Fastnacht 27

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 翌日。リューシャたちはまず街中で聞き込み調査をすることを決めた。
「では、俺とリューシャさん、ラーラさんが三人で、セルマさんとダーフィトさんが二人で組むということで」
「異論はないが、その組分けの理由は?」
「大人は大人、子どもは子ども同士ってことですよ。だいたいあんたたちみたいな騎士二人とリューシャさんみたいな“身分ある少年”が一緒にいたら、怪しさ全開じゃないですか」
 色々と言いたいことはあるがウルリークの言うことも一理あるということで、彼らはその組み合わせでそれぞれ街中の情報収集に当たる。
「聞き込みをするなら、変装が必要だろう」
「そうですね。リューシャさんもダーフィトさんも目立つけど目立っちゃいけない人ですし、ラーラさんも王都では顔が知られているでしょう?」
「ああ」
 リューシャとダーフィトは目立つ赤毛を染め、ラーラはタルティアン人らしい容貌はそのまま、雰囲気をがらりと変える衣装を身につけ鬘で髪を伸ばす。
「なんだか妙な気分だ」
「俺も」
 魔術を使うと非常事態で何があるかわからないので、ここは無難に染粉を使う。タルティアンのみならず世界中どこでもありふれた茶髪となった再従兄弟同士が、胡乱な眼差しでお互いの顔を見合わせた。
「私はそのままでいいのですか?」
「かまわない。どうせお前は一般人に埋没できないのだから、いっそ全面的に異国人であることを強調しろ。そしていざとなったら囮となれ」
「頑張ります」
 さらりと酷い会話をするセルマとリューシャの奥、ウルリークが布を広げた即席の仕切りの向こうでラーラが小さく悲鳴を上げる。
「ちょっ! 本当にこれを着るのか?!」
「そうですよ。はいはい、女の子が女の子らしい服装をするくらいで躊躇しない」
 変装道具を調達したのはウルリークなのだが、一体何を用意したのだろうか。その結果はすぐに知ることができた。
「ほらほら。可愛いでしょ」
 事態の緊急性も苦境もわかっていてノリノリという性質の悪い淫魔が、本日の遊び相手の出来栄えを皆に確認させる。
「ああ。いいんじゃないか」
 リューシャがさらりと同意したところで、ラーラが目に見えて赤くなりあたふたとし始めた。
 染めた革鎧を身につけ、少年のような騎士姿で知られる豊穣の巫覡の護衛騎士ラーラ。だったら逆にいつもと印象の違う格好をするだけで人々の意識を逸らせるのではないかと提案したのはウルリークだ。
 いつもは肩につかぬほどの長さの黒髪は、鬘によって背の半ば程まで伸びている。レースをあしらわれた長いスカートをはき、素朴なシャツに色鮮やかなベストを合わせる。髪の一部にリボンを編みこめば、素朴な町娘の完成だ。
 鈍い騎士二人は素直に感想を口にした。
「本当だ。化粧の一つもしなくてもかなり印象が変わって見えるな」
「これで後は女の子らしい振る舞いをすれば完璧! 可愛いですよ、ラーラさん」
「う、あ。えっと……」
 明らかに物慣れぬ風情でラーラは剣を握る。町娘の格好にはそぐわないが、これを手放すわけにはいかない。しかしその剣もウルリークに没収された。
「その格好でこんなもの握っていたら駄目でしょう」
「ええ!? さすがに剣がねーと落ち着かねーよ!」
「ラーラさん。口調」
「う……!」
 びしりと指差されてラーラが目に見えて落ち込む。
「俺はお二人と一緒に行動しますが、基本的には距離をとりますね。何か問題が起きたら接近して対処します」
「何故だ」
 それでは三手に分けるも同然ではないかと、リューシャは疑問を投げかけた。
「お二人の今の姿と立場を考えてみてくださいよ。正体が知られる恐れがあるのも知られるとまずいのもお二人の方で、しかも今の格好なら並んで歩けば恋人同士にしか見えないでしょう」
「こ、恋人同士……!」
 ラーラがあからさまに動揺を口にする。褐色の肌がそうとわかるほどに真っ赤だ。
 リューシャが髪を染めて素朴な街人に扮し、ラーラも普通の少女の格好をした今なら確かにそう見えないこともない。年頃もラーラはリューシャの一つ下なのでぴったりだ。
「お二人がヤバいと見たら俺が割り込みますから、その時は二人でさっさと逃げてくださいね。剣もとりあえず魔術で異空間にしまっときますので、必要になったら出します」
「す、すごいんだな。魔術というものは」
 何とか表向きは動揺を収めようと努力しながら、ラーラがかくかくと不自然な動きで頷く。努力はしたものの実ってはいないようだ。
「さて、それでは準備も終わったことですし、行きましょう!」
 何故一番この国の問題に無関係なはずのウルリークがやる気に満ちているのか? 一行は首を捻りながら宿を出発した。

 ◆◆◆◆◆

 リューシャとラーラは二人並んで歩く。二人とも変装済でラーラの振る舞いがいつもよりしおらしい今は、年頃の可愛い恋人同士に見える。
「まずはどこから行く」
「えっと、そうですね……」
 ウルリークが数歩離れた場所をついてきているのはわかっているが、それでもラーラはこの状況に胸の高鳴りを抑えきれなかった。ルゥやシャニィディルの安否もわからないのに不謹慎だとは思うが、湧きあがる喜びを無視しきれない。
 今、自分の隣にいるこの人は、あのリューシャ王子なのだ。
 ラーラが憧れ続けた王子様だ。
 職業柄王族という人種は見慣れている。第一王子でありながら気さくなシャニィディルとはもはや普通の友人のように接しているし、その敵であり前々からいけ好かないと思っていたクラカディルとも面識がある。話題に上がることは少ないが、他の王子や王女たちとも。
 けれど彼らに対して、ラーラはこんな気持ちになったことはない。
 二年前の聖地祭。国賓としてやってきた隣国の悪名高い王子。
 タルティアンの民は戦々恐々としていた。上層部の方でもリューシャ王子の受け入れに際し何度も剣呑なやりとりがあったらしい。
 国を滅ぼす王子とはどんな禍々しい人物なのかと、人々は好き勝手な噂をし憶測を広げた。そして実際にやってきた少年を見て、拍子抜けしたのだ。
 不吉な神託を受けた王子は、禍々しいどころか妖精のように儚く可憐な印象の少年。
 もっとも、王子の傍近くで世話を任された者たちはすぐにその印象もまた塗り替えられた。リューシャ王子の態度が、誰に対してもあまりに辛辣で冷徹だったからだ。人当たりの良いシャニィディルやルゥの人柄に慣れている者たちは、こんな性格の悪い王族のいるアレスヴァルドの民は可哀想だと陰で囁いた。
 だが彼らよりも更にリューシャたちの近くにいることを許されたラーラにとって、彼は誰よりも立派な王子様だった。
 非力で無能。何の取り柄もないくせに、口だけは一人前の傍若無人な王子。そんな悪評にも動じることなく、異国めいた風貌の女騎士を従え堂々と立つ。
 ラーラも豊穣の巫覡付きとはいえ、女騎士に対する風当たりの強さは知っている。並み居る年上の男たちではなく彼女が巫覡付きに選ばれたのは、単に年頃や性別が合ったからだろうと。実力を正当に評価してもらえないことも多い。
 タルティアンにセルマがやってきた時も似たような反応だった。きっと不吉な王子だからこそろくな騎士をつけてもらえなかったのだろうと。陰口を叩く者たちの前で、リューシャは親善試合の名目でセルマとタルティアンの騎士たちを戦わせた。そして主君の意に応えたセルマは、何十人という男たちを汗一つかかずに全て叩きのめしたのだ。
 結果に対し、リューシャは当然という顔をしていた。最終的にラーラとセルマで一戦し、ラーラもそれまでの試合の男たちより持ち堪えたとはいえ、今一歩力及ばずセルマに負けた。そこまでしてようやくリューシャはタルティアンの騎士の力も認めても良いかと言ったのだ。
 あの頃、ルゥはまだ少女だと周囲に信じられていた。だから女騎士をつけることに異論は少なかった。
 一年前、ついにルゥが男だということが国中に知られることとなった。それでもまだラーラが彼の騎士をやっていられたのは、少年主君と女騎士の構図をリューシャとセルマがすでに見せてくれていたのも大きいと思う。
 彼らにとっては些細なことだろうが、ラーラの人生において、リューシャとセルマはとても大きな存在だ。
 特にリューシャは、これまでの王族観とも言えるものを大きく塗り替えてくれた。だからラーラにとって、リューシャは憧れの人なのだ。
 そのリューシャと、今こんな風に街中を歩いていることが信じられない。浮かれるわけにもいかないが、胸の奥に熱いものが宿ることは止められない。
 様々な感情を押し隠し、ラーラはリューシャと共に街の調査を開始した。