劫火の螺旋 03

第3章 高潔なる者

13.蝋燭

 薄暗く月明かりだけが差しこむ室内に悩ましげな声が響く。
「ああッ……!」
 否、悩ましげと評するにはいささか苦痛がその声音には勝ち過ぎている。苦鳴の後にはこれ以上の無様を厭うかのように、きつく歯を食いしばる仕草がなされた。
 その細い顎を、鍛えられた軍人の武骨な腕が掴む。掴まれた方の相手とは肌の色からして差があり、凌辱される者の儚げな美を引きたてていた。
「相変わらず良い声で鳴くな。王様」
 組み敷かれている美貌の少年はラウルフィカ。組み敷いている男はミレアス。
 前者はこの国の国王であり、後者は軍の上級大将の一人だ。立場が上なのは少年の方、けれど男はそんなこと意にも介さずに、少年の腕を荒縄できつく縛りあげる。
「う……」
 ぎりぎりと食い込み、ちくちくと肌を差す縄の痛みにラウルフィカはただ耐える。彼がここで声をあげたところで、助けに来てくれる者などいないのだから。
 ラウルフィカを蹂躙する五人の男たちの中でも、このミレアスは特に厄介な相手だった。普通の行為では満足せず、必ず暴力を振るうからだ。王を守るべき軍人の一人でありながら、契約により逆らえないラウルフィカを加虐趣味のミレアスはちょうど良い玩具として甚振るのだった。
 縄で手足を縛られたラウルフィカは、ミレアスの手により寝台から放り出された。敷物一枚敷いただけの素っ気ない床の上で、とうに衣服を剥かれた裸身を晒す。
 気候の問題から言って、ベラルーダでは王といえそれほどの厚着をしてはいない。ダルマティカの上にパルダメントゥムというマント状の上着をはおり、飾りピンのフィブラで留めているだけのものだから、脱ぎやすいと言えば脱ぎやすい。
 しかしそれにしてもミレアスのやり方は乱暴で、いつも衣服を脱がせるというより剥ぐと言う方が正しい。それを見越して本来王が着るような物ではない安物生地まで使っていたが、それでも何枚服を破いたか知れない。
 本日も早々に服を剥かれたラウルフィカは、いまや隠すものもない裸身を荒縄の拘束に彩られて晒すのみ。乱れ散る黒髪の優美さが、それでなくとも男の劣情をかきたてる。
 後手に縛られているため、腕が邪魔で完全に倒れることもできない。体を斜めにした中途半端な体勢から、ラウルフィカはミレアスを睨みあげる。
 そんな微かな抵抗さえ、ミレアスにとっては楽しみにしかならなかった。強気な眼差しを寄越しても本当は次に何をされるかわからずに微かな恐怖を浮かべる瞳というのが、彼の大好物だったからだ。
「綺麗なカラダだな、王様」
 にやつきながらミレアスは言う。他の者ならばそれは美に対する純粋な賛美の言葉だろうが、この男の場合は違う。
「昔はあまりにちっこくて、うっかり間違って死んじまわないように手加減しろと宰相殿に言われていたが、もうそんなこともねぇよな?」
 案の定ミレアスの唇から吐き出されたのは、ラウルフィカにとって不吉な言葉だった。彼は最後の仕上げだと、ラウルフィカの口元に布――猿轡を噛ませて言葉を封じた。
 声を封じられる時は、大抵悲鳴を上げるような酷いことをされる時なのだ。ラウルフィカは険しい眼差しを変えないまま、背中に冷汗をかく。ラウルフィカが成長して多少は苦痛を堪える術を学ぶと、最初の頃のようにミレアスに無理矢理口を塞がれることも少なくなったのだが……。
「今日はこんなものを用意してな」
 楽しげなミレアスの手にあるのは、赤い蝋燭だ。それがどのように使われるのかは、ラウルフィカも知っていた。だが、これまで自分に対し使用されたことはない。
「綺麗な白い肌だな。ここに赤を垂らしたら、さぞや映えるだろうな」
 裸の胸を撫でながら言うミレアスに、ラウルフィカは殺しきれなかった動揺を小さく見せてしまう。獰猛な捕食者の瞳が、歪むように笑った。
「さすがに未知の感覚は怖いか? 最近じゃそんな顔をすることも少なくなってたってのになぁ?」
 ミレアスの手がラウルフィカの髪を掴んで頭を少し持ち上げると、ラウルフィカの顔が苦痛に歪んだ。くぐもった悲鳴が猿轡に呑み込まれていく。
 ひとしきりその様を眺めて満足したミレアスはラウルフィカの髪を離すと、早速蝋燭に火をつけた。
「俺を楽しませてくれよ」
 熱で溶けた蝋が、ラウルフィカの白い胸に落ちる。画布に赤い花が咲くような光景も、された当人にとっては思わず叫びたいほどの痛みと衝撃でしかなかった。
「んうッ――!?」
 蝋の滴が触れた瞬間、ラウルフィカはびくんと胸を跳ねさせた。衝撃に青い瞳が見開かれ、思わず口に出た叫びが猿轡に吸い込まれる。
 そのうちに冷えるとはいえ、こんな至近距離では落ちた瞬間の蝋はまだ熱を持っている。しかもそれがすぐに離れずにその場にしっかりと貼りつくのだ。
 熱さというよりも一点を射されるような鋭い痛み。すぐに遠のくとはいえ、その数秒間が実際の何倍もに感じられるほどに痛い。
「んんんっ、んッ!!」
 予想以上の反応だったのか、体を震わせて痛みを堪えるラウルフィカの様子にミレアスはごくりと喉を鳴らした。体に貼りついて剥がれない蝋の与える痛みにもがくラウルフィカの姿は、まさにミレアスの求めていたものだったのだ。
「いいな。その顔」
「――ッ!!」
 また一滴、二滴と蝋が胸に垂らされていく。そのたびにラウルフィカは首をのけぞらせ、全身を突っ張らせるようにして苦悶した。
 血とは似ても似つかぬ明るく透明感のある蝋の花が白い胸に次々に咲く。花が増えるたびにラウルフィカは猿轡を噛みしめて苦痛を堪える。
 ミレアスはその様を眺めながら、すでに自分の欲望が膨れ上がるのを感じていた。嗜虐的なこの男にとっては、それだけで十分に刺激を与えられたも同然だったのだ。
 獣じみた息づかいで、苦しがる少年の肌の上に蝋を垂らす。気分はまるで画家だ。白く滑らかで瑞々しい、この最高の画布に赤い絵を描く。
 胸の上はもうあちこちいたるところに赤い花が咲き乱れ、場所を失くしていた。ミレアスはまだ残っている肌の、どの部分に蝋を垂らせばもっと美しいかを考える。
 まずはそう、まだ手をつけていない腹部、脇腹。
「ッ、んっ、う!」
 それにじっとりと汗をかいた白い太腿。腕にも少し。それから……。
「ここにも、いいな」
「――――ッ!!」

 ◆◆◆◆◆

 描いた赤い蝋の花畑を見ながらミレアスはラウルフィカの中で射精を終えた。
 ずるりと男の一物が自分の中から引き出されても、ラウルフィカはぐったりとしたまま動かなかった。猿轡こそあとで外されたが、体力も気力も使い果たしている。蝋の花を壊さないためか、ミレアス自身の屹立の挿入に関しては普段よりいくらか丁寧だったが、そこに至るまでに十分苦痛と恐怖で疲労していた。
「じゃーな、王様。治療にはザッハールの奴を呼んでおいてやるよ。その綺麗な肌に火傷の痕が残ったら困るだろうからな」
 普段国民の前では恭しく国王陛下と敬称を呼んで頭を垂れる男は、今は恩着せがましくそう言って、さっさと部屋を出て行った。ここは城の中の、誰のものでもない一角だ。ラウルフィカの寝室でもない。呼ばなければ医師もザッハールも来ようがないと思っている。
 前者に関しては正解だが、後者は違う。ミレアスが出て行ってすぐにザッハールがやってきた。
「陛下」
 偶然通りがかった風でも装って、怪しまれずに素早く駆けつけて来たザッハールがラウルフィカを抱き起こす。
「大丈夫ですか?」
 最後まで解かれることのなかった腕の縄を外しながら、ザッハールが問う。他者から見れば何故そんなことをわざわざ問うのだと言うくらい、今のラウルフィカの状態は大丈夫という言葉とは程遠い。
 胸に、脇腹にへその回りに、太腿に、腕に、臀部に、そして性器に。ラウルフィカの身体中が赤い蝋で彩られている。後ろからはミレアスの放った白濁がとろとろと漏れだしていて、これもあとでかきださなければならない。
 ラウルフィカはザッハールの問いには答えず、別の言葉を口にした。
「あのクソ野郎……必ずぶっ殺す」
「へ、陛下」
 国王らしからぬ口汚い言葉でひとしきりミレアスを罵ると、ようやくラウルフィカは顔をあげた。
「ザッハール……治療よりこっちが先だ。かきだしてくれ」
 足を広げて自らの穴を自らで広げてみせるラウルフィカの痴態に、ザッハールはごくりと唾を飲み込んだ。
「ですが……やはり、治療を先に」
「蝋の熱さなんて一瞬だ。もう冷えて固まっているし、いつやっても同じだ。それよりも、私は明日腹を下すのは御免こうむる」
「……御意」
 大人しくザッハールが従うのを見て、ラウルフィカは満足の笑みを浮かべた。
 苦もなく滑り込んだ美しい男の長い指で、先程は結局得られることのなかった快感を拾い集める。ザッハールもそれがわかっているため、ことさら中を刺激する優しくも淫らな手つきで、邪魔だと言わんばかりにミレアスの出したものをかきだした。
 ほう、と熱い吐息を零しながら、ラウルフィカは復讐者の陰鬱な笑みを浮かべて言った。
「どうやらそろそろ、ミレアスにも舞台から退場してもらう時期が来たようだ」