだろう?」
「え、ええ」
 アウグストたちは一応頷いた様子を見せる。
しかし優秀な部下の順調な経過報告を受けるドラクルの瞳は、もう何も映してはいないようだった。