B-HISTORIA

飼育

 01.

 鉄格子の向こうの月に、ファルゥは思いを馳せた。この部屋の外で、何物にも邪魔されずあの月を見た記憶は酷く遠い。
 狭い窓に並ぶ格子に阻まれて夜空は細長い長方形がいくつも並ぶように区切られている。同じように月の光も降る場所を区切られて、部屋の中は薄暗い。
 寝台の上に横座りに腰かけ音もなく切り分けられた月光を眺めていたファルゥの背に、低い声がかけられる。
「ファー」
「……レザール様」
 びくりと大きく肩を震わせて、ファルゥは背後を振り返った。
 そこには彼の主人が、ここ最近お馴染みとなった凍りついたような表情で立っている。
「今日もまた、俺を抱きに来たんですか」
「……そうだ」
 ファルゥはつぶらな瞳を伏せて悲しげに俯いた。
 レザールが寝台の上に座るファルゥに歩み寄った。俯いた少年の頤を持ち上げて、視線を合わせる。黒々とした瞳が閉じられ、唇が重ねられた。
「お前は、私の何だ?」
 腰をかがめて口付てきた男の唇が離れると、ファルゥはその問いにレザールの瞳を見ないままに答えた。
「俺は……あなたの奴隷で、あなたに飼育される家畜です」

 ◆◆◆◆◆

 ファルゥがレザールに出会ったのは、一年前。
 ファルゥにとって彼は、命の恩人だった。
「いやぁあああ!」
 血の臭いと、焦げ臭い炎の残り香がしていた。先日まで長閑だった村の風景が一変し、死と絶望をまき散らしている。
 ファルゥの住んでいた村が野盗に襲われたのは、彼が十一歳の時だった。村の自警団を名乗る青年たちも徒党を組んだ男たちには敵わず、逆らう者は皆殺しにされた。
 家の中に隠れて震えていたファルゥも見つかって外に引きずり出された。顔見知りの死体が無造作に積まれた山の傍で、野盗の一人にわけもわからないまま服をはぎ取られる。
「お前、男か!」
 羞恥と混乱で声も出ないファルゥを見下ろしながら舌打ちすると、続いて男は自らの下穿きにも手をかける。
「ひっ!」
「まぁ、顔はそこいらの女顔負けだしな。女も男の後ろも同じだろ」
 父のいなかったファルゥにとって、男が彼の目の前に突き付けた肉塊は初めて見る物体だった。自分自身や村で一緒に水浴びをしたことのある子どもたちとはまったく違う見た目のそれに、幼い体はわけもわからずすくみあがる。
「抵抗するなよ。でないと間違って首掻っ切るかもしれねぇぜ」
「あ、い、いや……いやぁ!」
 泣き出すファルゥの足を思いきり開かせ、男は華奢な体躯にのしかかる。閉じた小さな穴にずぶ、と無理矢理指を捻じ込み、細い喉から高い悲鳴を迸らせた。
「ヒッ――!」
「すげぇ締め付けだな。たまんねぇぜ」
「い、痛っ、やぁあああ! やめてぇえええ!」
 節くれだった硬い指が、排泄以外の用途など知らない秘められた場所を容赦なく蹂躙した。強烈な異物感に薄い腹をびくびくと跳ねさせながら、ファルゥは地面にこすりつけた背を土まみれにして泣き叫んだ。
 彼自身は自分の痛みに精いっぱいで気づく余裕がなかったが、同じようなことは村のあちこちで起きていた。被害者はほとんど女性で、男たちの多くは殺されている。
「助けて! 誰か助けてぇえええ!」
 叫びの多くは聞く者もなく無視され、当然ファルゥのそれも同じように空に消えていくかと思われた。
 しかしそこに新たな轟音が巻き起こる。砂煙を立てて騎馬の群れが駆け込んできた。
「な、なんだ!」
 ファルゥを押さえつけ、間抜けにも急所を晒したままの野盗が思いがけぬ襲撃に狼狽え始めた。この機に起き上がる気力もないファルゥの目の前で、逆光に染まる男の頭が白銀の煌めきに串刺しにされる。
 赤い血の尾を引いて倒れる男の影の向こうに、剣を下げた騎士の姿があった。
「村人の生き残りか。あんな下衆の手にかかるとは憐れな……ん? お前、男か?」
 ほぼ全裸のファルゥと視線を合わせるように屈みこんだ青年の顔を、ファルゥはようやく正面から目にする。
「あ……」
「……まぁ、男でも女でも、襲われたのには変わりない。お前の身柄は我らで保護しよう」
 騎士は自らの鎧に結び付けていたマントを外すと、それでファルゥの体をくるみこむ、そして片手で軽々と、少年の体を抱き上げた。
「来るのが遅れてすまなかった。だがもう大丈夫だ。我々に全て任せておけ」
 安心させるようなその声を聞きながら、ファルゥはほっとしてそのまま意識を失ってしまった。

 ◆◆◆◆◆

 後で知ったところによれば、レザールはファルゥの村を含めたいくつかの村を含む土地の領主だったらしい。
 しかも、ファルゥを自らの館に迎えたいと言うので、少年は大きな目を零れ落ちんばかりに見開いて驚いた。
「聞けばお前は今年の初めに母を亡くして天涯孤独の身だと聞いた。今回の襲撃で村の財政も逼迫し、我らも援助はするがお前を村で養うだけの余裕はないという。……もし、お前さえ良ければ私と一緒に来ないか?」

 ◆◆◆◆◆

 それからしばらくの日々は、本当に穏やかで幸せだった。ファルゥの人生で恐らく一番充実した毎日。レザールはファルゥを引き取り、けれど決して束縛せず、ファルゥのために今までの“村”とは違う“街”での常識を教え、生活に必要なすべてのものを与えてくれた。
 ファルゥより十以上年上のレザールは、父親と言うには若すぎるが、それでも周囲から見ればまるで若い父親と無邪気な子どものような関係に見えただろう。レザールはファルゥをまるで養子にしたかのように、手塩にかけて育てた。
 常に穏やかに見守りながら、時には厳しく叱り、ファルゥを曲がったところのない真っ直ぐな性格に育て上げようとしていた。ファルゥもレザールに命を救われた恩とこうして養いながら教育を施してくれる恩を感じ、その期待に応えようと勉強も武術も決してサボることなく、鍛錬を続けた。
 半年もすればファルゥは街に連れて来られた時とは段違いの、垢抜けた都会の少年となった。
 連れてこられた時の素朴さがまったくなくなってしまったわけではないが、身の振る舞いも口調も何もかもが、以前とは違っていた。最初は小汚い子どもだと目を向けもしなかった人々が、生来の容姿の良さも手伝って道を歩くたびに振り返るようになる。
 ファルゥの力だけではなく、レザールの養い子という事実がひとたび知られればそれもファルゥへの注目に拍車をかけた。半年も街にいれば、レザールを介して知り合いの数も自然と増えてくる。
 その中に、ロハルトと言う名の男がいた。

 ◆◆◆◆◆

「ファー。ファルゥ。おいで」
 主人の求めに従い、ファルゥはレザールの膝にまたがるようにして抱きついた。
「いい子だ」
 耳元で笑う低い声は、それまでと同じ優しいもの。けれど不安定な体勢のファルゥの背を支えるように回された腕は、優しいだけではない熱がこもっている。
 大きな掌は戯れにファルゥの肌を撫で上げながら、次々とその服を脱がしていく。上等の布に施された刺繍は精緻だが、デザインそのものは脱がせやすく作られていた。
 全裸にされたファルゥの喉元では、貴婦人の首飾りのように華奢な金の鎖が揺れている。それをそっと指でなぞりながら、レザールは少年に口付けた。
「可愛いな、お前は」
「レザール様……」
 腰を抱く腕に力がこもる。
「ファー」
 先程より一段低くなったような声が、ファルゥを愛称で呼ぶ。
「お前は私のものだ。私だけのものだ」
 レザールの唇がファルゥの胸を滑り降り、その頂点の突起へと辿り着く。ぷくりと勃ちあがってきたそれを啄むように食み、舌先で転がすように刺激を与えた。
「んぁ……」
 いまだ慣れぬその感覚に、ファルゥはむずがるような声をあげる。最初はやわらかく舐めるようだったレザールの愛撫は次第に激しく獰猛になり、敏感になった胸の飾りを歯で押しつぶすように噛みつく。
「い、いたっ」
「痛いのがいいのだろう? ファルゥ」
 じんわりと汗をかいた内股にレザールが手のひらを差し込み、彼自身のものと比べればおもちゃのように可愛らしいそれを握りこむ。ファルゥの手とはまったく違う節くれだった男の手で与えられる刺激に、ファルゥはすぐに高みへと追いやられた。
「あ……! 駄目ぇ……!」
 耐え切れずにレザールの手のひらに吐精したファルゥは、大きな瞳の縁に涙を浮かべる。
 自らの意志を無視して与えられる快楽に翻弄されることは、まだ自慰すら知らなかった少年にとっては何度行っても慣れぬ恐怖だった。
「う……ひっく……」
「ファー、泣くな」
 涙の浮かんだファルゥの目元を、レザールは唇で拭う。
「ちゃんと後で気持ち良くしてやる。だから」
 言葉とは裏腹にレザールはぐいとファルゥの体を膝から下ろすと、寝台に腰かけた彼自身の足の間に小さな顔を寄せさせる。
「私のことも満足させてくれ」
 ファルゥの泣き顔を眺めていただけですでに半分ほど勃ちあがった欲望を少年の目の前に押し付けて、レザールは酷な要求をした。すでに何度も同じことをさせられていたファルゥはのろのろと舌を出すと、大人しくそれを舐めはじめる。
「ん……そうだ。教えた通りに、な」
 ファルゥは小さな口に先端を含み、舌だけでなく両手も使ってレザールを満足させるように拙い奉仕を始めた。その行為というよりもレザールのために必死になるファルゥの姿そのものに満足したように、レザールはファルゥの髪を撫でながらその口の中で達した。
「けほっ」
 噎せるファルゥを抱き上げて背をさする。荒げた息が落ち着いたところで、その後ろの蕾に先程の精を塗り込めた指を差し入れた。
「あ、んんっ、く、ぅ……」
 直腸を擦る指の動きに、ファルゥは堪えきれずに悩ましげな声をあげてしまう。レザールは目を細めてその、寄せられた眉根のあたりに漂う色香を見ていた。まだ本番では苦しげな表情をするファルゥだが、指でこうして後ろを弄られる時には、ずいぶん良い顔をするようになった。
 何も知らぬ無垢な少年が、レザールの手によって段々と快楽を知り、俗な遊興に惹かれ堕ちていく。子どもらしい無邪気さの中に、ほのかな色香が漂い、悩ましげな表情が似合うようになる。その薄暗い喜びにレザールは浸る。
「は、ぁ……」
「気持ちいいだろう? ファルゥ」
「あ、レザール、さま……」
 瞳からも涙を零すファルゥの先端から、先走りがひっきりなしに滴る。それを指先ですくっては、ファルゥ自身の中にレザールの指がぬりこめていく。長い指が奥の突起を突くと、ファルゥは一際高い声で鳴いた。
「ああっ……!」
 不安定な体勢を支えるために、ファルゥの腕が無意識のうちにレザールの背に回された。
「レザール様……レザール様!」
 熱に浮かされた声だけが、全てを失ってもなおファルゥの芯の部分を解放してくれない唯一の主を呼び続ける。

 02.

 ロハルトはレザールの知り合いで、貴族でこそないもののその財力は領主であるレザールに匹敵するほどの大商人だった。
 彼はファルゥに興味を持ち、レザールの館にやってきた際にはいつもファルゥのもとへ顔を見せにきていた。レザールを優しいが厳格な父親に例えるならば、ロハルトはファルゥに冗談交じりに悪いことを教えてくれる兄のような存在だった。レザールと同じ年頃なのだが、陽気な性格から彼よりも随分若く見えた。
 悪いことと言っても、人を傷つけたりそういった犯罪事ではない。レザールに内緒で子どもには強い酒を飲ませるだとか、多少品の良くない酒場にファルゥを連れ出すとかそういったことだ。ファルゥはレザールが決して教えてくれないようなことを教えてくれるロハルトが好きだった。
 ロハルトがファルゥにいわゆる「悪いこと」を教えようとするときはレザールは決まって渋い顔をし、ファルゥはロハルトが本当の意味で悪事を働いているわけではなく、ただ自分に少しだけいつもと違う景色を見せてくれようとしているだけだと考えていた。
 レザールはあまりにも優しく、まるで本当の息子のようにファルゥにずっと接してくれていた。
 ファルゥは勘違いしてしまったのだ。自分が彼に本当に愛されていると。拾い子への同情や世間体ではなく、本当の息子のように思ってくれているのだと。だからロハルトとレザールが対立する時や、レザールがロハルトの態度に悪態をつくときには、自然とロハルトを庇うような言動をしていた。
 そのことに、レザールが何を思うのかを考えもしないで。

 ◆◆◆◆◆

「気持ちいいか? ファー」
「は……はい」
 男のものを無理矢理受け入れさせられることに多少慣れたとは言っても、ファルゥとレザールでは体格が違いすぎる。完全に大人と子どもの体格差であるために、レザールに人形のように抱えられるファルゥへの負担は大きい。
 腹の中を熱い塊にかきまわされる苦しみに喘ぎながら、ファルゥはそれでも頷く。
「気持ち……いいです」
 身体的には辛いものの、ファルゥは頭のどこかでこの行為を自らが喜んでいるのも感じていた。
 今のレザールはファルゥだけを見て、ファルゥだけのもので、決してどこにも行かない。
 すれ違う鎖は決して結ばれることはないけれど、同じ方向に伸びている。
「あ、んぅ……!」
 レザールが僅かにでも動くたびに、熱い波が広がるように腹部で弾けて、ファルゥは艶めいた声をあげずにはいられない。
 脳ごととろけそうなその熱を冷ますかのように冷たい問いが、レザールの口から発せられるまでは。
「私とあいつと、どちらの方がいい?」
「レザール様、俺はロハルト様とは何も――」
 言葉が中途で途切れた。
 乾いた音を響かせた頬にファルゥは呆然と手を当て、恐る恐るレザールを見上げる。
 かつて優しかった男の面影はそこにはなく、凍てついた瞳だけが冷たく少年を見下ろしている。
「お前が名を口にしていいのは、私だけだ。他の男の名を呼ぶことは許さない」
「は……はい」
 震えながら頷くファルゥに、レザールは再び笑みを浮かべる。
 そして今度はファルゥに何か話す暇すら与えず、その華奢な体をひたすら乱暴に突き上げはじめた。

 ◆◆◆◆◆

 ある日、ロハルトはまたいつものように言葉巧みにファルゥを屋敷の外へと連れ出した。
 以前はファルゥの勉強が休みの時を見計らって声をかけていたロハルトは、段々とそのような遠慮をしなくなっていた。ファルゥが勉強中でも、武術の鍛錬中でも、自分がせっかく来ているのだからそれは後回しにして街に出ようと誘ってくる。ファルゥの方でもついついロハルトが見せてくれる景色の好奇心に負けて、その誘いに乗ってしまう。
 ある日、ロハルトは笑い混じりにファルゥに口付けを仕掛けてきた。
 以前、村を襲った野盗に暴行されたことを思い出して、ファルゥの体がびくりと震える。けれど、ロハルトは気にせず口付けを迫った。その日はそれ以上に進むことこそなかったが、ファルゥはこの時初めて、ロハルトを怖いと思った。
 そして、レザールのことも。
 ロハルトに口付けを仕掛けられてからどことなく落ち着かない様子のファルゥを気にして、レザールはロハルトに詰め寄った。その席で、ロハルトはついにレザールをこれまでの比でなく激怒させることを口にしたのだ。
「――今、何と言った」
 にやにやと笑いを浮かべているロハルトと、きょとんとするファルゥ。愕然と目を瞠ったレザールに、ロハルトが先程と同じ言葉を告げる。
「ファルゥを私に売ってくれと言ったんだ」
 レザールがロハルトに殴りかかってから先は、ファルゥはよく覚えてはいない。ただ、二人の間で固められた拳と乱暴な言葉が行き交っていた。
「どうせお前だって毎晩楽しんでいるんだろう! 私だってその子には随分かまってやった! そろそろ見返りをもらってもいい頃だ!」
「黙れ! 黙れ黙れこの下賤が! よくも!」
「は! さすが拾った子どもに相手をさせてる稚児趣味のお貴族様は言うことが違うな! 平民相手に親しげな振りをしても心の中ではこっちをそうやって見下してたわけか!」
「貴様と私を一緒にするな!」
「やめてください! お二人とも、どうかやめて――」
 言っていることはよくわからない言葉も多かったが、二人が自分のせいで喧嘩をしていることはファルゥにもなんとなくわかった。会話の端々に出てくる言葉を耳にすれば二人はもともと政治上経済上の付き合いで友好的な素振りを見せていただけで実は根の深い断絶があったのかもしれないが、少なくともそれを表面化させてしまった発端はファルゥの存在だった。
「別にいいだろうが! 代わりの奴隷ならいくらでもうちの商会で用意してやるっていうのに!」
「黙れ! この――」
 レザールの振り上げた手には燭台が握られていた。
「レザール、様? ロハルト様が……」
 頭から血を流して倒れ伏し、動かないロハルト。
 目の前で見たことが信じられずに呆然とするファルゥに、レザールは病んだ目を向ける。
「レザール様……」
「この男に口付けられたというのは本当か」
「え? ……は、はい」
「私でもまだ触れたことがないというのに……」
 レザールの手からロハルトを殴り殺した凶器が滑り落ちる。その血にまみれた手がファルゥの頬を掴み、凍りついて動けないその唇に自らの唇を重ねた。
「こんなことならば、もっと早く無理矢理にでも奪っておくのだった。ファー、お前は私の――」
「レザール様? ――レザール様!」
 虚ろな狂気に憑かれた目で、レザールが衝動のままにファルゥを犯す。
 最中に気を失ったファルゥが目を覚ました時、すでにすべては終わった後だった。

 ◆◆◆◆◆

 そうして、ファルゥは名実共にレザールのものとなった。
 寝台脇に結び付けられた鎖で繋がれて、領主館の一室にずっと監禁され続けている。
 もともと多忙なレザールだったが、最近はますますと忙しい。それは彼が、ロハルトを殺したからだった。国中に名だたる大商会の跡継ぎを殺し、それを謝罪するでもなくもはや商会自体を敵に回した。領主は狂ったのだと噂されながらも、レザールは以前にも増して精力的な活動を続けている。
 破滅へと向かって。
「今度はあのロハルトの父と、この屋敷で会うこととなった。向こうも選りすぐりの手勢を引き連れてくるだろうが、どう歓迎してやるか今から楽しみで仕方がない」
 事後、ファルゥの肩を抱きながら告げるレザールの瞳には、底知れない危険な光がある。レザールは夜毎ファルゥを抱いては、次はどの家を潰すの、誰を殺すの物騒な話をし続ける。
 ファルゥは自分が、彼の中の開けてはいけない扉の鍵を開いてしまったことを知った。レザールはファルゥに全てを与えてくれたというのに、レザールにとっての自分は災いをもたらすだけの疫病神だ。
 なのにレザールは歪んだ悦びに浮かぶ歪んだ笑みで、こう告げるのだ。
「ファー、私は幸せだ。お前を愛している」
 ファルゥの首元を飾る華奢な金鎖の先に指先程の小さな金属片がつけられている。その細工の精緻さから一見ただの首飾りにも見えるが、それはよく見えれば牛や羊など家畜につける鑑札だ。
 生も死も過去も未来もファルゥのものは全て、レザールの手の中に握られている。
 歪な愛の証、溶接されて外せない鑑札に指を当て、その歪な愛に逆らえない愚かな家畜は一筋の涙を流しながら囁いた。
「愛しています。ご主人様」