Fastnacht 02

007*

 生まれながらに不吉な神託を受けた、呪われた運命の王子。整った顔立ちは少年というより少女めいていて、どの分野の才能も伸ばすどころか、知られることすらなく埋もれていくことが決められていた。
 実の父親の精一杯の愛情を受け取っても、全国民から向けられる悪意によって傷つく心を癒すことはできなかった。広い宮殿の高い天井にまで届き反響する陰口、悪口。彼らはいつも、聞かせるつもりで囁いているのだ。どんなに耳を塞いでも塞ぎ切れずに悪意は身体の中に忍び込んでくる。
 だからリューシャはそれに対抗するために、相手を威嚇する凄絶な笑みと精神的に切り刻む毒舌を鍛えた。
 自分に少しでも反感を持った者の小さなミスを見つければここぞとばかりにあげつらう。相手が女性であれば、容姿を侮辱するのも有効な手段だった。人によってはそれを最低の行為だと称するのだろうが、ならば彼女たちがリューシャの手ではどうにもならない生まれについて悪罵するのは最低ではないと言うのだろうか。
 腕力や能力では誰にも勝てないのだから、せめて精神的には誰にも負けたくなかった。どんなに馬鹿にされようとも、リューシャはアレスヴァルドの王子なのだ。だからこそ国の外にもどこにも行けず、いずれは国を継ぐという道しか用意されていない。そうでなければ祖国を滅ぼすなどと忌まわしい神託を受けて、誰がいつまでもこの国に留まるだろうか。
 しかし彼を悪し様に蔑む者たちは、そんなリューシャの事情など考慮してくれなかった。現実にリューシャに向けられる眼差しは、彼の悲しみや苦しみへの理解や憐憫ではなく、忌まわしい託宣を受けた子どもに対する憎悪と嫌悪、そして地位への嫉妬のみだった。
 周り中が敵である中、年を経て自らの立場に対する理解が深まるごとに、リューシャの顔からは笑顔が消えていった。笑えば「いずれ国を滅ぼすくせに」と責められ、泣けば「疫病神のくせに被害者面をして」と責められる。リューシャ自身の叫びは無視され、辛さを押し出そうとすればするほど何倍にもなって悪意の矢が返ってくる。
 信用できる人間も信頼できる人間も誰もおらず、いつも独り。
 そのくせ毒舌だけは達者で誰を相手にも怯む様子を見せないリューシャの姿は、彼を目障りに思う輩にますます悪印象を強めた。
 表立って喧嘩を吹っ掛けられたのは一度や二度ではない。おざなりに兵士たちに鎮圧された血気盛んな若者が、数え切れないほどにいた。
 けれどそんな青臭い連中はまだいい方で、リューシャを憎む者たちの中にはもっともっと、洒落にもならないほど性質の悪い連中がいた。
 不快な眠りの中、不快なその時の光景をリューシャは思い出す。
 正確には光景というほどのものではない。リューシャが映像として覚えているのは、最初の数分間だけだ。後はずっと、視界を塞がれていたのだから。
 宮殿の中だった。自宅と言うには広すぎるが、彼が王族である以上確かにそう呼ばれるべき場所の中。
 時刻は夜中だった。どんな用事があったかはすでにおぼろげだが、その時リューシャは自室ではなく、廊下を歩いていたのだった。護衛をつけずに歩いていると、中庭を臨む回廊に面した場所で横合いの茂みから伸びてきた腕に身体を攫われた。
「……っ!」
「静かにしろ」
 聞き覚えのあるようなないような声が降ってくる。声を出したくても、大きく無骨な掌に口を覆われていてどうせ喋れない。
 相手は一人ではなく、複数だった。何人か確かめる間もなく、顔を隠した一人がリューシャの正面に回り、目元を布で覆い隠す。
 柔らかい布で目隠しが完成、おまけに手首の拘束も完成する頃にようやく、これまで声を潜めていた彼らが、リューシャに話しかけてきた。
「ご機嫌よう、王子様」
「……誰だ貴様らは。と尋ねたところで、こんな風に目隠しをするような連中が正直に話すわけもないな。さっさと解放しろ。そうすればこの場はなかったことにしてやる」
「ふん、どんな時でもえらそうなガキだぜ。泣いてゆるしを乞えば、もうちょっと優しくしてやるってのによ」
「貴様らにゆるしを乞わねばならない覚えなどない。無礼者どもが」
 不利な状況にも関わらず、最初から居丈高な態度をとるリューシャの様子に、男たちはますます不機嫌になったようだった。はじめからリューシャの存在に、あるいは複雑な出生ながらそれを恥じる様子を見せないリューシャの態度に気に食わないところがあったのだろう男たちは、リューシャの腹を乱暴に小突く。
「顔に傷をつけるなよ。さすがに言いわけがきかないぜ」
「わかってるよ」
 男たちにずるずると引きずられ、無理矢理に歩かされてリューシャは中庭へと連れ出された。庭にも一定間隔で見張りはいるはずだが、彼らに抱きこまれているのかあるいは単に気づかないのか、誰かがこの様子に気づくことはない。
「お、本当にやったのか」
「へぇ、いい様子じゃないか王子様」
 連れて行かれた場所には更に数人の仲間がいたらしく、目隠しをされて歩かされるリューシャの姿に興奮した声で囃し立てる。
「これから何が始まるのかわかるか? 王子様」
「……貴様ら下賤の考えることなど、我にわかるはずもないな」
 何かあっても身を守る術を持たないリューシャとしては、目隠しをされ手首を拘束されて数人で囲まれるという状況はそれだけでも相当の恐怖を湧きあがらせるものだ。それでも最後の一線の矜持だけは手放すまいと、むなしい虚勢を張り続ける。
「本当に生意気だな。俺たちはそんなあんたを、ちょっと躾けてやろうと思ってね」
「国にとっての疫病神のくせに、王子様は謙虚さが足りないようだからさぁ」
「少しはまともな性格にしてやろうと思って」
 男たちが下品な笑いをかみ殺す。
 要するにここに集まった彼らは、単にリューシャの態度が気に入らないのだろう。それもリューシャの立場を慮ったり第三者的に公平な見方をした上での物言いというわけではなく、単に彼らの気に入らないものと気に入らないものを足したから余計気に入らないという乱暴な論だ。
 彼らに屈するわけにはいかない。
 だが腕力では勝てそうにないこともわかっている。
 だから男たちの一人がリューシャの衣服に手をかけた時も、怯えなど存在しないかのように強がって見せるのがせいぜいだった。
 元より拘束された上に背後から頑強な肉体の男に羽交い絞めにされていては、できる抵抗の全てがはかないものと果てる。
 少々乱暴な手つきで身につけているものが下半身を中心に乱暴に剥ぎ取られた。
「女の子みたいな顔してるが、体つきはやっぱり男だな」
「そうだな。ま、ここも確かに可愛らしくはあるけどな」
「ぎゃはははは! ちがいねぇ!」
 剥き出しの臀部を冷たい夜気に撫でられながら、リューシャは必死で屈辱を堪えた。下卑た笑い声と共に、無遠慮な視線がリューシャの身体を撫でまわす。
「どうせなら王子じゃなくて、王女様だったらいいのにな。いくら疫病神でも、女ならそれなりに可愛がってやるのに」
「馬鹿言え。お前は男でも女でもおかまいなしだろ」
「男と女なんて、所詮はついてるかどうかの違いだよ」
 節くれだった男の指が、いきなり双丘を撫でまわしてその奥の小さな穴へと触れる。
「……っ」
 零れそうになる悲鳴を必死で堪えた。
「男だろうが女だろうが、こっち使うのが専門の俺にはどうでもいいことだね」
「ったく、この変態め……」
 男たちの下品な会話は、もう耳に入らない。
 つぷ、と無理矢理男の指が肛門に侵入してきた。
「ひっ!」
 初めてリューシャがあげた悲鳴に、男たちの好奇と興奮の視線が集まる。
「へっ。やっぱりびびってんじゃねぇか」
 目隠しに半分ほどは隠された前髪を無理矢理引っ張り、男の一人がリューシャの顔を上げさせる。
「うぐっ……!」
「大人しくしてなよ、『王子様』」
 次の瞬間、これまでとは打って変わった浮遊感と共にリューシャは投げ出された。そして地面に叩きつけられる。柔らかい下草とその下の硬い地面がリューシャを受け止める。
 それが合図のようだった。
 四方八方から男たちの手が伸び、リューシャの体に好き勝手に触れて弄ぶ。
 誰かが脇腹を舐め上げた。誰かが乳首を玩具のように捏ねくりまわした。誰かが肩の肉を軽く噛んだ。誰かが、誰かが、誰かが――目隠しをされて月影さえ見えず、誰の姿もわからない。
 リューシャ自身は相手のことを何も知らされぬまま、ただ自分が忌まわしき託宣を受けた王子だというだけで男たちに凌辱される。
「ああっ!」
 太腿から足の付け根までいやらしく撫でまわし、ついにはこの状況に萎縮する性器に強く触れた手に、思わず声があがる。
「なぁ、口は塞がなくていいのか?」
「心配しなくても、近くには誰もいやしない。いたところで、誰も気にしないだろうさ」
 男も女もそう違いはないと言った男だろうか、やわやわと、時に弱く時に強く性器を刺激してくる。
 淡泊、と言うよりは人嫌いが高じて他人との接触を極力避ける傾向にあるリューシャは、自分でさえそんな場所にろくに触ったことがない。敏感な部位、二重の意味で男の急所である場所を弄ばれて、漏れる声を堪えるのが苦しくなってきた。
 刺激を与えられているのは股間だけではない。ちゅぱちゅぱと飴でも舐めるように一人の男の中で転がされる乳首も、くすぐったいような抱え方をされる膝の裏も、むず痒いような不快感と共に、段々と強くなる紛れもない快感を伝えてくる。
「お、濡れてきたな」
 いくら声を抑えても、身体の反応までは隠しきれない。弄ばれた性器が刺激に耐えきれず、とろとろと蜜を零し始める。
「こんな風に大勢に玩具にされて感じるなんて、王子様は変態だな。王子より娼婦にでもなった方がいいんじゃねえか?」
「この顔なら男娼でも人気が出るだろうし」
「っ……!」
 屈辱的な言葉をかけられても、リューシャはきつく唇を噛みしめることによって堪える。悲しいことに、彼がこのような目に遭うのは一度や二度ではなかった。こういうときは下手に抵抗しない方がいいということを、経験でリューシャは知っている。男たちの反感を煽って、無駄に暴力を振るわれてはたまらない。
 だから必死で声を殺す。煽りたてられる快楽の奥で、無骨な腕に好き勝手に身体を弄ばれることへの嫌悪感をも押し殺す。
「ちっ、つまんねーな。もっと泣きわめくかと思ったのによ」
 図らずも考えていたことを当てられて、リューシャの体が一度、びくりと震える。
「ま、可愛くても男の子ってことだろ? そりゃあ生娘みたいに泣き叫びはしないさ。でも」
「ひゃっ!」
 言葉のあとに生温かいものに性器を舐められる感触がして、これまで押さえていた分驚きの強い声があげられた。
「こっちの意味で鳴かすことはできそうだ」
「ん、んん……!」
 男の一人が性器を口に含んだらしく、生温かい粘膜が自身を包み込んだ。伸びてきた舌が、先端をくすぐる。巧みな愛撫が、リューシャをこれまで知らなかった快楽の高みへと押し上げていく。
 薄く開いた桃色の唇から、ひっきりなしに荒い息が漏れる。
 強がるのも限界で、体は与えられる刺激に正直に紅潮しはじめていた。夜の暗がりの中でも、触れた部位からリューシャの体が熱を持っていくことがわかるだろう。脇の下や太腿あたりに、じっとりと汗をかく。
「はっ、ふぁ……」
「おいおい。お前すげーな。そんなテクどこで覚えてきたんだよ」
 一人の男が少年の股間に顔を埋めたまま、熱心な奉仕を繰り返す。奉仕とは言っても、まだいとけない風情すら残る少年に目隠しをして手首を拘束しての「悪戯」だ。背徳の匂いが男たちを強く包み込んだ。
「ん、や、ぁ……」
 華奢な身体つきの、白い肌の、少女よりも可憐な少年を犯す。
 思わず薄く開かれた唇に、一人の男が目を付けた。細いおとがいを持ち上げ自分の頬を向かせると、自らの唇を強引に重ねる。
 ここで下手なことをすれば男たちの怒りを煽るだけだと知っているリューシャは、口内を男の舌に蹂躙されようとも抵抗できなかった。大人しく絡められた少年の舌に男は気をよくし、ますます少年の唇にむしゃぶりつく。
「はぁ、はぁ」
「大人しいもんだな。だったら……」
 カチャカチャと金属が触れ合うような音がした。男の一人がベルトを外し、ズボンの前を寛げたのだ。
「こっちも舐めてくれよ。ちゃんと、丁寧にな」
「!」
 肉棒を唇に無理矢理当てられて、仕方なくリューシャは口を開いた。汗臭く塩辛いような男の欲望が、遠慮なしに突っ込まれる。
「ん、ふっ……んん」
 反射的にえづきそうになるのを堪え、なんとかそれに舌を這わせる。手の空いた他の男たちが一斉に囃し立てるのが聞こえた。
「おいおい、いいのかよそんなことして!」
「何言ってんだ。お前らも王子様に『奉仕』してもらったらどうだ? こんな機会二度とねーぞ」
 男たちがごくりと唾を呑んだ。
「そうだな」
「口を使うのに、男も女もねえもんな」
「んむ、んんんっ!」
 積極的にリューシャの体を弄ぶ二人に触発されたか、残りの男たちもこれまでの興味本位とは違う、はっきりとした欲望を持ってリューシャに触れ出した。
 細い手に自分のものをしごかせたり、乳首を噛んでみたりとよってたかって少年の体にしゃぶりつく。
「ん、ん、んんー!!」
 そこまでされてはさすがに声を抑えきれず、リューシャは口に男の一人の欲望を含んだまま、声にならない呻きだけで喘いだ。
「へへ。イったぞ」
「お、マジか」
 先程からねちっこい奉仕を受け続けたリューシャ自身のものが、男の口の中で白濁の液を零す。
「ここまで俺が奉仕してやったんだから、次は楽しませてもらっていいですよねぇ? 王子様」
 男たちが位置を移動する気配が伝わってくる。
「お前も抜いた方がいいぞ。王子様が気持ちよくなりすぎて思わずお前の貧相なもん噛んでも知らねーぜ」
「ちっ! おいしいとこ持ってきやがって」
「そのための奉仕だろ」
 忍び笑いの気配が見えない目の上でしたかと思えば、首筋を甘噛みされる。
 触れる唇の感触に戸惑っていると、足を軽く抱え上げる腕に気づいた。
 後ろの穴に、ぬめりの助けを借りた指が入り込んでくる。初めてではない。初めてではないが、だからと言って異物感にあっさりと慣れるほどに回数をこなしているわけでもない。
「ひっ、あ」
 潤滑剤代わりとなっているのは男の唾液か、それとも先程リューシャ自身が吐き出した精や先走りか。
 じゅぷ、ずぷ、と卑猥な音を立てて、男の太い指がリューシャの中を行き来する。ほっそりとしたリューシャ自身の指とは違って、力自慢が揃っているらしい、恐らく兵士だろう男たちの指は太く、がさついている。その指で容赦なく直腸を擦られる。
「ふ、うぁ、あ、あっ」
「気持ちいいかい王子様」
 男の一人がリューシャの後ろに指を突っ込んでいる間は他の男たちもそれを注視しているらしく、他の部分には触れてこない。腰を抱え上げられ足を開かれた少年の、男の指を咥えてひくつく穴を音もなく凝視している。
「あ、あ」
「後ろってこんな風に使うのか」
「今度女相手にでもやってみろよ。こっちの方が締まりがいいんだぜ」
 先程とは違った色合いの喘ぎをリューシャがあげる中で、男たちはひそひそと、自然と声を潜めながら、固唾を飲んでその場所を見つめている。
「こんなもんかな」
 慣らしていた男はそう言って指を引きぬく。
 ようやく異物感から解放されたと、息をつくほどの暇もなかった。
「じゃ、……いただきます」
 一度は元の通り閉じようとした小さな穴に、男が熱い欲望を沿える。ふざけた前置きと共に、一気に貫いた。
「あっ――――」
 先程の指とは比べ物にならない質量の物が、リューシャの中に入り込んでくる。太さも長さも指とは比べものにならず、少し動くだけで内臓が引きずりだされそうなほどの圧迫感をリューシャに与えた。
「痛い……」
 囁くような声で言ったリューシャの言葉は、恐らく異様な興奮に包まれた男たちには聞こえていない。
「ちゃんと力抜いてくれよ。引きちぎられちまうぜ」
「う、うぁ、あ、ああああ!」
 慣らされたとはいえ、行為自体に慣れた体というわけではない。裂けそうな内部の痛みにリューシャが必死で耐えているうちに、男が動き出す。
「う、あ、あ、や、ぁああ、あ」
 意味のない喘ぎだけがその唇から力なく漏れる。男のものに貫かれ揺さぶられる無力な白い体を見ているうちに、他の男たちもリューシャが同性であることなどどうでもよくなったようだ。
「おい、さっさと替われよ!」
「だったら俺には上を譲れ!」
 腹の底のもっと奥の方で熱い何かが弾けた、そう思った次の瞬間、ずるりと男が自身を取り出す。間髪いれずに、別の男がリューシャの体を抱きかかえた。
 他の誰かが再びリューシャの口の中に突っ込む。後先にと手が伸びて、いたいけな少年の体をいじり回す。
 ぐちゅ、ぬちゅ、とひっきりなしに淫らな音がしてリューシャの精神を責め苛んだ。しかしそれも、中へと入り込んだ男がある一点を突いた事で甲高い嬌声へと変わる。
「あっ!」
「お? なんだ、ここがいいのか。へぇ……」
「ち、ちが」
「嘘は良くないぜ、王子様」
「いやだ……!」
 男はリューシャの感じるところを探り当てて、そこを中心に突き上げる。びくびくと身体が痙攣し、抑えきれぬ甘い声が唇から漏れた。
 下腹を己の放ったもので濡らし、口の端からも男たちに見舞われた白濁を垂らしながらそれでも止め切れぬ快感に喘ぐリューシャの姿が、男たちに更なる欲望をたぎらせる。
「口で嫌がるわりには腰が振れてるぞ、王子様」
「下の口の方が正直だな」
「次、誰がいく?」
「ちゃんと順番決めろよ。俺なんかまだ一回もそっち使ってないぜ」
 男たちはかわるがわる、リューシャを犯す。
 解放されたのは、日が昇る前。リューシャがほとんど意識を失った頃だった。
 手首の拘束だけ外して目隠しは外さず、彼らは凌辱した王子を放置してその場を去っていった。リューシャが自分の手で目隠しを取れる頃には、もはや男たちの姿はそこにはなかった。
 残されたのは、数多の男たちの精に汚れた、惨めな自分の体だけ。
「……はっ!」
 日が昇る前に自室へと戻った。
 からからに渇いた喉で我が身を嘲笑う。
 無様で惨めな、自分。何をせずとも他者の不快になるという自分。忌まわしい託宣を受けた自分。
 だったら自分は何に救いを見出せばいいというのだ。
 この日のように襲われるのは初めてではない。ならば護衛をつければいいと人は言うだろう。だがその護衛ですら信用できなかったら?
 リューシャにとってはそれが当たり前だった。護衛としてつけられた男たちは、リューシャが危険な目に遭っていてもそれが取り返しのつかないものでない限り無視をする。襲う奴らもそれを知っているから、遠慮なくちょっかいをかけてくる。
 この国の中に、信じられる人間などいない。
 誰も信じることはできない。
 それはすなわち、誰も愛さないのと同じだった。
 世界のすべては敵だらけ。否、敵しかいない。誰も信じてはならない。ほんの少しでも気を許せば、裏切られた時の傷は深くなる。
 リューシャにだって昔は、少しだけでも気を許した相手がいたのだ。何も生まれたその時から皮肉屋の毒舌家だったわけではないのだから。だがその彼ら彼女らも、結局リューシャを救ってはくれなかった。乳母も家庭教師もみんな、リューシャを庇うのが己にとって不利だと見るや否や、あっさりと彼を見捨てた。
 リューシャの人生には不都合ばかりだ。あれをやってはいけない。これをやってはいけない。そうやって何もしないことで得られる事は、自分以外の人間の安寧。
 リューシャ自身の幸せはどこにもない。
 ――このまま自分は、いつか誰かに殺されるのだろうか。こんな風に、何も成さぬまま、何になることもないまま。
 それでも夢の中で誰かが繰り返し囁く。

『汝はやがて、総てを滅ぼす者となる』

 消したかった。壊してしまいたかった。本当はいつだって。
 この世界の、総てを。