天上の巫女セルセラ 075

第4章 あなたは祈りの姿をしている

075.美と醜

 さて美形度の話はともかく、遺跡の攻略の話へ戻ろう。
 守護者の一体をレイルが瞬殺して、一行は順調に奥へと突き進む。
 危なげなく遺跡を攻略しながら、しかしレイル、ウィラーダ、グレンツェントの三人は何かおかしいと感じ始めた。
「外から見た時よりも、遺跡の内部が広いような気がする」
「やっぱり気のせいじゃありませんよね」
 レイルの指摘にウィラーダが頷き、グレンツェントがそう感じる理由を具体的な言葉にした。
「同じところを回っているわけではないが、同じように外から内へぐるぐると回って中心部に近づいている気がするな」
「……このまま道なりに進まず、いっそ別のルートを探しますか?」
 この遺跡の制作者というより、遺跡を利用している者の意図を感じる現象だ。そのまま従っていてもいいものか。
 ウィラーダは相手の意図から逃れるための提案をするが、グレンツェントは先程より難しい顔をした。
「だが遺跡の指示に従って開く扉は常に一つだけだ。別の道を探すなら、壁を破るしかないぞ」
「一応やってみようか」
 傍らで聞いていたレイルが真っ先に動く。辰骸環の剣で、近くの壁を切りつけた。
 しかし、レイルの剣の腕なら普段は細切れになりそうな古びた石壁はびくともしない。
「ではこちらで」
 刃物が通じないのであればと、今度は腰を落として全力で壁を蹴り飛ばすが、破れない。
 衝撃がまったくなかったわけではない。
 壁どころか天井までびりびりと震える程の蹴撃を見て、レイルの脚力のせいにすることはありえない。
 レイルの思いきりの良さに驚きつつも、ウィラーダとグレンツェントはその結果を受けて再び頭を悩ませた。
「これは……完全に魔導で防御されていますね」
「条件を満たさねば開かない扉は、条件を満たさなければ絶対に破れない壁とセットになっている訳か」
 前者は古代遺跡にはよくあるが、後者の機能を備えているとなれば途端に厄介な話となる。
 条件付けで扉が開き、それまで破れない壁を作り上げるような相手はかなり高位の魔導士だ。
 その魔導士の実力を上回る魔導士でなければ遺跡を攻略することはできない。
 『女性お断り』などというふざけた扁額のせいで侮っていたが、思っていたよりずっと大変な事態に巻き込まれたのかもしれない。
「おそらく魔導士を対象とした罠だな。魔導書を餌に、魔導士をおびき寄せる。探索者側に遺跡の制作者より強い力がなければ破れない。……シオンには荷が重い相手だったか」
 最初にこの遺跡に赴くことを決めたのは、ウィラーダの弟の友人であり魔導士であるシオンだ。遺跡の制作者かそれを利用する敵か、とにかく相手の思惑にまんまと引っかかってしまったらしい。
「あの時二人で行かせなければ……」
「いや、お前まで遺跡に囚われれば協会に情報が伝わるのが送れる。セルセラ様が外にいるこの状況が僥倖だ」
「先を急ごう」
 もう何度目かの後悔を繰り返すウィラーダを宥め、三人は更に先へ――遺跡の奥へと進むことにした。

 ◆◆◆◆◆

 レイルたちの探索の様子を遺跡の外で耳にしていたセルセラたちも、遺跡の内部の様子に違和感を覚えていた。
「なんだか普通の遺跡と違うような気がするんだ」
「……彼らの様子を見ていると、遺跡の内部に入られないようにするための罠というよりも、侵入者の実力を測るための罠が多いような気がします」
「なんかいちいち出される指示が変だったよね」
 最初はただのおふざけに見えた『女性お断り』の扁額が、今となっては重要な意味を持っているような気がしてくる。
 入場できるものをまず男性と女性に分けて、この遺跡は何を測ろうとしているのか?
「辰砂の遺跡にも探索者への試練を課す遺跡はありますよね」
「ああ。だがこの遺跡は、それとは違うような気がする」
「探索の方針を変えますか? このまま進めば、みすみす敵の罠に落ちる可能性がありますが」
「でも、ジーヴァくんとシオンくんは指示通りまっすぐ進んだ可能性が高いんだよね? 二人を見つけ出すなら、このまま進んだ方が早いことは確かだよ?」
 遺跡内部の男性陣と同じような話運びになるが、一番重要なことはファラーシャが指摘した。
 自分たちの目的が先にこの遺跡に入った二人の少年の救出である限り、一番早く見つけ出す方法はそのまま二人が進んだと思われるルートを進むことなのだ。
 しかし、救出班が同じルートを進んでそのまま同じ罠に陥っても意味がない。
「レイルたちがその半人前二人と同じ轍を踏まないと確信できるなら別にそれでもかまいませんが」
「半人前って……私たちにとっては先輩星狩人でしょ……」
 確かにジーヴァとシオンはタルテやファラーシャより年下で実力も下のようだが、二人からすれば立場としては星狩人としての先輩にあたる。
 とはいえ、では相手が自分たちより年上だったり経験を積んだ星狩人であればタルテが容赦をしてくれるかと言えばそれはない。
 いつ何時誰に対してであっても不遜なタルテに呆れてよそ見をしたせいで、ファラーシャがうっかりと手を滑らせる。

「あ」

 遺跡の外から何か変わったことがないかと探っている途中だったファラーシャは、本来触るつもりのなかった場所を触り、見た目には動かなそうだったそこがガコンと音を立てて凹んだことに驚く。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 遺跡のもう一つの出口、隠し扉が出現した。

「えええええ!?」
「よし、よくやった! ファラーシャ!」
「いいんですか、今回こんな適当で」
「いいんだよ、今回は適当で」
 ファラーシャが偶然隠し扉を発見したことを、セルセラは褒めたたえる。いつにも増して雑な対応にタルテが微妙な顔をするが、それも力強く肯定した。
「もしも僕たちを見張っている何者かがいた場合、僕たちの全力を見せてやる方が損だからな」
 そうしてセルセラたちも遺跡に突入する。
 敵の思惑通りに進むかどうか迷っている男性陣に告げた。
「お前たちはそのまま、ジーヴァとシオンが辿ったと思われる道のりを進んでくれ。僕たちも魔導士目線からの探索を開始する」

 ◆◆◆◆◆

 遺跡の最奥、かつては古い時代の魔導士の干からびた亡骸が鎮座していた祭壇がある部屋。
 大きな水晶玉から投影された光景を目にした少年は思わず呟く。
「綺麗だ……」
 その視線が向けられているのは、天上の巫女と呼ばれる一人の少女。
 最強の聖女にして魔導士、そして人間の中では最も美しいと言われるセルセラ。
 地上の全ての魔王を倒すことを期待されている存在である。
「ちょっとカヤール、何言ってんのよ」
「相手は敵ですよ……」
「母上の宿敵、勇者様一行だぞ」
「わかってるよ!」
 思わず漏らした言葉に何人もの仲間からツッコミを入れられて、カヤールと呼ばれた少年はうるさそうに耳を塞ぐ。
 ふふ、と楽しそうな女性の笑い声に、そんな子供たちの声はぴたっと静まった。
「母上」
「そうね、天上の巫女は美しいわね、カヤール。同じ年頃のあなたが気になるのも仕方ないでしょう」
 カヤールの正直な感想を、主君である彼女は咎めなかった。
 人の心は本人にもままならない。
 カヤールのように年頃の少年が、同じ年代の美しい少女相手に心惹かれるのは当然のことだと。
 それでも、だからと言って裏切るような部下では困る。
「相手が美しいことは、我々が手を抜く一切の理由にはならない。いいわね、あなたたち」
 カヤールを始めとした子どもたちの忠誠心を疑ったことはないとはいえ、リヒルディスは念のため釘を刺しておく。
 リヒルディスとその部下である子どもたちの関係は、まさしく母子と言えるもの。
「天上の巫女はすでにこれまで誰もが成し遂げることのなかった魔王四体の討伐を成し遂げている」
 母親か、あるいは教師が相手の手強さを思い出させるかのように、リヒルディスはセルセラの功績を挙げ連ねる。
 セルセラが倒したという魔王四体の内一体は、七年ほど前にアンデシンと共に討伐した分だ。
「これ以上の成果を上げるのであれば、彼女は間違いなく、我々にとって最大の脅威となる」
「母上……いいえ、魔王リヒルディス様」
 子どもたちの一人、カヤールと同じくリヒルディスの側近中の側近であるファリザードが気づかわし気に視線を向ける。
「三の魔王までなら、今までの勇者たちも倒せるものはいたのよ。けれどこの先には進ませない」
 リヒルディスは強く言い切る。
 今彼女たちが行っているのは、そのためのデータ収集だった。
 内部から条件付けによって順路を変動させることのできるこの遺跡がもともと持つ仕掛けを利用して、天上の巫女一行の実力を多角的な視点で探り出す。
 そのために一見悪ふざけのようなお題を考え設置してきた。
 レイルが一行にいるとまず彼がなんでもかんでも敵を片づけてしまって、個々の能力が測りづらい。
 それぞれの実力を発揮させるため、まず最初に彼だけを引き離す。
 男だけしか入れないという条件はそのための理由付けに過ぎない。
 その途中であのタルティーブと呼ばれる聖職者が男女どちらともつかぬ謎の存在であることを知ったのは予想外の収穫だった。これも何かに利用できるだろう。
 ファラーシャは強いがその強さは創造の魔術師・辰砂の計算によって導き出されたもの。
 彼女に関しては僅かな情報さえあれば、同じ一族の過去の情報と照らし合わせて現在の実力を類推するのは難しくはない。
 一番厄介なセルセラだが、世界中に名が轟く活躍をしているだけあって、集められる情報量は最も多い。
 対策は着々と進んでいた。

「さぁ、おいでなさい。天上の巫女。私とアサードと、あなたたちの戦いはすでに始まっている」

 美しき魔王は微笑む。その相貌の下に、残酷な策謀を秘めながら。