劫火の螺旋 01

3.媚薬

 ゾルタの部屋を訪れたその翌日は、同じく王宮内に存在するナブラの部屋へ迎えと指示された。
 昨日と同じようにしっかりと国王としての衣装を略式だが着込み、ラウルフィカはナブラの部屋を訪れる。今は比較的自由に歩いているラウルフィカだが、そろそろ警護役を決める必要もあるだろう。それまで王子としてのラウルフィカの警護をしていた人物は、ゾルタの手により別の部署に回されてしまった。
 きっとこの後はまたゾルタたちの手により、彼らにとって都合のいい人物をあてがわれるのだろう。騎士だけではなく、恐らく将来は伴侶も。
 冗談ではない。
 せめてそれまでには、それまでにはどうにか力をつけ、彼らから王国の支配権を取り返さなければならない。
 だが今はまだ、自分よりも有能なこの貴族たちの力が必要だ。
「どうぞ、お入りください」
 低く深みのあるナブラの声に促され、ラウルフィカは入室した。
 ゾルタの部屋とはまた違って豪奢な室内だった。色男のナブラは、一般人にとっては華美すぎると見える室内でも浮くことがない。
 国内最大の貴族は、やってきたラウルフィカに甘い笑みを向ける。女性ならば物心ついたばかりの幼女に妙齢の淑女、貴婦人から女盛りをとうに過ぎた老女まで虜にすると言われるその笑みは、しかしラウルフィカには通じない。
「早速ですが、服をお脱ぎください、陛下」
「くっ……」
 昨夜ゾルタの前で衣服を脱いだ時とはまた別の屈辱がラウルフィカを襲う。
「……ぷっ、あはははは! へぇ、これは宰相殿が? やりますな」
 案の定ナブラはラウルフィカの手首に光る金色の腕環を眺めて笑いだした。手招きしてラウルフィカを自分の傍へ寄せると、じっくりと腕環を見る。
 全裸よりも、腕をとられて屈辱的な一文の刻まれた腕環を見られることのほうが恥ずかしい。
「あの方がそんなにもあなた様に執着しているとは存じませんでした。良かったですね、陛下」
「何が良いものか」
 ラウルフィカの腕を撫でながら笑うナブラの姿に、ラウルフィカはただひたすら震えを堪える。
「さて、細かいお話はもう宰相殿がしてくれたでしょう? 早速今度は私との遊びにつきあっていただきましょうか」
 ナブラはラウルフィカを目の前に立たせたまま、机の上に幾つかの道具を広げた。
「宰相度には悪いですが、あなたにはその金の腕環よりも、こちらの方がお似合いですよ」
 よりにもよってナブラがまず持ちあげて見せたのは、黒い革の首輪だ。ラウルフィカは一気に不機嫌になる。
「まったくどいつもこいつも、人を見れば首輪をつけずにはいられないのか?」
「ええ。あなたが美しすぎるから、これは私のものだと名札をつけておきたくなるのですよ」
 ラウルフィカの言葉をあっさりと受け流し、ナブラは少年のうなじにかかる髪を梳きながら、さりげない手つきで首輪をはめてしまう。
「いっそ口枷が欲しいところですが、今日はこれと後もう一つで我慢していただきましょう」
 そしてナブラは、ラウルフィカに後ろを向かせた。
「っ……」
 白い尻の谷間を、長い指が撫ぜていく。入口辺りをむず痒くなるような柔らかさで触れた。
「先日の傷は治っているようですね」
 これで今日は心おきなく楽しめる――。そう言ったナブラが、ふいにラウルフィカの中に何かを押し込んだ。
「や! な、何を!」
「大人しくしてください、陛下」
 ナブラは片手でラウルフィカの腰を動けないようしっかりと固定し、もう片手で後ろに何かを詰めた。それほど大きくはなく痛みも今のところないが、異物感に苛まれる。
「や、やだ、こんなのっ、とって」
「駄目ですよ、これが後でお楽しみになるための大事な道具なんですから」
 後ろに詰まった何か、感触としては小さな錠剤らしきものを絶対にとってはならないと厳命し、ナブラはいったんラウルフィカの腰を離す。再び正面を向かせ、今度は机の上の壜を一つとった。
「それは……また、香油か」
「さぁ、どうでしょうね」
 先日使われた滑りを良くするための液体と、それはよく似ているように見えた。
 しかし壜は若干違うし、中身の液体の色も違う。
「似たようなものと言えば似たようなものでしょうね。どちらもこうして夜の遊びに使うものですし、これらはパルシャに売りつけられたものですし」
 パルシャ――ラウルフィカをはめた五人のうちの一人、ぶくぶくに肥った強欲な商人だ。
「ああ、ちなみに明日はパルシャのもとへ行っていただきますよ、陛下。ちなみに奴は王宮内に部屋を持っていないので、屋敷に朝から直接向かうこととなります」
「え?」
 そんな話は聞いていないとラウルフィカが言うと、液体の入った壜を揺らしながらナブラは説明した。
「あの男は私たちほど頻繁に王宮に来ませんからね。その分朝からあなたを屋敷に招いて一日中楽しもうというのですよ」
「な……」
「ま、そういう事情ですからあなたがあの男に呼ばれる頻度は他の者より少ないと思いますがね。あの男が王宮に用事をこなしに来たついでに相手をしろといえば断れませんが」
 見慣れた王宮内ですら廊下を歩く一歩ごとに惨めな思いを噛みしめているというのに、わざわざあの肉だるまに抱かれるためだけに外出しろと言うのか。ラウルフィカは怒りと絶望に、眩暈を起こして倒れそうになった。
「おっと」
 砕けた腰をナブラに支えられる。
「そんなに嫌がらずとも、あの男の容姿には目を瞑って、与えられる快感だけを楽しめばいいのですよ。商人の屋敷だけあって、夜の玩具には事欠きませんからね。新たな扉が開けるかもしれませんよ?」
「そんな扉は開きたくなどない!」
 ナブラの気楽な物言いにラウルフィカが反論すれば、くすくすと笑われる。
 そのまま抱きしめたラウルフィカの身体に、ナブラは先程手にした壜の中身をかけた。
「ひゃっ」
 ラウルフィカが冷たさに驚いたのは一瞬で、とろりとした液体はすぐに体温に馴染んだ。しかし主に性器へとかけられたそれは、何とも言えない感覚を伝えてくる。
「一体何を……」
 更にナブラはその液体を指で掬い取ると、乳首や後ろの穴の入口にも塗りつける。
「さて、ここでもう一つの枷の出番ですね」
 ナブラの意図はラウルフィカにはわからない。
 幅に余裕のある腕環を少し手首の上にずらすと、ラウルフィカに手枷をかけた。金の腕環をナブラは指でつまみ、ゾルタに文句を言うように一人ごちる。
「成長期の少年にこんなものつけて、陛下がそのうちこれがはまらないムキムキ筋肉になったらどうするんだか」
 もしそうなって彼らの興味を失わせることができるなら、そうなりたいものだとラウルフィカは思った。だが恐らく、以前筋肉がつきにくいと言われた少年の身体はこの腕環がはまらないほどの体格にはならないだろう。
 ナブラがとりつけた手枷には鎖がついていた。彼はそれを、天井の一部の鉤にとりつける。
「どうせならこちらも……」
 更に最初にとりつけた首輪にも鎖をつけ、ラウルフィカの身体を部屋の一角に固定した。天井から手枷につながった鎖の長さには限りがあり、ラウルフィカにはこの鎖を自力で外すこともできなければ、自分で自分の身体に触れることもできなくされている。首輪から伸びた鎖は、体の向きを変えることを許さない。
「さて」
 ナブラは先程一度拭いたはずの自分自身の手を、湯をくぐらせた布で更に完璧に拭っていた。香油に触った手を、何故そこまで厳重に今の時点で清めるのかわからない。
 どうせこれからまた、淫らなことをするのだろうに。
「これで、私からの今日の要求は終わりです」
「え?」
 今度は何をされるのかと内心で怯えながら、それでも覚悟を決めてこの部屋に来たラウルフィカは内心拍子抜けした。
「おや、もっと凄いことをされたかったのですか?」
「誰が!」
「でしたら。これで今日の私からの要求は終わりですよ。あとはあなたにその格好で数時間を過ごしていただきたいだけ」
「何も……せずにか?」
「ええ。私は何もしないし、あなたにもさせない。私からは」
 ただ、と思わせぶりな口調でナブラは言った。
「あなた様が、私にして欲しいと懇願なさるなら別ですよ?」
「そんなこと、あるわけがない」
 ナブラが暗い笑みを浮かべる。
「その強がりがどこまでもつのか、楽しみですよ」

 ◆◆◆◆◆

 数分して、すぐにラウルフィカはナブラの意図を理解することとなった。
「は……はっ」
 身体が熱い。熱が集まっている。
 いつのまにか後ろの異物感は消えていて、その代わりにどろりとしたものが溢れ出していた。内股を濡らすのは、性器にかけられた香油が溶けたもの。
 熱い。
「う……」
 熱い、そしてむず痒い。
 何もしていない、誰も触れてすらいない自身のものが昂ぶっていくのを、ラウルフィカは愕然と見つめた。
「な……んで」
 手酌で一人酒杯を傾けているナブラを見ると、彼は深い笑みを浮かべた。
「まさか、さっきの……」
 疼く場所は胸と下腹部、そして中だ。先程後ろに詰められた錠剤と、かけられた液体。あれは。
「御明察、陛下」
 言葉は皮肉の響きを持っていた。気づくのが遅い、と。
 先程ナブラがラウルフィカの身体に入れたものが、この反応を引き起こしている。
「これは媚薬だ。後ろに入れた方もそう」
 先程中身の半分をラウルフィカの身体にかけた壜をふり、ナブラが言う。
「は……う、ん……」
 ラウルフィカの唇からは、意図せずとも苦しげで悩ましげな吐息がもれた。下半身の感覚から意識をそらそうと頭を振ってみても、まったく効果がない。首や脇の下にじっとりと汗をかいている。
「う、うう……」
 こちらも触れられていないはずの乳首が、いまやぷっくりと充血して立っている。下半身には熱が高まり過ぎて、いまや痛いくらいだ。
 いっそ触れて、さっさとこの熱を解放してしまいたいくらいだ。だがラウルフィカの手は手枷に固定されていて動かない。どこかに擦りつけようと思っても、体の向きさえ首輪によって調整されてしまっていて、正面には何もない。
「ああ……!」
 むず痒い。足を擦り合わせたいが、鎖の長さがぎりぎりで、そんなこともできない。はかない抵抗に合わせて、手枷や首輪につけられた鎖がカチャカチャと音を立てる。
 そんなラウルフィカの痴態をまるで酒の肴にするかのように眺めていたナブラが、ふいに口を開いた。
「陛下」
 のろのろと顔をあげてそちらを見、ようやくこの男の存在を思い出したラウルフィカに告げる。
「僭越ながら、あなた様が望むならこのわたくしめがその苦しみから解放してさしあげましょうか?」
 つまりは、抱いて、犯してほしいと自分に泣きつけと彼は言っているのだ。ラウルフィカの頭に血が昇った。
「結構だ!」
 自分をこのような事態に追い込んだ張本人に泣きつくなど、ラウルフィカの矜持が許さない。ナブラは先程、今日はこれで終わりだと言った。それならばこのまま朝まで耐え抜けば、彼に触れられずに終わるのだ。
「強情な方ですね。苦しみを長引かせるご趣味でも? ああ、それとも、焦らされた方が後の快楽が増すから?」
 くすくすと笑うナブラの声を阻むように目を閉じ、ラウルフィカは全てから逃げるように顔を背ける。
 だがもちろん瞳を閉じただけで、この現実から逃れられるはずもない。むしろ視角を封じた分、ナブラの声ばかりが鮮明に届く。
「無理をするものではありませんよ、陛下。熱くて、むず痒くて、もどかしいのでしょう。ほら、あなたのものだってこんなに元気で」
「ふああ!」
 身体の一か所に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。
 いつの間にか近寄ってきていたナブラが、いまにもはちきれそうなラウルフィカのものに指の先で触れたのだ。それだけであまりにも強すぎる刺激に、ラウルフィカは悲鳴をあげた。
「な、きょ、今日はもう何もしないと!」
「ほんの少し触れただけですよ。あなたは道端で肩がぶつかった相手を誰も彼も投獄するような暴君なのですか?」
 そう言ってナブラはすぐに手を離す。
「けれどこれ以上はさすがにやりすぎとなるでしょうね。あなた様の許しがなければ」
 ナブラはラウルフィカの肩に手を置く。
 男らしい節くれだった指の感触に、肩がびくりと震えた。
「どうです? 陛下、あなたはこのままずっと耐える気ですか? それよりも、この指で乳首を捏ねられ、前を愛撫され、後ろを思いっきりかき混ぜられたくはありませんか」
「や、やめろ!」
 それは今まさに考えていたことで、ラウルフィカはナブラの手を振り払おうと思い切り頭を振った。しかし手枷や鎖がカチャカチャとなるばかりで、肩を掴むナブラの手にはますます力がこもる。
 それどころか、ナブラは肩に置いたのとは別の手でラウルフィカの頭を固定するように顎を掴んできた。背後から抱きつく形になり、触れた衣服の皺までもが今のラウルフィカにとっては耐えがたい刺激となる。
「はっ、はっ」
 ナブラに固定された顎がひっきりなしに震えて熱い吐息をもらす。
「ただ一言、私にお願いするだけでいいのですよ、陛下。たった一言で、あなたを極楽に連れていって差し上げます」
「い……嫌だ! そんな、矜持を捨てるような真似は……ああああ!」
 この期に及んで強情なラウルフィカの胸の突起を、ナブラは乱暴につねり上げたのだ。
「ひぃ!」
 悲鳴をあげながらも、ラウルフィカの身体は待ち望んだ刺激に歓喜を露わにする。
「あ、あ、ああ、あ」
「どうします? 陛下。ただ一言でいいのですよ?」
 鞭で打たれたわけでも、頬を張られたわけでもない。けれど、この甘い疼きは何よりの拷問だ。
「……て」
「なんです?」
 息も絶え絶えに小さな声で言ったラウルフィカの言葉を、ナブラはわざとらしく聞き返す。
「お、ねがい」
「だから、何を願うんです? 私にどうしてほしいと?」
 ラウルフィカの耳元でその素晴らしい美声を聞かせながら、ナブラは意地悪く尋ねる。
「さぁ、私にどうして欲しいのか、あなたの可愛い口から、はっきりと聞かせてくださいね」
「う……」
 ラウルフィカは悔しさと苦しさに目元に薄らと涙を浮かべながら、ついに服従の言葉を口にした。
「お、お願い。お前のもので、私を……」
「あなたを?」
 消え入りそうな声で、ラウルフィカは望みを告げた。
 ナブラが笑みを深くして、気取った口調で応える。
「お望みのままに、我が君」
 ふざけた物言いは、ゾルタとそっくりだ。宰相とこの大貴族は表向き似たようなタイプのようだ。
 ナブラは自らのものを取り出すと、すでに媚薬に濡れたラウルフィカの中へ一気に突き入れた。
「――っ!」
 声のない悲鳴、否、嬌声をあげてラウルフィカはナブラに身を任せる。固定された身体をいいようにナブラに持ちあげられ、揺さぶられた。
「あ、ああ! あああああああ!」
 媚薬の効果で痛みはなく、昂ぶった身体はただただ待ち望んでいた刺激に甘い声をあげる。
 わずかに二、三度前をしごかれただけで、ラウルフィカはあっさりと達した。しかも恐ろしいことに、それでもまだ身体は熱を持ったままだった。
「な……んで」
「媚薬の効果ですよ。まだまだ満足できないようですね」
 体勢を変えるためにと、ナブラがこれまでラウルフィカの身体を固定していた鎖を外す。
 しどけなく床に倒れこんだラウルフィカの身体に彼は覆いかぶさった。
「夜はまだ長い。たっぷりと楽しみましょうね」
 媚薬の効果は長いこと切れず、ラウルフィカは一晩中甘い嬌声をあげ続けた。