劫火の螺旋 01

5.暴力

 バシッと強く横面を張られる。
「ミレアス! いきなり何を乱暴な!」
 呆然と床に尻もちをついて頬に手をあてたラウルフィカの背を、ここまで彼を連れて来たパルシャが支えた。背の高い鎧姿の男を、非難の眼差しで見上げる。
 パルシャの屋敷で過ごしたその日の夜、ラウルフィカは王宮に戻り、そのまま軍人・ミレアスの部屋へと連れて行かれた。
 ここは城の中の一角で兵士たちが使用する兵舎の中の一室だが、立場のあるミレアスの部屋は他の兵士たちの部屋よりも広かった。隣の部屋とも距離があり、多少の物音を立てても気に留める者はいない。
 王宮内の兵舎と言えば人は堅牢な警備の様子を思い浮かべるが、実際のベラルーダの兵舎の警備は意外なほどに杜撰だ。一般兵はもちろん凄腕ともてはやされる軍人も暗殺の危険などに晒される機会は少なく、同じ王宮内部でも王族の寝所と比べて警戒は驚くほど薄い。
 つまり、この部屋で騒いでも誰かが気づく可能性は少ないということだ。
「今日は俺の番だろ? 何をしたっていいはずだ」
 じんじんと熱を持って痛み始めた頬を手で押さえながら、ラウルフィカは思わず怯えの色を走らせた瞳でミレアスを見上げた。
 初日に五人の男に代わる代わる抱かれ、これまでゾルタ、ナブラ、パルシャの三人に様々な性的な攻めを受けてはきたものの、ここまで純粋な暴力に晒されたのは今回が初めてだ。
 一応手加減はしたのだろう、ミレアスに張られた部分は痛みこそ酷いものの、口の中が切れたり歯が抜けたりなどはしていない。
 それでも今まで剣の訓練以外で暴力や敵意に晒されたこともない少年にとって、突然理由もなく顔を殴られたのは随分な衝撃だった。
「王様を殴れる機会なんてそうないんだ。楽しませてくれたっていいだろう?」
「顔はやめろ顔は! 誰かに気づかれたら事だぞ」
 怯えを見せるラウルフィカに、武骨な軍人の威嚇するように嗜虐的な笑みを見せながらミレアスが言うのを、パルシャが嗜める。
 しかしそれはラウルフィカを気遣った上での発言ではない。あくまでも暴行のことが知られて自分たちの立場を失わないようにするためだ。
「死なない程度なら、あの魔術師のガキが何とかするさ」
 魔術師のガキとは、宮廷魔術師長のザッハールのことだ。ラウルフィカからは十分に大人に見える二十一歳の青年も、ミレアスから見れば若造に過ぎない。
「他の三人がどれだけ優しくしてやったかは知らないが、俺はあんたを甘やかす気はないんだ。肩書だけ立派で無力なお坊ちゃんは、せいぜい俺の肉人形として可愛がってやるさ」
「いっ……!」
 ミレアスは乱暴にラウルフィカの腕を掴むと、寝台の上に叩きつけるようにして放り出した。
「さっさと出て行け、商人。あんたは散々この身体を味わったんだろう? 俺はこれからお楽しみの時間だ」
 手を振ってパルシャを追いだし、ミレアスはラウルフィカへと向き直った。眉根を寄せたパルシャは幾度も振り返りながらも、結局は何も言わずに部屋を出て行く。
 身体の両脇を手で押さえこみ、寝台の上から逃げられないようにした上でミレアスはラウルフィカへと声をかけてきた。
「よぉ、王様」
 にやりと笑う瞳には、危険な色が宿っていた。黙っていれば精悍な顔立ちの男なのだが、今は嗜虐的なその嗤いがいやらしい印象を与えてくる。
「この前は俺が楽しもうとしたら、他の奴らに止められたからな。今日は一対一だ。誰も口は挟まない」
 そう言ってミレアスは、いきなりラウルフィカの着衣に手をかけ力任せに引きちぎった。
「何をッ!」
 これまでの男たちは、少なくとも無理矢理服を剥ぐような真似はしなかった。初日にザッハールが服を脱がせた手つきももう少し優しかった。しかし今回は、引っ張られた布地に身体が揺さぶられるほど乱暴に着衣を破られる。
「服の一枚や二枚ケチケチするなよ」
 ミレアスが舌舐めずりする。服を破かれたラウルフィカは、ミレアスの瞳に宿る獰猛な光に射すくめられる。
「あ……」
「綺麗な顔してるな、王子。いや、王様」
 ラウルフィカの腫れていない方の頬を撫で、ミレアスが目を細めて嗤う。衣服を破かれて露わになった胸板や鎖骨、白い太腿へと視線を落としていく。
「細い身体だな。まるで女みたいだ」
 もう何度目かわからない侮辱の表現に、ラウルフィカはきつく目を閉じることで耐えた。しかし次の瞬間、先程撫でられた頬に衝撃が来る。
「誰が目を閉じていいって言った? しっかり開けてろよ」
 再び顔を張られて呆然となったラウルフィカに、ミレアスは冷酷に告げる。
「どうしても目閉じてたいって言うなら、それでもいいけどな」
 じわりと涙が浮んだラウルフィカの目元に、ミレアスは細い布を近付ける。
「な、何をす……やめろ!」
 その布が自分の目元を塞ごうとしているのに気付き、ラウルフィカは抵抗した。先程は目を閉じることで全てを拒絶したかったのに、今はそうされるのが酷く怖い。
 しかし少年の細腕での抵抗を軍人はものともしなかった。儚い抗いを楽しむように口元に笑いを乗せたまま、ラウルフィカに目隠しをする。
「あ……」
 一音呟いたきり、ラウルフィカは声を失った。
「視界を奪われると、人は恐怖でろくな抵抗ができなくなる。声も出しにくくなるそうだ」
 もちろんこのままでも、声を出そうと思えば出すことができる。ラウルフィカは口まで塞がれたわけではないのだから。
 けれどそうして一言口にした後、どこから何をされるのかわからない。その恐怖がラウルフィカから声を奪う。
「ひっ!」
 ふいに、生温かいものが首を這った。濡れてざらついた熱いもの。ミレアスの舌だ。
「細い首だな」
 歯で首筋をなぞりながら、ミレアスが忍び笑いをもらす。
「このまま噛み切れそうだ」
「……!」
 ラウルフィカは言葉も出ない恐怖に襲われ、ただひたすら息を詰める。ミレアスの指が、舌が、どこから来るのかわからない。動けない。声が出せない。自らの潜めた息づかいや、脈打つ鼓動さえ煩いと叱られないだろうかとの怯えがラウルフィカの行動を制限する。
 そのうちに、ミレアスが一度寝台から離れた。束の間ほっとしたラウルフィカだったが、すぐにそれは甘い考えだったと知ることになった。
 風を切る音がする。
「ヒィ!」
 パシン、と乾いた音がした次の瞬間、胸元に鋭い痛みと熱が走った。
「あっ……! い……」
「鞭を味わうのは初めてか? 王子様」
 上からミレアスの声が降って来る。
「綺麗なもんだ。白い肌には、鞭の紅い痕がよく映える」
 そう言ってミレアスはもう一度その凶器を振りおろした。
「ヒィ!」
 目隠しのせいで自分の身体がどんな状態になっているのかもわからない、逃げられないラウルフィカはそれをまともに受けた。
「いた……いた、痛いぃいい!」
「ああ……いい声だ。もっと悲鳴をあげな! もっとだ!」
 ラウルフィカは脇腹に衝撃を感じた。軽く持ち上げるようにして蹴られ、寝台の上を転がされる。彼本人には見えないが、ミレアスに背を向ける姿勢となった。
「あ、い、痛……」
 そのまま転がされたラウルフィカは、腕を突っ張るようにして上体を持ち上げた。膝も立て、胸の傷が直接寝台に触れないようにする。
 しかしその姿勢は、ミレアスにとっては目の前で尻をあげて四つん這いになる卑猥な姿勢としか映らなかった。はじめに破かれた布地はもはや腕に切れ端が巻き付く程度となり、白い臀部が隠すものもなく晒されている。
「これでも随分手加減してるんだ、俺は」
 鞭を手放して、ミレアスは目の前の白い双丘に触れた。太腿を抱え込むような体勢になる。
「こんな体勢で、誘ってるのか?」
「え……?」
 ラウルフィカには、今自分がどのような格好をしているかという自覚はない。
「誘ってるんだろう? 淫乱な王子様だな。さっきのがそんなに気持ち良かったのか? 実はマゾだったんだな」
「なっ……!」
 浴びせかけられる侮辱に、ラウルフィカの頬が瞬間的な怒りと羞恥で朱に染まった。
 だがやはりその怒りも長くは続かない。パン! と乾いた高い音が響く。
「あっ!」
 何をされたのか一瞬わからなかった。
 尻の辺りにじんと熱が集まったことで、ようやくラウルフィカの中に理解が広がる。その瞬間、彼はミレアスに足を抱え込まれながらも暴れ出した。
「よ、よくも、よくもっ」
「あぁ?」
「尻を打つなんて、そんなこと誰にもされたことがないのに……! 貴様のような者がっ」
「は?」
 ラウルフィカにとっては、その行為は本の中で親が幼児に対して仕置きの意味ですること以外になかったのだ。少年の勘違いに思い至ったミレアスは、呆気に取られて笑いだす。
「くくくっ、そういうことか」
「何がおかしいっ!」
 目隠しの恐怖も忘れ、必死に身をよじって怒鳴り返すラウルフィカの尻を、ミレアスはもう一度叩く。
「あうっ」
 続いてもう一度、更にもう一度。乾いた音が室内に響く。ラウルフィカは憎まれ口も恨みごとも叩く余裕なく、臀部に衝撃が走るたびに短い悲鳴をあげた。
 バシ、バシ、と次第に容赦なく力を込めて、ミレアスは少年王の白い尻に赤い手形を刻んでいく。
「はぅ、ぁが、ひぎぃ! ヒィ!」
 叩かれるたびに患部が熱く熱を持ち、次の責苦の痛みを増す。
「いた、痛いぃいい! やめて! おねがい! 許して……!」
 これまでに自分を弄んだ三人が与えたものとは比べ物にならない苦痛に、とうとうラウルフィカは泣いて赦しを請うた。
「もうやめて……! 赦して……」
 真っ赤に腫れた尻がじんじんと痛む。滲んだ涙は目隠しの布に吸われていった。痛みを堪えるため、手は敷布をきつく握りしめている。
 ミレアスがようやく尻を叩く手を止める。
 そもそも自分が赦される前に、このような責苦を受けるようなことを何もしていないということさえ、ラウルフィカの頭からは抜け落ちてしまったようだ。
「赦してほしいか、王子様」
「は、い……赦してください……」
 自然と丁寧な言葉遣いになるラウルフィカの弱弱しげな様子に、ミレアスが口の端を吊り上げて笑う。
 腫れて真っ赤になった尻を手で強くつまんだ。
「ヒィイイイッ!」
 ラウルフィカが喉をのけぞらせて一際高い悲鳴をあげる。
「いた、痛い、いやぁああああ!!」
 散々打たれて真っ赤になった尻をつねられ、ラウルフィカの身体には激痛が走った。
 目隠しをむしり取られる。後から後から涙が零れて来た。
 身も世もなく泣きだす少年の姿に、それがこの国の王の姿だということに、ミレアスの嗜虐心はますます刺激された。
「ごめんなさい! もういや! 赦して!」
 顔中を涙で真っ赤に染めラウルフィカは泣き叫ぶ。その頬を、ミレアスが再び張り飛ばした。
「うるさい!」
 驚きのあまり、ラウルフィカは声だけでなく涙まで止める。瞼の縁に溜まった最後の滴がぽろりと零れて頬を伝った。
 少年の細い顎をミレアスが掴む。
「いいか、王子様。赦して欲しければ、俺の言うことに従え。いいな?!」
「は……はい」
 青ざめ、かたかたと震えながらラウルフィカは頷いた。視界を布で塞がれていた時よりも、残酷な笑みを浮かべたミレアスの顔が見える今の方がよほど世界が怖い。
「俺のことは、ミレアス様とでも呼んでもらおうか」
「み……ミレアス様」
「それとも、“ご主人様”がいいかな? おい、他の奴らも同じようなこと言ってないだろうな」
「言った……ゾルタが、ご主人様と呼べって……」
 三日前の屈辱を思い出してそっと視線をそらすラウルフィカの手元の腕環を見遣り、ミレアスが舌打ちする。
「ちっ、あの変態宰相め。そうだな、ならミレアス様でいいか。おい、呼んでみろよ、ミレアス様って」
「ミレアス様……」
 殴られるのはもういやだと、ラウルフィカは苦しげな顔をしながらもミレアスに求められるがままそう呼んだ。
「ミレアス様のものが欲しいって言ってみろよ。俺様のが、欲しくて欲しくてたまらないってさ」
「あ……」
 二つの青い瞳からぽろぽろと涙を流しながら、ラウルフィカは求められた通りに口を開く。
「ミレアス様……! ミレアス様のが、欲しい、です! 欲しくてたまらないんです……」
 屈辱的なばかりではなく、純粋な羞恥心までも誘う台詞をももはや自棄となってラウルフィカは言いきった。泣きながら哀願する少年の姿はあまりにも儚げで美しく、ミレアスを魅了する。
「いい子だ……御褒美をやるよ」
 ミレアスは自らのモノを取り出すと、いきなり慣らしもしない後肛にそれを押し込んだ。
「ヒギィ!」
 この数日間で大分使いこまれたとはいえまだまだ成長途中の少年のそこに、体格の良い軍人男の屹立は大きすぎた。内部が裂けて血を流し、潤滑油代わりとなる。
「あ、い……あああ」
 歯を食いしばって苦痛に耐えるラウルフィカに、ミレアスはなおも服従の言葉を口にするよう強要する。
「ご主人様がせっかく御褒美をくれてやったんだ。こんな時に何て言うか……わかるな?」
「あ……ありがとうございます。ミレアス様、ご主人様」
「くくくくっ。よくできたな。じゃあお望み通りに動いてやるよ」
「え……あ、アアアアアアアッ!」
 無理矢理押し込んだそれをミレアスは強引に動かし始めた。華奢なラウルフィカはたくましい男の身体の下で、人形のようにガクガクと揺さぶられる。胸につけられた鞭の痕も、叩かれて腫れあがった尻も、どこもかしこもが痛い。痛みが強すぎて快感の欠片も感じられないうちに、中でミレアスが射精する。
「どうだ? 良かったか?」
「は、はい……ミレアス様、ありがとうございます……」
 傷ついた内側からの血と白濁の液で結合部を濡らしながらも、ラウルフィカは型通りの礼を口にする。
 ミレアスだけが射精し、ラウルフィカは達していない。さんざんいたぶられ、性欲の捌け口にされただけ。ラウルフィカを精神的に痛めつけ抗うその様を楽しんだ他の三人の時よりも、今が一番凌辱に近かった。
「また相手してやるよ、じゃあな王様」
 破いた服で身を隠すラウルフィカに薄い布一枚だけ押し付けて、ミレアスは彼をさっさと部屋から追い出す。
 人気のない廊下へと出た途端、ラウルフィカはその場に蹲り静かに涙を流した。