054*
釦が弾け飛ぶ。絹のシャツは一瞬にしてただの布きれと化した。
三日間寝込んでようやく歩ける程度にまで回復したばかりの身体を、ラウルフィカは容赦なく組み敷く。
皇帝と二人がかりでリューシャを犯した際は局部だけを露出するような形でズボンを切り刻んだ。しかし今回は長靴もズボンも全てを脱がせて、風呂に入れた時のような一糸まとわぬ姿にしてしまう。
「や、やめろ!」
呆然としていたリューシャはようやく我に帰り、上擦った声で叫ぶ。しかしラウルフィカの手にはまったく躊躇いがなく、リューシャの胸をくすぐるように触れる。
「好きなだけ叫べ。ここは防音だ」
「嫌だやめろ放せ……!」
耳朶を噛まれて耳元で囁かれ、リューシャは背筋にぞくぞくと悪寒が走るのを感じた。
怖い。三日前に熱を出した原因、浴室でのラウルフィカに感じた恐怖と同じものを感じる。
そして今の彼は、あの時よりも更に深い狂気に落ちている。完全に狂ってしまった狂人ではなく、理性を残したまま人としての箍を外してしまう性質の悪い狂気に。
腕力では到底かなわないリューシャは、せめて言葉だけでもとラウルフィカに抵抗する。
「ハッ! 貴様も趣味が悪いな! 大陸中の美女を寝室に並べられる立場でありながらわざわざ責める穴の一つしかない男色に走るとは」
リューシャの身分を考えれば少々下品なほどのはっきりとした嘲笑を浴びせるが、返ってきたラウルフィカの言葉に反対に凍りつく。
「なんだ。やはりいくら擦れた振りをしようとも純真な箱入り王子様の発想だな。男に穴が一つしかないとはよく言ったものだ」
「――は?」
リューシャの身体を寝台に固定していた手錠を調節し、ラウルフィカは一度寝台を離れた。壁際の硝子戸を開け、中に並んだ薬瓶といくつかの器具を持ち出す。
薄暗い印象の部屋で場違いに真っ白な敷布の上にそれらの道具をぶちまけて、幾つか手に取り吟味した上で淡い水色の液体と細い棒を選び取った。
「こんなものか」
リューシャの下腹部をちらちらと何か確認しながら呟かれた言葉に得体の知れない恐怖が募る。
そのままラウルフィカはリューシャを背後から抱きかかえる。てっきりすぐに後ろの蕾をすぐに犯されると思っていたリューシャは、訳の分からない行動にますます嫌な予感を覚えた。
これまでアレスヴァルドで王宮の警備の隙をついてリューシャを犯したような貴族の子弟は、人目を盗むために常に手ぶらだった。このような道具を使われたことはない。ウルリークだって彼自身の手管が巧みであるものの、道具に頼るようなことはなかった。
だから一体ラウルフィカが何をしようとしているのかがわからない。わからないことは恐怖に繋がる。
「そう怯えなくてもいい」
ラウルフィカは水色のとろりとした粘性の液体を手に取ると、それをリューシャの身体のあちこちに塗りつけはじめた。乳首に、臍に、後ろの蕾に。軽く塗りつけるだけで、リューシャが予感したように乱暴な扱いはしない。
「何、を……――?!」
リューシャが怪訝に思ううちに、劇的な変化が現れた。
身体が火照る。薬を塗りつけられた部分がカッと熱を持ちびりびりと痺れていく。口の中に自然と唾液が溢れてきて、強すぎる快感を抑えつけるので精一杯になる。
「あっ、な、なんっ……こ、れは」
「ヴェティエル商会の媚薬の最新作だ。皇帝陛下が喜んでレネシャから買っていた。効果は保証するぞ」
くすくすと笑いながら、ラウルフィカはすでにぷっくりと熟れたリューシャの胸飾りを指で軽く抓んだ。
「ああああああッ!」
それだけで脳天に突き抜けるような刺激が走り、リューシャは思わず身も世もなく叫んでいた。我に帰り今更口元を手で押さえるがもう遅い。
「大丈夫だ。防音だと言っただろう」
優しく優しくラウルフィカが笑い、その笑顔のままでまたも容赦なく同じ場所を捻った。
「ヒァアアア!!」
乱暴なくらいの力を込められた場所が痺れる。それなのに感覚は麻痺するのではなく、逆に痛いくらいに敏感だ。そして口にするのも躊躇われることに、その痛いのが快感として変換されるのだ。
「可愛いよ、リューシャ。とても初心な反応だな」
背後から汗の浮かんだうなじを舐めながらラウルフィカが言う。
「良く効くだろう。刺されて流血しても骨を折られても何をされても快楽に変換するような代物だそうだ。さすがに私もそこまでされたことはないが」
鞭や蝋燭ぐらいなら痛みを感じずにただひたすら快感として受け取ることができるという。
「ひ、あ……な、で、こんな……」
「なんで? 言っただろう。私と同じ目に遭ってもらうと。お前も――壊れてしまえばいい。お楽しみはこれからだ」
とぷとぷと、余分な液が零れるのも構わずにラウルフィカは先程の媚薬を細い棒に伝わせる。ぽたぽたと落ちた雫は狙ったようにリューシャの下腹に落ち、その刺激にびくびくと身体が反応する。
「なぁ、リューシャ。さっきの薬、胸であれだけ反応するなら、性器に使ったらどうなると思う?」
「なっ――」
胸以外にも薬を塗られた場所が先程から疼いて仕方ない。まだ前戯と言えるほどのこともろくにしていないでこの調子なのに、そんなことをされたら――。
「や、やめ……」
ラウルフィカの綺麗な手がリューシャのそれを握る。すでに媚薬の効果で芯を持ち始めていたものは、軽く擦りあげるだけで若々しく反り返った。
「男には穴が一つしかないなどと言っていたな」
後ろから抱きこむようにして片手でリューシャのものを弄るラウルフィカの、もう一方の手には先程の細い棒がある。
「こちらで得られる快楽は初めてだろう」
あろうことか、ラウルフィカはその棒をリューシャのそそり立った欲望の先端に押し当て、排尿のための小さな穴から挿入し始めた。
「ひぃっ! や、やめ、いやぁあああ!」
未知の刺激は狂気の沙汰だと、リューシャが裏返った悲鳴をあげる。逃げようとした身体はラウルフィカの手でこれまでになくしっかりと固定された。
更に脅しを込めて忠告される。
「動くなよ? 後ろより繊細な場所だからな。下手に動くと突き刺さるぞ。間違って出血する奴も多いんだ」
「いたっ、痛い! い、あ……」
「すぐに薬が効いて良くなってくる」
「ひぅ……!」
ラウルフィカの言葉通り、じんじんと傷が熱を持って痺れる痛みにも似た快楽が、本来物を出し入れするような場所ではない細い管から広がってきた。
「ん、ぅう」
「声に艶が出て来たぞ。効いてきたようだな」
「あ……あ、いや、だ……!」
あまりにもおぞましい、未知の快楽。男同士どころか性行為そのものにすら漠然とした印象しか持っていなかった幼い頃、無理矢理身体を開かれたことを思い出す。あの時と同じくらいの衝撃。
「いや、いや、やめ……ふぁあああっ!」
後ろからリューシャを抱きしめたラウルフィカが、ゆっくりと棒を奥へ奥へ押し進める。繊細な場所を傷つけない巧みな手つきで、まるで拷問のような快感を与え続ける。
「初めての時はそれなりに痛みがあるはずなんだが、さすがヴェティエル商会の薬だな」
じゅぷじゅぷと濡れた音をさせて棒を行き来させる。後ろへの挿入時と変わらぬ衝撃に、リューシャが涙を浮かべながらも、媚薬の威力に逆らえず喘ぎ続ける。
「気持ちいいだろう? 慣れると癖になる者も大勢いる。私は男の気持ち良いところなら何だって知っている。安心してよがるといい」
後ろと違い通常はものが入る大きさではないそこを犯される感覚はこれまでリューシャが経験したことのないものだ。
実際、それは信じられない程の快楽だった。本来感じるはずの苦痛が全て快楽に変換されているだけではなく、行為そのものの刺激も大きい。
「あ、ああっ、はっ、ん……もう、やめっ」
哀願の声を小鳥の囀りのように聞き流し、ラウルフィカが一際深い場所を突く。
「ぁああああああ――ッ!!」
瞬時に引きずり出されたその刺激で達する。いつもと感覚が違い、自分で自分の反応が制御できない。
全身に汗をかいてぐったりと背を預けてきたリューシャを、ラウルフィカは今度は仰向けに寝かせる。
寝台の手錠をまた調節し直して、両腕を頭の上で一つにさせた。さらには足を閉じることができないよう両足も固定する。
前も後ろも局部をよく見えるようさらけ出された格好に、リューシャが羞恥で頬を染める。
「こちらもそろそろ物寂しいだろう?」
「あっ!」
媚薬を塗られて以降触れられることのなかった後ろの蕾に、ラウルフィカが指を差し入れる。待ち望んでいた刺激に、一度脱力した前の方までみるみる威勢を取り戻した。
「ん、んんっ、んぁ――」
「もっと喘げ。我慢する必要などない。ほら、前もこんなにとろとろにして。欲しくて欲しくて仕方ないんだろう。素直にならねば、お前の望みのものはくれてやらないぞ?」
笑いながらラウルフィカが服従と懇願を促す。だが今まで快楽に溶けたようになっていたリューシャが、その一言で最後の意地を取り戻した。
「誰が、貴様、などに……!」
「ほう。まだそんな強がりを言うか。ならば仕方ないな」
「あんっ!」
中をかき回していた指が乱暴に引き抜かれる。思わず飛び出た少女のような声にリューシャ自身も驚き、目を逸らす。
ラウルフィカが動きを止めると、室内はリューシャのひっきりなしに熱い息を吐く音だけになった。
しばらくこうして大人しくして呼吸を治める。精神を統一して、何も感じないようにして――。
しかしリューシャの思惑はまったく上手くいかなかった。身体を火照らせる嫌な熱がいつまで経っても引かない。
それどころか中途半端なところで止められた中が疼いて仕方ない。
「あ……んぁ……」
「物足りないのだろう? 欲望を抑えきれないはずだ。これまで私の指で可愛がられていた部分が物欲しそうにしているぞ」
淡く色づきひくつく部分を、ラウルフィカが指で突く。
「んんっ!」
ぎゅっと目を瞑って刺激に耐える。熱を放つ前に放り出された場所は今も精神を犯す勢いで疼き続けた。
自分で何とかしようにもリューシャの手足は拘束されていてどうにもならない。そうして肉欲に翻弄されるリューシャを、ラウルフィカが面白い見世物のようにじっと見物しているのだ。
「さぁ、どうする? イかせてほしいか? 素直になれば優しくしてやるぞ」
ラウルフィカはリューシャの上にのしかかるように顔の脇に腕をつき、真正面からその瞳を覗き込む。
「さぁ、言え。私のものになると。私に犯してほしいと。従順な奴隷になるなら、人形としていつまでも可愛がってやる」
でなければずっとこのままだ。心無い誘惑を囁いて、ラウルフィカはリューシャの返答を待つ。
「い……や、だ……」
「――なんだって?」
「嫌だと、言っている!」
生殺し状態で気が狂いそうになる。それでもリューシャは矜持を捨てなかった。
「見くびるなよ! 貴様に懇願などするくらいなら、一生このままで構わない!」
この期に及んでまだ強がりを言い続けるリューシャに、ラウルフィカが冷めた目をする。
ああ、これはラウルフィカなりの心の守り方なのだなとリューシャはようやく気付いた。
彼はこういった目をする時の方が激情を隠したり発揮していることが多い。冷めた眼差しは心を凍らせて自分を傷つけないための手段なのだ。何も感じていないわけではない。
けれどラウルフィカにはラウルフィカの譲れないものがあるように、リューシャにだって譲れないものはある。
「――なら、強制的に奴隷に落とすまでだ。男のものを欲しがるしか能のない肉人形にな」
ラウルフィカが再びリューシャの身体に手をかけた。
その手が再び無機物を手にしているのを見て、リューシャの顔が引きつる。
「ま、さか。それを……」
「ああ。楽しみだろう。お前が今まで経験したこともないだろう大きさだからな」
鉄でできた張型にラウルフィカがこれみよがしに舌を這わせて見せる。美しいその顔がおぞましい肉塊を模した巨大な玩具をねぶる様はただただ卑猥だ。
それがこの先自分の中に埋め込まれることを考えなければ、だが。
「じょ、冗談じゃ――」
「大丈夫だ。これくらいの大きさなら人間にだって充分いるだろう。腹の中を満たす圧迫感が強くて楽しいぞ。最終的には馬並みの大きさまで挿入るようになろうな」
青褪めるリューシャの頬を慈愛深い表情で撫でると、ラウルフィカはそれを一気にリューシャの中へと突きこんだ。
「ひ、ぎぁ――ッ!!」
腹を破るかのような衝撃に、リューシャは声も出ない。限界まで目を見開き、途切れた叫びの後はぱくぱくと空気を求める魚のように苦しみ喘ぐばかりだ。
「か、は……!」
「さすがに男慣れしているだけあって多少慣らせばこれも入るか。肉体の調教だけは早そうだな」
「ヒァアアアアアアッ!!」
突き入れた張型をぐりぐりと押し込む。桁外れに大きなそれで的確に前立腺を刺激する行為にリューシャはたまらず悲鳴を上げた。
「苦しいのは今だけだ。次第にこれがたまらなくなる。そうして自分から跪いて足を舐め、みっともなくねだるようになる」
犬のように這いつくばるリューシャの姿を想像し、ラウルフィカは何色の首輪が似合うだろうかと考え始めた。みだらな妄想の外では現実のリューシャに、苦痛と入り混じった快楽を与えながら。
張型を抽挿する間、もはや甲高い喘ぎを上げるだけの人形となったリューシャに囁く。
「さぁ。存分に狂うがいい」