剣士と魔術師
とある森の中だった。彼は自分の敗北を悟った。
魔術を補助する呪具である杖を弾かれ、無防備となったところに首筋に剣を突きつけられる。
「ここまでだぜ、お坊ちゃん」
「くっ……!」
彼に剣を突きつけている男は、年頃からして二十代、いや三十代? よく日に焼けた浅黒い肌と精悍な顔立ちの、いかにも武人然としてたくましい男だった。
対する彼――お坊ちゃんなどと呼ばれてしまった少年はようやく十を一つ二つ過ぎた年頃で、白く細い腕といい、ふっくらと丸みのある頬といい、誰がどう見ても子どもである。この子どもがこの近隣では凄腕で知られた魔術師だと誰が信じようか。
少年は魔術の天才児であったが、若いを通り越して幼すぎるその年齢故に魔術師として信用を得ることができなかった。そこで自分に幻術をかけて大人の姿になり、数々の依頼をこなしていた。しかし褒められれば有頂天になるのがまだ精神性の幼い子どもの行動、少年は調子に乗り過ぎて自らに依頼をしてくる者たちに過大な要求を課したために、人の恨みを買い、こうして討伐されることになってしまったのである。
剣士は、魔術師を討伐するために差し向けられた男だった。
「しかしまさか、あの噂に名高い金色の疾風がこんな子どもだったとは」
幻術で年齢を誤魔化していた少年魔術師の真の姿を知る者はこれまでいなかったが、この剣士は随分と強敵だった。戦いの最中に幻術にまで気を回す余裕がなくなり、それなら確実に殺すまでと全力の攻撃を放ったにも関わらず、剣士はあっさりとそれを避けて反撃に転じた。
「つ、杖さえあればお前なんか!」
「関係ねぇよ。お前さん、魔術の腕は凄くてもやっぱガキだな。戦い方がお粗末すぎる」
「なんだと!」
口を動かしながら、少年は同時に手をも動かしていた。こっそりと両手で印を結び、勝ったつもりで油断している剣士に、少ない魔力でも打てる雷の矢を放つ。
「おおっとぉ!」
剣士は驚いて飛び退ったが、そこからの反撃は素早かった。これからは一瞬の油断も許さないと言うように、豹のようにしなやかに動いて少年を無理矢理草地に押し倒した。
「お前……! 油断ならねぇガキだな!」
「くそっ! 放せよ!」
「話すかよ。ちくしょう、もう手加減はしてやらねぇ」
男は片手で剣を持ち、もう片手で少年を地面に押さえつけている。その剣を捨てて、懐から取り出した紐と少年の身体を持ち、動きを封じるために近くの木に歩み寄った。
「な、なんだよこれ!」
「お前ら魔術師は杖を使うか、両手で印を結ぶことで魔術を発動するんだろ。だから仕方ねぇじゃねぇか」
男はそう言って、少年の身体を縛りあげた。少し離れた間隔で立つ細い二つの木のそれぞれに少年の手首を片方ずつ紐で結んで、万歳をしたような姿勢で動けなくさせる。
「うう……」
「さすがにこれじゃ反撃のしようがないだろ」
一仕事終えた、という晴れ晴れとした顔で息を吐いた男を、少年が悔しげに睨みつける。男は顎の無精ひげを撫でながら声を出して思案した。
「さぁて、こっからどうするかなぁ。依頼主からは、極悪非道の魔術師をすっげぇ酷い目に遭わせたところで依頼完了って頼まれてるんだよなぁ」
酷い目に遭わせる、の辺りで少年は動揺を見せた。確かに最初に調子に乗り過ぎたのは彼だが、これから一体どんな目に遭わされるというのか。
「うーん、手足を斬り落として殺すとか。それとも体中を切り刻むとか。指から腕まで体中の骨を全部折っていくとか。腹から背中の方に胴体が真っ二つになって内臓を吹き出すまで折り曲げるとか」
男が指折り数え上げた拷問方法に、少年のただでさえ白い頬からサーッと血の気が引いていく。
「腹から魚の開きみたいに掻っ捌くとか、槍で尻から口まで串刺しにするとか、鉄の処女みたいな拷問具の中に入れて失血死させるとか、生きたまま獣に食わせるとか。うーん、あとは、あえて手足を斬り落としても生かしたまま、全裸で街中を引きずりまわすとかなぁ。ああ、そういえば両足に紐を結んで馬にそれぞれ反対方向に引かせて、体を真っ二つに引き裂く処刑方法なんてのもあったなぁ……」
「ご……ごめんなさい……」
「ん?」
「ごめんなさい。もう、ゆ、許してください。街の人たちからとったお金とかも全部返しますから! だからお願い、殺さないで……」
大きな目に涙を浮かべて懇願する少年魔術師に、男は大きく溜息をついてみせる。
「そうは言ってもな、坊主。お前はやり過ぎたのよ。お前が無茶な報酬を要求したせいで、子どもを売ったり父親が出稼ぎ先で亡くなった家なんてのが幾つもある。その家の家宝を無理矢理奪ったりもしたんだろ? 領主さまが見かねて今回、住民たちの溜飲を下げるためにお前を切り刻んで豚の餌にしろって依頼を出したくらいなんだからよ」
しゃがみこんで少年の顔を覗き込みながら男は告げる。
「どうして最初からその姿で依頼を受けなかったんだ。相手が子どもだってわかってたら街の奴らだって、物の価値のわからないお前にちゃんと相場で取引をしようとしたり、適切な支払いで済ませるはずだろ?」
「そんなことあるもんか! 子どもの姿で行ったら舐められるに決まってる! ちゃんと仕事を果たしたのに、報酬を払ってくれないことだって何度もあった! だから、だから僕は……」
「なるほどな。魔術師の地位が高くない国だとそういうこともあるか」
ふむ、どうするかね、などと言って男は顎をかいた。
「だがまぁ、俺としてはここでやめたら依頼を達成してないからなぁ。お前さんにもちょっとぐらいは痛い目に遭ってもらわないと困るわけよ」
「いやぁ! 腕も足も斬られるのは嫌! 死ぬのは嫌だぁ!」
「大人しくしてろ」
男は投げやりにそう言うと、少年の処遇を決めたようで、その服を脱がしにかかる。
「いや! 何するんだよ!」
「んー、気持ちいいこと。いや、お前にとっては初めてだとちょっと痛いかもなぁ」
「痛いのはやだぁああ!」
放せと泣きわめく少年の様子にもかまわず、男は少年を全裸にすると、足の間からその身体奥の小さな孔へと人差し指を突っ込んだ。たいして力を入れていなかった指は第一関節程度まで埋まったところで肉の抵抗にあって止まる。
「ひぃい!」
「おっとしまった。先に濡らさなきゃな」
一度先端を突き入れた指を抜くと、男はそれを舐め始めた。十分に湿らせてから、再び先程と同じ場所へと、今度は容赦なく根元まで突き入れた。
「んぁあああ!」
「んー、どうだ?」
「や……やぁ、いや……や……!」
少年は目を見開いたまま言葉にならない音の連続を口にしているだけ。思わず足を振り上げて男に蹴りを入れるが、非力な彼の力では、鋼の筋肉で覆われた体はびくともしない。真剣に鍛え上げられた人間の身体は、少年の想像もつかないほどに硬くなるのだ。
「やめておけよ。魔術が使えないお前さんはただのガキだ。下手するとお前の足の骨の方が折れるぜ」
「嘘……嘘だぁ!」
少年は泣きわめいた。そこで男が容赦するはずもなく、少年の足を押さえこむと、再び孔の中を弄り始める。
子どもの指とは比べ物にならない太さと長さの、節くれだった武骨な黒い指が白い尻の谷間で蠢いている。他人の指がそんなところから自分の体内に侵入しているという状況は、他者と体を繋げる行為などまだ先の先、その詳細を知りもしない子どもである彼にとっては衝撃が大きすぎた。
「あん、んんんっ、んんぅ……!」
それでも男は構わずに指を動かす。排泄しか知らなかった直腸を擦り上げて、そこで感じる快楽を無理矢理少年の身体に覚えこませようとする。
一本だった指を二本、三本と増やし、ふやけた肉が限界まで広がるように、ゆっくりと拡張していく。
ただ指を突き入れて動かしているだけの行為。だが少年はその執拗さに恐れを抱いた。男はしつこいほどに何度も何度も指を行き来させて、すぼんでいた少年の孔が二度とふさがらないんじゃないかと思うくらい念入りにその場所を解していたのだ。
内壁を擦り上げられるうちに自分が妙な感覚を覚えてきていることに気づき、少年は未知の感覚に恐怖した。また大粒の涙がぽろぽろと零れる。
「そろそろいいな」
その言葉と共に男がようやく指を抜いた時、少年はこの苦しみがようやく終わるのかと安堵した。しかしそれはまったくの見当違い。むしろ本番はこれからだ。
男が自分のズボンの前を寛げ、そそりたった凶器のようなそれを取り出す。その大きさ、赤黒い色、びっしりと生えた茂みの様子に、少年ははじめ、それが自分についているものと同じものだとは理解できなかった。少年にとって幸か不幸かはわからぬが、彼は自分を犯す剣士のそれが、並の男のものとは比べ物にならない凶悪な大きさだということは知らなかった。
それは少年の、受け入れることを知らぬ未熟な蕾に添えられる。
「行くぞ」
短い言葉と共に、男はそれを、先程解したばかりの孔へと突き入れた。
「ぃぎ、ギャアアアアアアアア!」
想像したこともない場所への、想像したこともない刺激に少年の唇から断末魔かと思えるような声があがった。男のものは少年の肉にめりめりと悲鳴を上げさせながらその中に収まる。
「かはっ……!」
信じられない質量を受けて、からっぽの腹の方にまで圧迫感が押し寄せる。少年はひっくり返る寸前の呆然とした目で、ア、ア、と意味のない呟きだけを口にしていた。
「ちっ。やっぱりきついな……」
男の方も受け入れる身体が小さすぎることで多少苦痛を感じているのか、顔をしかめて舌打ちする。だが、それは凶器そのもののそれで貫かれている少年ほどではないだろう。
思いやりの欠片さえも見せず、男は腰を使い少年の中で自身を動かす。
「ヒィイイイイ! あああ、ああああああああッ!」
腹を圧迫された少年は呼吸さえも乱されながら、それでも本能的に苦痛を叫びに換えて逃がそうとし、力いっぱい声を上げる。
鍛え上げられた剣士の身体は重く、仮に少年の身体が自由に動いて腕を突っ張ったところでびくともしなかっただろう。自分より大きい男、自分より大人の男に組み敷かれ、どうにもできない強い力で押さえこまれて蹂躙される。これはすでに拷問の域だった。
剣士が一度目の絶頂を少年の中に吐きだした頃には、無力な魔術師はすでに意識を失っていた。しかし男は柔らかい頬を軽く何度かはたいて、無理矢理目を覚まさせる。
「あ……」
「まだだ。まだこのくらいじゃ楽にはさせねぇぜ」
「ひ……」
いつの間にか腕の拘束も解かれている。しかしもはや、少年に男に逆らうだけの魔力も体力も気力もなかった。
華奢な少年の身体を軽々と抱え上げ、あるいは四つん這いにさせてその上にのしかかり、開発されたばかりの孔を使って、男は自らの果てぬ欲望を満たす。
「う、うう……」
叫ぶ気力もなくなってすすりあげるばかりの少年のか細い声と、肉と肉のぶつかりあう無情な響きは夜を迎え、翌日の朝まで続いた。
◆◆◆◆◆
「我々の依頼は無事に果たしていただけたのでしょうな」
「ええ」
領主の館に戻った剣士の男は、血塗れの衣装の僅かな切れ端と真っ二つに折れた魔術師の杖を依頼主に差し出した。
「取り返した金はこちらです。宝石類なんかもここに。幾つか足りないものはあるでしょうが、ま、あとはよろしくお願いしますよ」
男が積み上げた金貨の山に、領主は顔色を変えた。この様子を見ると少年が奪い取った金銀財宝が無事に元の各家庭にまで分配されるか不安が残るが、まぁそれは男の知ったことではない。
「それで、あの魔術師の死体はどうしましたかな?」
「ああ、あれですか。豚の餌にしろと言われていたんで、森の獣に食わせちまいましたよ。まずかったですかね?」
「そ、そうですか」
「いやぁ、見物でしたよ。見た目は美形の魔術師が泣きわめいて赦しを請いながら生きたまま獣に食われる図ってのは、なかなか壮観でしたぜ」
「だが、この衣装の破れは獣の牙が引き裂いたようには見えないのですが……」
「ああ、それですか。それは俺が破きました。獣だって食うなら余計なもんがないといいと思ってですね。やっこさんの白い肌、まるで生娘のようでしたよ。手足を木に紐で繋いで動けないようにして、獣に食ませました。腕や足の肉を食いちぎられる痛みにはまだ絶叫してのたうち回ってましたが、腹を食い破られて真っ赤な血と共に臓腑がぼろりと零れるとそれはもう悲惨でねぇ」
常人ならば耳を塞ぐだろう言葉をつらつらと述べることに男の躊躇いはない。誰がどこの世界でどんな風に不幸になっていようと、所詮彼には関係のない事だ。
「あ、ああ。もういいですから、剣士殿。それでは報酬をお支払いいたしましょう」
「毎度ありがとうございますぜ、旦那」
もちろん、人を騙すことにだって彼は罪悪感など持ちはしない。
◆◆◆◆◆
「おい、戻ったぞ」
「うう……」
元いた場所に紐で繋いでいた少年のもとに剣士は戻った。獣に食わせたというのは作り話だ。
全裸で武器もなく捨て置かれた少年は、いつ誰かに見つかるか、獣などに襲われるかという恐怖と戦いながら、男が戻るのを待っていた。この忌わしく恐ろしい男を頼りにしなければならないという現実が恨めしい。
「ちっと大きいが、これを着ろ」
「僕を……どうするつもり?」
「俺の奴隷にする。嫌ならここで殺すまでだ。どっちも嫌で逃げ出そうってんなら、二度と魔術が使えないように腕を斬り落として連れていく。俺に逆らって手足を斬られ、一生男に抱かれるだけの肉人形にされたいか」
男の言葉に少年は啜り泣いた。もはや彼に選択肢はない。弱弱しく首を振ると、男に渡された、少年には大きすぎる衣装に袖を通す。
「じゃ、行くぞ」
男は少年を荷物のように抱きかかえた。少年は仕方なく、男の身体へとしがみつく。
それでも少年が、矜持のために命を振りしぼってでも逃げようとしなかったのは、昨夜の乱暴な行為の終わりの方で、彼自身これまで知らなかった快楽というものを覚え始めてしまったからかもしれない。
痛む腰の奥の方で、熱い熱のようなものがくすぶっている。
「まずはこの街から離れないとな。それから服を買って、杖を買って、あとは……」
凄腕の少年魔術師を連れた傭兵の噂が、遠い街の方で聞かれるようになるのはこのしばらく後のことだった。