幸せは幸せのままで
今日も父親に殴られて、ジズは着の身着のまま家を出て来た。裸足の足が石畳に触れて痛い。馬車が通りやすくするために作られた街の道は、あくまでも庶民ではなく、この道の舗装代を出した貴族のものだった。
家が貧しく、母はジズを産んですぐに亡くなった。残った父親は酒呑みで、怪しい手段で金を稼いでは酒に酔ってジズを殴る。
腫れた頬を手で押さえながら、ジズは木枯らしの中、道を歩く。寒くて体のどこもかしこも痛い。けれど家には帰れない。帰りたくない。じゃあ自分は一体どこへ行けばいいのだろう。
悩んだ末に、ジズは街はずれの墓地へと足を向けた。浮浪者がたむろす裏通りは怖いし、街中にいれば人々から邪魔な目で見られる。かろうじて孤児ではないだけの貧しく汚らしい子どもなど、世間は寛容と慈愛を持って受け入れてはくれない。現実とは厳しいものだ。
折れそうに細くどこか寂しい枯れ木の並ぶ林を抜けて墓地へと足を向ける。昼間の墓地が居心地良いとは思わないが、少なくとも墓石は、彼を貧しい家の惨めな子どもだと蔑むような目で睨んでこないから気持ちが楽だ。今日は平日で、墓参りに来る人もいないだろう。
そんな思いでジズは墓地へと足を踏み入れたが、予想に反してそこには先約がいた。墓地の中でも比較的整備された一角は、街の貴族たちのために墓守が常日頃から綺麗に綺麗に磨いている場所である。その中に、黒衣の青年が一人座り込んでいた。
目の前の白い墓標を撫でながら、肩を震わせて泣いている。あまりにも深い悲しみの様子に、ジズは思わず立ち止った。
青年の悲しみを邪魔してはいけない。ここから離れようと思った矢先に、裸足の足が小石を踏む。いた、と思わずあげた声に反応して、青年がこちらを振り返った。
金髪碧眼に整った顔立ちの、見るからに貴族とわかる立派な外套を身につけた青年だった。彼はジズを見つめると、ぱっと表情を明るくした。
「ロウム!」
それが人名だということはわかったが、ジズにはそれが誰に向けられたものかわからなかった。この墓地には自分と彼以外は誰もいないはずだ。それとも自分の背後に誰かいるのだろうかと雑木林が並ぶだけの後ろを振り返る。
しかし青年はジズの驚きを意に介さず、先程の沈鬱な表情とは打って変わった明るい様子でジズのもとへと駆けよって来た。
「ああ、ロウム! ロウム! 帰って来たんだね!」
そう叫びながら、彼はジズを抱きしめる。
驚き、そしてこれまで味わった寒さのあまりに、ジズは咄嗟に声をあげることができなかった。青年はロウムと言う名を繰り返しながら、ジズを抱きしめる。
「冷たい体。ロウム、そんな状態でどこに行っていたんだい? ああ、いや、いいんだ。そんなことより、早く家に帰ろう」
呆気にとられてぽかんと口を開けたジズを、青年は自分が脱いだマントで包み込む。ふわりと身を包む人肌で温まった生地の暖かさに、ジズは再び言葉を失った。
この寒さから解放してくれるならば、もう、なんだっていいと思った。
「さぁ、家に帰って温かいスープを飲もう」
青年はジズを抱き上げると、墓地の入口に待たせていた馬車までそのまま歩いていった。
◆◆◆◆◆
青年の屋敷はとても大きかった。語彙の少ないジズにはそれしか表現できない。そしてとても美しかった。どこを見ても高そうな家具で埋められていて、主が不在の間も冬場は使用人たちが部屋を暖めているのだという。
青年の名はアウル。家名は長くて、ジズは一度聞いただけでは覚えられなかった。
アウルがジズを連れ帰って来た時、屋敷の住人たちは「ああ、またか」というような顔をした。
屋敷の主人はアウルで、彼には両親はいないようだった。部屋の隅にたてかけられた小さな肖像画の中に、ジズと同じ色の髪と瞳の少年が描かれている。年の頃は今のジズと同じ、十二、三歳くらいだろう。
「それがアウル様の弟君、ロウム様だ。三年前に亡くなられた」
ある日、アウルが傍にいないことを見計らって、使用人の一人がジズの耳元に囁いた。
「悪い事は言わない。帰る家があるなら、早くそこにお帰りなさい」
とは言っても、アウルはジズを見かけてはロウムと呼びかけ、笑顔になる。そして彼が屋敷にいる間は、決してジズに外出を許してはくれなかった。
ジズはもちろん、アウルに対し何度も、自分はジズという名前でここの家の子ではないと説明した。裸足で石畳を歩くしかないような貧しい子どもが、こんな綺麗な家の子どもであるはずがないと。
しかしアウルはジズの説明を笑って受け流し、お前はここの家の子じゃないかと言い聞かせるのだ。
「さぁ、ロウム。今日は何を着ようか。昨日は紺色のズボンだったから、今日は赤がいいかな? シャツはこれで、タイの色は……」
アウルは実に甲斐甲斐しくジズの面倒をみてくれた。普通の貴族は使用人にやらせるようなことまで、ジズの身支度をすべて整え、膝に乗せて髪を梳る合間にお前は可愛いと何度も何度も繰り返す。
その可愛がり方は、まるで人形や愛玩動物のようだとジズは思った。彼にとって、ジズはジズではなくアウルの弟のロウムであり、アウルのペットなのだ。
使用人たちの反応もそのようなものだった。彼らはアウルの哀れなペットを見つめて、悲しそうな、後ろめたそうな顔をするのだ。アウルが子どもを拾ってくるのは前にもあったことなのか、この状況に皆どこか慣れて諦めきっているようで、誰も止める気配がない。
「アウルさん」
「ロウム、なんでそんな他人行儀な呼び方をするんだい? ちゃんと、前みたいにお兄様って呼んでくれなきゃ駄目だよ。私たちは兄弟なのだから」
大事な弟を亡くした衝撃に彼は耐えられなかったのだろう。ジズを弟だと思いこんでいる。
ジズとしては、自分のような人間がこの家の中にいることも、弟として可愛がられていることも、いたたまれない。アウルの方がジズを閉じ込めて帰してくれないのだとはいえ、出される食事はこれまで見たこともないほど豪勢でおいしく、着せられる服は袖を通すのがもったいないほど綺麗で、着心地もいい。ふわふわと体を受け止めるあんな柔らかい寝台で寝たのも初めてだ。
優しいアウルはジズを弟だと思いこんでいること以外は普通で、偉ぶったところのまるでない貴族の好青年なのだった。使用人たちとも親しげに喋り、彼らがアウルに不満を抱いている様子もない。
それだけに、この空間の異物であるジズのいたたたまれなさは日毎に増すのだ。自分がこの場に相応しくない人間だと、誰よりもジズ自身が知っている。
たぶんアウルも本当はわかっているのだろう。ジズが彼の弟のロウムではないことに。彼は心の底から狂っているわけではない。
その証拠に、彼のジズに対する態度は弟に対するものそのままではない。ジズが姿を消さぬよう、屋敷の外に出さないのが何よりの証拠ではないか。
いたたまれなさはあるものの、今のところジズにとってはこの生活は楽園のようだった。寒さに凍えることも飢えることも、実父に殴られて痛い思いをすることもない。労働をさせられることもなく、日がな一日屋敷の中でじっとしていて退屈なことを除けば、何の苦労もいらない生活だ。
だがいつまでもこのような生活を続けるわけにはいかない。ジズにとっては夢のような生活でも、アウルにとってはそうではない。ジズの存在は、所詮は紛い物だ。彼は本当はロウムではないのだから。
それどころか、今のジズは弟を亡くしたアウルの心の弱みにつけこんで贅沢な生活を満喫している、ただの不届き者だ。こんな生活がいつまでも許されるわけがない。
一日の仕事が終わって帰って来ると、まず自分の姿を探すアウル、自分を膝に乗せて頭を撫でながら弟の名前を呼んで話しかけてくるアウルの姿を見ながら、ジズは全てを終わらせようと心を決めていた。
◆◆◆◆◆
「え……? ロウム、今、何を……」
「この屋敷から出ていくと言ったんだ」
ジズはアウルを見据えて言った。
自分がこの場所にいるのはどう考えてもよくないことだ。
だから、例えそれでアウルの心を傷つけたとしても、この場所を出て行くしかない。
本当はアウルに、ロウムとしてではなく、ジズとして自分を見てほしかった。自分を本当の弟の身がわりに可愛がるアウルのことが、それでもジズは好きだった。
この屋敷を出て、行く宛などどこにもない。帰る場所もない。家に帰ったところで、今更何をしていたと言われるだけだろう。それどころか、酒びたりで普段から食事の一つも作らなかった父親が、今もまだ生きているかどうかもわからない。
それでもジズは、今日ここを出て行く。
「僕はあなたの弟なんかじゃない」
「何を言っているんだ! ロウム!」
「違う! 僕の名前はジズだ! ロウムじゃない! あなたの弟はもう死んだんだろう!」
その言葉を告げた瞬間、アウルは落雷に打たれたようにその場に立ち尽くした。
「ロウム……何を……あの子が死ぬなんて、そんなはずはない」
青ざめてガタガタと震えながらうわ言のように呟き続けるアウルの姿に、ジズは罪悪感を覚えた。最後まで迷っていた。真実を告げて行くのがいいのか。黙って姿を消すのがいいのか。
ジズがこの屋敷にいることを快く思っていない使用人はいるから、アウルのいない間に彼らに頼めば姿を消すこと自体は簡単だ。けれどもしもジズが何も言わずに姿を消せば、アウルはまた弟が死んでしまったのだと嘆くのかもしれない。そしてまた、弟と似たような部分を持った少年を家に連れ込んで身がわりとするかもしれない。
連れ込んだ少年に両親がちゃんといて幸せに暮らしていたなら、それを拉致したアウルは犯罪者になってしまう。それとは逆に、ジズのように家庭環境に恵まれていない子どもが、アウルの財産目当てに弟になりすまして取り入ることも考えられる。
どちらもアウルのためにはならないことだ。だからジズは今日、残酷だとしても彼に全ての真実を突きつけてから出て行く。
幸せは幸せのままで終わりたかったけれど、それでは僕は幸せでも、あなたのためにはならない。
「……例え身代りだとしても、あなたと過ごした日々は、僕にとっての幸せでした。ごめんなさい、“兄様”。今までありがとう」
硬直しているアウルの横をすり抜け、ジズは屋敷の玄関へと向かおうとする。
すれ違う瞬間にアウルが腕を伸ばしてジズの手を掴んだ。
ハッとして振り返ったジズだったが、そこで見たのは予想よりもはるかに冷たく、底の方で怒りが燃えた瞳。
思わずぎくりと後じさろうとして、壁に阻まれる。アウルはジズの腕を掴む手に、ぎりりと更に力を込めた。
「駄目、ロウム」
ジズを見下ろす彼の目は、すでに正気ではなかった。
「絶対に逃がさない。お前は私のものなんだよ」
◆◆◆◆◆
「こんなに愛しているのに……」
言葉とともに床へと押し倒される。
柔らかな絨毯を敷いてあるので、痛みはほとんどない。だがアウルは体重をかけて押さえこんでくるので、ジズの力では彼を押しのけて起きあがることはできなかった。
「やめて! アウルさん!」
「どうしてどの子も、最後には逃げてしまうのかな?」
気づいていた。アウルはジズが弟ではないことに、とうに。しかもこの言い方だと、前にもこのようにして失敗したことがあるような言い方だ。
青い瞳が正気と狂気の境目をゆらゆらと行き来する。伸びてきた腕が、今日の朝彼自身が着せかけたジズの服を乱暴に剥いでいった。
「な、なにをするの?」
身を守る衣服を剥がれて本能的に怯えるジズに、アウルは優しく、まるで壊れたように優しく微笑みかける。
「大丈夫。心配しないで、ロウム。私がお前の嫌がることをするわけないじゃないか」
本人の意思を無視して服を脱がせているこの時点で、その言葉はまったく説得力を持っていなかった。
首元に結んだリボンを解かれ、シャツの前を肌蹴させられる。露わになったジズの首筋に、アウルが唇を寄せた。
「ああ……」
自分が何をされているのかもわからないジズは、小さく呻く。首元に他人の歯が迫るのは、一種の恐怖だ。吸血鬼に血を吸われる乙女か、肉食動物に喉首を喰い破られる草食動物のように、ジズは抵抗もできずにアウルに噛みつかれる。
「痛い……」
アウルが唇を離すと、その場所に赤い痕がついていた。ぺろりと自分の唇を舐め、ジズの首についた痕を指先で撫でながら、アウルが笑う。
「可愛いよ、ロウム」
この期に及んでもまだジズのことをロウムと呼び続けるアウルは、本当の弟相手にはするはずもない行為を次々に続けていく。
「ん、んん!」
無駄な抵抗と知りつつ儚くもがき続けるジズの唇に、アウルは自らの唇を重ね合わせる。咄嗟のことでジズは頭が回らず、口内を蹂躙させるままにした。長い口づけによる酸欠状態で、意識が朦朧としてくる。
「はぁ……」
アウルが唇を離すと、二人の唇の間を銀の糸が伝った。息を荒げたジズは、ぐったりとして床に横たわっている。
彼の肌蹴た胸の上に、アウルが舌を伸ばす。
「ひゃっ」
赤い尖りを口に含まれて、ジズは吃驚して声をあげた。
「な、な、何を」
「いい子にしてるんだよ、ロウム。そうしたら、私がお前を気持ちよくしてあげる」
「気持ちよくなんか……ひゃあ!」
乳首を舐めながら、アウルは今度はジズの下半身に触れた。これまで誰にも触れられたことがないような場所を触られて、ジズの頬に一気に羞恥の熱が昇る。
「や、やめて! アウルさん! そんなとこ……!」
「お兄様だよ、ロウム」
「僕はロウムさんじゃない! 僕は――うあぁあああ!」
ジズが抵抗を見せると、アウルは手の中にあるジズのものを一際きつく握りしめた。
「お願いやめて、やめて、お願いだから」
ジズの哀願も聞かず、アウルは手の中に握り締めた少年のものを、強く弱くさすっては愛撫する。次第にジズの背筋に、ぞくぞくとした感覚が走るようになった。その頃になってようやく、ジズはアウルが自分に何をしようとしているのかに気づき始めた。
男同士でこんなことをしているのが、ジズには信じられない。それはアウルが自分のような子どもを拾ってきては弟の身がわりをさせていることよりもよほど信じられないことだった。
アウルがジズを弟のロウムだと思っているのなら、こんなことは実の兄弟に対してするようなことではない。けれど彼は先程、何もかもわかっているようなことを言っていた。
わからない。これまでのことも何もかも、弟を愛している素振りさえ彼の演技?
それとも実の弟じゃないと知っているから、こんなことができるのか?
ジズの戸惑いを歯牙にもかけず、アウルは行為を進めていく。
「は……うあぁ、は、ああ、あ」
乳首をねぶられ、下半身を触られて、ジズの体に熱がこもる。今まで自分でそんなこともしたことがなかったジズは、どうしていいかわからない。
知らなかったからこそ、ジズはもうすぐこの時間も終わりだと思っていた。男と女の身体は違うのだから、この先なんてあるはずがないと。
刺激され続けたものが、アウルの手の中に白濁の液を放つ。
「あ、ああ……」
ジズは絶望の吐息をあげたが、アウルは自らの手の中に残ったものを見てにっこりと笑った。
これまで中途半端に膝に引っかかっていたジズのズボンを完全に取り払うと、その身体の後ろの方へと指を潜り込ませる。
「え?」
ジズは目を見開いた。不浄の場所を、ぬるついた液がついた指で探られて、反射的に嫌悪感を覚える。
「な、なにっ。やめて、やめてアウルさん!」
「お兄様だってば。ロウム。もう少し待ってて。すぐに気持ちよくしてあげるからね」
「何をする気なの?!」
その答は次の行為で知れた。ジズ自身が出したものを潤滑油に、アウルが長い指をジズの中に挿し入れてくる。
「ひいっ! いや、いた、痛い! やだぁああ!」
肛門から指をねじり込まれるという初めての体験に、ジズは身も世もなく叫び声をあげて拒絶した。だがアウルの腕は少年の細い腰をがっちりと固定していて、逃がしてはくれない。
「やだ! 助けて! 誰か! 誰か助けて!」
最初は部屋にいたはずの使用人たちが、いつの間にか誰もいなくなっていた。屋敷中で、何も感じない無機物のように息を潜めている。
「うあ、うぁあああ」
挿しこんだ一本の指で、アウルはジズの中を丁寧にほぐしていく。内壁を緩急をつけて擦り上げ、ジズの体が時折力を抜く一瞬を見計らって、より深い場所まで指を潜り込ませる。
「ヒァ……!」
アウルの指がある一点を突くと、途端に全身を貫くかのような、痺れのような感覚が走った。
「や、な、なにっ?!」
「ああ、ロウムはここがいいんだね」
「まっ……ひゃぁあああ!」
快感を快感として認識もできず、未知の感覚に揺さぶられて面白いように声をあげるジズを、アウルは笑いながら見下ろす。
一度は力を失ったジズのものが、段々とまた熱くなり始める。アウルは中に入れているのとは反対側の手で、再びそれを手にとって擦り始めた。
「うぁ、あ、あ、あっ」
二本目の指が挿しこまれても、ジズはアウルの体から離れようと必死だった。しかし青年の体を押しのけようとする腕には、もはやほとんど力が入っていない。
ようやくアウルが指を抜いたとき、ジズはすでに体力を使い果たしてぐったりとしていた。後ろから指を抜かれてほっとしているジズの耳に、カチャカチャと金属の触れ合う音が響く。アウルが彼自身の衣服に手をかけていたのだ。ベルトをはずし、すでにそそりた立ったものを露わにする。
ジズは目を見開いた。これから何をされるかに予想がつき、血の気が引く。
そんな彼にアウルは天使もかくやの慈愛に溢れた表情で、微笑みながら宣言した。
「挿れるよ」
「や、いやぁ……! いやぁあああああ!!」
◆◆◆◆◆
この街の貴族の屋敷の一つには、地下室がある。
だがそれを、街のほとんどの住人は知らない。知っているのはこの屋敷に住み、仕える使用人たちと。
「ロウム、起きているかい?」
そこに囚われている一人の少年だけだ。
「アウルさん」
「お兄様だろう、ロウム」
いつものようににっこりと笑って、屋敷の主人アウルは、地下室に閉じ込めた少年の頬に口づける。今ここに囚われているのはジズと言う名の少年だ。しかし彼のことを、アウルはいつものように弟の名で呼ぶ。
「はい、食事だよ。熱いうちに食べようね」
彼は手ずから銀のスプーンを持ち、ジズの口元に食事を運ぶ。悲しそうに目を伏せた少年は、それでも今ではどんな抵抗も無駄だと知っており、大人しく口を開いた。
ジズの両手は絹のリボンで拘束され、足首は金の鎖で今座る寝台に繋がれている。
「前にいた子は、スープを鎖にかけることで腐食させて枷を壊し、逃げてしまったんだ。でも今度は純金製の鎖だから、並のことでは錆びることはないよ」
そしてアウルが手ずから、間違いがないように食事をさせているのだ。以前ここにいた別の少年の一人は、監禁に耐えかねて、食事を切るようにつけられていたナイフで自らの喉を突いたらしい。
ジズにはとても怖くてそんな真似はできないだろうが、アウルはそもそも今回は、部屋の中に凶器となりそうなものは一切置いておかなかった。そして、彼に忠実な見張りをつけ、ジズが不審な真似をしないよう見張らせていた。
食べ終えたジズの口元をアウルは丁寧に拭う。身支度もいつでも綺麗に整えて、やはり丁寧に髪を梳る。
けれどもうジズにもわかっていた。アウルの瞳に宿る、一抹の仄暗い情欲の影に。
「ロウム。君がいけないんだよ、私から離れたいなんて言うから」
彼と本当の弟ロウムとの間で、一体何があったのか。地下室に運び込まれたロウムの部屋の家具を見ながら考える。寝台の脚に残る血痕は、ロウムの身がわりとされてここから逃げ出そうとした少年のものなのか、それとも……。
「もう二度と離さないよ。今度こそお前も、ちゃんと私を愛してね」
アウルはジズの後ろ髪を払って、細いうなじに口づける。
服の間に滑り込んだ手に胸元をまさぐられて熱い息を吐きながら、ジズは快楽に流されるまでの束の間に思った。
幸せは、あくまでも幸せのままで終わらせるべきだったのだと。