劫火の螺旋 02

10.誘惑

(……しかしこの少年)
 ラウルフィカは思う。
(見れば見るほど、あの肉だるまの息子とは思えず可愛らしい顔立ちをしているな……)
 対面で食事をする相手に気取られないよう、ラウルフィカはこっそりと観察する。
 レネシャはそれこそ絵に描いたような美少年だった。ラウルフィカ自身も容姿を褒められることは多かったし、自分でも悪い見栄えだとは思わない。ゾルタたちの裏切りに合ってからは、自らの姿形がそう言う意味で同性をも惹きつけるものだと知った。しかし目の前の美少年は、ある意味ではそれ以上に「可愛らしい」男の子なのだ。
 ラウルフィカの容姿を凛と冴えたオアシスに例えれば、レネシャはその傍に咲く小さく可憐な花だ。色は白か薄紅か、恐らく淡い色合いのもの。まるきり女の子にしか見えないような顔立ちなのだ。
 白に近い淡い金髪はもちろんのこと、ラウルフィカのものと似た青系の瞳までもが優しい色合いだ。ラウルフィカの青い瞳は凍りつきそうに冷えて澄んだ水を思わせるが、レネシャの水色の瞳は春の空の色だ。
 これがあのパルシャの息子だとはやはり信じられない。ザッハールなど最後まで女の子じゃないかと疑っていたくらいだ。
 試しにもう一度尋ねてみたが、レネシャは今度はくすくすと笑いながら答えた。
「そんなに似ていませんか? 僕、本当に父さんの……あ、いえ、父上の子どもですよ?」
 恐らく周囲から言われ慣れているのだろう。その言葉には何かを隠そうと言う意図は感じられず、ラウルフィカやザッハールの驚きと疑念を楽しそうに受け止めているようだ。
 養子ではなく、ひとまず本物の親子だと思っていいだろう。つまりパルシャのあの親馬鹿な態度は本物で――だとしたら、付け入る隙は今しかない。
「食事はこの部屋に運ばせるのでいいか?」
「はい」
 昼食を共に、という約束をしていたのだ。
「晩餐用の部屋は別にあるが、あちらは広すぎて、向かい合って話すのには優れないんだ。せっかくだから、ここで一緒に食べよう」
 王族用の食堂では二十人掛けのテーブルについて、声が届くかどうかの遠くから言葉を交わすような形になる。それでは意味がない。
「良いのですか? 陛下にそんなに御心を砕いていただけるなど、感激です」
 ラウルフィカはレネシャと話しながらその反応を見たいのだ。そしてどうしたらこの少年に付け入ることができるか、それが可能かどうかを探りたい。
 レネシャがラウルフィカに靡くようなら誘惑してやるまで。怯えて逃げようとするなら、弱味を握って言うことを聞かせるまでだ。
 どちらにしても、その結果はこれからの行動にかかってくる。レネシャをただ奪うにしても、傷付けてぼろぼろになった姿をパルシャに突きつけて復讐とするにしても、どちらもあの親馬鹿には利くだろう。
 親に恨みがあるからと言って、本来まったく関係のない少年を巻き込むことに対する罪悪感は、ない。そんな良心は凌辱に耐えかねて死を選ぼうとした五年前のあの日に消えた。
 男に、愛してもいない同性に抱かれることを「穢れる」と考えるような純粋さはもはやラウルフィカにはないのだ。あの頃の自分と変わらない歳の少年を弄ぶことに罪の意識を抱くような繊細さは捨てた。
 今ここにいるのは、憎しみの化身。復讐のためならばなんだってできる悪魔のような男。
 そう……復讐として見れば、これほど愉快なことはない。あの頃の自分と同じ歳のレネシャを穢すことは、パルシャに自分が何をしたのかを最も効果的に思い知らせる手段ではないか。
 獲物を狙う獣のような本心をいかにも優しげな笑顔で包み隠し、ラウルフィカはレネシャと同じ席についた。
 教師が言った通り、レネシャは非常に優秀な少年だった。頭の回転が速く、打てば響くように答が返って来る。生真面目だが冗談を解する柔軟性も持ち合わせていて、話していて非常に心地よい。
「それで彼はその時……」
「それってまさか」
「わかるか? きっとお前の思う通りだ。そう、奴はよりにもよって、最後の選択肢を選んだんだよ。会場は笑いの渦に包まれた。あれはあれでいい余興となった」
「わぁ……本当ですか?」
 傍目からは少年同士で仲良く話をしているようにしか見えなかっただろう。給仕の人間が見て不自然な点などはなかったはずだ。
 しかしその短い時間で、ラウルフィカは、レネシャの力量を計り、性格を推測した。
 そしてこのレネシャが、今の時点でもすでに父に匹敵しそうなほど卓越した能力の持ち主だと知った。
 冗談に紛れ込ませて幾つか出した話題の中には、現在国の重鎮たちが頭を痛めている問題が幾つかあった。それをレネシャはどれも商人ならではの目線と自由な発想から優れた解決方法を導きだしてみたのだ。
 若さゆえに思慮の足りない点や、世間を知らず見落としている事柄などもあったが、その辺りは経験豊富で慎重な文官を補佐として回せば補うことができる程度だろう。
 そう、レネシャは一種の天才だ。条件が揃えば今すぐ役人にしてもいいほどの。
 王として考えればここで潰すのはもったいない人材だと思う。レネシャは父のような商売人よりも役人になりたいのだという。そのこともラウルフィカは聞き出した。金を集める手腕については父親譲りの有能さだが、その使い道については、浪費家で道楽好きの父とは別に思うところがあるらしい。
 そして彼は現在、若くして王になったラウルフィカに尊敬と憧れの眼差しを注いでいる。
 これを使わない手はない。
 ラウルフィカは自分の手元に引き寄せた調味料の壜にこっそりとある薬品を混ぜた。それを自分の料理に降りかけた後に、レネシャにも勧める。
 自らの分には、あとで中和剤を足しておく。薬品はラウルフィカの目論見通り、レネシャの口に入った。
 あとは、時間が経てば必ずこの計画は成功するだろう。

 ◆◆◆◆◆

 華やかな城のホール、二十人掛けのテーブルが置かれた食堂、荘厳な大聖堂と異国の硝子細工が嵌められた窓、今はラウルフィカが必要としていないため使われていない後宮へと続く廊下と、魔術と絡繰技術の結晶たる浄水施設、兵士たちが訓練中の練兵場、見事な毛並みの馬たちを治めた厩舎、花々が咲き乱れる中庭。
 城のあちこちを、ラウルフィカはレネシャに案内して回った。見せていないのは会議室くらいのものだ。さすがに国の機密に関わることを知らせるわけにはいかないが、それ以外で解放できない場所は国王である彼にはない。
 レネシャは初めて訪れた王宮に、瞳を輝かせて視線を向けていた。年中温暖なベラルーダでは皆薄物を纏い、建物も吹き抜けの構造が多く開放感に溢れている。廊下の途中にある手すりから別区画の景色を眺め直しては、レネシャは煩くはないが大きな喜びが伝わって来るような、熱のある小さな歓声をあげる。
 けれどその喜びように、しばらくして翳りが差した。
「どうした? レネシャ」
 理由を知っているくせに、あくまでも今気付いたといった顔でラウルフィカは尋ねる。レネシャの顔色は真っ青で、口数も減っている。
「あ、いえ、なんでもありません……」
「なんでもないという顔色ではないぞ? 具合でも悪いのか?」
「あ、そ……その!」
 レネシャは酷く何か言いたげにしながら、青い顔色のまま頬だけを紅潮させていた。ラウルフィカにもその理由はわかる。この場でこの国の王である人間の前でそう申し出るには、多少どころでない勇気が必要となるだろう。
 ラウルフィカがレネシャの食事に盛った薬とは、下剤だ。
「城は広いから疲れたのだろう。休憩室にでも行こうか」
 王城は広くそこで働く使用人も多いため、あちこちに休憩所がある。王城にやってくる身分の高い者たちに病を広めない意味でも、具合が悪い時はすぐに人が集まる休憩所に寄って休み、場合によっては医師の診察を受けるように使用人たちには徹底している。
 厠のすぐ近くまで連れて行くと、ようやくレネシャは遠慮がちに腹痛を訴えて来た。ラウルフィカはレネシャをそこで解放し、自分は医者を呼ぶと伝えて部屋を出た。
 ――ここまではラウルフィカの計画通りだ。
「はぁい。お医者様でぇす」
「ザッハール。会議の方はいいのか?」
 下剤を用意したザッハールが、計画に抱きこんだ医師を連れてやってきた。
「俺の担当箇所は議題が終わりましたからね。いつまでもあっちにいたら怪しまれますよ。それよりパルシャのおっさんから失言を引きだして宰相閣下を怒らせて来ましたから、まだ当分パルシャは解放されないでしょう」
「よくやった」
 これで下準備は完璧だ。
「では、これから私は悪魔になることにしよう」

 ◆◆◆◆◆

 ラウルフィカは戻ってきたレネシャを、まるで死を宣告された重病人を眺めるような眼差しで見つめた。
「ど……どうなさったんですか?! 陛下?」
 下剤による腹痛から解放されて人心地ついたところだったレネシャは、先程とは対照的なラウルフィカの様子に目を丸くした。自分は調子を取り戻したところだったのに、今度は国王陛下に何が起きたのだろうと思ったのだ。
 しかしラウルフィカが告げたのは、レネシャ自身のことだった。
「……すまない、レネシャ。私は君に対して謝罪せねばならない」
「何故ですか?」
「どうやら先程の食事に、毒が盛られていたらしいのだ」
「毒?!」
 いくら大商人の息子とはいえあまりに馴染みのない世界に、レネシャはぎょっと目を瞠った。その肩をザッハールがぽんぽんと叩く。
「落ちつきなよお嬢ちゃん」
「男です」
「いいんだよ、わかってて言ってるから。あんたに盛られた薬は下剤程度の威力しかないから、そんなに大変なことにはならないってさ。なぁ、先生」
 話を向けられた医師は頷いた。
「恐らく、これでしょうな。命に別条はありませんが、体調に影響が出ます。処置としては、体の内部を消毒するしかありません」
「消毒って……」
「まずは胃の中のものを吐きだしましょう。それからこの薬を呑んで、他にも……」
 淡々と医師が説明した内容にレネシャは先程とは別の意味で青ざめた。
「そ、それって……本当にやらなくちゃいけないんですか?」
「できればそうしていただきたい。毒の影響が他に残ったり、食事の残りからでは判別できなかった別の毒が検出されたりしたら困りますので」
 白衣の男はしれっと言い放ち、ザッハールに様々な器具の入った袋を渡す。
 実はこの医者、五年前からラウルフィカの面倒を見ている医師でもあった。普通の王室専門医は他にもいるが、ゾルタたちに抱かれる前の処置や、ミレアスに振るわれた暴力の痕を治療する時に世話になっている。
 だからこそ、このような後ろ暗いことにも協力してくれるのだ。
「行こう、レネシャ」
「い、行くってどこへ」
「処置をしにだ」
「そ、それならうちに帰って自分でやります!」
「何を言っている。あの内容じゃ無理だろう」
「でも、だって……まさか陛下、御自分で?」
「他の人間に知られてもいいのか? それならば侍女を呼ぶが」
「えっと、あの……ひゃっ!」
 戸惑うレネシャを、ラウルフィカは強引に抱き上げる。
「心配するな。お前に不利になるようなことはしない。さっさと処置して、お前が元気になったらそのまま帰すさ。約束する」
「あの……」
 ラウルフィカはレネシャの反論を封じて、城の中の浴室に連れて行った。
 王族用のものではなく使用人用の小さな部屋で、それも普段は使われていない一角にある寂れた場所だ。小さな部屋の隣に、一般家庭より少し広い程度の、王族のラウルフィカからしてみれば狭いにも程がある浴室がついているのだ。
 人があまり来ない一角なので、もちろんあまり使われていない。あまり使われていないので、少々寂れている。だが浴室用の魔術的器具に不備がないことはザッハールが確かめ、使えることは保証した。
「さぁ、レネシャ。服を脱ぎなさい」
「は……、はい」
 震える声で、レネシャは自ら服を脱いだ。可憐な瞳に涙を溜めている。
「少しでも服を汚さない方がいいからね。どうせパルシャのおっさんが買い与える服ってお高そうだし」
「ザッハール、少し無駄口を閉じていろ」
「はぁい」
 ラウルフィカはザッハールを嗜める振りで、彼を追い払う。肩を竦めた彼は医師に渡された器具を準備しに行き、ラウルフィカはレネシャが服を脱ぎ終わるのを待った。
「陛下……」
「いい子だね、レネシャ。何も考えずにこちらの指示に従いなさい。これは命令なんだ。君は私の命令に従っただけ。何も恥ずかしがることはない」
「はい……」
「少し苦しいだろうが、我慢してくれ」
 浴室に入りラウルフィカはまずレネシャに薬の入った水を呑ませた。嘔吐感を催させる作用の入ったもので、レネシャに胃の中身が空になるまで何度も吐きださせる。
「うっ……!」
「無理に堪えようとしなくていい。嘔吐する時には生理的な涙が出るのも当たり前だ。そのまま何も考えずに吐いてしまってくれ」
 これ以上吐くものがないというところまで、レネシャは何度も吐き続ける。全て出し終えたと思われるところで、レネシャは汚れた体をお湯で洗い流す。
ザッハールがラウルフィカに準備し終えた器具を手渡した。ついでに簡単な術で、浴室内の空気を清浄化する。
「この術は持続効果が長いですから。後はあんまり気にせずに」
「ああ」
 嘔吐で体力を使ったレネシャは、ぐったりと浴槽の縁にもたれている。吐きだした分今度は体の中から消毒するのだという薬を飲ませられた。
 だが、本番はこれからだ。
「ほ……本当にやらなきゃ駄目なんですか?」
「ああ」
 ラウルフィカはレネシャに浴槽の縁に手を突いて、こちらに尻を向けるよう命じる。
「体から力を抜いて。苦しいけど我慢するように」
「は、はい……」
 震える体にラウルフィカは手をあてると、少年の肛門から中に薬の入った液体を注入した。
「あ……く、苦し……」
「我慢してくれ。ここは大事な作業だから」
 レネシャ相手に医師が説明した処置方法とはこうだ。
 一度体に入った毒物は、可能な限り体外に排出せねばならない。そのために上からも吐いて、下からも出してしまえ、と。その後で改めて解毒薬を飲む。体の消毒とはそういう話だった。
 もちろんこれは真っ赤な嘘。ラウルフィカがレネシャに盛った薬はただの下剤で、こんな嘘八百を並べ立てた処置法は本来必要ない。
 しかしラウルフィカは自らの手でそれを実行した。
 十三歳の無垢な少年を口説くのだ。それも口約束の恋人などで終わらず、できたら早々に体を繋げてしまう方がその後の話が早い。
 裸になるのが自然な状況に持っていく手段など、日常生活ではほとんどない。それもこれから口説く相手は幼い同性だ。ただ裸にさせるだけでは駄目だ。裸にして体に触れて心を弱らせて、そうして付け入る隙を作らねば。そしてラウルフィカが選んだ方法がこれだった。
 薬品を入れた後は指先を後ろの穴に入れる。
「あ! へ、陛下! そこは……」
「説明に寄ればこのまま数分時間をおくそうだ。零れてしまうのも嫌だろう」
「で、でも……それなら僕が、じ、自分でやりますから! その……!」
「無理をするな。その体勢だけで辛いだろう」
「だ、だからって、高貴な身にそんなことさせるわけには……」
 処置、と称した行為を続ける間、レネシャは震え続けていた。それには構わず、ラウルフィカは黙々と処理を続けていく。
「……このぐらいでいいだろう」
 中のものを出しきり、流しっぱなしの水で汚れを全て落とした頃、レネシャがついに鼻を啜りあげる。
「うっ、うっ……」
 汚物にまみれる作業が終わり、徐々に現実感がかえってきたのだろう。しくしくと泣き出したレネシャの頭を撫でながら、ラウルフィカは神妙な顔を作りあげる。例え相手が俯いて見ていないような状態でも、表情に手を抜くわけにはいかない。
「……すまなかったな。レネシャ。私のせいで、こんなことに巻き込んで」
「陛下……?」
「お前に毒を盛られるような心当たりはないだろう? だが私には大勢の敵がいる。お前は私の巻き添えにされたんだ……本当にすまなかった」
 瞳に涙を溜めたレネシャが、慌てて顔を上げてラウルフィカを振り仰ぐ。
「そんなことありません、陛下。こんなにまでして頂いて、僕、僕は……」
「レネシャ」
「?」
「まだあと一工程残っている。……中に消毒薬を塗るんだそうだ」
「中って……?」
「指、入れていいか?」
 数瞬の後に意味を悟ったレネシャが、ぱっと顔を赤く染める。既に涙は止まっているが、ようやく落ち着いてきたことにより恥ずかしさが増してきたようだ。
 裸になって吐瀉物や排泄物を晒したことと、涙を見られたことと、今からされることの何がどう恥ずかしいのかも、表面上は落ち着いたが混乱のあまり一種の興奮状態にあるレネシャにはもうよくわからない。
「ぼ、僕は大丈夫ですけれど……でもその、陛下は嫌じゃないんですか? そんな……」
 汚い、と恐らく言おうとしたのだろう。しかし今からそこに指を入れると宣言している人間に対してどう言葉を紡ぐべきか迷った様子で、レネシャが口を閉じる。
「私は気にしていない。今なら中が濡れていて苦痛も少ないはずだ。さぁ……」
「は、はい」
 レネシャがぎゅう、と目を瞑る。ラウルフィカは軟膏を取り出すと指につけ、再び浴槽の縁に手をついたレネシャの後ろの穴に指を入れた。
「は……あっ!」
 直腸の内壁に薬を十分塗りつけながら、さりげなく奥の方へ指を伸ばす。探っているように思わせないじっくりとした指づかいで奥を刺激すると、レネシャが声をあげて体を震わせた。
「い、今」
「痛かったか?」
「い、いえ」
「じゃあ、何か感じたか?」
 カァッと首まで赤く染めたレネシャの反応にラウルフィカはふっと微笑む。
「終わったぞ」
 必要以上に触れることはせず、静かに薬のついた手を拭う。ゆっくりと立ち上がろうとしたレネシャがふらつくのを支えた。
「あ、ごめんなさい」
「いいや。それより大丈夫か? なるべく負担の少ない方法を選んだつもりだが、体は辛くはないか? それに……」
 ラウルフィカは思わせぶりに一瞬口ごもって見せる。
「私に触れられるのは、嫌じゃなかったか?」
「そんなことありません!」
 考えていたよりもずっと必死な様子で、レネシャがラウルフィカの胸に縋りながら言葉を綴る。
「だって陛下はずっとずっと、僕の憧れの人で、尊敬し続けていて、こんな迷惑をかけた自分が恥ずかしいくらいで……んっ」
 ラウルフィカは急にレネシャの体を強く抱きしめると、その唇を口付けで塞ぐ。
 すぐに離れると、自分でも驚いたような表情を作って見せる。
「あ……す、すまない! お前があんまりにもいじらしいことを言うから、可愛くて……」
 吃驚して目を丸くしているレネシャに、弱弱しく微笑みかける。だが、レネシャを抱えた腕は離さない。彼の体を洗うためにラウルフィカ自身も薄着になっているので、密着すると相手の肌の感触がはっきりと伝わるのだ。
「……本当に、すまなかった。男なのに、可愛いと言われても嬉しいはずがないよな」
 今日のことは忘れてくれ、とラウルフィカは呟いた。
「心配しなくても、このことについて口外はしない。だからお前も、できれば黙っていてくれると嬉しい。このことでお前やパルシャが不利になるようなことはないと約束するから……」
「あ、あの、陛下!」
 何もなかったことにしよう、と提案するラウルフィカの様子を見かねたように、レネシャが遠慮深さをかなぐり捨てて、ラウルフィカの胸にしがみつく。
「こんな迷惑をおかけした立場で言えることではありませんが、僕は、陛下に触られるのも、キスされるのも嫌じゃありませんでした……いえ、本当は、う、嬉しかったんです!」
 レネシャの頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。先程中に消毒薬と称して塗った媚薬の効果も現れてきたのか、吐息が熱い。
「僕は……ずっと陛下をお慕いしていました! だから……!」
 思わずにやつきそうになる口元に力を入れ、ラウルフィカは必死で真面目な表情を保つ。レネシャ自身の口から、こう言わせるために。
「陛下が触れたいのなら、この体……好きにしてください! いいえ……私に、レネシャに慈悲を、どうか」
 くださいませ、と囁くように腕の中で口にした少年の身体を抱きしめ、ラウルフィカは胸中で勝利の声をあげた。