天上の巫女セルセラ 053

第3章 恋と復讐と王子様

053.隠されしもの

「レイル! ファラーシャ! 大丈夫か!?」
 セルセラは瓦礫に埋もれる鉱山入り口の奥へと呼び掛ける。
 転移の術は周囲に障害物が多い閉所で使うには向かず、入り口を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばすのは、崩落による二次被害を発生させる恐れがあった。
「ちっ!」
 中のレイルたちと連絡を取りたいが、やはり声は届かないようだ。
 セルセラは魔導の光で伝達用の魔導を宿した小さな蝶を生み出し、岩と土の隙間から何とか内部に潜り込ませる。
「この入り口はもうダメですね。諦めましょう」
 魔獣を掃討し、周辺状況を調べていたタルテが溜息をつく。
「閉じ込められた人々の救助は」
「坑道には、いくつか出口があるはずです。中を歩いて別の出口を目指した方がいいでしょう」
 ファンドーラー側の部隊とも救出や捜索の段取りを練るなか、ようやく魔導の蝶が中からの声を届ける。
『セルセラ、タルテ、こっちは無事だよー』
「ファラーシャ! 具体的にはどんな様子だ?」
 内部に閉じ込められた鉱山作業者とその家族には、ひとまず重傷を負っているものはいないらしい。
 人命がかかっているかどうかによってセルセラの取るべき手段も大きく変わるので、それは朗報だった。
「全員歩けそうなんだな?」
『小さな子もいるから疲れてしまうかもしれないが、全員自力で歩くことができる状態だ』
「坑道の構造を把握しているものはいるか?」
『鉱夫たちは普段自分たちが仕事をしている場所はわかるが、その奥の詳細は不明だと言っている』
「よし、とりあえずその普段使っている部分とやらだけでもいいから、別の出口を目指してここから移動してくれ。魔獣の出現場所に近い崩落した事故現場はいくらなんでも危なすぎる。今、そっちに明かりを送る」
『明かり?』

 ◆◆◆◆◆

 セルセラの言う明かりとは、文字通り角灯代わりになる魔導の光球のことだった。
 淡い緑色の輝きが周囲を照らす。
「この光は何?」
 瓦礫の隙間からふよふよと螢のように湧き出てきたいくつかの光に、子どもたちは興味を示し、大人たちは不安げな顔をする。
 ファラーシャは光球に反応を示した子どもに言い聞かせた。
「天上の巫女様が送ってくれたんだよ。きっと私たちを出口に導いてくれるからね!」
「ダールマークとファンドーラーの軍人が救助に来ています。ひとまずはここから離れましょう」
 レイルが穏やかに周囲を説得し、一同は暗い坑道内を歩きだした。
 閉じ込められたのは不安だが、そのことを知っているものが多くいて、国が救助に動き出している。
 ファンドーラー王はすでに現着している。オノクロタルスの領主でありファリア鉱山の代表的な管理者であるアムレートも、救助体制を整えた上ですぐに到着する予定だった。
 魔獣に襲われて咄嗟に坑道内に避難したものたちの中には普段からここで働いている鉱山夫もいる。
 いつも使っていた鉱山の入り口が魔獣によって崩落したのは困った話だが、いざとなればどうとでもなるだろうと、別の入口へ進むことに反対するものはいなかった。瓦礫に埋もれた元入り口をいつまでも眺めていても仕方がない。
 狭く薄暗い坑道は、それでも大人が三人並んで通れるくらいの道幅はある。
 掘り出した鉱石を運ぶためのトロッコ用のレールが敷かれている場所は、人の手が入っている安心感もあり、人々は不安を抱えながらも比較的落ち着いた様子で歩き出した。
「二人は兄妹?」
 ファラーシャは十にも満たない小さな子どもたちと並んで歩き、他愛もない話を通じて仲良くなっていた。
 特におしゃべり好きな女の子と、その兄くらいの年齢の少年に彼らの生活などこの土地について尋ねる。
「ううん、従兄妹同士」
 「いとこ」という言葉に、ファラーシャは自分の従兄の存在を思い出した。
「そっかぁ。私にも昔いたよ、いとこのお兄ちゃん。村が滅びてから会ってないけどね」
「……死んじゃったの?」
「どうかなぁ。それがわからないのが問題なんだよね」
「え?」
 村が滅びたと言う言葉に重苦しい話題を予想していた子どもたちも、自然と周囲で耳を傾けていたものたちもそのなんともいえない返答にぽかんとする。
「ま、どんな間柄でも、生きていればきっといつか会えるよ。生きていれば。だからもう少しだけ頑張って歩こうね」
「うん」
「……お姉ちゃんは、死んじゃって会えなくなった人はいる?」
「そうだね。たくさんいるよ」
「そっかあ……」
 身内の誰が亡くなっただの、生まれ育った村が滅びただのは、魔獣の脅威に襲われるこの時代、さして珍しい話ではなかった。
 その後はすぐに話題が変わり、またとりとめのないおしゃべりを繰り返す。
 しばらくしてトロッコのレールが途切れた先、先頭を行く鉱山夫たちが足を止めた。
「迷ったかもしれない」
「どういうことですか?」
「地図と合わない。ここにこんな道、あるはずが……」
 普段この鉱山で発掘作業をしているはずの鉱山夫たちが首を傾げる。
「崩落で道が変わった? それとも何か別の影響が?」
 レイルは考えるが、容易に答らしきものには辿り着かない。

「ねえ、この扉、開きそうだよ!」

 セルセラが送った明かり代わりの魔導を頼りに、鉱夫たちが足を踏み入れるのを躊躇った分岐点を眺めていたファラーシャは、隠し扉のようなものを発見する。
「何かの罠ではないか?」
「じゃあ別の道を行く?」
「しかし、これ以上先は我々も確かな道を知るわけではないのです」
 鉱夫たちは坑道の出口が複数存在するらしいことは聞かされていたが、実際にその出口を使ったことはないのだという。
「近くまで行けばそれらしい場所が見つかるかと考えたのですが……」
 どうしてもわからなかったとしても、引き返してなんとか元の入り口を空けてもらうという手がないわけではない。
 別の出口を見つけられたならば儲けものとの考えでここまで来たが、想像と違っていかにも遺跡めいた隠し扉を見つけた一行は頭を悩ませる。
「ここで立ち止まっていても仕方ない。一度この中を覗いて、危険が見つかれば引き返すことにしよう」

 ◆◆◆◆◆

 連絡用の魔導の蝶は、鱗粉のような光を零しながらセルセラの指先に留まる。
「坑道に遺跡ぃ? エルフィス、何か知ってるか?」
「初耳ですけど!? え、遺跡ってあの遺跡ですよね」
 どの遺跡だ、遺跡以外に何かあるのかと突っ込みつつ、セルセラはファラーシャたちの報告を聞く。
「あ、でも、それじゃないんですか? 国王陛下がこの土地をアムレート殿下から奪おうとしている理由」
「なるほど。ありそうだな」
 坑道の出口の一つに外から向かっているセルセラたちとエルフィスは、山の途中でアムレートと合流した。
「遺跡……!? このファリア鉱山にですか!?」
 アムレートははっきりと驚いていた。この土地の領主でありながら、本当に聞いたことがなかったらしい。
 引き連れてきた部下たちの大半はもともとの鉱山の入り口に向かったが、一部は閉じ込められた人々を救出するためにこのまま別の出口へと向かう。
 セルセラたちは移動しながら、アムレートと鉱山に関する情報を交換する。
「坑道を通す際に山中を掘り進んで確認しましたが、それらしい施設などありませんでした。さすがに気づいていれば、この街の開発計画もまったく違ったことになります」
「だよなぁ……」
「叔父上は、まさかそのために……?」
「可能性はあると思いますよ」
「だが今は、救出作業が先だ。どうせそのついでにくだんの遺跡を目にすることになるだろうから、後でじっくり調査しようぜ」
「ええ。もちろんです」
 病の治療には難色を示していたアムレートも、事故の対処は急ぐつもりのようだった。

 ◆◆◆◆◆

 遺跡の中は真昼のように明るかった。
「これって、だいぶ大きな遺跡だよね」
「中に入ると明かりがつくように建物そのものに術がかけられている遺跡は、余程強力な魔導士でもなければ創れないとセルセラが言っていた」
 一行は入り口付近から動けない。暗い坑道と明るい遺跡内の落差が、酷く激しい。
 華美ではないが整えられた空間の美しさは、ここではあまりにも非現実的だ。
「嘘だろう。俺たちが毎日作業してた道の奥に、こんな空間があったなんて」
 何も知らなかった鉱夫たちも動揺している。
 しかし、そこでずっと驚いてばかりもいられなかった。
「――何か聞こえる」
 ファラーシャの耳は、遺跡の壁の向こうから微かな駆動音を捉えた。
 彼らが足を踏み入れた空間、その向かい側の壁がゆっくりと動き出す。その中に、異形の影が煌めいた。
「下がって!」
 レイルとファラーシャは、人々を庇って前に出た。
「レイル、みんなをお願い」
 更にファラーシャは人々の護衛をレイルに任せると、遺跡の奥から登場してきたゴーレムへと立ち向かった。
 人の手では傷一つつけられぬだろう固い石でできた遺跡の番人たちも、特殊民族であるファラーシャの腕力にはかなわない。
 しかし、三体ほど進み出てきたゴーレムを全て倒したところで、遺跡が不穏な音を立てて振動し始めた。
 ――崩落の前兆だ。
「奥へ走れ!」
 レイルは皆を促し、彼らは入り口側へではなく、遺跡の更に奥へと進む羽目になった。
 なんとか全員がゴーレムたちの出てきた扉の中へ滑り込んだところで、坑道へと続く空間の天井が落下し始める。
 ――これで退路は完全に塞がれた。
「これは……進むしかないのだろうか」
「でももうみんな体力が限界みたいだよ。小さい子もいるし」
 咄嗟の出来事に動揺さめやらぬ人々を見回しながら、ファラーシャたちは途方に暮れる。
 セルセラたちにも遺跡の存在は伝えたとはいえ、このまま奥へ奥へ踏み込めばまた危険な番人が出てこないとも限らない。
 しかし、崩落したばかりの現場のすぐ近くにいるのも躊躇われる。
「私が一人でちょっと中を見てくるくらいなら」
 じっとしていられなくて一人で進もうとしたファラーシャを、レイルが腕を掴んで引き留めた。
「それはダメだ!」
「え~~、でも」
「ダメだよ、ファラーシャ。いくら俺たちが星狩人だと言っても、強いのは魔獣相手であって、遺跡の崩落や罠には太刀打ちできないものもある」
「でもこのままじゃ」
「焦らないでくれ」
 この場で星狩人である二人が揉めていれば、率いられてきた人々も不安になる。レイルの言いたいことはわかる。わかるのだが。
「セルセラたちならきっと助けてくれると言ったのは君だ。信じよう、みんなを」
「……うん」
 しかし、一行の希望も空しく、遺跡の奥から魔獣がはい出してくる。
 その様子がおかしいことにレイルとファラーシャは気づいた。
「この魔獣……!」
「外の奴らと似ている。まさか、この遺跡から湧き出していたのか?」
 怯える人々も、退路を崩落した瓦礫の山に阻まれて逃げ隠れはできない。
 ファラーシャたちは辰骸環を起動して応戦したが、さすがに誰かを守りながら大量の魔獣の相手をするのは骨が折れる。
「まったく……次から次へと!」
 魔獣から逃れるつもりで、実際にはその発生源へ近づいてしまったようだ。
 遺跡の奥から、次々と例の狂乱した魔獣が湧き出してくる。
 肉体よりは精神的な辛さを感じ始めたところで、ようやく待ち望んだ声が響いた。

「屠竜の槍よ! 燃えあがれ!」

「エルフィス王!」
「ファラーシャ! レイル! 遅くなって悪かったな!」
「二人ともよく持ちこたえました。さっさとこんな薄気味悪くて面倒なところは脱出しますよ!」
「セルセラ! タルテ!」
 紅い槍を掲げたエルフィスが飛び込んでくるのと同時に、セルセラとタルテが姿を現わした。
 セルセラの登場により人々が強靭な結界で守られるようになったため、これまで遺跡を壊さぬよう加減して戦っていたレイルとファラーシャもやっと本気を出せるようになる。
 面子さえ揃ってしまえばあとはもう作業だ。これまで人々を守り、遺跡を傷つけぬようじりじり戦っていた戦況が一変し、瞬く間に湧き出した魔獣を壊滅させる。
「装置はこれだな!」
 何らかの術式でこの場所に魔獣を送り込んでいた魔道具と呼ばれる装置の所在を突き止め、その流入を阻止した。
「ようやく終わった……の?」
「ああ。――僕たちが使った出口はこっちだ。すぐに帰れるぜ!」
 セルセラは一度自らが行った場所であれば、転移用の魔導陣を描いて人やものを移動させることができる。
 助け出された人々は疲労と緊張からようやく解放され、小さな子どもたちも安心感からか家族に縋りついて泣き出す。
 遺跡脱出後、ファラーシャはレイルに話しかけた。
「あの時、止めてくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ、邪魔をしてすまない」
「私は無茶しがちだから」
「……君は、いつも誰かの為を想って行動している。その姿勢はとても立派で尊敬すべきものだと俺は思う。ただ」
 少しだけ躊躇いながら、結局レイルは本音を口にした。
「……一人で傷ついてほしくないんだ」
「レイル」
 そういえばこの人は、自分が動けないでいた間に主君を失った騎士だったなとファラーシャは思い返す。
 そのことに何故かちくりと胸が痛む。
 レイルという男のやさしさは広範で常識的。それは結局ファラーシャに与えられたものではなく。
「わかってるよ。いつもはそうそう無茶なんかしないって」
 表面上はいつも通りを保ちながら、ついついファラーシャは考えてしまう。
 父は死に、母と姉、従兄弟と伯父は行方不明。
 私の心配をする人は、もういない。
 それを自覚していなければ、きっとこの先きちんと前に進めないだろうと。

 ◆◆◆◆◆

「セルセラ、この遺跡なんですが」
「どうかしたか、タルテ」
「似ていませんか、竜骨遺跡に」
「竜骨遺跡だと?」 
 思わずセルセラは周囲を見回したが、彼女の知る「竜骨遺跡」に特徴的な竜の骨のような構造がこの遺跡の外観からは見られない。
「僕にはよくわからんが……いや、でも、位置的にあってもおかしくないよな、この場所」
 創造の魔術師・辰砂は「竜骨遺跡」と呼ばれる遺跡を大陸ごとにある程度間隔を決めて建造したらしく、その前例からするとこの遺跡がそうであっても不思議ではない。
「やはり、色々と調べたほうが良さそうだな」
「アムレート卿がやるでしょうが、どうせあなたも口を出すのでしょう?」
「ああ」
 狂乱した魔獣の出現、海上の監獄、知られざる遺跡、前王の不審死。
「この国、やはり色々と調べるべきことがありそうだからな」