第4章 あなたは祈りの姿をしている
074.顔のいい男たち
「そのジーヴァくんとシオンくんはどんな子なの?」
道すがらファラーシャはウィラーダに、探すべき二人の少年の特徴を尋ねた。
「ジーヴァは僕の弟で、黒髪に橙色の瞳の十四歳の少年で、剣士です。シオンはジーヴァと同い年の友人で、銀髪に紫の瞳の少年です。シオンは術の発動に魔導書を使うタイプの魔導士ですね」
「十四歳ということは、セルセラと同い年だな」
「剣士と魔導士の組み合わせなら、戦力が偏っているということもなさそうです」
レイルたちはウィラーダの話を聞いて、探し人の印象を固めていく。
「あの遺跡はそうそう強い魔獣も出ないし、難易度は低いと伝えられていたんですが」
ウィラーダが顔を曇らせる。
ジーヴァとシオンは一線級でこそないが、すでに一人前として十分に認められた腕前の星狩人だ。本当に危険な場面では深追いしないような判断はできるし、自分たちだけで解決できない仕事は援軍を頼んでしっかり後始末をする責任感もある。
「僕らも麓の村でそう聞いたんだが、実態はこの通りだ。遺跡の様子が変化したのか、僕らもジーヴァたちも騙されたのか? 一度調査が必要になるな」
セルセラが言い終わる頃には、問題の遺跡に着いた。
なにせ高位の星狩人だらけなので、村二つ超えるような距離も馬を走らせるより早く辿り着く。
遺跡の入り口、扁額のように掲げられた札にはこう書かれている。
『女性お断り』
「うがぁ――――!!」
「どうどうセルセラ、落ち着いて」
見た瞬間苛ついて雄たけびを上げるセルセラを、ファラーシャが宥めた。普段は年上のファラーシャの方が自由気ままに振る舞ってセルセラに宥められていることを思えば珍しい。
「女性は本当に入れないのか?」
「見たいか? 悲しいことになるぞ」
レイルの疑問に対し、セルセラは自ら遺跡の入り口に突撃する。
ガンッ!!
そして透明な壁にぶつかったように、大きな音を立てて跳ね返された。
「セルセラ様――!?」
「す、すまなかった。まさかそんなことになるとは」
グレンツェントが叫び、レイルはまさか実践されるとは思わなかったので驚きつつとにかく謝る。
「それでも、セルセラやファラーシャは見えない壁にぶつかるだけで済むのだからまだ平和ですよ」
セルセラが頭を押さえて蹲る横で、タルテが一歩踏み出す。
扉などはない空間、しかし扁額の真下、暗渠のようにぽっかりと口を開けた入り口にタルテが指を差し入れた瞬間。
「!?」
その周囲で青い火花がバチバチと激しく散った。
「と、こういうことになります」
「タルテ――!?」
今度はレイルも叫んだ。
男性の肉体に女性らしき魂。タルテの存在の特異性故か、遺跡に入れるような入れないような状態で受けるダメージは一番大きかったようだ。
「何も実演して見せてくださらなくとも」
「そうでもないと、深刻さが伝わらないだろ? たまたま僕らだったから頭ぶつけて『痛ぇ!』ですんだけど、全ての冒険者が回復役を同行させているわけでもないからな」
「それはそうですね……」
一瞬焼け爛れたタルテの指先や掌を魔導で回復するセルセラを見て、男性陣はようやく事の深刻さに気付く。
「と、いうわけで」
「レイル、ウィラーダさん、グレンツェントさん」
「正面からの遺跡探索はお願いします。我々は遺跡の周囲を調べ直し、別の侵入方法を考えますから」
確かにこの遺跡は、放置しない方がいい。
ジーヴァやシオンの救出だけでなく、この遺跡の謎自体も解決する必要があるだろう。
「わかった」
「お任せください」
「了解した」
顔の良い男たち三人は頷いた。
◆◆◆◆◆
女性陣が跳ね返された空間を、男性三人は特に何の問題もなく踏み越える。
「問題なく入れたな」
扁額の文言通り、排除されるのは女性だけのようだ。
男性であれば、呪われているとかどうとかは関係ないらしい。
「内部の様子は普通に見える」
「しかし、ジーヴァとシオンが予定の時間を過ぎても帰って来なかったのだろう? あの二人もそろそろ活動三年目の星狩人だ。決して新人ではない。何かあったと考えた方がいい」
入ってすぐの部屋を眺めまわしたところ、それほど他の遺跡と違う特異なところがあるようには見えない。
むしろ、新人からようやく一人前となった中級星狩人の攻略対象として適した遺跡に見える。
「罠か、魔獣や遺跡の守護者が強敵だったか、あるいは存外この遺跡が巨大だったという可能性もある」
遺跡が見た目よりも広大だった場合、ジーヴァたちは戻ってこないのではなく、まだ探索途中のつもりかもしれない。
「二人とも、怪我をしていなければいいのだけれど……」
ウィラーダが少年二人を気遣うので、レイルは意識を集中して周囲の匂いを嗅ぎ分けた。
「少なくとも、近くで血の臭いや腐敗臭はしないから無事なのではないだろうか」
「こんな入り口で何故そんなことが言える? いや、私もあの二人には無事であってほしいが」
レイルの断言に、グレンツェントが不思議そうに尋ねた。
「……えーと、俺にはわかるって理由では駄目だろうか」
レイルにとっては不老不死の吸血鬼化という呪いの副産物なのだが、初対面の相手に一から説明するのは大変だ。
「僕も、そう信じたいです」
「まあ、進めばわかることだ」
今はレイル個人の事情をとやかく言う時でもない。
三人は足を進めることを選んだ。
◆◆◆◆◆
「扁額だ。何か指示が書かれている」
「どうやら、正しい鍵を見つけないと次の部屋へ進めないようだな」
この遺跡にはいくつもの仕掛けが施されていて、特に扁額のかけられた部屋では指示通りの行動をしないと先へ進めない構造になっているらしい。
小さな遺跡ではあるが、その仕掛けを解くのに手間取ると考えれば攻略の難易度は上がる。
次の部屋に行くための扉には鍵がかかっていることが多く、それを探させる指示が多かった。
鍵は大抵、「何故そんなところに?」と言われそうな天井や高い位置にあるか、または遺跡の番人らしき石像や魔獣が所持していて倒さなければ回収できないようになっていた。
「そもそもこの遺跡は何が封じられている施設なんだ?」
謎解きが多く仕掛けられた遺跡が、ただの古代の住居跡などで済むはずがない。建築者は何らかの意図を持ってこの遺跡を造りあげたはずだ。
この世界で探索者を待つ遺跡の多くは古代の魔導士や勇者によって制作されていることが多く、魔獣から守り抜き後世に伝えたい特殊な武器や呪文を封じていることがよくある。
「魔導書らしいですよ。だからシオンが張り切って、ジーヴァはそれについて行ったんです。シオンの魔導の腕が上がれば僕らも助かりますので。……たまたま僕の手が空かなかったので二人で行かせたのですが、やはり一緒に行けばよかった」
「過ぎたことを気にするな。あいつらだってもう一人前の星狩人だろ」
弟たちについて行かなかったことを後悔するウィラーダを、グレンツェントが呆れ交じりながらも慰める。
「魔導書……確か俺たちが近所の村で聞いたときもそう言われたな……」
レイルはセルセラたちと共に、麓の村で依頼を受けた時のことを思い返す。
特に変わったところのない普通の依頼だと思ったのだが、この遺跡のおかしさは一体何なのだろう。
時折雑談を交わしながらも、三人は危なげなく遺跡を攻略していく。
「おっと、ついに守護者のお出ましのようだな」
小さな遺跡でも最奥に近づけばやはり戦闘が増えてくる。
遺跡に棲み付いている魔獣に散発的に襲われた時は各自余裕を持って対処していたが、遺跡の守護者の討伐には総じてそれなりの実力が必要になる。
身構えるグレンツェントとウィラーダに一歩先んじて進んだレイルが剣を抜く。
「!」
そして一瞬で全てが終わった。
岩石でできた全身を持つゴーレムが、レイルの一閃から一拍遅れて胴体を斜めから切断され崩れ落ちる。
石と石がぶつかり合って地に落ちる騒音が響いた。
「まさか」
「これほどまでとは……」
そもそも剣筋が早すぎてほとんど目に追えなかった。
ウィラーダもグレンツェントも剣聖として星狩人協会で一、二を争う腕前だからこそ、レイルの尋常な強さを察し始める。
「謎解きの役に立たなくてすまない。せめて戦闘でくらい訳に立ちたかったんだが」
「凄いです、レイルさん。あのセルセラ様が保証するからには、只者ではないと思っていましたが」
ウィラーダは素直に感心し、レイルの強さを褒めたたえてくる。
「……なるほど、さすがに生まれながらの才能に溢れたシリウス様は余裕なことだな? 我々の手助けなどいらんと見える」
一方でグレンツェントはレイルの行動か、その強さか、あるいは両方か。何かが気に入らなかったらしく、軽い嫌味をとばして来る。
グレンツェントはプライドが高く、年齢と実力が近いウィラーダをライバル視しているだけあって、同じような若者枠でシリウスへと推薦されたレイルにも当然対抗心を持っている。
星狩人など己の実力に自信と矜持を持たなければやっていられない。そういった対抗心は非常に健全なものだが、彼は一つ勘違いをしている。
「あ、え!? いや待ってほしい。何か誤解をされていないだろうか」
「誤解だと?」
グレンツェントは今年二十五歳。年上にも対抗心は持つだろうが、それよりも遥かに自分より若くて自分より強そうな相手のことが気になって仕方がない。
若き才能に脅かされるのは誰にとっても脅威だ。
レイルは外見だけなら二十歳そこそこに見える上に、星狩人になって即座に最強の称号“シリウス”を得た。
実情を知らぬものならば、驚異の才能を示した若き新人に見えるのだろう。
しかし。
「俺は星狩人としては新人だが、若くはないんだ。こう見えて君たちより四倍は生きているのだから、剣技の違いについては気にしないでほしい」
「四倍……?」
『そうそう、言い忘れてたけど』
実は彼らの会話は、セルセラが灯り代わりに彼らにつけた魔導の光によって筒抜けであった。
外のセルセラたちにほとんど相談することもなくここまで来れたので向こうも黙っていたのだが、ここにきて今更のツッコミが発生してしまった。
『レイルは不老不死の呪いをかけられて長年死ぬこともできずに剣の修行を続けて来たっていうバケモンだ。グレンツェント、ウィラーダ、まだ若いお前たち二人が勝てないのはある意味当然なんで気にするな』
『レイル、年齢の話をするならグレンツェント殿に対しては四倍ですが、ウィラーダ殿とは五倍弱離れていますよ』
『こうして考えるとレイルって結構おじいちゃんだね……?』
「「……」」
グレンツェントは思わずウィラーダと顔を見合わせてから、レイルに視線を移した。
不老不死の呪いと言ったか、若作りではなく肉体的には本当に若いということだろう。
シミや皺一つない肌の若者にしか見えない青年は、気恥ずかしさを誤魔化すように頬をかいている。
「俺は八十年前、十九歳の時に、魔王に呪いをかけられた。……今年で九十九歳になる」
「「九十九歳!?」」
『見た目だけだとイケメン剣士かもしれないが、どちらかというと剣豪おじいちゃん枠なんだよそいつ』
目を丸くする若き美形の天才剣士二人だったが、天を仰いで納得する。
「あんたもアンデシン様タイプだったか……」
星狩人協会はげに人外魔境である。