神様の思召すまま

2.もしも生まれ変わるなら

「それではさようなら」
「だぁああ! 待って待って! 待ってってばハニー!」
「次にその呼び方をしたら殺す。ということでさようなら」
 男を殴り飛ばしてこれで話は終わりにしようとしたシェイだったが、男はしつこかった。結局引きとめられて、砂の上にあぐらをかきながら話を聞くことになる。
 次の砂嵐はまだ来ないだろうし、神殿への届け物も特に期日が定められているわけではないから別にいいのだが、なんとなく不快だ。
 男はラウズフィール=フェルドゥートと名乗った。
 そして頼んでもいないのに「前世の運命」とやらを語り出した。
「君は前世で、私の恋人だったお姫様の生まれ変わりなんだよ」
 僕が女なんかい前世。いやいやいや、こんなのはこの男の妄言だ。それが真実だというわけではない。
「私と姫の恋は誰にも祝福されることはなかった。私たちは相思相愛になったが、姫の実家の王国では彼女を取り戻そうとして何度も兵士を送り込んできた」
 語るラウズフィールの顔は真剣に見える。しかし話の内容は到底信じられるものではない。
「私たちは王国軍と戦ったが、最後には負けて私は殺された。だがその直前、姫もまた自らの命を絶ったのだ。私と引き離されぬために。共に生きること叶わぬならせめて共に死のうと」
 ラウズフィールはよよよ、と泣き崩れる真似をしてみせるが、僕には関係ない。
「あの……聞いてる?」
「聞いてるけど、それが何? 僕には関係のない話だよ。前世なんて知るもんか」
 じゃ、と短く言って立ち上がろうとしたシェイの足を掴む形で、またしてもラウズフィールが引きとめる。どうでもいいがこの体勢、美青年面が台無しだ。
「関係ならあるさ! 君は彼女の生まれ変わりだ」
「だーかーら……」
「結婚してくれ!」
 シェイが蹴りあげた足に吹き飛ばされ、ラウズフィールが数秒宙を舞った。金色の砂が巻き添えをくらってきらきらと辺りを乱れ飛ぶ。
「知るか! てか男同士で結婚も何もないだろ! この馬鹿!」
 頭が湧いているとしか思えない発言をする男を蹴り飛ばし、シェイはもうさっさと出発することにした。神殿まで最短で一週間はかかるというのに、初日の出だしからこんな変態にかかずらっている暇はない。
「わぁ!」
 だが荷物を引いた荷台に手をかけようとした瞬間、彼は地面に倒れこんでいた。気がつけば頭上の太陽を隠すように、ラウズフィールの顔がある。ラウズフィールがシェイを押し倒す形となっているのだ。
「何をする!」
「ふ、ふふふ」
 黒髪の無駄に美青年は先程の間抜け面から一転して邪悪な笑みを浮かべた。
「どうしても嫌だと言うのなら仕方がない。せめて身体だけでも私のものに!」
「ぎゃー! ちょっと待てマジかよオイ!」
 慌てて暴れ出す少年の抵抗をものともせずにラウズフィールは押さえこむ。やはりまだ腕力ではシェイは大人には敵わない。ラウズフィールは二十歳くらいに見えて、身体的にはもう完成しているのだ。
「だ、誰か助けてー!」
 それこそ神に祈る勢いで叫んだシェイの声に応えたというわけではないだろうが、助けは天から降ってきた。
「たぁああああ!」
「ぎゃああああ!」

 助け?

 大きな刀を持った女がそれを振りまわしてラウズフィールに斬りかかったのだ。確かにラウズフィールは離れたが一歩間違えればシェイ自身もばっさりいくところだった。
「今度は何?!」
 立て続けの珍事に、もはやシェイの頭がついていけない。刀を持った女が叫んだ。
「見つけたわよ! ラウ!」
 どうやらラウズフィールの関係者らしい。
「ネリア。何故こんなところに」
「あなたを追って来たに決まってるでしょ! 婚約者なんだから!」
 はい? なんだって?
 ネリアと呼ばれた女の言葉に、シェイはラウズフィールを凝視した。ついさっき同性のシェイ相手に結婚してくれなどとのたもうていた馬鹿男には、しっかりと婚約者がいたのだ。
「あー、ごめん。ネリア、それ無理。君と結婚することはできないんだ」
 怒り心頭のネリアも呆然と事態を見守っているシェイも気にせずひたすらマイペースにラウズフィールは爆弾を落とした。
「私はつい先程、運命の相手に出会ってしまったから」
「はあ?」
 ネリアが訝しげな顔をした。こいつ頭大丈夫なのかという思いが顔にはっきりと出ている。何せこの場には彼ら三人しかいないのだ。女性はネリア一人。その疑問も当たり前だろう。
 疑問を疑問と感じていないのはラウズフィールだけだ。彼は目にも止まらぬ速さでシェイの傍らに寄り肩を抱き寄せると、高らかに宣言しかけた。
「紹介しよう! この人こそが私の前世からの恋人、名は……あれ? なんだっけ?」
 そう言えばまだ僕は名乗ってない……ってそうじゃなくって! 
「誰がお前の恋人だ!」
 シェイはとりあえずラウズフィールを殴りとばして引き剥がした。ネリア嬢がそんな二人を呆然と見ている。
「……ちょっと、ラウ。その子、男の子に見えるけど」
「そのようだね」
「しかも、今の口ぶりからすると名前も知らないわけ?」
「出会ったのがついさっきなんだ。まさに運命の出会いだったよ」
 何故か砂漠で行き倒れていたところに布を被せられ顔面を地面に押さえつけられるのがラウズフィール流「運命の出会い」らしい。
 とりあえずシェイは、早くこの二人、正確にはこの男から離れたい。
「迎えが来て良かったですね。じゃあ僕はこれで」
「ちょっと待てい!」
 どさくさにまぎれて立ち去ろうとすると、やはりラウズフィールに止められた。
「どうして行ってしまうんだい? 愛しい人よ」
「僕があんたの愛しい人とは何の関係もないからです。ではさようなら」
「もう放さないと言っただろう!」
「僕は放せとも言いました。ではさようなら」
 腰にタックルでもかけるかのように抱きついている青年の頭を押しのけるが、向こうも今度は真剣らしくどうしても離れてくれない。
「かくなるうえは……!」
 実力行使に出ようとしたシェイの行動を止めたのは、ネリアの一言だった。
「待ちなさい! そこのあなた!」
 指を差されたのはラウズフィールではなくシェイの方だった。何故引きとめられたのかわからずきょとんとなる少年に、彼女は言った。
「ラウを賭けて私と勝負しなさい!」
「嫌です」
 シェイに受ける理由はなかった。