第3章 折れぬ翼
15.折れぬ矜持
057*
時間の感覚がない。食事は与えられるが不規則で、窓もない部屋の中では全てが曖昧だ。
「ん……ぐっ」
せめてこのまとわりつく不快感を何とかしたいと、呻きの一つも発してみようかと口を動かすのも無駄に終わった。
正面の扉が開く。この部屋のある区画は人通りが極端に少ない。だから中のものが扉を開けた瞬間に背後を通りがかった人間に見られるようなことも滅多にない。
その光景を見るのは、意志を持って部屋の中に入ってくる人間のみだ。
だからラウルフィカがその扉を開けた瞬間、リューシャは彼の手によって真正面に向けられ散々に嬲られ弄られた局部を晒すことになる。
「ん、んんっ、ん!」
猿轡の下で叫ぶも言葉にならない。ただ猿轡を結ばれただけではなく、口の中に大きな硝子玉を嵌められて声を出せないようにされているから尚更だ。硝子玉は口を閉じないようにする役目もあるが、両端から紐を通して間違って呑みこむことはないように設計されている。
噛みしめることのできない口の端からだらだらと涎を零し、様々な異物が挿入された各所の無慈悲な快楽にただひたすら耐える。それがここ数日リューシャに与えられたものだった。
「まだ正気があるか」
玩具に相応しい恰好を強制されながらも、リューシャの心はなかなか折れない。半ば感心した様子と共に、ラウルフィカは虜囚の猿轡と硝子玉を外してやる。
「かはっ……!」
口元が解放された途端にリューシャがむせ込み、涙が頬を伝った。口を閉じずに拘束されているのはそれだけで負担が大きい。
びくびくと震え、汗の浮いた白い肌をラウルフィカがそっと撫でる。
「んぅ!」
「まだ薬は効いているようだな」
「や、め……――っ」
「ああ、イったか。見事に射精せずに達するようになったな」
手錠に、枷につけられた鎖が許す範囲でリューシャは背をのけ反らせて、行き場のない快感に抵抗した。
今のリューシャの格好は、ラウルフィカが仕込んだものだ。
首には獣を繋ぐような首輪を嵌め、先程外したが猿轡までされていた。
胸飾りを更に飾るように淡い色の乳首には金属の輪を嵌め、悪趣味な装飾を施す。
手錠や足枷は何重にも嵌められていて、その材質やデザインは様々だ。これらは実際に動きを拘束するものもあれば、単に自身が虜囚だとリューシャに心理的な圧迫を加えるためだけにつけられているものもある。
そして局部――前には細い金属の棒が、後ろには極太の張型が、罪人の手を縫い付ける杭のように深く埋め込まれていた。
ラウルフィカはそれらの仕掛けを施すと、更に細い筆を使って先日と同じく媚薬を身体のあちこちに塗りつけた。
リューシャは媚薬の威力によりほんの僅か触れられるだけで感じるような身体になる。しかも猿轡をされているので、呼吸が苦しい。
そこで僅かでも楽になろうと身じろぎすると、前と後ろに深々と埋め込まれたものが擦れて恐ろしい程の快感がリューシャを襲う。
それによってもともと苦しい呼吸が更に苦しくなり、体が勝手に震え、また快感が襲い、と――。終わりのない責苦が延々と続くのだ。
とは言っても何日もずっとこのままではさすがにリューシャも死んでしまう。食事や排泄の必要もあり、ラウルフィカは仕事の合間にちょくちょく様子を見に来ていた。
否――様子を見ると言うよりも、この部屋に顔を出しては新たな責苦を加えていたと言う方が正しい。
「どうだ? 前言を変える気になったか?」
寝台の横に腰かけて、ラウルフィカが問いかける。
彼は待っているのだ。リューシャが快楽という苦痛に負けて自ら堕ちてくるのを。
そのためには、極力通常の痛みやいかにも暴力的な刺し傷などはつけない。全て行為の一環と言われる程度の快楽に収める。
そうして、リューシャの方から狂おしい快楽に負けて自ら這いつくばり犯して欲しいと言いだすのを待っている。
「馬鹿な、ことを」
「そうか。まだこのままがいいのか。それとも、ずっとこうされていたいのか? 虐げられるのが趣味ならばそう言ってくれ」
「貴様と一緒にするな」
強がりを口にするものの、リューシャの状態はそろそろまずい。もともと病み上がりだったところにこの責苦が続いて、じわじわと消耗していっている。
だからと言って、ラウルフィカの言いなりの奴隷に堕ちる気はない。
「無理をするな。こちらはもうはちきれんばかりだぞ」
「ぁあああああ!!」
ラウルフィカがいきなりリューシャの前を掴んだ。そして中央に突き刺さっていた金属棒を一気に引き抜く。
びしゃびしゃとこれまで昂ぶるだけ高められて堰き止められていた雫が溢れだす。ようやく解放を許された液体は勢いがなく、粗相をするかのようにだらしなく零れた。
「は、あ、ああ……」
拷問具の一つが抜き去られたことで僅かばかりだが身体が安堵を覚えた。しかしそれすらも、ラウルフィカの新たな責苦の一つでしかない。
「後ろはともかくさすがにこちらはな。刺さったままだと危なさそうだ。……ん、おや、リューシャ」
ようやく精の放出を許されたばかりの穴をじっとりと丹念に見つめたラウルフィカが、ふいに唇を歪めた笑顔になる。
「お前のここ……もう私の指くらいは大丈夫なようだな」
「え? あ、ぅあああああ!」
ちゅぷり、と音を立ててラウルフィカの白い指がリューシャの尿道に潜り込んだ。完全な不意打ちと金属棒が埋められているだけの圧迫感とは違う挿入の刺激にリューシャはたまらず叫びを上げる。
「や、いやぁああああ!!」
何日も何日も段々と太くなっていく棒で拡張されたその場所は大人の男の指さえも受け入れる、醜く淫らな穴へと変貌を遂げていた。
ラウルフィカの指の動きに、初めてこの場所に異物を挿入されたときともまた違う焼け付くような快感を覚える。
「は、ふぅ……! くっ……!」
「我慢をするな。いいんだぞ。イって」
「ああああああ!」
先程の勢いのない放出とは違い、ラウルフィカが一際強く指を押し込んで引き抜いた後から白濁液が弾け飛ぶ。
「あ、あああ、ああああ……」
後ろだけでなく前でさえも抽挿されたことによって、リューシャは酷く動揺した。体中どこもかしこも男によって弄られ男を満足させる性奴隷という言葉の恐怖が身に差し迫ってくる。呆然とした瞳がぼろぼろと涙を零した。
「さて。前はこんなものかな。穴が塞がらないように後でちゃんと栓をしておかないと」
仕事の手が空いてはこの部屋にやってきてリューシャの調教に余念がないラウルフィカは、まだまだ責苦を緩める気はない。
定期的に食事を口に運ぶどころか、その後は赤子のように抱えて排尿でさえも彼の指示通りにさせる。
ラウルフィカはリューシャの身体を四つん這いにさせると、白い尻の谷間を割るように深く埋め込まれた張型に目を落とした。
ただ異物を埋め込むだけではリューシャは滅多に動揺を見せない。最初の時こそこの大きさに驚き苦悶に身をよじったものの、一度そういうものだと受け入れてしまえばすぐに慣れるようだ。それではつまらない。
「ふむ……」
白い桃のように滑らかだが肉付きの薄い尻を、ラウルフィカは軽く掌で叩く。
「ふぁ?!」
突然のことに驚いたリューシャが奇声を上げる。
「あ、んっ、何、を……」
悪戯をした子どもへの仕置きのように、ばしばしとラウルフィカがリューシャの尻を叩く。始めは驚き、次に屈辱を覚えたリューシャだったが、段々と変な気分になってきた。
「あ、ふ……」
「どうした、リューシャ。私の手で叩かれるのが、そんなに気持ちいいのか?」
「ち、ちがう! 中、抉れて……だからだ!」
リューシャの蕾には今も極太の張型が埋め込まれたままだ。それが振動で揺れる度中を抉るので、それだけだとリューシャは言い張る。
「そうか。ではこれも抜いてやろう」
「え?」
ラウルフィカはあっさりと張型を抜き取った。できるだけ刺激を与えることもなく、普通に抜き取る。
いきなり風通しの良くなった尻に、リューシャは咄嗟に物足りなさを感じ、それを見せないように表情を歪めた。
普通の男のものとは比べ物にならない、しかもいくら締め付けられてもびくともしない金属の張型を埋め込まれていた場所は前と同じくぽっかりと穴が広がっている。
「これでもう、打擲に感じることはないな」
「あ、当たり前だ」
「そうか……では!」
ラウルフィカは再び手を振り上げた。間違って張型を叩き奥を傷つける心配がないためか、先程より容赦のない一撃だ。
「きゃうっ!」
「どうした? 可愛い声を出して。叩かれて感じたりはしないのではなかったか?」
ばしりと乾いた音を立てて、赤くなった尻に更に手形が刻まれる。ひりひりと熱を持ち痺れるその場所に、リューシャは妙な快感を覚え始めた。
「だ、誰が」
「そうか。ではもっと叩いても問題ないな?」
「ッあ!」
しばらくは肉を打ち続ける音が響く。リューシャの双丘が見事に腫れあがった頃にラウルフィカが言う。
「どうだ。意外と楽しいものだろう?」
「だか、ら……貴様と一緒にするな!」
「本当に?」
ラウルフィカはそっとリューシャの広がりきった穴に片手の指を三本差し込む。そしてその状態のまま、もう片手を振り上げて尻を叩いた。
「ああッ!」
「おや、今叩いた瞬間、お前の穴ははっきりと私の指を締め付けて来たぞ?」
くすくすと意地悪げに笑ってラウルフィカがまたも尻朶を打つ。中に入れた指は動かしていないのに、腸壁がきゅっと指を締め付けた。
「あ、そ、そんな」
「恥じることはない。よくある行為の一環だ。お前は虐められれば虐められるほど気持ち良くなれる奴隷体質なんだよ」
だから、と。そろそろ限界まで赤く染まりきった尻を見下ろしてラウルフィカは最後に一際強く叩いた。
「私のものになると誓え。そうすればいつまでもこうやって愛してやる」
「ふあああっ!」
リューシャの身体がびくんと跳ね上がった。達するまでには至らないものの、精を吐きだしたばかりのものがそそり立ってとろとろと濡れ始めている。
その状態でも、涙でどろどろの顔で首だけ背後を振り返りリューシャは言い放った。
「御免だな。我は貴様の奴隷になどならない!」
ラウルフィカが片眉を上げる。
「そうか。なら仕方ないな。再び気が変わるまでこの部屋にいてもらおう」
彼は再びリューシャに拘束具と凌辱具を嵌め直すと、体液に濡れた自らの服を着替えて部屋の外へ出て行った。