第4章 あなたは祈りの姿をしている
076.千の夜を超えて
ジーヴァとシオンが帰還不能と化していることが判明した時点で、セルセラは一応星狩人協会上層部、つまりいつもの身内に連絡を入れていた。
「このぐらいの案件に僕たち二人が来るのは大袈裟かなって思うんだけど」
「セルセラちゃんがわざわざ連絡を入れてきたってことは、何かあるのかもね」
銀髪に銀の瞳、月の民と呼ばれる特殊な一族で、現在は十四歳程度の少年の姿をしているシェイ。
黒髪に青い瞳、二十歳程度の青年の姿をしているラウズフィール。
どちらもラウルフィカたちと同じく月女神セーファの眷属となって千年超を生きている天界の住人である。
二人、特にシェイの方が星狩人協会のような組織の運営に関わるのをかなり苦手としていることもあって、普段は世界各地の神器回収という任務で飛び回っている。
ここ数年はセルセラが組織運営に関してとんでもない才能を幼女の頃から発揮したため、シェイとラウズフィールは地上での調査に励んでいた。
しかし今回は、そのセルセラから直接上層部の人間を寄越してくれとの依頼だ。
他の面々の手が空いていなかったこともあり、たまたま任務と任務の切れ目で天界にいたシェイとラウズフィールが青の大陸へ向かうこととなったのだ。
「特殊な遺跡か。別に今の時点では特に嫌なものは感じないけれど」
「それでもこの遺跡が本当に魔王に利用されているのだとしたら、放ってはおけない」
二人は『女性お断り』と書かれたふざけた扁額を見上げながら、気を引き締めて遺跡へと突入した。
◆◆◆◆◆◆
セルセラたちが隠し扉を発見したことにより、レイルたちも前に進むのを躊躇わなくなった。
「もともと私たちは剣士なんだ。敵はただ斬ればいい」
「賛成」
「わかりやすくなりましたね」
グレンツェントの言葉に、レイルとウィラーダも頷く。
遺跡の奥へ進むごとに、次々と魔獣が湧くようになってきた。この手の遺跡でよく見る狼型の魔獣は、レイルたち程の剣士ともなるとほとんど敵にもならない。
狼型の魔獣の他には、熊や馬、鼬などにも似た魔獣が姿を見せる。
それらをレイルたちはひたすら斬り捨てて前へ進んだ。
謎解きにもそろそろ全員飽き飽きしている。ウィラーダやグレンツェントはレイルよりは魔導の才能があるが、それでも面倒な計算をするよりは何事も剣でたたっ斬った方が早いと考える。
死んだ魔獣は青い血を流していずれ消えてしまうために死骸も残らない。
片づけの必要がないのは便利だが、敵の死体を辿ってジーヴァたちの足跡をたどるようなことは、遺跡の魔獣相手には不可能だった。
「ウィラーダ、グレンツェント」
いち早く次の部屋の中から発される気配に気づいたレイルは二人に警戒を促す。
「誰かいるな」
「ええ」
三人は意を決して扉を開けた。
「……!」
だだっ広い室内には、黒い外套で全身を覆い隠した人物が一人佇んでいた。
深くかぶったフードで顔が見えない。
いや、フードだけではない。
どうやら顔にも黒い仮面をつけているらしく、口元しかその褐色の肌の色が見えていなかった。
「何者だ」
グレンツェントが誰何する。
「この遺跡に数日前、二人の少年が訪れたはずです。何か知っていますか?」
ウィラーダの問いにも、外套の人物は答えない。
「……!」
そして唐突に踵を返し、脱兎のごとく駆け出す。
「待て!」
レイルたちと、その人物たちとの追いかけっこが始まった。
「これも罠じゃありませんか!」
「だが我らに奴を追わぬという選択肢はないぞ!」
「あれは人間だった! 一体何の目的で……」
黒い外套と仮面の人物は、魔獣でも、人間以外の魔族や特殊民族など他の種族でもない。
あの気配は間違いなく普通の人間だったと思いながら、レイルたちはその後をひたすら追う。
「遺跡が……!」
外套の人物は、遺跡の構造を熟知しているのか、あるいは遺跡内部にまだ協力者がいるのか。
彼が通る道は必ず扉が開かれている。
一方で追いかけるレイルたちが外套の人物たちに近づきそうになると、必ず遺跡の罠がその足止めをするように作動した。
「誘導されているようだな!」
右へ左へ。上へ下へ。
これまで見慣れた部屋を一瞬でいくつも通り過ぎ、逆に見慣れない階段を昇ったり降りたりさせられる。
外套の人物を見失わないよう必死に走る分だけ、自分たちが遺跡内の今どこにいるのかもわからなくなってくる。
「それはそれとして、相手の身体能力もなかなかのものですよ!」
強さは実際に剣を合わせてみなければわからないが、向こうの身体能力自体はとても高いようだ。
遺跡の機構が向こうに有利に働いているとしても、それだけならばレイルたちはもう少し早く追い付けただろう。
けれどこの鬼ごっこにはいずれ終わりがある。
「先に行く!」
ペースに慣れてきたレイルがウィラーダやグレンツェントも引き離し、速度を上げて外套の人物に追いすがる。
しかし、あと一歩のところで取り逃がした。
「くっ……!」
相手が部屋の中に入ったのを確実に見届けたのに、そこで待っていたのは人間ではなかった。
「ガルルルルルル……ッ!」
外套の人物が最後に駆け込んだ部屋はまさしく遺跡の最深部。
遺跡の守護者たる巨大な神狼が三体、侵入者たちを待ち構えている場所であった。
◆◆◆◆◆
「この遺跡を攻略しようとする僕たちの行動は、誰かに監視されている可能性がある」
セルセラは言った。
「うん」
「そうですね」
ファラーシャとタルテは神妙に頷く。
「だから僕は、今から頭を空っぽにして、何も考えずに進むことにする。名付けて『頭からっぽ大作戦』だ!!」
「うん???」
「まあ……あなたがそれでいいならいいですけども……」
握りこぶしと共に宣言するセルセラに、ファラーシャは目を丸くしてタルテはこめかみを押さえる。
確かにどこの誰だか知らないがこちらを監視している相手に全てを見せてやる必要はない。
とはいえ、じゃあ「頭アッパラパーにして進もうぜ!」とは常人にはなかなか言えない(言わない)台詞であろう。
「うらー! 謎解きなんか僕の知ったこっちゃねえ――!!」
宣言通り本当に頭の軽そうな振る舞いでガンガン突き進んでいくセルセラを、ファラーシャとタルテは半ば呆気にとられながら見守った。
「セルセラ、普段はこういうの好きそうなのにね」
「最初の『女性お断り』で余程鬱憤が溜まっていたのでしょう。今日は頭を使う気分ではないようです」
二人の足が止まっていることに気づいたセルセラがぶんぶんと手を振って呼びかける。
「二人とも何してんだ! ファラーシャ、僕が結界を解くからここの壁ぶん殴って壊してくれ!!」
「はーい、今行くよー」
「本当にそれでいいのですか我々は」
タルテはそう言うが、聖女のイメージだの星狩人のイメージだのそういうことを置いておけば、『頭からっぽ大作戦』は周囲に一切気を遣わなくてすむ分とても進みやすかったらしい。
「まあ、ほら、どうせ、万能型のシオンが突破できなかった時点で一度もっと上位の専門家による調査が必要な遺跡だし」
「だからって壁壊して良いんでしょうか……」
タルテは知りもしないのに半人前扱いしたジーヴァとシオンだが、セルセラは彼らの能力を高く買っている。
セルセラ自身はさておき、十四歳で三等星の星狩人の地位を得るのは大分優秀なのだという。
そんなことを話しながら進んでいる途中で、後ろからセルセラの良く知る声が追いかけてきた。
「おーい、セルセラちゃんたちー!」
「君らは遺跡をなんだと思ってるんだ。古代の遺構はもっと大切にしなさい」
「シェイ! ラウズフィール!」
まさにその遺跡探索の専門家が来てくれた。セルセラは身内であり星狩人協会の幹部であり、そして遺跡探索専門の冒険者でもあるシェイとラウズフィールの到着を喜ぶ。
「まあほらかくかくしかじかで」
先にレイルたちが遺跡を進んだ際に入手した情報と、そこからの推論から監視を躱すためにこのような乱暴な手段をとった理由を説明した。
「わかったけど、それでも遺跡の破壊はちょっと待ってほしかったかなー」
「まあここは辰砂様の遺跡ではないようだけどね……」
「むう」
一応理解はしてもらえたものの、普段から遺跡探索を専門にしているシェイとラウズフィールには受け入れがたい行為のようだった。
もともと星狩人協会発足前から各地で依頼を受けて遺跡探索やトレジャーハンターのようなことをしていたのが、シェイとラウズフィールである。
この世界にはかつて力を持っていた魔導士や勇者たちが、後世で魔王や魔獣と戦うものたちのために神器を始めとした特別な装備を封印している遺跡がいくつもある。
古代文明の廃墟のような普通の遺跡の考古学的調査から、魔導士が制作した遺跡から特別な装備を回収する仕事まで、遺跡関係はなんでもこなすのがシェイとラウズフィールだ。
世界各地の遺構の取り扱いには一家言あるらしい。
お説教はとりあえず後だと、五人はとりあえず進む道を選ぶ。
「えらい景気よく壁を壊しまくって、どこに行こうとしてるんだい?」
「レイルくんたちと合流を目指してるわけじゃないようだけど」
「ジーヴァとシオンの気配の方を追ってる。うまくすれば親玉もそっちかもしれないしな」
「あれ? 二人の居場所わかったの?」
それがわからないからわざわざ捜索のために遺跡に入ったのにどういうことだろうかとファラーシャが問えば、意外な答えが返ってくる。
「最終手段として、“庚申の虫”を通じて宿主の情報を送ってもらってるんだよ。二人とも今のところ命に別状はないようだな」
「あの虫ってそうやって使うんですね……」
星狩人は全員その資格を得た時に飲み込んで体内に寄生させられる虫型の魔道具、“庚申の虫”は宿主の現在地を示す。
昔々、今からすれば古代文明と呼ばれる大昔のとある地域の民間信仰の話。
人間の体内には三尸(さんし)の虫と呼ばれる虫がいて、その人の悪事を監視している。三尸の虫は庚申の日の夜、宿主が寝ている間に天に登って、天帝へ宿主の行状を報告する。
そこで自らの行いを天帝へ報告されないようにするため、庚申の夜は人々が集まって宴を開き、一晩中眠らないようにしたという。
星狩人協会の“庚申の虫”は、その庚申の夜に体を抜け出して人の行状を天帝へ報告する三尸の虫に発想を得て作られた魔道具だった。
虫が集めたそれぞれの星狩人の情報を、天界を通じてセルセラのもとへ送ってもらったのだ。
二人の辿ったルートはわからないが現在地だけはわかるため、道がなければ作ればいいと言わんばかりに壁を壊し、セルセラたちはまっすぐにジーヴァとシオンの気配の方角へ進んでいた。
幸い、二人はどうやら一緒にいるようだ。
「いたよ! 男の子二人!」
これで何十枚目かもわからなくなってきた壁をぶち破り、ファラーシャが遺跡の最下層にある部屋へとたどり着く。
横たわる二人を見てタルテの顔が険しくなる。
「変ですね。この壁破壊の轟音にも目を覚まさないなんて」
「ジーヴァ!! シオン!! しっかりしろ――!!」
セルセラたちは、まずは二人に駆け寄ってその耳元に呼び掛けた。