Fastnacht 07

026

「乱暴な真似をしてすいませんでした」
「「すいませんでした」」
 ウルリークの謝罪に合わせ、セルマとダーフィトが揃って頭を下げる。
「いいええ。こちらもややこしいことを言いまして」
 しくしくと泣き真似をしながらラウズフィールは疲れた顔で頷いた。
「えーと、これはまた一体どういう状況?」
 先程ラウズフィールから救援要請を受けてやって来た銀月と辰砂は、三人と一人が向かい合って頭を下げ合っている状況に首を傾げた。
これからまさに人身売買組織を一網打尽だと張り切っていたところでこの状況だ。はっきり言って訳が分からない。
 もともとラウズフィールとは一度この辺りで合流して順繰りに組織のアジトを襲撃するつもりだった。連絡した位置が少しずれていたらしくお互いに路地裏を探し回っていたのだが、ようやく呼ばれて来てみたらずたぼろの姿で見知らぬ三人組に頭を下げられている。
 この短い時間に何があったのかと、とりあえず事情を聞いてみた。
「……私たちの作戦にどうやら無関係な方を巻き込んでしまったようなんですよ」
「なんだって?」
「辰――アスティさんは、リューシャさんと言う方をご存知ですか?」
 セルマとダーフィトの視線が辰砂に集中する。辰砂という界律名は世界に知れ渡っているので人界にいる間は「アスティ」という偽名を使っている辰砂は、きょとんとかぶりを振った。
「知らないよ。誰それ?」
「え? お知り合いではないんですか?」
「だから知らないって。リューシャ? リューシャねぇ……。聞き覚えはないよ」
「青の大陸の方だそうですよ」
「青の大陸? 魔術師排斥が一段と激しい大陸じゃないか。僕はそんなところ行かないよ」
 もちろん長く生きている創造の魔術師は世界中全大陸に当たり前のように足を踏み入れている。しかしそれを正直に言うつもりはない。だいたい、「リューシャ」と言う名前の人間に心当たりがないのは本当だ。
「広場で歌っていたあなたを見かけて、そのリューシャさんという方が追いかけていったそうなんです。それらしき人に会いました?」
「……追いかけてきたって、あのタイミングで? この路地裏に? 僕は誰にも会ってないけど……」
 もともと、人身売買組織に攫われる囮としての行動だ。人気のない場所をあえて選んで路地の奥で待ち構えていた。――まさか。
「ちなみにそのリューシャさんというやらはどういう容姿」
 明るい美貌を持つ青年と地味な剣士風の女性、少女じみた容姿の美少年が顔を見合わせて答える。
「妖精みたいに可憐な外見の、十代半ばの美少年。腕力皆無」
「……それはもう」
「やばいですね。やばい」
 辰砂が囮としてこの辺りで竪琴を奏でたのは、奴らがこの近辺で獲物を探しているという情報があったからだ。獲物の一人が脱走したというのも気になるが、その一人が逃げ込んだのも連中の行動範囲から割り出せばどうせこの辺りだろう。
 ただでさえ獲物に逃げられて気が立っているところで、そのように一目でわかる美少年を見かければどうなるか。少しでも損失を取り戻したいと、多少計画外の行動でも攫うのではないか。
 ここにいる少年や青年も相当な美形であるが、その二人が口を揃えて美形と言い張るのだから相手は相当の美少年に違いない。普段なら美形は大好きだが、今この状況においては面倒なことこの上ない。
 辰砂と銀月が何とも言えぬ引きつった表情になる。この期に及んで問題が増えたと頭を抱える。
「それで、私はあなた方を探してこの通りをうろつきまわっている途中に余計な口を滑らせて尋問されて今にいたる次第です」
「うん、なんとなく状況はわかったよ」
 ただでさえ仲間が行方不明になって殺気立っている三人に詰め寄られたら、いくらラウズフィールでも対抗できないに違いない。元々魔王の生まれ変わりという触れ込みの割には穏やかな性格の青年だ。
 それにこの三人――かなりできる。ぱっと見一番強そうなのは青年騎士だが、自然に暗殺者の身のこなしをする女剣士や、得体のしれない威圧感を持つ少年の方がむしろ恐ろしい。
 攫われた少年と言うのはどこかの貴族か何かで、この三人が従者と護衛だろうか。辰砂がそうして三人を眺めまわして推測を巡らせていると、薄紫の髪をした少女のような少年と目が合った。
 こちらが彼らを観察している間、向こうもこちらを観察していたらしい。少年の視線は主に辰砂に固定されている。
「創造の――」
 彼の唇から飛び出した言葉に、辰砂たち一行はぎくりと肩を強張らせる。
 辰砂が“創造の魔術師”だと見破ったのか?! これだけの会話で? どうやって?!
「えーと、他に何か聞きたいことはない?」
「アスティさんって本名ですか?」
 何故いきなりそれを聞く。確かに偽名なのだが、初対面の人間にそんなことわかるはずもない。いつもは界律名・銀月を名乗るザッハールでさえ、余計な不信感を抱かせないように真名である「ザッハール」を名乗っているくらいだ。
「ウルリーク? いきなり何を聞いているんだ?」
 ダーフィトと言う名の赤毛の貴公子が訝しげに訪ねた。隣で女騎士セルマも不思議そうにしているし、仲間内でもウルリークの行動は理解できないらしい。
「んー。もしかしたらリューシャさんがそこの方を追いかけて行った理由はわかったかも」
「どういう理由なんだ?」
「ここで話すと長くなるので割愛しましょう。それよりこれからどうするかですよ」
 肝心の疑問はさらりと流し、かもと言いながらもはやその「理由」を確信している眼差しでウルリークは話を進めた。
「俺たちはリューシャさんを取り戻したい。ラウズフィールさんもそのシェイさんとやらを取り戻したい。お互いの事情によっては、協力できると思いませんか?」
 ちろり、と蛇が舌を出すような淫靡さを備えた微笑みを浮かべ、ウルリークが共闘を持ちかける。
「この人たちは魔術的な知識は皆無ですが、その分剣を使う近接戦闘の腕は一国の代表級ですよ。俺は魔族ですから、界律師ほどではありませんが多少の魔術なら扱えます」
 指先にふわふわと小さな炎を浮かべてみたウルリークに、辰砂たちは顔を見合わせる。
 完全に初対面の相手に簡単に事情を話しただけで共闘を持ちかけられる。なまじ一般の人目を避けて生きている彼らにとっては、なかなか珍しい展開だ。
「そりゃあ人手があれば嬉しいけどねぇ」
 ウルリークは最初に彼らと接点を持ったラウズフィールではなく、一行の中で最も強く決定権を持つ辰砂に話かけている。見た目は一番若い二人がこの場の主導権を握っているのは、彼らの力関係を知らない者の目で見たらきっとおかしな構図だろう。
「ラウズフィール、君はどう?」
「私はシェイ君が無事に戻ってくるなら何でもかまいません」
 一応大本の依頼人に確認すると、快いというよりは何でもよいという返事がやってきた。
「何故僕たちと共闘したいの? 単に目的が同じだからという理由じゃないだろう」
「それももちろんありますけれど、そうですね、一番の理由は、リューシャさんが思わずあなたを追いかけずにはいられなかった理由と同じですよ」
 先程からおかしな反応ばかり見せるウルリークに、辰砂は再び警戒しながら尋ねた。辰砂側に彼らと面識があれば話は早いのだが、いくら記憶を探っても目の前の少年も名前だけ聞いた少年も、会った覚えがない。
これまでのやりとりでウルリークが辰砂についてわかっているのは顔とアスティという偽名くらいだ。もっと言えば、リューシャという少年に至っては辰砂の顔しか知らないはず。それで一体何の用があると言うのか。
そもそも彼らは、辰砂が創造の魔術師“辰砂”であることを、それだけでどうやって判別したのか。
「……その子は何者? 僕に何の用?」
「知りません。本人に聞いてください」
「君はその辺がわかってて声をかけたんじゃないの?」
「俺にわかるのは、あなたに彼が興味を持っただろうことだけですよ。そして俺自身もあなたに興味を持っている。俺とリューシャさんの持つ情報は少し違っていましてね。俺は俺の眼で見たものの話しかできません。リューシャさん側の事情もあの人の正体も知りませんよ」
「正体って……君のお友達は変身怪獣か何かなの……?」
「違うといいですね」
 とても適当な返事をし、ウルリークは無理矢理会話を切ろうとした。背後でダーフィトがうちの再従兄弟を勝手に怪獣にしないでくれと嘆いている。
「ふーん。正体、ね……。そこまで言われるとちょっと興味深いね」
「というかお師様、本当に心当たりないんですか? その子もウルリーク君も、お師様の知り合いだからこそこういう反応なのでは」
「知らないって。僕は基本的に魔族とは敵対寄りの不可侵条約みたいな関係だからね。暇なら一緒にあいつら殺そうぜって話題しか持ちかけてこない連中は仲良くするしない以前の問題だよ」
 もともと辰砂に対して何かを疑っている様子のウルリークにそこまで隠しても無駄だと思ったのか、辰砂は自身が高位の魔術師――界律師であることをもはや隠さない。
 そこまで力を持つ魔術師であれば、見た目と実年齢が一致しないのはよくあることだと、ウルリークも背後の二人に説明している。銀月の「お師様」という呼び方が気になったからだろう。
「で、どうしますか?」
「要するに君たちは、僕の何かを疑っていて、それを確かめるために僕に張り付いていたいわけだよね? ――いいだろう。ただで張り付かれるなんてたまらない。そのぐらいなら、ちょうど人手不足だしきりきり働いてもらおうじゃないか」
 見た目通りのあどけなさを残す少年の顔つきが変化する。若々しい印象はそのままに、その瞳の輝きだけがまるで何前何百年と年輪を重ねた大樹のような重厚感を放つ。
 ここまで来るとセルマやダーフィトにも辰砂の持つ特異性が感じられるようになり、剣士二人のこめかみには嫌な汗が流れてきた。
「ま、どちらにしろ、全ては人買いに攫われたうちのおバカさんを取り戻してからですね」
「……うちのシェイ君はおバカじゃないですからね」
 依頼主のはずなのにいつの間にかのけもの状態のラウズフィールが、それだけは言っておきたいとさりげなく口を挟んだ。