愛玩

06

 いつの間にかやってきていたルーファスの姿に、ウェイは悪戯が見つかった子どものように凍りついた。否、それよりも更に性質が悪い。彼はルーファスのものであるはずの少年に、無理矢理手を出したからだ。
 アイオンの叩かれて赤く腫れあがった尻と涙でぐしゃぐしゃになった顔を見れば、ウェイが何をしたかは明白だった。言い訳のしようもない場面に踏み込まれ、それまで威勢よくアイオンを罵っていた少年は委縮した。
「ルーファス様。あの、これは……」
「誰がお前に、この部屋に入っていいなんて許可を出したんだ?」
 ルーファスは最初の時から笑みを浮かべているが、その顔にいつものような暖かさはない。ウェイは血の気が引くのを感じた。
 突然のルーファスの登場に、アイオンも驚いていた。泣きじゃくるのをやめ、壁に背をもたせた青年の姿を見遣る。
「ウェイ」
 ルーファスは褐色肌の少年の名を呼んだ。
「は……はい」
 ウェイが恐る恐る答える。こちらへ来なさい、と言葉をかけられて彼はのろのろとルーファスのもとに歩み寄った。ウェイの頬に、ルーファスが指を伸ばす。少年の柔らかな頬を撫でる手つきは優しいが、ウェイはそれをまるでこれから処刑される罪人のように、怯えながら受け入れた。
 貴族である実家の人間に虐げられていたウェイにとって、貴族を潰し国民が平等に生きられる社会を造るのが目的だというルーファスは神にも等しい。その主君からの叱責を恐れ、少年は震える。
「そう怯えなくていい」
「で、も。ルーファス様、俺――」
「その代わり、正直に答えるんだ。お前は、どうしてこんなことをしたんだい?」
 ルーファスは少年の頬に両手を添えて顔を向けさせると、優しく微笑んで尋ねた。傍目にそれを見ていたアイオンは、胸がずきんと痛むのを感じた。あの顔は昔のルーファスが彼によく見せてくれていた表情だった。アイオンが彼を困らせるたびに、仕方がないですねと言いながら、でも最後には笑って赦してくれて――。
 きゅっと締めつけられる胸の痛みを堪えるアイオンの前で、ウェイが不安に揺れる目で、絶対の主君に心情を吐露する。
「俺は、ルーファス様が、あんな、あんなのに構ってるのが、ゆる、せなくて……」
 これまでとは打って変わった緊張に震え掠れた声で、ウェイはルーファスの目を見つめながら話す。主君の眼差しが恐ろしいのに、同時に慕わしさもあり、目が離せないのだ。
「あんなの? あんなのとはイオンのことかい? どうして私があれに構うのが赦せないんだ?」
「そ、それは……」
「ねぇ、ウェイ。私はね、君の本心が聞きたいんだ。君の心の一番醜い部分を覗いてみたい。今回のことは、それに関係があるんじゃないの?」
 ウェイがさっと頬を染めてついに視線を逸らした。心情を言い当てられたことで、羞恥に耐えきれなくなったのだ。
「る、ルーファス様。お許しください。勝手なことをした罰なら受けます。だから、もう……!」
「ウェイ」
 しかしルーファスは少年の逃亡を赦さなかった。アイオンよりはしっかりとした体つきとはいえ、ルーファスから見ればまだ年端もいかない少年だ。その細い手首をしっかりと握りしめ、彼が駆けだすのを防ぐ。
「お前は嫉妬したのかい? イオンに。私がこればかり可愛がるから、と」
「ああ……」
「お前はそんなに、私に愛されたかったの?」
 耳元でくすりと笑い声を聞かされて、ウェイの身体から力が抜けた。ペット扱いの奴隷少年に嫉妬するなど、ルーファスの部下としてはみっともないことだ。アイオンは可愛いだけの愛玩犬で、ウェイの役目はルーファスの仕事を補佐する部下。わかっていたはずなのに、ウェイはその分を越えてアイオンに嫉妬した。
「ごめんなさい。お許しください。ルーファス様……」
 いつの間にか抱きすくめられる形になっていることも気づかず、ウェイはルーファスの肩口で許しを請う。その彼の襟ぐりの隙間から見えていた肌に、ルーファスが舌を這わせた。
「ふぁ……」
 鎖骨を舐められ、思わず鼻にかかった声をあげて自分自身驚くウェイに、ルーファスは笑いかける。
「いいよ。ウェイ。お前がそこまで私を想っているなら……」
 赦そう、そう囁いて、ルーファスは少年の腰を抱いた手に力を込める。
「ルーファス様……」
 ウェイはすでにうっとりとした目で彼だけを見つめている。同じ部屋にいるアイオンのことは視界の隅にも入っていない。
 アイオンは呆然としていた。突然目の前で始まったやりとりに、頭が追いついていかないのだ。彼にわかったのはウェイがルーファスに愛を請い、ルーファスがそれに応えたことだけだ。もっとも、それがこの場の全てとも言えるのだが。
 ウェイの執事服を脱がし、寝台の上へと導きながらルーファスが言う。
「お前は奴隷になりたいのかい? イオンのように、ただ男の欲望の慰み者となるだけの犬に。ウェイルフェイド」
 ウェイに話かけながらも、ルーファスの視線は寝台の端で震えているアイオンの方を向いている。
「はい……なりたいです……。ルーファス様に御許しいただけるなら――!」
 少年の切なる告白を、ルーファスは唇を歪めて受け取る。その笑みは不吉なものを孕んでいることがアイオンにはわかったが、褐色肌の少年に警告してやる気にはなれなかった。
 上着を脱いだウェイの肌を、ルーファスの指が辿る。褐色の肌に、ルーファスの白い指が映える。焼けつくような気分で、アイオンはそれを眺めていた。
 細い首に吸いつくルーファスの唇を、指先を、何故か熱烈に目で追ってしまう。
 肌の色の違いのせいで、後ろ向きに臀部を晒したウェイの尻の谷間にルーファスの指が潜り込むのがはっきりとわかった。
「ん……あぁ……ルーファス様ぁ……」
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音をさせて後ろを弄られ、ウェイがとろんとした声を上げる。彼の眼はもうルーファスしか見ておらず、どんな痴態をこの場で晒そうと気にも留めていないようだった。
「いやらしい身体だね、ウェイ」
 先程ウェイ自身がアイオンにかけたような言葉を、ルーファスが少年の耳に囁く。
「熱い内壁が私の指に吸いついてくるよ。こんなに締めつけて……そんなに私が欲しかったのかい?」
「はい。俺、ずっと、ずっとルーファス様のことが……ぁ、んっ」
 中でくいと指を曲げられ、ウェイの体と同時に言葉が揺れる。そのたびにアイオンは、自分までもがルーファスの言葉に翻弄されていることを感じる。
 仰のいたウェイが唇を噛む。中を優しく、けれど漏れそうになる声を完全に抑えきれない絶妙な強さでかきまぜられている少年の感覚がアイオンにもわかる。淫蕩な気配の伝わる肌がざわついた。
 褐色肌の少年を抱くルーファスの姿に感じる、焼けつくようなこの感情。それを一つの言葉として表す術を、アイオンは持っていなかった。ただ、目の前の光景を見たくなかった。それなのに目が離せない。先程ウェイがルーファスに対してそうだったように、その場面から視線を引き剥がすことができなかった。
 ルーファスの手がウェイの腰を掴み、足を広げさせる。軽々と少年の体を抱きかかえると、立派に昂ぶったものを取り出してひくひくと震える穴に挿入した。
「ああ! ルーファス様ぁ!」
 待ち望んでいた衝撃に、ウェイが歓喜の声をあげる。がくがくと揺さぶられるまま、娼婦のような嬌声を上げ続けた。
 その光景を、アイオンはずっと見ていた。否、見させられていた。
 ここが彼に与えられた、彼を閉じ込めるための部屋だからという理由だけでなく、時折寄越されるルーファスの眼差しが告げていた。目を逸らすことは許さない、最後までこの有様を目に焼き付けろ、と。
 ウェイが先に達し、褐色の腹を彼自身の白いもので汚す。一拍遅れるようにして、ルーファスも少年の中に欲望を放った。
 野性味溢れる黒い肌の少年は、余程興奮したのか意識を失っていた。ぐったりとした体を、ルーファスがアイオンの寝台に横たえる。濃い肌の色は白い肌のアイオンよりも余程、白濁の液で穢されたその身を見せつける。
「この子にも首輪を用意してあげないといけないな。いつかは言い出すと思っていたが、こんなに早いとは」
 ひとしきりアイオンにはわからない言葉を呟くと、ルーファスは気絶したウェイに向けていた視線を不意にアイオンのもとへと寄越した。
 壁際に縋りつくようにしてその様子を見ていたアイオンはぎくりとする。彼自身まだウェイに凌辱された時のまま、何も身につけておらず赤い痣の痕も鮮やかだ。その傷痕にルーファスの視線がぴりぴりと染みるようにすら感じて、思わずぎゅっと目を閉じた。
「イオン。坊ちゃま。何故逃げるんです?」
 すっと傍に寄ってきたルーファスが、構わずにアイオンのおとがいを指で持ちあげる。涙が縁に溜まった青い瞳を開いたアイオンに告げる。
「あなたにペット仲間ができたのですよ? 嬉しいでしょう?」
 ルーファスは先程言ったことを本気で実行するつもりのようだ。ウェイにペットになりたいのかと尋ねていた彼は、その言葉に頷いていたウェイの思惑がどうであれ、彼を鎖でつなぐつもりでいる。
 褐色肌に黒髪の少年は、きっとルーファスにとって愛人という地位に収まりたかったに違いない。だが彼は浅はかにも一時の感情に酔わされて、それよりももっと酷い立場に自分を貶める言葉に頷いてしまった。
 そのことにアイオンは、自分でもわからない暗い感情が湧き上がるのを感じた。これは自分に暴力を振るった相手が貶められることへの歓喜か。それとも……。
「あなたとウェイルフェイドなら、さぞや似合いの一対になるでしょうね。黒髪に黒い肌のウェイと、金髪に白い肌のあなたが寄りそえば、さぞや人目を引くに違いない」
 ルーファスの脳裏ではどういう画が展開しているものか、彼は楽しげに呟いた。
 アイオンは段々と先程自分が感じた想いの正体が掴めて来た。これはウェイが貶められることへの喜びというよりも、ルーファスが彼を、アイオン以上の特別扱いはしなかったということへの安堵だ。
「どうして泣く? まだ何もしていないのに」
 ほろりと涙を流すアイオンをルーファスは苦笑しながら見つめた。その顔は父の秘書として働いていた頃の彼がよく浮かべていたもので、アイオンは錯覚しそうになる。それに気づいてまた悲しくなると、涙はぽろぽろと、とめどなく零れた。
「囚われた自分の不幸でも嘆いているのですか? いくらあなたが泣いたところで、決して助けは来ませんよ。ここにはあなたを疎ましく思う者、あなたを薄汚い欲の対象として見る者はいても、あなたを助けようとする者など一人もいない。いたとしても、そんな輩は私が殺す」
 鈍く光る青い瞳の苛烈さに、アイオンは息を飲んだ。力強い手が少年の体をくるりと反転させ、壁際に押さえこむ。晒されたまだ腫れあがった双丘に、無遠慮な指が触れた。
「あぁッ!」
「あれだけじゃ足りないんだ」
 言うルーファスはウェイの中で達した一度では足りないと言うよりも、むしろアイオンの泣き顔を見てそれで昂ぶった様子だった。獣のように後ろから四つん這いの姿勢でアイオンを犯す。
「ルーファス、ルーファス!」
 がつがつと、先程のウェイのやり方にも劣らず乱暴に奥を突かれながら、それでもアイオンは悲鳴ではなく嬌声を上げていた。
「いい声が出るようになってきましたね、お坊ちゃま。私をご主人様と呼ぶなら、もっといい」
「ご主人様……」
 媚びるような声で答えた唇から唾液が零れる。
「そう、いい子だ」
 耳元で囁かれると、きゅうと胸が締めつけられた。心の動きはそのまま下半身に伝わり、歪んだ悦楽を与えるルーファスのものを、欲の絡んだ肉壁で締め上げる。
 このまま思考を手放してしまえば、楽になれる。アイオンはもうわかっていた。
 求められるままに足を開き、笑顔を見せ、ご主人様と甘ったるい声で名を呼び、この快楽を受け入れればいいのだ。ルーファスの命令には逆らわずに従い、必要に応じて泣き、笑い、犬としての立場を受け入れれば――。
 そうすればルーファスは、元のままに優しい顔を見せてくれる。先程のウェイを見ていて気づいたのはそういうことだった。彼は自分に服従し、縋ってくるものには優しいのだ。その優しさが裸にして首輪と鎖で部屋に繋ぎ、床に置いた食事をそのまま手を使わずに食べさせるような優しさだとしても。
 そうやって服従すれば。犬として飼われることを従順に受け入れれば。
 そうすれば彼は、愛玩してくれる。
 逆らうことはできない。許されない。
「後でここには薬を塗ってあげるよ」
 ウェイに殴られて赤くなった尻を撫でながら、ルーファスは従順なアイオンの様子に気分を良くして言った。
「あ……ありがとうございます」
「私は優しい飼い主だろう?」
 試すようなルーファスの言葉に、アイオンは一瞬だけ、大きく目を瞠った。だが青い瞳はすぐに力なく閉じられ、少年は悲しげに俯いて頷く。
「はい……」
 その姿は大人しく、儚げで哀れだ。ルーファスはそんなアイオンの様子に、深い満足を覚えた。
 意地を完全に捨て切ってしまえば、あとはその端麗な容貌が快楽に緩むだけだ。眉根を寄せた顔に唇を寄せ、男は低く呟いた。
「私から逃げられるなんて、間違っても思わない方がいい」
 背筋がぞくりとする低く冷たい声。
「他の犬はそんなことになったら捨てるだけだが、お前はそうするわけにはいかないんだ。私に逆らうならば、手足を斬り取って鎖で繋いでしまうよ?」
「そんなこと……しません……逃げません……絶対に……」
 もう、逃げられない。事実以上にアイオンにはそれがわかっている。
 所詮彼自身、ルーファスから離れて生きていけるわけがないのだから。
 深い口付けをうっとりと受けながら、アイオンは静かに心の中で涙を流す。他の少年を抱くこの男の姿から目を離せなかった自分を、どんな手段を使ってでもこの男の元から逃げ出そうと考えることすらできない自分を愚かだと思いながら。
 ひとしきりアイオンの身体を弄んで満足すると、ルーファスは簡単に身支度を整えて立ち上がった。
 どこに行くのかと尋ねたアイオンに、青年は優しげな顔で答える。
「鉈か斧を取りにね。私の言いつけも守らずにお前に手を出したウェイは、今度から犬になるんだから。――言うことを聞かない犬に、邪魔な手足はいらないからね」