Fastnacht 32

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「……で、改めて問うが、どうしてここに」
「もちろん殿下たちを助けに来たんですよ。俺たちの時も色々とお世話になりましたからね」
「私は世話になったとはちょっと違うのだが」
 にこにこと全て一緒くたに答えるルゥに、ラウルフィカが背後から突っ込みを入れる。
 リューシャたちからすればベラルーダのラウルフィカとタルティアンのルゥに面識があるというのは不思議だが、ラウルフィカはここしばらく天界で起居しているということで最近やってきたルゥやティーグとも早速親交を持ったらしい。
 ラウルフィカの馬車に乗せられたリューシャ、ルゥに手を引かれて一角獣形態のティーグの背に乗ってやってきたセルマたちは、王都の外れにある貴族の別荘の一つにいた。
「これも辰砂が用意したものか?」
 リューシャたちを逃がした後、結局何をどうしたものやら、辰砂と紅焔の二人は新しい屋敷にまたも当然のように姿を見せていた。
 ここも前の屋敷と同じく、隠れ家と呼ぶには豪華すぎる仕様だ。聞けば、没落した貴族の別荘を丸ごと買い取ったのだと言う。国内貴族とほぼ親交のないリューシャはともかく、ダーフィトがいればそれがどの貴族かまでわかったかもしれない。
「やっぱりこういう形式が僕らみたいな奴らには一番便利だからね。それに普通の民家とかにいさせるとどーしても浮く人がそこにいるでしょ」
 見慣れぬ姿とはいえアレスヴァルド式の貴族の格好が良く似合うラウルフィカをこれ見よがしに指して辰砂が言う。
「当たり前だ。この私を動かしたければ、そのぐらい用意してもらおう」
 辰砂の嫌味にも平然と返して、ラウルフィカは嫌になるぐらい様になる仕草で髪をかきあげる。
 しかし次のセルマの台詞には、さしもの美貌の元国王も調子を崩されて肩を落とした。
「というか、そこの偉そうな方はどなたなんです?」
 彼をよく知る面々は、大胆にして怖いもの知らずの女騎士の言葉に思わず揃って体勢を崩す。
「え、偉そうって」
「まぁ、確かに今のラウルフィカ様は王様じゃないですもんね。国に残って役目を果たしているわけでもありませんし」
 くっくと笑いながらいつの間にか現れた銀月が頷けば、ラウズフィールが反応に困って頬をかく。ベラルーダ出身のラウズフィールやシェイは、元国王であるラウルフィカに命じられるとつい従ってしまうらしい。もちろん好きで下僕をやっている銀月は論外だ。
「偉そうで悪かったな。私はラウルフィカ=ベラルーダ。そういうお前は誰だ?」
「リューシャ殿下の護衛騎士、セルマ=メイフェンです」
「ああ。なるほど」
 リューシャの方をちらりと見て、ラウルフィカは頷いた。
 シャルカントに拘束されていた頃、リューシャは帝国上層部に自身の情報を全て渡すのを好まず、ばれても比較的融通が利きそうなウルリークの名前だけを出していたのだ。とはいえラウルフィカやスワドの方では当然リューシャの仲間がそれだけではないだろうと予測していた。
「そう言えばセルマさんとダーフィトさんは結局最後までベラルーダ王に会うことはなかったんでしたっけ。うーん。これはなかなか相互理解を深めるのが大変そうですね!」
「そういうお前は誰だ? その口振りだとどうやら一方的に私のことを知っているようだが」
「あなた程の御方なら、一般市民がお名前を存じ上げていても不自然ではないでしょう。……なんてね。俺はウルリーク=ノア。諸事情でその場での奪還が叶わなかったとはいえ、一応あなたがリューシャさんとシェイさんを人買いから掻っ攫ったその場にいた者です」
 ラウルフィカが怪訝そうに片眉を上げる。あの時にあの場に他の人間がいただろうかと不思議がる顔だ。しかし今、そんな細かいことまで追求しても仕方ないと思い直す。
 思索を遮るように、ところで、とリューシャが顔を上げた。視線はラウルフィカの方に向いている。
「助けてくれたのはありがたいが、もう少し他の助け方はなかったのか。いきなり人を剥いた揚句無理矢理女装させて、更に半裸にまで剥くというのはどうなんだ」
「……ちょっと、何その面白そうな話。俺たちは普通にティーグさんに乗ってきただけですよ。そっちはどういう状況だったんです? 詳しく教えてください」
 話題が話題だけにやけにきらきらとした瞳で食いついてきたウルリークの顔面を手のひらで押しやって、リューシャは端的に答える。
「嫌だ」
「ははははは。僕も嫌だよ」
 行きがかり上リューシャと一緒に長い髪の付け毛で少女の振りをする羽目になったシェイも乾いた笑いを浮かべる。
「大体、何だ。どうして貴様らそんなに手慣れているんだ。女装に慣れているのか?」
 兵の目を誤魔化すためとはいえ、あの時の細工は僅か数分で行ったとは思えぬ程の出来栄えだった。
「そんなわけないだろ!」
 リューシャから向けられた疑惑の眼差しに、シェイがぶんぶんと勢いよく首を横に振って否定する。
 リューシャは顔立ちこそ少女より少女らしいと言われるがそういう趣味があるわけではないので女装などしたことない。シェイはそもそも顔立ちは整っているがリューシャ程女顔でもない。服装倒錯どころかラウズフィールに出会うまで同性愛も考えたことのなかった人物だ。
「ルゥじゃあるまいし、女装に慣れてるわけないって!」
「ちょっと! 人を女装趣味みたいに言うなよ! 俺のこれはあくまでも巫と覡共通の中性的な神子衣装であって、女装じゃないんだからね!」
 会話に巻き込まれたルゥが勢いよく反論する。とはいえ彼はまだ声変わりも迎えていない年齢ということも相まって、確かにその衣装だと十人中九人は少女だと思える容姿だ。
「いや、どう見てもそれは女装だろ」
「女装じゃねぇよ! 適性さえあれば五十代のおっさんでもこの服だよ! 滅多にいねぇけど!」
 ここに戻ってルゥは下町の小僧の格好から一応巫覡時代の正装にせっかく着替えたのに仇になったらしい。中性的に振る舞うように教えられた丁寧な所作が目についてどうしても少女らしく見える。
「仲良いな貴様ら……」
 リューシャとシェイの言い合いはいつの間にかシェイとルゥの言い合いにずれている。とはいえあどけなさを残す少年たちの軽い口喧嘩は傍から見ればまるで子犬たちのじゃれ合いだ。ルゥは本当にここ数日でベラルーダ勢と随分馴染んだらしい。もともと人好きのする少年だからだろう。
 ところで――シェイの反応が大きいので何人かには誤魔化されているが、後の何人かが恐ろしく感じることには、ラウルフィカは先程のリューシャの指摘を否定しなかった。
 え、まさか。という周囲の目を物ともせず、ラウルフィカは彼の本性を知らずに見ればうっとりするような笑みを浮かべて新たな爆弾を投下する。
「実に見事な作戦だったろう? 室内の人間が全裸及び半裸なら兵士たちも驚くし、床に放り出した衣装の中に寸前まで目撃されていた服を紛れ込ませることができる。あの場面なら職務に真面目な兵士であればあるほど、淑女の裸を凝視などしないものだ」
 淑女?! 裸?! とまたもや騒ぎ出すウルリークを押しのけて、リューシャはラウルフィカの正面で文句を言う。
「だからって、やりすぎだろうが」
「なんだ? 私の的確な指示と名演技に文句があるのか?」
 確かに、ラウルフィカの指示は的確だった。むしろ的確過ぎた。リューシャに顔を見せず恥じらう振りをしろと徹底させるのはもちろん、シェイに胸は貧乳の一言でいくらでも誤魔化しが聞くから、とにかく股間とついでに喉仏は仕草でしっかり隠せと指示したのもラウルフィカだ。
 しかもこの元国王はそれだけではなく、二人が抵抗する暇も力もないのをいいことに有無を言わせず、その肌にしっかりはっきりと接吻痕をつけてくださったのだ。
 シェイはあえて見えやすい場所を数カ所吸われた程度で済んだが、リューシャは兵たちを誤魔化すためにまるで本当に抱き合っているかのようにあの間もずっと際どい個所を弄ばれていた。その恨みがある。
「ああ……それとも」
「うわっ」
 革張りの長椅子に腰かけているラウルフィカは正面に立つリューシャの足を軽く払って転ばせると、自分の腕の中に飛び込んできた少年の体を抱き留めながら意地悪くも妖艶に笑った。
「あんな悪戯程度ではなく、最後までして欲しかったのか?」
「な、な、なっ……!」
 顔を真っ赤にして震えるリューシャが可愛くて仕方がないと、ラウルフィカがついに顔を背けて噴き出す。それを見て銀月が肩にきのこでも生えそうなどんよりとした様子で俯いた。
「ら、ラウルフィカ様……やっぱ俺よりも、可愛い年下がいいんですか……?」
 一方、部屋の一角では青ざめたラウズフィールが恋人の肩に手をかけて不貞の有無を問い質していた。
「ちょ、シェイ、まさか君もラウルフィカ陛下と」
「何もしてねーよ! するわけねーだろ!」
「おやおやつれないことだ。お前の肌は私の唇の感触を早々に忘れたと?」
「ちょっとラウルフィカ様?!」
「シェイ、君、君、ほんとに……!」
「だからあれは事態を乗り切るためで」
「そのためにラウルフィカ様としちゃったの?!」
「だーかーらーっ!」
「いやーん! なんかすっごく楽しそうー! もう我慢できない! 俺も話に混ーぜーてー!」
「リーク! 貴様まで乱入するな! これ以上ややこしくするのはやめろー!」
 すでに一カ所どころではないあちこちで口論、もとい痴話喧嘩が発生している。青ざめて慌てる者顔を真っ赤にして怒る者力なく溜息を吐く者と、反応は様々だ。
「あ……あのー」
「なんでしょう」
 このノリについていけないティーグが、一人平静に見えるセルマとおずおずと問いかけた。
「黄の大陸では皆さん色々あったと辰砂様たちにもお聞きしましたが……その、結局皆さんはどういう御関係なんでしょう?」
 世話になった礼にリューシャの危機に馳せ参じるくらいの考えだったティーグは、この状況を見て自分などではもはや手におえないとひたすら困惑する。
「んー、そうですね。見たまま、ハチャメチャな関係だと思っておけばいいんじゃないでしょうか」
 セルマはいつだって深く考えない。
「はぁ……そうですか」
 一行が落ち着いて今後のことについて話し合えるまで、まだもうしばらく時間がかかりそうだった。