Fastnacht 12

第2章 縁を結ぶ歌

12.螺旋の枷

045*

 ぴちゃぴちゃと猫が水を舐めるような音が響く。ラウルフィカが軽く広げた足の間に入り込み、リューシャはその欲望に懸命に奉仕していた。
「……っ」
 達する瞬間、ラウルフィカに軽く髪を掴まれる。汗の匂いが軽く漂い、水煙管の香りと相まって一層気だるげな空気を室内に広げた。
 呑みこみきれなかった白濁を顎から滴らせ、俯くリューシャの顎をスワドが掴む。ラウルフィカの放った精に汚されたリューシャの顔を満足そうに眺めやると、その白濁を自らの舌で舐めとる。
 この国の皇帝と、近隣国の王、異大陸から来た王子。身分ある三人の身体が絡み合い、相手を問わず混じり合う。
 またスワドの腕がリューシャの腰を掴むと、自らの肉棒の上に腰を下ろすように座らせた。自分の体重でより深く呑み込んだそれに奥を突かれ、白い背をのけ反らせたリューシャは今夜何度目かもわからぬ嬌声を上げる。
「は、ぁ、あああ……」
 元より男に慣れた身体だ。乱暴な扱いならばまだしも的確に良いところを突かれ、どこまでも高められる快感にリューシャはぽろりと涙を零す。
「ここまで悦んでもらえるとはな」
 リューシャの耳朶を軽く食みながら、スワドは下腹に響くような低い声で囁く。
「これまで余程酷い扱いをされてきたんだな。媚薬も使わずこの感度とは」
 奴隷の素質十分だな。
 冷たく言い放たれた言葉さえも刺激となり、リューシャは男のものを受け入れた腹の表面をびくびくと波打たせる。無防備な背中を抱きしめるように腕を伸ばしたラウルフィカの手に腫れた乳首を捏ねられ、それが合図となった。
「あああああっ!!」
 二人の男に比べれば可愛らしいほどのものから絶頂の証が迸る。自分とスワドの腹を汚して達したリューシャの力を抜けた身体を、同じく達したスワドの上からラウルフィカが退かす。
 ぐったりとして浅い息を吐くリューシャの首筋に浮いた汗をラウルフィカは舐めとる。そのまま指を今しがた肉棒を引き抜かれたばかりの穴に突っ込んだ。
「あ、やっ」
 何度も何度も注ぎ込まれた白濁をかきだそうと、ラウルフィカの指がリューシャの中で軽く曲げられる。繊細な刺激に感じ易くなっているリューシャの身体はまたびくびくと顕著な反応を示した。縋るものを探して細い腕が宙を掻く。
「正面から抱いてやった方がいいんじゃないか。自分でしがみつかせた方が安定するだろう」
 小休止とばかりに再び水煙管をふかすスワドの指摘に従い、ラウルフィカはリューシャの身体を抱き直す。ラウルフィカの同じ歳の頃に比べてずっと華奢な身体が、腕を回してしがみついてきた。
「ふ、うぁ、あ……!」
 膝立ちにしたリューシャの尻の間に指を入れ、中を隅々まで探って入り込んだ精を掻きだす。
 丹念な指使いは乱暴な突き上げとはまた別種の快楽をもたらす。とろとろと零れるものがなくなってもその刺激を欲して、リューシャの中はラウルフィカの指をきゅっと締め付ける。
 ラウルフィカがリューシャの顎を持ち上げ口付けで塞いだ。リューシャが気を遣った隙により深く指を埋め込み、最奥の突起をぐりりと刺激する。
「――っ!!」
 悲鳴を接吻で呑みこみ、ラウルフィカは触れあった腹の間で頼りないリューシャのものが硬度を取り戻すのを感じる。充分に追い詰めたところで、あえて絶頂に達する前に指を引き抜いた。
「あ……」
「どうした。物欲しそうな顔をして」
 背後からスワドが声をかける。リューシャは顔だけを向けて今更のような抗議をしようとした。
「違っ……!」
 だが、突然支えを失って均衡が崩れる。これまで体を支えていたラウルフィカが身を退いたのだ。
 膝立ちから咄嗟に腕をついたため四つん這いの姿勢となる。背後からスワドの腕がその腰を掴んだ。
「違わないだろう。お前はこれが欲しくて欲しくて仕方がないんだ」
「ああっ!」
 獣のような姿勢のまま男の剛直がこれまでに散々広げられた穴にねじ込まれていく。ラウルフィカの指によってぎりぎりまで期待だけさせられた直腸は待ち望んだ質量をきつく締め付けた。
「は、ふぁ、や、もう……動か、ないで」
「意地っ張りだな。お前の中はもうこんなに期待して私を締め付けているというのに」
「ひぁ!」
 スワドが軽く腰を揺するだけでリューシャの背筋に痺れが走る。
「あ、ああっ、あ……いや……」
「うるさい口は封じてしまおうか。ラウルフィカ」
 その呼びかけにようやくこれまで目の前で沈黙していたもう一人の存在を思い出したリューシャの口に、いきなりそそり立ったものが押し込まれる。
「んんっ!」
 小さな口を目一杯塞ぐ残酷な枷は、ラウルフィカの欲望そのものだ。前から後ろから、リューシャは男たちの欲望を受け止める。
「ははっ。いいぞ。一段と締まってきた。酷くされると感じるのか? ああ、これまでろくに扱われなかったからか。防衛本能で乱暴なやり方でも快楽を拾うようにされてしまったんだな」
 可哀想にと嘯きながら、リューシャの中を突き上げる腰使いには容赦というものがない。
 嫌悪、憎悪、異物感、熱、眩暈、悔しさ、怒り、それら全てを凌駕する快楽に、リューシャは声も出せずに喘ぐ。
「折角だ。一つ教えてやろう。リューシャ=アレスヴァルド王子」
 スワドの声が嘲笑うように愉しげに告げた。
「お前が私たちに感じた恐怖は、ここでは私たちの身分がお前より高いからだよ」
 肉をぶつける音に紛らせてなお余裕のある声が響く。
「これまでお前を犯した者たちの行為はお前が故国でどう憎まれようとも犯罪でしかなかった。お前に非はないからな。だが今は違う。ここではお前こそが国を追われた犯罪者で、私がその処遇を握っている」
 どくどくと熱い精を中に放ちながらの言葉にも、リューシャの返事はない。
「私はその気になればお前をどういう扱いにすることもできる。裸にして首輪をつけ市中を引き回すこともな」
「……陛下」
 まだ続きそうなスワドの言葉をラウルフィカが控えめに止めた。ぐったりと力の抜けた少年の体を抱えなおす。
 溺れそうな程の白濁塗れで解放された時、すでにリューシャは意識を失っていた。

 ◆◆◆◆◆

 さんざんに弄んだ小さな体を清めるために、ラウルフィカはリューシャを抱き上げて浴場に向かった。
 あの後、意識を失った相手はつまらないとスワドは中途半端に燻った熱の解放をラウルフィカに求めた。昨日と同じようにスワドの相手を務め上げ、ようやく皇帝の寝所を脱する。
 彼にとっては慣れた行為だ。だがリューシャには相当体に負担がかかったのだろう。
 ふと腕の中で身じろぎするのを感じて、ラウルフィカはそっと呼びかけた。
「……リューシャ?」
「……」
 零れ落ちそうな程に大きく印象的な青い瞳を開いたリューシャの視線は焦点が合っていない。
 痛々しい様子に胸が疼くが、この半分はラウルフィカ自身の仕業だ。かけられる言葉もなくただ彼を抱いたまま、貴人のために常に温かな湯が張られた浴室に足を踏み入れる。
本来ならこのような時間帯でも控えているはずの使用人も、今は全員下げさせていた。護衛の騎士が一人浴室の外にいるのみだ。
 まず簡単に自らの汚れを洗い流し、続いてリューシャの身体を洗ってやる。ここにくるまでに中に出された白濁は処理しておいたので、汚れを落とす方が主眼だ。
 温かい湯は体の疲労だけでなく、強張った精神も僅かながら解きほぐしてくれる。だがそれはラウルフィカだけだったのか、リューシャは変わらず虚ろな瞳のままだ。
「……髪を洗うぞ」
 国に帰れば一国の王であるラウルフィカ手ずから誰かの身体を洗うなど滅多にしない。スワドも単に面倒なだけかどうかは知らないが、ラウルフィカにそれはさせない。レネシャやカシムもそうだ。向こうがそうしたいと口にすることはあるが。
 ふわふわとした薄紅の綿雲のようなやわらかいリューシャの髪も、何度も顔にぶちまけられた精が絡みついて貼りついてしまっている。花と果実の香りのする香油を使い丁寧に汚れを洗い流して、再び指どおりが良くなるまで梳いた。
 上から下まで綺麗になったところで抱きかかえて浴槽に沈むが、それでもまだリューシャは無反応だった。きちんと身体が洗われた後も、透明な湯に透ける赤い痕が痛々しい。
「……リューシャ?」
 恐る恐る上げたラウルフィカの手から落ちた雫が水面に弾けて砕ける。パシャン、と魚の跳ねるような清々しい音が、静まり返った浴室でやけに大きく響いた。
 ラウルフィカは対面に座らせたリューシャの頬をそっと両手で包み込む。
 頼りなげな顎から首筋の輪郭に、まだあどけなさを残す少年らしさが見て取れる。人種の違いもあるだろうが、あまりに細い。同い年のはずのレネシャでさえもう少ししっかりした骨格をしているはずだ。
「――壊れてしまったのか?」
 あまりにも反応のないリューシャにそっと呼びかける。
 ラウルフィカは彼を見ていると、時々とても懐かしい気持ちに襲われる。
 過ぎ去りし日々への郷愁が甘く胸を締め付ける。
 今でこそスワドとレネシャの言いなりに堕落し爛れた日々を送るラウルフィカも、昔は自らが国を継ぐ王子であるという自信と誇り、そして希望でいっぱいだった。
 父王の後を継いで即位し、五人の男たちに裏切られ穢されたあの日まで――。
 これまで身近に接する年少者がスヴァルのように最初から夢も希望もない瞳をした者だけだったから気づかなかった。リューシャもシェイも、今のラウルフィカにとっては眩しすぎる。
 その輝き故に惹かれる気持ちもあれば、だからこそ地に引きずりおろして引き裂いてしまい気分にもなる。
「壊れてしまうなら、それでも、いい」
 そっと伸びをして滑らかな額に口付けた。
 憐れみと愛おしさが入り混じり、スワドのことは言えない邪な可愛がり方をしたくなる。
「この甘美な檻の中で、共に堕ちよう。どこまでも」
 次の瞬間、ラウルフィカは思い切り胸を突き飛ばされた。
「ッ! リューシャ!」
 虚ろだったリューシャの瞳にいつの間にか光が戻っている。派手な音を立てて湯の中に尻餅をついたラウルフィカを、澄み渡った青い瞳に炎のような怒りを携えて睨み付ける。
「そんな未来は……御免だ」
 喘ぎ続けて半ば掠れた声で、リューシャははっきりと言い放った。
「我は貴様とは違う! どれだけ運命に打ちのめされても必ず立ち上がって見せる! 一緒にするな!」
 みっともなく倒れ込んだままの姿勢で、ラウルフィカは気炎を吐くリューシャを呆然と見上げていた。
 バンッ、と外から浴室の扉が叩かれる。返事のないことを心配して、戸が全開に開け放たれた。
「陛下! 何があったんです?!」
「うるさいカシム! なんでもない!!」
 護衛の騎士が顔を出した途端、ラウルフィカは彼に乱暴に湯をかけて追い出す。主君とその客人の裸をはっきりと目にしてしまったカシムは、しどろもどろに詫びの言葉を呟きながら慌てて戸を閉じる。
「……あれもお前の敵の一人か」
 緋の大陸で出会った時からラウルフィカの傍にいた茶髪の騎士の姿に、リューシャが半ば独りごちるように呟いた。
 スワドやレネシャと違い、護衛騎士のカシムは表向きラウルフィカに心の底から忠誠を誓う真の騎士だ。だが彼は三年前、主君を裏切り二人と共謀してラウルフィカを凌辱した。それ以来ラウルフィカはカシムを常に傍には置いているものの、信用していない。
 否……本当は最初から、ラウルフィカは彼のことも、誰も、信用などしていなかったのだ。カシムに近づいたのは、同じ軍人である一人の男をその地位から追い落とすに彼の存在が都合良かったからだ。
 レネシャとスワドと知らぬ間に手を組んでラウルフィカは裏切ったカシムは、それが苦しかったのだと告白した。どんなに真摯に仕えても、ラウルフィカは彼を信用しない。一番大事なところでカシムの力を必要とはしてくれないと――。
 好意は翻ると容易く憎悪へと変わる。ラウルフィカ自身の想いもそうだったように。
 バシャン、とまた派手な水音がした。ハッと顔を上げるとリューシャが湯の中に手を突いて座り込んでいる。
「無茶をするな。身体が辛いのだろう?」
「うるさい! 触るな! 貴様だってあの皇帝と一緒だ!」
「……今日はもうしないよ」
 暴れるリューシャを無理矢理抑え込んで抱きかかえてしまう。普段より弱っているためただでさえ無駄な抵抗が一層あえかだ。
 それなのに、彼は自らを害する者に対する抵抗の念とまっすぐな怒りを失わないのだ。
 虫の足をちぎる子どものように残酷な気持ちが沸きあがり、ラウルフィカはリューシャに怯えられるのを承知でその首筋に再び痕を残すように吸い付く。
「っ……!」
 触れた歯に、舌に、唇にその生の脆さを感じる。ああ、なんて細くて柔らかい、簡単に食いちぎれそうな首。
「あまり調子に乗らない方がいい。リューシャ王子。今お前の生殺与奪を握っているのは私たち。その気になればいつでも首を落とすことも、公衆の面前で辱めることもできる」
「なっ……!」
 憤慨するリューシャの唇を強引に吸う。長い長い口付けでリューシャは最後の体力を使い果たしたらしく、もう抵抗する気力もない様子でぐったりとラウルフィカの腕に収まる。
「――……逃がしはしない」
 歪んだ執着の込められた言葉に、リューシャの背筋が得体の知れない恐れでぞくりと震える。
「服を着たら部屋に送ってやる。大人しくしていろ」
 子どもに言い聞かせるように言って、今度は額に軽く口付ける。
 その夜は完全にラウルフィカから解放されるまで、リューシャの微かな震えが治まることはなかった。