Calamity Children

【3】 Endless Euphoria

終わらないお伽噺

「それで、王子と吸血鬼はその後どうなったの?」
 少女は目をキラキラと輝かせながら、窓辺に座る吟遊詩人へと尋ねた。
 真昼である。この酒場は夜はそこそこ盛況となり酒を飲みながら詩人の歌声に耳を傾ける者も多くなるが、昼は彼に関心を示す者は多くない。忙しい仕事の最中をぬって食事を摂りに来ている者たちの耳には、吟遊詩人の時を忘れさせる歌声よりも、同僚と仕事の愚痴をこぼしながらこの午後の予定を詰める方が大切だった。
 その代わりにこの昼間、彼の歌う話に興味を持ったのは夜遊びをまだ許されない年頃の少女だ。酒場の娘は喧騒の背景程度に歌を奏でる吟遊詩人の口にする物語に惹かれ、無邪気に続きをねだった。
「王子様は自分の国に帰ったの? 吸血鬼は?」
「さぁ? 彼らは今もまだ一緒にいるんじゃないかな? 実はね、その後魔王をも殺せる破滅の魔法で不老不死を殺そうとした彼らは、魔王をも殺せる魔法を知ってるなら魔王退治に協力しろと言われて、勇者様と冒険したりするんだよ」
「本当?! すごいすごい! そのお話も聞かせて!」
 少女は本当に楽しそうに笑いながら、若い吟遊詩人の口からお伽噺のような物語たちが紡がれるのを待つ体勢になる。
 しかし窓の外をちらりと一瞥した吟遊詩人は、申し訳なさそうな顔を作って少女に言った。
「ごめんね。連れが来たみたいだ」
「もう行っちゃうの? お連れさんと一緒に、もう何日か泊まっていけばいいじゃない」
 吟遊詩人は最初からこの宿で人を待っていた。この宿に泊まり、夜毎歌を披露するのは、その待ち人が来るまでの間だと少女も知っていた。
 だが吟遊詩人は穏やかに笑って、少女の望まぬ言葉を返す。
「ごめんね」
 よく見ると彼の傍らにはすでにまとめられた荷物が置いてあり、今日この時に出発になるのを吟遊詩人自身も知っていたようだった。
 むくれる少女に、彼はその頭を優しく撫でながら告げる。
「もしも私たちがまた何十年後にこの街に来て、その時まで君が今の物語を忘れないでいてくれたら……その時は、とびきり素敵な物語を聞かせてあげるよ」
 まるで叶うはずもない約束を告げるかのように軽く淡く告げて、吟遊詩人は身を翻す。少女の両親である宿の店主と二言三言話すと、店を出るための扉に向かった。
 酒場の入り口には彼の待ち人がすでに立っていた。
 少女は顔を上げ、吟遊詩人の待ち人を目にする。美しい顔立ちの、銀の髪に緑の瞳のすらりとした青年。
 それが詩人のお伽噺の中に出てきた吸血鬼の特徴とそっくりだと思った。歌の中では少年姿だった吸血鬼も、長い長い時を経ていつしか大人になったのだろうか。
 吟遊詩人は吸血鬼の連れの王子に関しては、ほとんど何も言わなかった。不老不死の呪いをかけられただけの普通の人間だと言っていたが、その王子は実は歌と竪琴の名手なのではないかと少女は思う。
 慌てて店の入り口、彼らにとっては出口に駆けつけて、店を離れようとする二人の背中に叫んだ。
「わたしずっと待ってる! だからちゃんと、いつか続きを聞かせてね!」
 振り向いた吟遊詩人が、少女の言葉にやわらかに微笑む。

 ――彼らの物語は、今も終わらずに続いていく。

 了.