059*
目隠しを外し、口枷を外す。
視界が露わになった瞬間、その青い瞳はラウルフィカを睨み付けてきた。
「……案外強情なものだな」
今もリューシャの身体のあちこちには拘束具と凌辱具が取り付けられて終わることのない快楽と言う名の苦痛を与えている。目元は赤く潤み、局部は腫れあがり、鎖骨や胸元、内股や臀部には爪痕や噛み痕が無数に残っている。
それでもリューシャは、決してその状況に屈しない。
気が狂いそうな凌辱を繰り返されて心身共に限界であっても、決して負けを認めることはなかった。
「やはり被虐趣味なのか? 調教されるのが気持ち良くて、やめてほしくないのか?」
「は……誰が」
憔悴した顔で笑う表情にはどこか凄味がある。
ラウルフィカは焦燥を覚えた。
どうして。どうして。
こんなはずではなかったのだ。もっと早くにリューシャが屈服する姿が見れると。矜持が無駄に高いのは知っていたが、それでもここまで意地を張り続けるなどとは思っていなかったのだ。
これでは本当に――殺してしまう。
リューシャが屈する場面が想像できない。狂気に陥って自我が崩壊する有様も。それをさせるには、それこそ指を一本ずつ斬りおとすなど拷問処刑紛いのやり口を行う必要があるのではないかと。
そうしたらリューシャはラウルフィカを嘲笑うだろう。結局暴力で言うことを聞かせるだけだと。それはラウルフィカの人生とは重ならない。
焦りが募る。最初に思い描いた反応を上手く得られなかったことから、少しずつ現実と目的が――手段がずれていく。目的を達するための手段がどんどん過激化していけばそれはいずれ現実を破壊する。それは――駄目だ。
だが頭の奥のどこか冷めた冷静な思考とは裏腹に、ラウルフィカ自身の行動はもはや定められた形式に従うのみで、今更自らの考えを変えてこの状況の清算を望もうとは思わない。
責苦が過激になる? ならどこまでも過激にすればいい?
そうして壊れてしまえばいい。
お前も――私も。
「ひっ!」
「だんだんまずい色になってきたな」
いくら何日かに一度は拘束具を外すとは言え、前と後ろの両方に埋め込まれた拡張道具は体に相当な負担をかけている。
媚薬を定期的に与えて痛覚を麻痺させても、組織にかかる負担は軽減されない。
紫色に変色し腫れあがったそれから棒を引き抜く。後ろからも馬並みの張型をゆっくり引き抜いた。
「あ……ふぁ……」
「良かっただろう? この大きさ。引き抜かれると物足りないんじゃないか?」
「そんなこと、ない……」
ぎりぎりと唇を噛みしめながらリューシャが答える。
「前も良好だが、後ろもいい感じに広がったぞ。ほら、なんでも入りそうだ」
後ろの穴に一本、また一本と突き入れる指の数を増やす。四本挿れてもまだラウルフィカが腕を押し込むのを止めないそのじわじわとした動きに、リューシャは恐々と尋ねた。
「な、何をし――ひぎぃ!!」
リューシャの目がひっくり返る。
ラウルフィカの腕が拳まで見事にリューシャの穴の中に呑みこまれた。
「あ、あ、やっ、死ぬ……っ!」
「死なないさ。ちょっと腕を突っ込んだくらいで」
そう言ってラウルフィカは更に腕を突きこむ。断続的な悲鳴を上げがくがくと痙攣するリューシャの身体の中で、腸壁を指先でまさぐった。
「ん、んんっ、んぅ、う……!」
恐るべきは媚薬の効果か、拡張の成果か、拳一つ呑みこんでさえリューシャの身体はその刺激に順応し始めた。腹の中をいっぱいにされた苦痛に艶が交じりはじめ、ラウルフィカがからかいながら腕を中で捻る。
「ぁあああ!」
「すごいな。さすがにここまで入る奴はなかなかいないぞ」
ラウルフィカは笑う。その笑みにはすでに狂気が交じっている。目の前の事象の意味などもはやどうでもよく、非日常的で淫猥な光景を快楽に変換する。
「気持ちいいだろう? 私の腕で中をいっぱいにして、内臓をまさぐられて、それでも気持ちいいんだろう?」
「あ、ぐっ……ああああああ!」
リューシャは苦痛寄りの快楽という新たな苦悶に身をよじっていた。痛みか快感か、どちらかならば諦めて一時的に受け入れることもできるのに、腹を圧迫する質量がそれをさせてくれない。
「あ、ふぅ、う、ううっ」
「呼吸が整ってきたな。そろそろ動かしても大丈夫そうだ」
「や、め……あ、ぐぅううう!」
色のついた悲鳴を楽しむかのように、ラウルフィカは中を傷つけないよう慎重に腕を動かした。いくら拡張されているとはいえ限界以上の大きさに広げられた場所が、本来到底入るはずもない人の腕の質量に軋みを上げていた。
「目を開けて自分が今どんな格好か確認してみたらどうだ? 凄いぞ。華奢な人形のようなお前のここから私の腕が生えている光景と言うのは」
「い、やぁ……」
生理的な涙がぼろぼろと零れて頬を伝う。リューシャの弱々しい姿はますます嗜虐心を煽った。
「ああ……私も興奮してきたな」
腕を使って散々リューシャを鳴かせた後、ようやくラウルフィカは自身の服の前を寛げた。これまで着衣にも自分の身体にも一切触れていないのに、それはすでに半ば勃ち上がっている。
これ以上なく広げられ、どろどろに濡れたリューシャの穴にそれを突き入れる。
「ん……やはり腕の後では少々緩い、か?」
「あ、な、こと……する、から……っ」
「そうでもないさ。お前がもっと中を締めてくれればいい」
「ヒギィ!!」
ラウルフィカがリューシャの尻を爪を立てながらきつく抓む。痕が残る程に、きつく。
痛みに反応した尻朶が内部を締め上げる。
そのまますぐに抽挿が始まると身構えたリューシャの思惑は外れ、ラウルフィカはすぐには動かない。
「なぁ、リューシャ。これでわかっただろう? そろそろ負けを認めろ。お前の強がりは間違いだったと、これ以上意地を張っても何もいいことはないと、観念して私の下に降れ」
ラウルフィカが軽く身体を揺するだけで、突き上げられる刺激にリューシャは甘く喘ぐ。体力的にもすでに限界で、それはリューシャ自身もよくわかっている。
けれど――。
「いや、だ」
世界が止まる。
「我は決して、お前などに屈しない」
リューシャはラウルフィカを睨み付ける。果てのない空と同じ、青い青い眼差し。決して手の届かないその色で。
「あの時、お前に言った言葉を訂正するつもりもない」
今まさにリューシャを組み敷き、その中を犯しているラウルフィカに対し、どれ程穢されても何一つ変わらない魂で告げた。
「ラウルフィカ、お前は今も“銀の月”を望み、すれ違う現実を呪い、他者を羨ましがっているだけだ!」
「黙れ!!」
咄嗟にラウルフィカの腕が伸びた。リューシャがそれを意識する間にはすでにその両手が細い喉首を締め上げていた。
「がっ……!」
先程の圧迫感とはまるで違う直接的な苦しみ、窒息の危機にリューシャの脳裏を死と言う言葉が過ぎる。
「こちらが大人しく聞いていれば、勝手なことを……! 何故お前に、そんなことがわかる……!」
「かはっ……!」
びくん、とリューシャの身体が痙攣する。舌を出して喘ぐ瀕死の泣き顔にもラウルフィカはその手を緩めもしない。
華奢な下腹に埋まった肉欲は窒息による内壁の締め付けを感じる。首を締めながら中を勢いよく抉る。しかし肉体の快楽はその怒りを少しも減じなかった。
「言え! 先の発言は撤回すると! お前の言葉など何の意味もない! 総て戯言、お前の信じるものは紛い物だと!」
こんな時であってさえ崩れぬ端麗な美貌の持ち主は、鬼気迫る表情でリューシャの首をぎりぎりと締め付けながら返答を迫った。
リューシャの視界は黒と赤に明滅し、首はもはや折れそうに痛む。
頭の中で誰かが囁いた。
このままでは死んでしまうから、“力”を使えと。
リューシャはその誘惑を跳ね除ける。そして自らの意志で、力を振り絞って自らの肉体を動かす。
「さぁ言え! でなければこのまま死ぬか?!」
度重なる拷問に悲鳴を上げる体の痛みを無視して、のしかかるラウルフィカを渾身の力で突き飛ばした。
「嫌だ!」
この状態で何故すぐに声が出せたのか不思議でならない。
案の定リューシャはすぐに身体を丸めながらむせ込んでしまう。涙が止まらない。
だが精神的な衝撃は殺されかかったリューシャではなく、殺しかけたラウルフィカの方が大きいようだ。
彼は突き飛ばされたその体勢のまま、青玉の瞳を見開いて呆然としている。
「何故……」
壊れた人形のような眼差しからオアシスの滴を思わせる涙が零れた。
「どうしてお前はそう揺らがずにいられる? 穢れずに立ち続けることができるんだ?」
ラウルフィカにはできなかった。凌辱と脅迫に苛まれ、容易く狂った。
一度は死のうとした。けれど“銀の月”がそれを許さなかった。――彼を、誰よりも、憎んだ。
その鬱屈がもたらす狂気に歪められた。そうしなければ生きていけない。
「我は……」
掠れた声でリューシャは口を開こうとした。しかし。
「おやおや。随分楽しそうなことをしているじゃないか?」
部屋の入口、スワドが面白いものを見つけたという顔つきで佇んでいた。