Fastnacht 11

044*

 水煙管に果実か何かの香りを含ませているらしく、スワド帝の私室は甘い香りを漂わせて薄らと煙っていた。
 足の低いテーブルの上に貢物らしき品々が山と積まれ、何かごちゃごちゃした印象のある部屋だ。とはいえリューシャはアレスヴァルド式の宮殿しか知らないため余計にそう思うのかもしれない。
 ラウルフィカの硬い表情に自分が何の用で呼ばれたのかを大体察する。寝台で水煙管を嗜んでいたスワドの衣装はすでに胸元が大きく肌蹴た露出度の高い夜着だった。
「この気候でよくもそんな襟の詰まった服を着ていられるものだ。暑くはないか? リューシャ王子」
「まったく」
「おやおや。我慢強いことだ。だがシャルカントの民族衣装もなかなか良いものだぞ。私としては更に涼しいベラルーダ風の方が気に入っているが――なぁ、ラウルフィカ」
「そうですね」
 リューシャがハッと抵抗を始めるよりも早く、背後から回されたラウルフィカの腕がリューシャの襟元のクラヴァットを解いていた。リューシャの衣装はところどころに細かいベルトがあったり裾を固定するボタンが内側に隠されていたりややこしいものなのだが、慣れぬ形式の装束をラウルフィカは器用に脱がせていく。
 上着をはぎ取られてしまえば中は薄地のシャツ一枚だ。慌ててラウルフィカから離れるが慣れない薄着にどうにも羞恥が募る。赤らむ頬を見てスワドがにやりと笑った。
「ほぉ。気強い性格かと思っていたが、意外なところで純情じゃないか。何もそう乙女のように恥じらうこともあるまい。今でようやく私たちと同じくこの国の気候にあった格好になったくらいだ」
 ラウルフィカが剥ぎ取ったリューシャの上着を丁寧に畳んで椅子の背にかける。
「せっかくの機会だ。親交を深めようではないか。こちらへおいで」
「台詞と行動があっていないぞ」
 寝台へ誘う行為はどう考えても親交という言葉を超えているだろう。しかしここで抗えるほどの力もないリューシャは、素直に要求に従った。
 一人用とは思えない大きな寝台の上、寝そべるスワドの隣に腰かける。
「今日は図書室を使ったそうだな。調べ物の成果はどうだった?」
「生憎だが、大した成果はないな。ラウルフィカが調べたというベラルーダ側の資料の方が余程詳しい」
「それは残念だ。こちらは少し動きがあったぞ。お前の言う“ウルリーク”らしき少年がリマーニを出港し黄の大陸にやってきたようだ。目立つ容姿なんで港の人間が何人か覚えていたと」
 リューシャは目を見開く。やはりウルリークはここまで追って来ていた。
「何人か連れがいることも掴んだぞ」
 セルマとダーフィトが一緒だ。いや、それだけではない。人身売買組織の馬車に来たときアスティを連れ、シェイの名も知っていたからにはもう少し仲間がいるかもしれない。
「緋色の大陸ならまだしもこの帝国に来ていると言うなら、あとは見つけ出すのも簡単だ。それではここまでの情報の対価をもらおうか」
「……少し気が早いんじゃないか。奴を目の前に連れてきてからが本当に見つけたと言えるだろう」
「そうしたらお前は帰ってしまうだろう。できればその前に楽しんでおきたいじゃないか。まぁ、どうしても嫌だと言うなら無理強いはしないさ。一緒にいたあの銀髪の少年も、私の趣味からは少し外れるが可愛らしい顔立ちをしていたしな」
 断ればシェイに手を出すと暗に示され、リューシャは唇を噛む。
「……その必要はない」
「いい子だ」
 自ら行為を受け入れるようにスワドの太腿に手を置く。屈従の証に皇帝は喉を鳴らして、リューシャの顎を掴み、強引な口付けを仕掛けた。水煙管の苦みと甘味が入り混じった香りにむせ返りそうになる。
 銀の糸を引いて唇を放したスワドが、悪い悪戯を思いついた子どものような表情でラウルフィカを呼んだ。
「ラウルフィカ、お前もこちらに来い。どうせなら三人で楽しもうじゃないか」
「なっ……!」
 リューシャが反射的な怒りを見せる。退出の準備をしていたラウルフィカが、嫌そうに振り返った。踵を返して寝台まで歩いてくるが、皇帝への嫌味は忘れない。
「……二人きりの時間をお邪魔したくはないのですがね」
「なぁに、邪魔などではないさ。お前もいつも私やカシム、レネシャとばかりでは飽きるだろう。滅多にない相手と親交を深める機会だ。存分に楽しむといい」
 くつくつと笑いながら皮肉を倍返しにし、スワドはリューシャを胸元に抱き寄せる。ラウルフィカが溜息をつきながらも、あっさりと衣装を脱ぎ落した。
「っ……!」
 堂々と目の前で脱がれて、リューシャの方がぎょっとする。
「目の保養だろう? これほど美しい男は私も他に見たことがない」
 悔しいがスワドの言うとおり、こんな状況でもラウルフィカは充分に美しかった。いつもは服の下に隠れている部分まで全て曝け出し、芸術品のような肉体を惜しげもなく披露する。
 気をとられているうちに内股に熱い感触が触れて我に帰った。いつの間にか自分も上着を脱ぎ捨てていたスワドが、リューシャの下半身に手を伸ばしている。慌てて抵抗しようとするが、その手に光る銀色の刃を見て動きを止めた。
「動かない方がいいぞ。余計なところまで切ってしまうからな」
「な、なんで」
「怖いか? ただの余興だ。安心しろ。邪魔な服を脱がせるだけだ。――ああ。ちょうどいい、ラウルフィカ、そのまま押さえていろ」
 服を脱ぎ終えて薄く透ける腰布一枚になったラウルフィカが、寝台の頭側でリューシャの腕をひとまとめに押さえつける。身動きを封じられたリューシャの股間では、嗜虐的な瞳でスワドが刃物を滑らせる。
 衣装を切るだけとは言うが、いつ手が滑るとも限らない。だいたい、普通ならばこんな場面でするような行為でもないだろう。そのまま脱がせばいいのにわざわざ遠回りで暴力的な手段を用いるのは、強姦を望む輩だけだ。
 布の裂かれる微かな音が悲鳴のように響く。単なる房事と言い張るには異様な「余興」に、リューシャは吐息さえも殺して体の震えを抑え込んだ。
 腕を押さえつけるラウルフィカは無表情だ。いくら性別のない天使のように美しくとも、彼も成人の体格を備えた「男」だというのか、腕の拘束はリューシャの力ではびくともしない。
 リューシャの衣装を無残にした刃をスワドがぺろりと舐める。ナイフを寝台脇のチェストに仕舞うと、露わにされた局部を容赦なく眺めまわした。
「ふふ。綺麗なものだな。黒髪も金髪もいいが、この薄紅の髪は黄大陸では滅多に見かけないからな」
 髪と同じ色の下の毛を長い指で掬い、スワドが舌なめずりする。あからさまな言葉にリューシャは顔を真っ赤にして羞恥を堪える。
 違う。おかしい。何か……変だ。
 故国では不吉な王子よと忌み嫌われたリューシャは、セルマが来るまで護衛の騎士すら志願者がいないという理由でろくにつけられることはなかった。つけられた騎士が加害者になることも多く。人目を盗んでは物陰で襲われたことは少なくない。
 変な話、犯され慣れているという自覚と自信があったのだ。だから流星海岸でウルリークに抱かれた時も平気だった。誰に、どんなことをされても今更いちいち傷つくはずもない。強姦も輪姦も慣れている。
 それなのに今、体が自然と震えていた。
 嫌だ。怖い。そんな認めがたい感情が沸きあがり、どうしていいかわからない。
「……いい顔だな」
 スワドが目敏くその恐怖を読み取って、嘲り笑う。
「怖いのか? リューシャ王子」
「……誰がっ! ――ぅあ!」
「まだ虚勢をはる元気があるとはな」
 スワドは何の前戯もなしにリューシャの後ろの蕾入り口に指を軽く差し込んでいた。人差し指の第一関節まで少し押し込めただけだが、いきなりの刺激にリューシャの身体が跳ねる。
 一度引き抜いた指を、スワドは自ら口に含み唾液で湿らせた。滑りが良くなったそれでもう一度リューシャの中をかき回す。
「は、んくっ……」
「これは……」
 少し弄っただけで容易く息を上げたリューシャの様子を、ラウルフィカが逆さまの世界から意外そうな目で見ている。
「この気の強さではてっきり初物の可能性もあるかと期待したのだが、どうやら経験者のようだな。それもかなり手馴れているようだ」
 ウルリークが時間のあるたびに悪戯を仕掛けてくるせいで、リューシャの体は今、比較的男を受け入れやすくなっている。見た目でわかるほど使い込まれた状態でなくとも、後ろでの感度の良さは男と肌を重ねることに慣れた者特有だ。
 リューシャの反応を見てとり、スワドは遠慮なく指の本数を増やした。一気に三本に増えた長い指が中を無遠慮にかき回し、リューシャは堪えきれず悲鳴のような嬌声を上げた。
「小鳥の囀りのように可愛い声だ。誰かと違って存外素直に聞かせてくれるな」
 わざとらしくラウルフィカの方を見ながらスワドは言い、リューシャの肌蹴た胸元に口付た。その年頃の少年にしても薄く頼りなげな印象ばかりが強い胸をきつく吸い、無残な花を散らす。
「痛っ……」
 目尻に涙を浮かべるリューシャに構わず、スワドは獲物を喰らう肉食獣のように何度もその肌に痛々しい鬱血痕を残す。
 敷布の擦れる微かな音を立てて離れて行った腕に、解放されたリューシャはスワドを睨み付けた。
「良い眼だな。敵愾心を隠しもしない、牙を折られていない獣の眼」
 水煙管の香りを漂わせながら、スワドはようやく上半身を解放されたリューシャの無残な有様を恍惚の表情で眺めやる。ラウルフィカが長いこと掴んでいた部分の腕に赤い手形が残っている。乙女のように軟な肌だ。
 その容姿も、この気性も、リューシャは激しくスワドの好みだ。折れることを知らない心を折ることほど愉しいことはない。
「それで、お前に男を教え込んでこんなに感じやすくさせたのは誰なんだ? 淫乱王子」
「なっ……!!」
 にっこり笑顔で尋ねてやれば、あからさまな侮辱にリューシャが顔を歪めた。珊瑚色の唇が罵倒を繰り出す前に、先程までリューシャ自身の中に入れていた指を三本まとめて無理矢理突っ込んでやる。
「んんっ、んんんんっ!」
「私に中を触れられてお前自身が零した蜜の味だ。自然とは濡れない場所をこんなにしておいて、淫乱ではないなどとは言えないだろう?」
 長い指に口内を無遠慮にかき回され、リューシャは先程とは違う意味での苦しさに喘ぐ。これだけ口の中をいっぱいにされては噛みついてやることさえできない。
窒息寸前になるまで弄ばれ、唾液でふやけそうになった指をスワドがようやく抜く頃にはリューシャはぐったりとしている。
「は……」
「私の質問に答えていないぞ? リューシャ。お前の『初めて』は誰なんだ? この小さな穴を広げて、えぐって、お前の中に一番最初に雄の形を刻み込んだのは誰だ?」
 微笑みながら意地の悪い質問をされ、意識朦朧としているリューシャは反射的に答えた。
「知らない……」
「知らない?」
「覚えてない」
「どういうことだ?」
「我を嫌う、誰か……神託を憎んで……お前が死ねばと罵ったうちの一人……」
 視界の端でぴくりとラウルフィカが身を震わせるのがわかった。だが、それだけだ。リューシャはぼんやりと、もう記憶にもほとんど残っていないその時のことを思い出していた。
 アレスヴァルドの城内を普通に歩いていたら人気のない一室に引き込まれた。あれは十になっていたかいなかったか。訳が分からなくて、痛くて苦しくて、猿轡の内側で言葉にならない叫びを上げながら与えられる罵声を呪文のようにただ脳裏に刻み込んでいた。
 自分がこの国にとってただ無心に祖国を愛する人間にとってどんな立場であるかを、文字通り身体に刻み込まれた日。
 ぼんやりと思考するうちに次第に意識が現実に戻ってきた。我に帰った時にはすでに、二対の双眸がそれぞれ対極の感情を宿してリューシャの様子を窺っていた。
 痛ましいと憐れむような様子を見せたのはラウルフィカの視線。一方、スワドは面白そうに笑っている。
「ふうん。お前もそうなのか」
「……も?」
 スワドの視線が意味深にラウルフィカに向けられる。ラウルフィカ自身はその視線から顔を逸らし、目を背ける。ああ、そうか。昔五人の男に弄ばれたと、ラウルフィカが……。
「だから犯され慣れているというわけか。この感じだと、随分最近まで世話になっていたようだがな」
 濡れた指でひくつく穴をぐいと広げ、スワドが感想を零す。新たな刺激の予感にリューシャはびくりと大きく身体を震わせた。
「よしよし、可哀想にな。せめて私たちは優しくしてやるぞ。なぁ、ラウルフィカ」
「……」
 最初から返事を期待していない調子で言って、スワドは構わずリューシャの両足を抱え上げた。あられもない痴態を存分に眺めまわしてとうにそそり立っていたものを、充分に慣らした場所にあてがう。
 口では優しくするなどと白々しいことを言ったその直後、とろりと蜜で濡れた場所を深く貫いた。
「――ああああっ!!」
 リューシャの口から絞り出すような悲鳴が零れた。