勝者と加害者
夜の森に土を掘り返す音がしていた。
響く、というほど大きな音ではない。静寂の中で異様に高められ、この場にいる者には大きな音に聞こえるが、森を通りがかる人間などいない今、彼以外の耳には恐らく聞こえもしないほどの音だ。
ざく、ざく、と音は連なる。湿った暗い色の土を、闇の中に慣らした目だけを頼りに掘り返していく。明かりは駄目だ。カンテラの明かりが木々の隙間から万一見つかれば、誰かが何かあるのかと探しに来るかもしれない。
大きなスコップで土を掘り返しているのは、まだ少年と言っていい年頃の男だった。十五か、六か。若干線が細く見える少年は、細身のその腕で懸命に土を掘り返す。
湿った土は苔の匂いがして重い。鬱蒼と茂った木々が、彼の姿を周囲から隠している。
夜の闇には黒よりも濃紺の方が同化するのだと、いつかどこかで聞いた知識のために、彼は紺色の外套を身にまとっていた。
足元の塊に被せている布も同じ色。
草木も眠る頃、月明かりだけが頼りの深夜。彼は一人で、こんな森の中にいる。言うまでもなく不審な行動であることは間違いなく、足元の布に包まれた塊はちょうど人一人分の大きさをしている。
彼が掘っている穴は墓穴だ。そして布の中にあるのは死体。
相手は常日頃から何故か彼に突っかかって来る男だった。嫌味と共に小突かれ、女顔だとからかわれてはわざとらしく腰や肩を撫でられていた。我慢が限界に達した頃、街で起こった事件の濡れ衣を着せられそうになった。罪人扱いでいいようにされそうになったのを抵抗したところ、打ちどころが悪かったのか、相手はそのまま死んでしまった。
目撃者はいなかった。
男は何をするつもりだったのか、少年を人気のない廃屋に呼びだしていた。体に触れられそうになって逃げ出し、追い付かれたのを突き飛ばしたら相手が死んでしまったのなんて、少年のせいではない。
だがこの男のせいで現在罪人と疑われている少年がそう言ったところで街の者は信じないだろうことも少年はわかっていた。だから、目撃者がいないのをいいことに、男の死体を、人が通ることもほとんどないこの森に埋めることにしたのだ。
森の入口辺りならば、たびたび子どもが遊びに来る。だがここまで深く、毒草が多いような場所だと街の者たちは滅多に足を踏み入れない。せいぜい医者が薬にもなる草を採りに来るくらいだ。
大丈夫、絶対にばれない。
運は少年の方に向いている。男は柄の悪いごろつきで、突然いなくなっても誰も不審には思わないだろう。少年に何をするつもりだったのか人気のないところに呼びだしたくらいだ。男の行動も、少年が男に呼び出されたということも誰も知らないはずだ。男も少年も、この貧しい街では当たり前のようにありふれた孤児なのだから。
ほとぼりが冷めるまで大人しく、疑われたことが悲痛な顔をしていればいずれ街の者たちも関心を失うはずだ。もともとそちらは大した事件でもない小さな事件の冤罪なのだから、自分は悪くありませんという演技をするくらいならば問題ない。
そして、男を殺したことに対する罪悪感も少年にはない。
いつもいつもいつも嫌がらせを受けてきたのだ。言葉で侮辱され、殴られたり蹴られたり、男の性質の悪い仲間にまでからかわれたり。こんな男、死んだところで何とも思うはずがない。
この穴を掘り終えれば、死体を埋めて証拠を全て隠してしまえば、もう煩わされることなどない。
数カ月もすれば街の連中も男のことなど忘れるだろう。少年にいちいち突っかかって来るこの男の存在さえなければ、もっとマシな、静かな生活ができるはずなのだ。
大丈夫、自分は勝者となるのだ。
少年はそれだけを信じ、男を埋めるための墓穴を掘り続けた。肌に汗が浮き、ただでさえこの季節には少し厚い外套を濡らしていく。
荒げた自分の呼吸と、騒がしく跳ねる鼓動でどうにかなりそうだった少年は、だから近くで小枝が踏まれて音を立てるまで、この場に接近する者たちの存在に気づかなかった。
「――何をしている?」
複数の男たちが、彼の背後に立っていた。
◆◆◆◆◆
「へぇ? 殺人かぁ。やるなぁ坊や」
男たちは全員合わせて五人。二人が少年の体を押さえつけ、一人が周囲の様子を探っている。そしてあとの二人が、濃紺の布に包まれた死体を見ながら呟いた。
「あんまり傷もないし、打ちどころが悪くて死んじまったってところか。相手がごついけどデブじゃなかったのが幸運だな。子どもでも運べるし? それでこんな夜中に森にいたってわけね」
男たちは全員、十代後半から二十代の半ばくらいまでだろう。力強く、体格も良く、成長期の少年の細腕では彼らの拘束を振りほどくことはできない。
「は、放せ!」
「それが人にものを頼む態度かなぁ」
リーダー格らしい男の一人がにやにやと笑う。
「俺たちがこのことを街の奴らにばらしたら、君は罪人として捕まるよぉ。それでもいいのか?」
脅迫の言葉に血の気が引く。
「そうだな。間違いなく有罪だな」
「うっかり突き飛ばしたら死んじまったってのは通じねぇぞ。死体を埋めてる時点でな」
「夜な夜な邪魔者を消してるんだなんて噂が立ったりしてな」
「ついでにこれまで未解決の事件の犯人にもされそうだな」
リーダー格だけではなく、周りの男たちが次々に笑いながら囃したてる。少年は血の気を引かせた。
「そん……そんなこと」
ない、とは言い切れないから少年も人気のない深夜、この森でこっそりと死体を埋めようとしていたのだ。
「でもさぁ、こいつ確か、街の奴らには煙たがられてるごろつきの一人だろ?」
死体を包む布を剥いで顔を見ながら、男の一人がそう言った。
「ああ、親なしのあいつらか。坊やも確かそうだったな」
別の男が、少年の顔近くにカンテラを近づけて造作を確認する。温かいカンテラがすぐ近くにあるのに、背筋はどんどん冷えていく。
彼らの言葉から察するに、孤児の少年とは違って両親が存在する、富裕な家の子息なのだろう。
「どうする? 坊や、罪人になんてなりたくないよねぇ。こんなクズのためにさぁ」
リーダーの男の言葉に、少年はこくんと頷く。
「俺たちの言うこと聞いてくれたら、このことを街に言わないでいてあげるよ」
「ほ、本当に?」
思いがけない言葉に、少年は縋るような目で男を見た。孤児の少年より何倍もいい服を着た男は、少年の顎を手に取りながら至近距離で囁く。
「そうそう。坊やが俺たちの所有物になってくれるなら、ちゃあんと街の奴らから守ってあげるよ」
「所有物……?」
意味がわからない。不安な顔で男を見つめると、リーダー格のその男は舌舐めずりしながら言った。
「そう。俺の所有物。俺のもの。孤児ならともかく、うちで雇ってる使用人だって言ったら簡単に疑いはかけられないでしょ? どう、なる?」
「あ、えっと……」
「俺のことご主人さまって呼んで、なんでもはいはいって言う事聞いてればそれでいいんだよ」
リーダーが唆す横で、少年を拘束した男たちも口ぐちに言う。
「罪人が入る牢ってのは夏でも寒くて臭くて最悪らしいぜ」
「上の連中は大した事件でもなけりゃ、人殺しの一つや二つ、背景を調べもしないで適当に罪人を斬首して終わらせるらしいなぁ」
周囲を調べていた男も言葉を添える。
「事件の捜査なんかしないくせに、役人たちはギロチンの手入れだけは欠かさないらしいな」
「そう言えばあれって、首を斬られても数分は命があるって噂だったな。どうかねぇ、首を斬られるってのは痛いのかねぇ」
死体を放り出した男の一人も、少年の近くにやってきた。
男たちに両脇から動きを封じられ、恐ろしい未来予想図を目の前に展開され、その逃げ道まで提示されてしまった少年の選べる道はただ一つだけだった。
「お願い、です……このこと、黙っててください。なんでも、言う事聞きますから……」
項垂れながら口にされた少年の言葉に、リーダー格の男がにやりと口角をあげて笑う。
「いい子だ、坊や」
◆◆◆◆◆
「んぐ、ふぐ、んぐぅうううう!!」
男の一人が少年の口を、そそり立った一物で塞ぐ。
「ちゃんと丁寧に舐めてくれよな、坊や。噛んだらどうなるか……わかってるよね?」
「ん、ぅう、は、はい!」
少しだけそれから唇を離して、少年は返事をした。
地面に布を敷き、胡坐をかいた男の膝に座らせられている。後ろにはすでに別の男のものが入っていて、口もこうして塞がれる。
「んぐ……ふむぅ……」
少年を膝に乗せた男が、ガクガクと腰を揺さぶって来る。中で彼のいいところを擦ると、背筋にぞくぞくと痺れが走った。
声の変化でそれがわかったのか、少年を膝に乗せた男は、更に腰を打ちつける。
「おい! 何休んでんだよ!」
思わず口の方を止めてしまい、そちらの男に怒られた。まだ半分ほど彼のものが口の中に入っている以上顔を殴られるようなことはないが、少年はそのまま唇を離した。
「ああ! だめぇ、だって、噛んじゃう……!」
すでに何度も口の中に出された白濁の液を涎のように口の端から垂らしながら言うと、不満げだった男が皮肉な笑みを浮かべる。少年の前髪を掴んで潤んだ瞳を覗き込みながら、仲間たちに話しかけた。
「へぇええ。なぁ、聞いたか。この坊やは、後ろがあんまりにも気持ちよくてお口の方に集中できないってさ。おい、お前のものそんなにいいのかよ」
少年の腰を持ち上げては落とすようにして楽しんでいた男がにやにやと笑う。
「そりゃあ、俺の自慢のものだからな。なぁ、気持ちいいだろう?」
「はい……気持ちいいです……」
男たちに何度も強制された通りに、少年は敬語で答える。
「確かにこの坊やは不器用だぜ。手の方も完全に止まっちまってるからなぁ」
上も下も使えなかった男のうちの一人が、ならば手でしごけと少年の手にものを押し付けていた。
「可愛い顔して淫乱なんだね。良かったねぇ、見つかったのが俺たちで。親切だし、こんなにいっぱい可愛がってあげてるし」
「はい……良かったです……」
手元が寂しいとでも言わんばかりにぐりぐりと乱暴に乳首を捏ねる男の言葉に、少年はとろんとした瞳で頷く。
「仕方ねぇなぁ。ほらよっ」
口の中で最後まで達せなかった男が、少年の顔目がけて射精した。整った造作を白濁で汚されて、今の少年は得も言えず淫らな様子だ。
これでも最初の頃は少年も、なけなしの抵抗を示していたのだ。いくら唾液で濡らされた指がほぐしたと言っても、初めて男を受け入れさせられた場所は裂けて血を流す。痛い痛いと泣き叫ぶ彼を男たちが代わる代わる犯すうちに、段々と快楽を得られるようになったのだ。
どんなに嫌がろうとのしかかる四人の男たちに腕力で敵うわけはなく、繰り返し聞かされた斬首刑の恐怖に、心は最終的に男たちに従うことを選んだ。
それに。
「おい、お前も混ざらなくていいのか?」
少年の顔に白濁をかけてすっきりした様子の男が、一人この狂宴に混じらない男に声をかけた。
「ああ? お前らみたいな節操無しと一緒にすんじゃねぇよ。いくら女顔だろうと俺は男相手なんざごめんだ」
「細かい奴だな。男も女も後ろは変わんねぇってのに。後ろの口も、上の口もな」
「そうそう。男と女なんて、ついてるかついてねぇかの違いだっての」
「お前の趣味も尋常じゃねぇし」
最後の一人の男は、少年を犯すことに興味はなく、それよりも少年が殺した男の死体に興味を持っていた。
すでに動かぬ体を更に殴る蹴るの暴行を加え、顔面をひしゃげさせる。血の匂いが嫌だと仲間たちに言われて少し離れたものの、面白がって骨をばきぼきと折る音が聞こえてきていた。
少年が殺した際にはほんの少しの傷だけだった死体が、今では原型がわからなくなっている。月明かりの中、シルエットしかわからないその光景と微かに漂ってくる血の臭いは、少年に恐怖を与えるには十分だった。
「あ、はぁ、ふぁ、あ、あ」
肉塊に変えられる男の血の臭いを嗅ぎながら、前から後ろから白濁を注ぎこまれ犯される。手のあいた男たちの暇つぶしに弄られて射精に導かれた自身のものも、じんじんと痛む。
それでもこの凌辱以上に、目の前の光景は恐怖を呼んだ。ここで男たちの申し出を断ったりしたら、更に何をされるかわからない。
あのような肉塊に変えられて埋められるのは嫌だ。
そんな少年の心を読んだように、彼を膝に乗せて今しがた達した男が、耳元で囁きかけてくる。
「あいつはちょっと変わった趣味でね。君もあんな風にされるのは嫌だろ?」
「は、はい……」
「俺たちに大人しく従えば、あんな酷いことはしないよ。せいぜいこうやって可愛がるだけ」
男は少年を自分の膝の上からどけると、次の男に渡した。布を敷いた下生えに四つん這いにさせられ、獣のように後ろから犯される。
「あ、ああ、あん、ふぁ、ああ、あ」
前の男の白濁が、後ろの蕾から溢れてとろとろと地面に落ちた。肉をぶつけるパンパンという音とじゅぷじゅぷと響くいやらしい水音を背景に、先程の男、少年を玩具にするリーダー格の男が語った。
「実はね、今日の俺たちは、君と同じ目的でこの森に来たんだよ」
それがどういう意味なのか、ぼんやりとした少年の頭の中にはすでに入って来なかった。
「前の“玩具”が、遊び過ぎて壊れちゃったからね。誰かに見つかる前に始末しなきゃってなって、だから人気のないこの森を選んだわけだけど」
四つん這いで他の男たちに犯される少年を見下ろしながら、くつくつと笑う。
「君みたいな可愛い子がいるなんて俺たちにとっても予想外だったなぁ。でも良かった。前の玩具はどうにも反抗的だったけれど、君はとっても素直だからね。我儘を言わずに俺たちの言う事を聞いているなら、壊したりしないから」
ね、と男は少年に笑いかける。少年はぼんやりとした絶望の中でそれを見た。
「たまたま今日この森に来ただけで、俺たちは随分ラッキーだったなぁ」
「ああ、そうだな」
この森に死体を埋めて、自分は勝者になるはずだったのだ。けれど終わってみれば、本当の勝利者は一体誰なのだろう。
少年が掘った墓穴に、男が死体を乱暴に突き落とす。
これ以後、少年の姿を街で見かける者はいなくなった。